転生チートで夢生活

にがよもぎ

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第4章 王宮学園--長期休暇編--

第129話

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翌日の夜更け前。アルスが気持ち良さそうに寝ている横にとある影があった。その影はアルスの寝顔を見ながらも無表情で、何かを待っているかの様にジッとアルスだけを見つめていた。

しばらく影はアルスの顔を見つめていたが、窓の外から鳥達が羽ばたく音が聞こえ、枕元の横にある時計に目をやる。

「…………………」

時刻を確認した影はアルスの首元に手を伸ばすとそのまま力を込める。

「……アルス様」

「ううーん………むにゃむにゃ……」

「起床のお時間です」

「んんっ………あと2時間……」

首元に向かっていた手はアルスの肩へと移動しており、全体を緩やかに揺すっていた。

「お時間ですってば」

「んんーっ…………あっ……」

体が揺さぶられているのが分かったのか、アルスは目を開く。しかし、完全に開ききってはおらず、すぐにでも夢に戻りそうな目をしていた。

「……………え、延長料金……おいくら……」

「? なんの話をしているんですか。起きてください」

影は強めに揺すると、アルスの目が段々と開いていくのを確認できた。

「…………………あ?」

覚醒の一歩手前にあるアルスは影の顔を確認し、寝起き直前の鈍い脳がフル回転する。そして、その影の名前を口にする。

「…………うぇっ?……ケ、ケビン君……?」

「おはようございますアルス様。起床のお時間ですよ」

「き、起床………?…………………」

寝起きに意味不明な事を言われ、アルスは脳みそを回転させる。だが、それは悪手であり、考え事をするという事は自動的に目が閉じるという事だ。アルスの脳みそは『なぜケビン君がここに?それと起床とは?』と考えているが、それとは別に睡眠を欲しがる脳みそが同居していた。

「……いや、今起きましたよね?寝ないでくださいよ」

ケビンは強めにアルスに声をかけて肩を揺する。

「んがっ!!?」

アルスは鼻と口から同時に息と声を出すという離れ業をやってのけ、ようやく思考が目覚めに追い付く。

「………………んぁ?……あれ?ケビン君??」

「2度目になりますが……おはようございますアルス様。いい加減目覚めて下さい」

「目覚め?……………え?」

「今日はシュピー共和国に行く予定ですよ?このままだと遅刻です」

「遅刻………………ハッ!!!寝坊した!?」

『遅刻』という言葉を聞き、アルスは瞬間的に起き上がる。ケビンはそれを察知していたのか、先の言葉を言った後アルスからすぐに離れていた。

「ヤバイヤバイ!今何時!?」

アルスは大慌てで枕元の時計を取り時刻を確認する。時刻は午前5時50分過ぎ。時計を見た後に窓の外を覗くが、まだ太陽は登りきってはいなかった。

「え?ちこ………え??」

色々と状況が理解出来てないのか、アルスは時計と窓を二度見した後、ケビンへと目を向ける。

「三度寝しては遅刻してしまいますよ。……失礼ですが、顔を洗ってきたらどうでしょう?」

「あ……はい…」

ケビンに促され、素直にアルスはベッドから降りると顔を洗いに行く。冷たい水でサッパリすると完全に脳が覚醒するのであった。

「……遅刻じゃないじゃん…」

顔をタオルで拭いてから部屋に戻るとケビンが床に座りアルスを待っていた。

「おはようケビン君。………もしかして起こしに来てくれたの?」

「はい。それもありますが、今日の予定をお伝えするのを忘れていたので……」

「あ……忘れてたのね…」

アルスはキッチンへと戻り、果実水をグラスに注ぎまた戻る。1つをケビンに渡し、朝の一杯を口にする。

「……プハッ!………んで?今日の予定を聞いてもいいかな?」

「はい。……今日の予定ですが、手土産が9時にマクネア様の屋敷に到着する予定です。ラティス様にもあちらに届けるように連絡済みです。そして、10時になりましたらシュピー共和国に向けて出発しますが、時間の都合上馬車での移動は長旅になるので、今回は『転移結晶』をお配り致します」

「あ、そうなの…」

「今回は相手側からの時間の指定がありますので、特別にとの事です。次回からは馬車での移動になると思われます」

「わかった。……シュピー共和国に行く時の格好は正装が良いのかな?」

「出来ればその方が良いのですが……相手側の希望により、アルス様冒険者らしい格好で来いとの事です」

「注文が多いね……。なら、良いもんを着ていくか」

「助かります。……転移先はシュピー共和国の国境の関所に指定されています。そこから、馬車へと乗り込みシュピー共和国へ入国……という流れになります」

「……直接入国するのはダメなの?」

「色々と手続きがございまして……。そこからの予定は相手側に任せる…という事になっております」

「相手側に?……え、何するんだろ?」

「さぁ?ただ、ミネルヴァ様が言うには観光巡りをさせるそうですよ?」

「か、観光??……やべぇ、マジで意味が分かんない…」

「私も同感ですが……恐らくアルス様が親善大使な役に付いているのでは…と予想します」

「あ…そうだったね…。んじゃ、俺は現地を視察すれば良いってことか」

「おそらくですが。……まぁ、相手側がどのような出方をするのかは分かりませんが、敵対する様な事は無いかと…」

「敵対するって……。それはねーだろ?同盟国なんだろ?」

「はい。……ですが、思惑は分かりませが、もしかしたらその様な事があるかもしれませんよ?」

「……メリット無くね?そんな事したらアルゼリアル国を敵に回す事になるだろ?」

「それはそうなんですが……」

「まぁ、言いたい事は伝わった。要は警戒を怠るな!って事だろ?」

「はい…」

「そんな事はあり得ねーとは思うけど……まぁ、全く知らない土地に出向くし用心だけはしておくよ」

「よろしくお願いします。……今回の視察に私達暗部は入れませんので…」

「え?……それも相手側の指示?」

「はい。…一応情報共有は後日するそうなのですが……帯同は許さぬと」

「……何それ?メッチャ不安を煽るじゃん。……あ、だから警戒しろって事なのね」

「そうです」

「……分かった。用心しとく。……で?その後の予定とかは?」

「急ではありますが、アルス様はシュピー共和国で一泊の予定となっております」

「へ?お泊まりなの?」

「一泊の予定だそうです」

「………それはまた急だなぁ。お泊まりセットとか用意してないし、持ってないんだけど…」

「相手側が用意しているそうですよ?」

「あ、そうなの。じゃ、心配は要らないね」

「…一応予定の方は以上になりますが…何か質問はありますか?」

「うーん……特に何も無いかなぁ。……あ、そうだ。今更なんだけど王族とか貴族と会う時のマナーを教えてくれないかな?」

「マナー…ですか?」

「仮にも俺は親善大使なんだろ?俺の振る舞いが相手を怒らせたり不愉快にしたりしたら困るからさ」

「うーん……マナーとなると短時間じゃ教える事は出来ませんが…」

「やっちゃいけない事と食事のマナーだけ教えてくれないかな?」

「……………それだけでしたら大丈夫かと」

「んじゃお願い出来るかな?」

「………分かりました。突貫工事にはなりますが…頑張って下さい」

ケビンはチラリとベッド横に置いてある時計を確認した後、アルスにマナーについて説明をする。アルスも流石にヤバイと感じているのか熱心にケビンの話を聞いていた。時折質問をし、ケビンの答え方を復唱し自分のものにしていく。

ケビンの話を聞いていて1つだけ助かった事がある。それはシュピー共和国での食事は『箸』を使用するとの事だった。他国を招く際には箸の他にナイフやフォークなどを準備するそうだが、基本的に箸を使用するらしい。……ついでであるが、シュピー共和国が他国の者を招くこと自体珍しいとも、ケビンは言っていた。

「…………そういやシュピー共和国ってエルフの国なんだよな?」

「ええ。……あ、大事な事を言い忘れていました」

「え、何?」

「こちらに住んでいるエルフ達は馴染んでおりますが、シュピー共和国のエルフは本来人見知りをする種族です。そして、本人が居ない場ではすぐに悪口を言ったりする少し陰湿な種族でもあります」

「……ええ?俺の思ってるエルフと全然違う……」

「アルス様が思っているエルフというのは?」

「すんげー美人で、金髪で耳長い種族」

「……それはエルフの女性の話では?」

「…男も女もすんげー美形ってイメージ」

「それは否定はしません。……あとエルフは基本的に怒りはしませんが、よく分からない所で怒ることがありますのでご注意を」

「よくわからないところ?……例えば?」

「それが………私にもよく分からないんですよ。ただ、ハッキリ分かっている事は『食べ物』に関しては非常に厳しいです」

「食べ物??……それは食事のマナーって事か?」

「いえ……。食べ物です。シュピー共和国は非常に温厚な種族ではありますが、『食べ物』に関する部分だけはキレやすいのです」

「キレやすい?……例えば?」

「私にはよく分からないのですが、『お残しは許しません』という言葉がシュピー共和国にあるそうで……」

「…………ふーん」

少しだけ聞き覚えのある言葉であったが、ケビン君から他にも『食』に関しての注意事項を教えてもらった。

「……以上がシュピー共和国においてのマナーになりますが……」

「…ありがと。とりあえずやっちゃダメな事はしっかりと覚えたよ。聞いてる限りでは出来そうだけど……失敗したらごめん」

「私に謝られても……。とにかく、相手を怒らせなければ大丈夫だとは思いますので」

「気をつけるよ」

ケビン君によるマナー講座が終わり、ふと懐中時計に目をやる。

「……ケ、ケビン君!!も、もう8時半だ!!!」

「ほ、本当ですか!?…ヤバイ。急いでマクネア様の屋敷に向かわなければ!!」

時刻は8時30分前。マクネアさんの屋敷に9時には居ないといけないので、このままだと遅刻確定だ。

「ええと、アルス様!準備等は大丈夫ですか?」

「大丈夫!!でも今すぐにでても間に合わねぇな…」

「す、すぐに遅れると連絡を!」

あたふたとしているケビン君に、俺は1つの提案を投げる。

「…………ケビン君。1つ提案があるんだけど、いいかな?」

「え!?話してる暇は無いのですが…」

「俺が今からやる事は絶対に他言無用…ってのを守れるならすぐに屋敷に向かう事が出来るんだけど…」

「えっ?!ほ、本当ですか!?」

「うん。……絶対に秘密にしてくれるか?」

「分かりました!!」

物分かりの良いケビン君は俺の提案に二つ返事で返す。

「んじゃ俺の手を握ってくれ」

「? 手…ですか?」

「うん。あとは何も考えないで良いから任せろ」

「は、はい…」

ケビン君の手を取った俺は少し密着してから『転移』の魔法を唱える。転移先はマクネアさんの屋敷でタバコを吸った場所を指定し、詠唱するのであった。

♢♦︎♢♦︎♢♦︎

「……っし。とーちゃくだな」

「……ここは……」

一瞬で景色が切り替わり、ケビン君はすぐさま周囲を見回す。すると、この場所がどこか気付いたのか大声を上げる。

「ア、アルス様!!ここはもしや!?」

「うん。マクネアさんの屋敷だよ。……秘密ってのは『俺が転移を使える』って事なんだ」

「…………流石は『神の代弁者』。転移も軽く使えるとは……」

「う、うん……。んじゃ、早速玄関に回ろうぜ」

ケビン君は、俺にとって都合の良い解釈をしてくれたので、説明する手間が省けた。そのまま俺達は玄関へと回り屋敷へと入る。ちなみにだが、ケビン君と一緒にいた事でメイドさんからは変な目で見られなかった。

「あら?タイミングが良いわね」

「あ、おはようございます。マクネアさん………」

中に入ると丁度マクネアさんと出会った。マクネアさんの隣には男性がおり、一礼した後に玄関から出て行った。

「……あの人は?」

「王城の料理人の方よ。ちょうど今手土産を届けてくれたの」

「手土産……あ、そういやラティスさんは---
「お呼びですか?」
「うわぁっ?!」

手土産と聞いてラティスさんの事を思い出し、マクネアさんへと問いかけた時背後からラティスさんの声が聞こえた。

「し、心臓に悪い……。居たんですか…」

「今ちょうど来たところですよ。アルス様、こちらが手土産の羊羹になります」

ラティスさんから3つ箱型の物を渡される。

「3つ…もですか?」

「こちらの赤色の紐で縛ってあるのが『無糖』、青色の紐で縛ってあるのが『極甘』となっております」

「………この紐がついてないのは?」

「そちらは以前にアルス様にお出しした味となっております。ヒルメ様の好みが分からなかったので、3種類ご用意させて頂きました」

「ラティスさんでも分からないことってあるんですね」

「私も人間ですので。むしろ、知らない事だらけですよ?」

「いや、そういう意味じゃ……。でも、ありがとうございます」

「いえいえ。仕事ですので。……あ、そうだ。良ければこちらを食べたヒルメ様の感想を聞いてきて頂けないでしょうか?」

「分かりました。ついでにどんなものが好みなのかも聞いときますね」

「ありがとうございます。……では、アルス様。私はこれで失礼します」

「あらラティス。もう帰るの?」

「ジルバ様のお手伝いがありますので…。マクネア様も充分くださいね?」

「ふふふっ…。それはジルバからの伝言かしら?」

「私の言葉ですよ。……では御二方、失礼します」

物を届けたラティスさんは深く一礼すると玄関から出て行った。

「……気をつけてって言ってたけど……どういう事?」

隣にいたケビン君に尋ねると予想外の言葉が返ってきた。

「マクネア様もアルス様とご一緒されますからね。護衛が居ないのでそういう意味かと…」

「…………えっ!?マクネアさんも一緒に行くの!?」

「…私が一緒だと嫌なのかしら?」

「い、いや、嫌じゃないですけど……てっきり1人で行くもんだと思ってたんで……」

「アハハハッ!そんな訳無いじゃない!アルスはまだマナーや外交ってのを知らないでしょ?」

「それは……そうですけど…」

「それにヒルメ様が私も一緒に来いって仰られたの」

「あ、そうなんすか……」

てっきり1人で行くものだと思ってた俺は少し拍子抜けした。マクネアさんも一緒に行ってくれるんならマナー講座は要らなかったんじゃ無いかなぁ?………………いやいや、要らなくは無いな。知識として必要ではある。……けど、ケビン君も知ってたのなら教えてくれても良いのに……。

何とも言えない感情が溢れるが、ポジティブに考える事にした。聞かなかった俺が悪い。うん、そういう事だ!

「じゃアルス、来たばっかりで申し訳ないけどこの荷物を『鞄』に入れてくれるかしら?」

「はい。………マクネアさん、これに入るんですか?」

マクネアさんの近くにあった鞄を見て率直な感想を伝える。その鞄とは前世でサラリーマンとかが持っているようなパソコンサイズの大きさであったからだ。

「そうよ?それはちゃんと『拡張魔法』が付与されているから、見た目よりかなり入るのよ」

「あ、皮袋と同じって事か……。そうだった。ここは魔法世界だった…」

「? 何を言っているのか分からないけど、それを入れたらすぐに出発するわ。……あ、アルスの衣類なんかはこちらで用意してるから安心して?」

「俺のですか?………ありがとうございます」

「アルスのパンツはこの前買ってたヤツで良いのよね?」

「…………何で知ってるんですか…」

「情報ってのは色んなところにあるものよ?……ほら、早く準備しちゃって」

マクネアさんは『準備しろ』と言うが、正直俺がする作業は全く無かった。何故なら執事さんやメイドさんが準備してくれてるし、俺は『何が入っているか』を覚えるだけであった。そして、最終的に大きなトランクが出てきて、他の鞄をそれに突っ込んでいくだけであった。

「お嬢様。ご用意は全て終わりました」

「ありがと。……それじゃアルス、そのトランクを持ってくれる?」

「はぁーい」

大きなトランクを持つが、中に大量に物が入ってるとは思えない軽さであった。トランクを持ち、玄関先に向かうと見送りなのか、大勢のメイドさんが居た。

「それじゃ行ってくるわね?何かあったら連絡ちょうだい」

「承知しました。お嬢様もどうかお気をつけて」

「アルス様、『転移結晶』を……」

「ありがとケビン君」

ケビン君から『転移結晶』を2つ渡されマクネアさんに1つ渡す。

「じゃあアルス。私の近くに来てくれる?」

トコトコとマクネアさんの近くに寄ると、マクネアさんがいきなり抱き着いてきた。

「へっ?!」

「ふふふ………。それじゃ行ってきます!」

「「「いってらっしゃいませ」」」

メイドさん達からの黄色い声を聞きながら『うわ!!マクネアさん超良い匂い!!』と考えてしまう。直立不動の姿勢のまま、マクネアさんの体温と吐息を感じながらシュピー共和国へと転移するのであった。




























♢♦︎♢♦︎

「………………ハッ!!!」

「どどどどうしたんですかミリィ様?!」

「……何か出し抜かれたような気配がした…」

「…………?出し抜かれた…ですか?」

「……何だろ。誰かに少し笑われたような気がするわ…」

「……気のせい…では?この部屋には私達以外誰も居ないはずですが……」

「………うーん………でも何かそんな気がするんだよなぁ………。これが女の勘…ってヤツかしら?」

「……女の勘ですか?」

「うん………」

「……あいにく私の様な豚にはその様な機能は付いておりませんので、分かりませんね…」

「………豚とか一言も言ってないんだけど…。ま、良いや。気の所為だと思うし、さっさと仕事を終わらせましょう」

「はい!!」

「………………ちょっと。出だしから間違えてるじゃない。初歩すぎるミスをしてるわよ?」

「フヒヒッ……」

「ほら、これも!こっちも!!………アンタ、ギルマス候補なのよね?全然進歩が見られないじゃない!!」

「フヒヒヒヒ!!サーセッ!!!」

♢♦︎♢♦︎♢♦︎
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