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第1話
048. 初めての街です17
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「ナニ見てんのよ」
「別になんでもないよ」
昼間の屋台での騒動から一転、黒熊での夕食後の時間がゆっくりと流れていた。
クタクタになるまで体を働かせた疲労感と、腰に下げた重くなった財布代わりの革袋の重量が妙に心地よかった。
ボクはいつものようにバンディの作ったご飯を胃に収めて、椅子の背もたれに体を預けていた。
エリィに言われたが無視して、ぼんやりと視線を漂わせる。
目の先が向いているのは、上。
そう、もっと上。
ゴンッ。
あ、まただ。
「イタタ……」
「大丈夫ですか?
ラギさんも休んでいてください」
「いいの、レナールさん。
それより、そっちも運ぶね」
そういってレナールの拭いていた机を、ひょいと片手で持ち上げると先ほど天井の梁にぶつけた頭をもう片方の手で撫でていた。
背が高すぎるのも考え物だな。
そんな風に視線を自分の上、蜘蛛の巣も張っていない掃除の行き届いた天井に向けていると、ぬっと青いまん丸の宝石が二つ、こちらをのぞき込んできた。
「ねぇ、まだ昼間のミルクセーキって残ってますか?」
「う、うん」
突如として自分の天に現れたラギからの質問に、淀みながらも答えた。
「どんなもんだったんだ?」
という、バンディ達にもふるまうために、屋台の材料の残りで作ったミルクセーキを大きな手に渡す。
「ほわわ~」
本当に幸せそうな笑顔が感想を物語っていた。
「ほらほら、これですよ。
アタシも手伝ったんですよ――キャアッ!」
そういって、ジョッキをレナールに見せようとしたラギの足が、置いてあった椅子の脚にぶつかり、細い方が砕けた。
「ゴメンナサイ……」
「大丈夫です。
マスターがまた、作ってくれますから」
バンディは料理だけじゃなくて、家具も作れるのか?
「ほら、どいてどいて」
すぐさま駆け付けた黒猫、ジャコが破片を集め手際よく掃除をしてしまった。
現場には一かけらの木片も、ごみすら落ちていない。
ここまでほんの数秒の仕事だ。
「スゴく手際が良いんだね」
「アンタの服も、見せてみな。
破れてるじゃないか」
そういって、身に着けている銀縁の黒いエプロンのポケットから、針山を取り出すとボクの脱いだシャツを瞬く間に繕ってしまった。
この街に来る前にダンジョンの壁に引っ掛けて、破れたままにしていた箇所だった。
「ありがとうございます!
ほんとはハクに直してもらうつもりだったんだけど……
助かりました」
「良かったじゃない」
ハクは皿を洗い終えたのか、袖を留めたままの姿でこちらにやってきた。
「お茶が入ったわ」
カップに入れられたのはうっすらと茶色がかって鼻をくすぐる香ばしさの立つ飲み物だった。
「麦茶だ。
それにしても、ハクが針仕事が苦手だったなんてね」
「何でもできるわけじゃないのよ。
得意じゃないことだってあるわ」
そう、以前にも彼が針を持って修繕を試みてはいた。
だが、結果として余計に破れた箇所が広がりかけたのを見て、慌てて止めたんだった。
「ぴったりです」
シャツに袖を通すと既にどこが破損していたのか分からないくらいの仕上がりだった。
「そ。
そんじゃ、オレはちょっと休憩するよ」
そういって、ジャコは無愛想に笑うとトコトコと茶色のブーツを鳴らして歩いて行った。
その先では、ラギがちびちびと甘いミルクセーキを口にしながらロッキングチェアに腰を掛けていた。
若干の軋みを訴えながらも、乗せているラギを必死に包み込む椅子がゆらゆらと揺れる。
ジャコはその椅子の上のラギの膝にピョンと飛び乗った。
椅子は一度大きく揺れると、静かにその幅を元に戻していった。
「ハハ、なんだか、良いね」
「そうね」
既にジャコは足を畳み、体を丸めて静かになっていた。
ラギも彼女を起こさぬよう、ゆっくりと、ゆっくりと銀色に光る黒い毛並みを撫でていた。
まん丸の目は閉じると一層、優美なまつげが空気を撫でる。
周りの人間を含め、時間がゆっくりと流れていた。
「別になんでもないよ」
昼間の屋台での騒動から一転、黒熊での夕食後の時間がゆっくりと流れていた。
クタクタになるまで体を働かせた疲労感と、腰に下げた重くなった財布代わりの革袋の重量が妙に心地よかった。
ボクはいつものようにバンディの作ったご飯を胃に収めて、椅子の背もたれに体を預けていた。
エリィに言われたが無視して、ぼんやりと視線を漂わせる。
目の先が向いているのは、上。
そう、もっと上。
ゴンッ。
あ、まただ。
「イタタ……」
「大丈夫ですか?
ラギさんも休んでいてください」
「いいの、レナールさん。
それより、そっちも運ぶね」
そういってレナールの拭いていた机を、ひょいと片手で持ち上げると先ほど天井の梁にぶつけた頭をもう片方の手で撫でていた。
背が高すぎるのも考え物だな。
そんな風に視線を自分の上、蜘蛛の巣も張っていない掃除の行き届いた天井に向けていると、ぬっと青いまん丸の宝石が二つ、こちらをのぞき込んできた。
「ねぇ、まだ昼間のミルクセーキって残ってますか?」
「う、うん」
突如として自分の天に現れたラギからの質問に、淀みながらも答えた。
「どんなもんだったんだ?」
という、バンディ達にもふるまうために、屋台の材料の残りで作ったミルクセーキを大きな手に渡す。
「ほわわ~」
本当に幸せそうな笑顔が感想を物語っていた。
「ほらほら、これですよ。
アタシも手伝ったんですよ――キャアッ!」
そういって、ジョッキをレナールに見せようとしたラギの足が、置いてあった椅子の脚にぶつかり、細い方が砕けた。
「ゴメンナサイ……」
「大丈夫です。
マスターがまた、作ってくれますから」
バンディは料理だけじゃなくて、家具も作れるのか?
「ほら、どいてどいて」
すぐさま駆け付けた黒猫、ジャコが破片を集め手際よく掃除をしてしまった。
現場には一かけらの木片も、ごみすら落ちていない。
ここまでほんの数秒の仕事だ。
「スゴく手際が良いんだね」
「アンタの服も、見せてみな。
破れてるじゃないか」
そういって、身に着けている銀縁の黒いエプロンのポケットから、針山を取り出すとボクの脱いだシャツを瞬く間に繕ってしまった。
この街に来る前にダンジョンの壁に引っ掛けて、破れたままにしていた箇所だった。
「ありがとうございます!
ほんとはハクに直してもらうつもりだったんだけど……
助かりました」
「良かったじゃない」
ハクは皿を洗い終えたのか、袖を留めたままの姿でこちらにやってきた。
「お茶が入ったわ」
カップに入れられたのはうっすらと茶色がかって鼻をくすぐる香ばしさの立つ飲み物だった。
「麦茶だ。
それにしても、ハクが針仕事が苦手だったなんてね」
「何でもできるわけじゃないのよ。
得意じゃないことだってあるわ」
そう、以前にも彼が針を持って修繕を試みてはいた。
だが、結果として余計に破れた箇所が広がりかけたのを見て、慌てて止めたんだった。
「ぴったりです」
シャツに袖を通すと既にどこが破損していたのか分からないくらいの仕上がりだった。
「そ。
そんじゃ、オレはちょっと休憩するよ」
そういって、ジャコは無愛想に笑うとトコトコと茶色のブーツを鳴らして歩いて行った。
その先では、ラギがちびちびと甘いミルクセーキを口にしながらロッキングチェアに腰を掛けていた。
若干の軋みを訴えながらも、乗せているラギを必死に包み込む椅子がゆらゆらと揺れる。
ジャコはその椅子の上のラギの膝にピョンと飛び乗った。
椅子は一度大きく揺れると、静かにその幅を元に戻していった。
「ハハ、なんだか、良いね」
「そうね」
既にジャコは足を畳み、体を丸めて静かになっていた。
ラギも彼女を起こさぬよう、ゆっくりと、ゆっくりと銀色に光る黒い毛並みを撫でていた。
まん丸の目は閉じると一層、優美なまつげが空気を撫でる。
周りの人間を含め、時間がゆっくりと流れていた。
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