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第4章 王宮学園--長期休暇編--
第130話 -シュピー共和国-
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♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「良いか!!もう間もなくアルゼリアル王国から重要人物が来賓する!!周囲の警戒を厳にし、万全の態勢を保て!!」
「「「ハッ!!!!」」」
シュピー共和国とアルゼリアル王国の国境において。マクネア達が来るとヒルメから伝えられた兵士達は、ドウザン主導の元、周囲の警戒を厳にしながらも着々と準備を進めていた。
「精が出るのぅ」
「! これはヒルメ様、おはようございます」
「客人はもう姿を見せたかぇ?」
「いえ、まだです」
「そうか。…ならばここでちぃとばかし、待たせてもらうかのぅ」
「ヒルメ様、到着するまではお屋敷でお待ちすればーー
「妾が2人を呼び寄せたのじゃ。歓迎ぐらいしてやらんとな」
「…承知。では、椅子をご用意致します」
「良い。時期に来る頃じゃ。このままドウザンの仕事ぶりを見ながら2人を待っておるよ」
「……ですが」
「くどい。妾が『する』と決めたらするのじゃ。……葉月もおるからに、妾のことは気にせずとも良いぞ?」
「そうそう!私が居るから大丈夫ですよドウザン!」
「……それとこれとはまた別……まぁよい。では、ヒルメ様。椅子が必要な時には葉月に命令を」
「うむ」
表面上はしっかりと対応をしているドウザンであるが、内心では驚きで一杯であった。
なぜならば、歴代の女王がわざわざ来賓を迎え入れるという行為は初めてであったからだ。先代は高齢であった為、出向く事が面倒と言っていたが若い頃も『面倒』という理由で屋敷で待機していた。ヒルメも同じ様に来賓が来る時には屋敷で待っていたのだが、今回は外に出てきた。
(……それほど重要な相手という事か。確かにあのような実力者であれば、親交を深めなければならないものだからな)
ドウザンも普段ならばここまでの体制は引かない。例えば兵達の鎧が少し汚れていても『そのままで良い』と言っていた。しかし、今回の場合は違う。自分の身なりにも充分に注意を払い、兵達の身なりにも口やかましく注意していた。そして、関所が汚れ一つ無いように自分も清掃活動に精を出し、見栄えはかなり良い物としている。
ドウザンはアルス達を招くに当たって『舐められないように』という考えではなく、『アルスの機嫌を損なわないように』という理由で動いている。一度しか会ったことは無いが、彼はこのような事で気分を悪くする事は無いと思っている。しかし、人間という種族は厄介な部分がある。それは『その日の体調、気分によって』指針が変わるからだ。
ドウザンはいくつもの上流階級の人間を相手にしてきた。どれも腹に黒い物を抱えている奴らばかりであったが、『誠実か』どうかを調べるためにも少しランクを落とした歓迎を実行していた。だが今回は違う。アルスという人物を見たドウザンは『一欠片も落ち度を見せてはならぬ』と気合を入れていた。
「ドウザーン!マクネア様から『もう出る』って連絡あったよー!」
遠くから葉月の声が届き、ドウザンは兵士達に大声で伝える。
「間も無く到着するぞ!皆、身なりにも不備が無いかを今一度確認し、丁重に持て成せ!」
「「「ハハッ!!!」」」
こうして、ドウザンは自分に出来る精一杯の歓迎方法でアルス達を迎えるのであった。
♢♦︎♢♦︎
マクネアさんに抱きつかれ、少しラグがあった後、周囲の風景が変わる。鳥達の囀りが大きく聞こえ、樹々の緑が揺れる音が聞こえる。
「…着いたみたいっすね」
「………………」
「マクネアさん?」
おそらくここが目的地の様だが、マクネアは一向にアルスから離れようとしない。むしろ、熱く抱きつかれアルスの鼻腔をマクネアの匂いが刺激する。
(良い匂いだ………って、そうじゃなくて!!)
アルスはマクネアを離そうと、そっと力を込めるがマクネアは離れる素振りを見せず、アルスの胸元に顔を埋める。
「マ、マクネアさん?!」
「……………フフフッ…」
(ヤバイ。良い匂いだし凄く柔らかいし何か当たってるし渓谷が見えるしヤバイヤバイヤバイ)
決してやましい事は考えてない。豊満な果実が俺の腰に当たってるとかマクネアさんの腕が細いとか吐息がエロいとか全く考えてない。……いや、本当に。
「…………出だしから見せつけてくれるのぅ」
ふと声がする方へ目を向けると、呆れた表情を浮かべたヒルメ様が居た。
「あ、えと、こんち!……おはようございます!!マ、マクネアさん、ヒルメ様がいらっしゃるので…」
「………大丈夫じゃないかしら?」
「大丈夫じゃないですって!」
「あー………よいよい。話が進まなさそうじゃしそのままでも良いぞ?」
「…流石にそれは…。マクネアさん、すいません!」
マクネアさんを引き離しヒルメ様へと向かい合う。マクネアさんを離す時にウエスト部分を触れてしまったのは、決してやましい気持ちでは無い。
「……お久しぶりですヒルメ様」
「久し振りでも無いがのぅ?…ま、形だけの口上は不要じゃ。よくぞシュピー共和国へ」
「ご招待頂きありがとうございます」
「…アルスも急な呼び出しに応じて貰い、すまなかったな」
「いえ。俺は大丈夫ですよ」
「どうしてもアルスと強固な信頼関係を結ばねば成らぬと思うての。……しかしマクネアを呼び出したのは悪手じゃったな…」
「……私が居たら何かまずい事でも?」
「なーんでも無いぞ。何でも…な」
歯切れが悪い返事をしながらヒルメ様は後ろに控えている兵士に声を掛ける。
「ドウザン、来賓が参ったぞ。粗相のない様丁重に持て成せ」
「承知」
ドウザンと呼ばれた男が俺の前に来ると深く頭を下げる。前回見た時よりも、絶対に高い値段がすると思う鎧を身に纏っていた。
「…アルス殿。お久しぶりでございます」
「いえ……。前回は失礼な態度を取ってしまったみたいで、本当に申し訳ありませんでした…」
「いやいや。その様な事はありませぬ。むしろ、私がぶっきらぼうな態度を取ってしまった事の方が………」
「いえ、それは仕方のない事ですから…。こちらこそ申し訳ありません…」
正直、迫力がある人物が下手に出て謝罪をしてくると非常に困る。前世でも体験した事ないし、なんと言って良いのか分からない。互いに頭を下げあっていると、めんどくさそうな声が聞こえた。
「…2人して何をやっておるのじゃ?話が進んでおらぬではないか」
「…しかしヒルメ様。私はアルス殿に失礼な態度を取ってしまったのは事実…
「それについては妾がもう謝罪しておる。アルスも気にしてないと言っておったぞ?のぅ、アルス」
「あ、はい」
「しかし…」
「ウジウジと面倒くさいのぅ。迫力はあるのに中身が伴っておらんではないか」
「………………」
「おっと。失言じゃったな」
「…………もう慣れましたがね。……ではアルス殿。今から私がアルス殿達のお世話をする事になっております。そして、今から入国するのですが………その前に身体検査をしてもよろしいか?」
「あ、はい。良いですよ」
「申し訳無い。無害とは分かっておるのですが、これも規則なので…」
「大丈夫ですよ。それが当たり前だと思いますから」
「ではアルス殿…お持ちの武器を提出していただけませんか?皮袋に入っている予備武器も出していただけると幸いです。……あ、もちろん確認後は返却しますのでご安心を」
「分かりました」
「ではこちらへ…」
ドウザンさんに連れられ関所へと移動する。室内に入る事はなく、外に出ている長机の上に持っている武器を提出し、皮袋からも数本取り出す。……流石に某ゲームの武器を殆ど創ったとは言え、全部を出す事はしなかった。
「……ほほう。この武器はとてもシンプルな造りになっておりますが、威力斬れ味共に素晴らしいですな。……これはどの名工が作成したのでしょうか?」
『ゆうしゃのつるぎ』を見ながらドウザンさんが尋ねてくる。一目見ただけで分かるという事は、この人は凄く手練れだと理解できる。
「えとですね……。これは俺の村で創った物なんですよ」
「ほほう。ぜひともアルス殿の村に遊びに行きたいものですな。これ程の剣を造れるのならば余程の名工なのでしょう」
「アハハ……」
「これ以外にお持ちの武器は?」
「えと……あるにはあるのですが……えーっとですね………」
脳みそをフル回転させ、都合のいい言い訳がないかを探す。すると、天啓が舞い降りた。
「! えと……あと数本あるのですが、どれも呪われている物でして……。装備者にしか害は無いのですが、私以外に見せたことが無いので……」
「……呪われている?それは………困りましたな」
「はい…………。あ、えと、出すのはちょっと困りますが、この皮袋のまま預かってもらうなら大丈夫ですよ?」
「……宜しいので?アルス殿が丸腰になると思われますが…」
「危害を加える事は無いでしょうし、余計な心配事が無くなりませんか?」
「むむ………。確かにそうですが……」
「では私が持っている武器類は全て皮袋に入れておきますので、こちらで預かっては貰えませんか?」
「………分かりました。厳重に保管しておきます」
無事に身体検査も終わり、元の場所へと戻る。戻る途中で『無駄な事はせずに最初っからこうすれば良かったな』と反省した。
「戻りました」
「遅い。あまりにも遅すぎて妾はお腹が空いてしまったぞ」
ヒルメ様は駄々っ子の様に唇を尖らせ、俺とドウザンさんを軽く睨みつける。
「あ、そうだった!」
ヒルメ様の言葉で思い出し、その場に置いていたトランクから手土産を取り出す。
「……なんじゃ?」
「………アルス。それは後で渡すものよ?」
「あ……そうっすね……」
マクネアさんに注意をされ、手土産をトランクに戻そうとするとヒルメ様から待ったがかかる。
「アルス、それはなんじゃ?妾へと贈り物か?」
「はい。…すいません、いま出すべきものでは無いので後からお渡し---
「気になるでは無いか。中身はなんじゃ?教えてたもれ」
チラリとマクネアさんに目配せをすると、渋々ながらも頷きを返される。手土産は2つあるが、とりあえず王城の料理人が作った方の手土産をヒルメ様に渡す。
「えーっとですね……ヒルメ様が希望していたお菓子になります」
「なんと!!!!!これはアレか!?前に王城に遊びに行った時の菓子か!?」
「えっと……多分そうです…」
ヒルメ様は目を輝かせると俺から手土産を奪い取る。
「嬉しいのぅ!!妾の分は葉月に盗られてしもうたからのぉ!!」
「盗ってないですぅー!!早い者勝ちなんですー!!」
「他には無いのか?これだけじゃと、少なく感じるのだが…」
「えーと……あるにはありますが……これは別の場所でお渡ししたいと思います…」
「! なんと!ならばより一層の持て成しをせねば!!…ドウザン!妾は一足先に屋敷へと帰っておる!後の事は任せたぞ!!」
ヒルメ様はその場で小さく跳ねると、葉月さんを連れて素早く中へと入っていった。
「……………もしや手土産が目的だったのか?」
「……目的?……どういう事ですか?」
「……いや、何でもない。こちらの話だ。…………わざわざ菓子を受けるために出てきたのか」
「……………」
何やらドウザンさんが険し過ぎる表情を浮かべたので、マクネアさんの方へと逃げる。
「………アルス。手土産は正式に挨拶をしてから渡すものよ?」
「すいません……。出しゃばりました…」
「不用意な発言は控える事。こういう場は私に任せなさい」
「はい……」
マクネアさんに怒られ少ししょげていると、マクネアさんがニッコリとした笑顔を見せる。
「ま、これも勉強よ。次から気をつければ良いわ。初めての外交がヒルメ様で良かったわね」
マクネアさんはそう言うと俺の方をポンポンと叩き、ドウザンさんへと話しかける。
「ドウザン様、そろそろ入国しても良いかしら?」
「あ、ああ……。では私の後について来てください」
ドウザンさんに連れられ関所をくぐる。関所の中は想像以上に厳戒なもので、兵士達がそこら中に待機していた。
「アルス殿、そしてマクネア様。関所を抜けた後に人力車をご用意してます。馬車の方が宜しければそちらも御準備しておりますが…」
「うーん……そうねぇ…せっかくだから人力車に乗ろうかしら。それは何人乗りかしら?」
「3人用と2人用をご用意しております」
「じゃあ、私とアルスは2人用に乗るわ」
「承知しました。………案内などは不要ですかな?」
「観光は後回しにしておくわ。…その時間はあるのよね?」
「もちろん。ご用意しております」
「じゃあ、その時はドウザン様に案内をお願いするわ。私、買い物とかをしたいの」
「ハハハッ!マクネア様は相変わらずですなぁ!では、案内の時には葉月を連れて行った方が良さそうですね」
「ヒルメ様もご一緒に買い物に行かれないかしら?」
「さぁ?……ヒルメ様はあまり外に出たがりませぬからなぁ。…まぁマクネア様がお声掛けすればもしかしたら……」
「ふふふっ。なら後で声を掛けてみるわ」
楽しそうに話をしている2人を見ながら、俺は今聞いた情報を整理する。
(……今、『人力車』って言ったよな?人力車って……あれだろ??TVでやってた奴だよな?)
『人力車』という単語に前世の記憶が重なる。だが、この世界にもあるのだろうか?
(……いやいや。流石にエルフだぞ?『人力』とか言ってるけど、どーせ森の精霊とか妖精とかが引っ張る奴だろ…)
まさかの考えを自ら否定し、『ただ似たような単語なだけだ』と言い聞かせる。
「この扉を抜けたらシュピー共和国ですぞ」
ドウザンさんの声が聞こえ前の方に目を向けると、扉の前に屈強な兵士が2人立っていた。ドウザンさんが頷くと兵士達はゆっくりと扉を開ける。外から太陽の光が差し込み、真っ白な光が目に入り、俺は一瞬だけ目を閉じるのであった。
「良いか!!もう間もなくアルゼリアル王国から重要人物が来賓する!!周囲の警戒を厳にし、万全の態勢を保て!!」
「「「ハッ!!!!」」」
シュピー共和国とアルゼリアル王国の国境において。マクネア達が来るとヒルメから伝えられた兵士達は、ドウザン主導の元、周囲の警戒を厳にしながらも着々と準備を進めていた。
「精が出るのぅ」
「! これはヒルメ様、おはようございます」
「客人はもう姿を見せたかぇ?」
「いえ、まだです」
「そうか。…ならばここでちぃとばかし、待たせてもらうかのぅ」
「ヒルメ様、到着するまではお屋敷でお待ちすればーー
「妾が2人を呼び寄せたのじゃ。歓迎ぐらいしてやらんとな」
「…承知。では、椅子をご用意致します」
「良い。時期に来る頃じゃ。このままドウザンの仕事ぶりを見ながら2人を待っておるよ」
「……ですが」
「くどい。妾が『する』と決めたらするのじゃ。……葉月もおるからに、妾のことは気にせずとも良いぞ?」
「そうそう!私が居るから大丈夫ですよドウザン!」
「……それとこれとはまた別……まぁよい。では、ヒルメ様。椅子が必要な時には葉月に命令を」
「うむ」
表面上はしっかりと対応をしているドウザンであるが、内心では驚きで一杯であった。
なぜならば、歴代の女王がわざわざ来賓を迎え入れるという行為は初めてであったからだ。先代は高齢であった為、出向く事が面倒と言っていたが若い頃も『面倒』という理由で屋敷で待機していた。ヒルメも同じ様に来賓が来る時には屋敷で待っていたのだが、今回は外に出てきた。
(……それほど重要な相手という事か。確かにあのような実力者であれば、親交を深めなければならないものだからな)
ドウザンも普段ならばここまでの体制は引かない。例えば兵達の鎧が少し汚れていても『そのままで良い』と言っていた。しかし、今回の場合は違う。自分の身なりにも充分に注意を払い、兵達の身なりにも口やかましく注意していた。そして、関所が汚れ一つ無いように自分も清掃活動に精を出し、見栄えはかなり良い物としている。
ドウザンはアルス達を招くに当たって『舐められないように』という考えではなく、『アルスの機嫌を損なわないように』という理由で動いている。一度しか会ったことは無いが、彼はこのような事で気分を悪くする事は無いと思っている。しかし、人間という種族は厄介な部分がある。それは『その日の体調、気分によって』指針が変わるからだ。
ドウザンはいくつもの上流階級の人間を相手にしてきた。どれも腹に黒い物を抱えている奴らばかりであったが、『誠実か』どうかを調べるためにも少しランクを落とした歓迎を実行していた。だが今回は違う。アルスという人物を見たドウザンは『一欠片も落ち度を見せてはならぬ』と気合を入れていた。
「ドウザーン!マクネア様から『もう出る』って連絡あったよー!」
遠くから葉月の声が届き、ドウザンは兵士達に大声で伝える。
「間も無く到着するぞ!皆、身なりにも不備が無いかを今一度確認し、丁重に持て成せ!」
「「「ハハッ!!!」」」
こうして、ドウザンは自分に出来る精一杯の歓迎方法でアルス達を迎えるのであった。
♢♦︎♢♦︎
マクネアさんに抱きつかれ、少しラグがあった後、周囲の風景が変わる。鳥達の囀りが大きく聞こえ、樹々の緑が揺れる音が聞こえる。
「…着いたみたいっすね」
「………………」
「マクネアさん?」
おそらくここが目的地の様だが、マクネアは一向にアルスから離れようとしない。むしろ、熱く抱きつかれアルスの鼻腔をマクネアの匂いが刺激する。
(良い匂いだ………って、そうじゃなくて!!)
アルスはマクネアを離そうと、そっと力を込めるがマクネアは離れる素振りを見せず、アルスの胸元に顔を埋める。
「マ、マクネアさん?!」
「……………フフフッ…」
(ヤバイ。良い匂いだし凄く柔らかいし何か当たってるし渓谷が見えるしヤバイヤバイヤバイ)
決してやましい事は考えてない。豊満な果実が俺の腰に当たってるとかマクネアさんの腕が細いとか吐息がエロいとか全く考えてない。……いや、本当に。
「…………出だしから見せつけてくれるのぅ」
ふと声がする方へ目を向けると、呆れた表情を浮かべたヒルメ様が居た。
「あ、えと、こんち!……おはようございます!!マ、マクネアさん、ヒルメ様がいらっしゃるので…」
「………大丈夫じゃないかしら?」
「大丈夫じゃないですって!」
「あー………よいよい。話が進まなさそうじゃしそのままでも良いぞ?」
「…流石にそれは…。マクネアさん、すいません!」
マクネアさんを引き離しヒルメ様へと向かい合う。マクネアさんを離す時にウエスト部分を触れてしまったのは、決してやましい気持ちでは無い。
「……お久しぶりですヒルメ様」
「久し振りでも無いがのぅ?…ま、形だけの口上は不要じゃ。よくぞシュピー共和国へ」
「ご招待頂きありがとうございます」
「…アルスも急な呼び出しに応じて貰い、すまなかったな」
「いえ。俺は大丈夫ですよ」
「どうしてもアルスと強固な信頼関係を結ばねば成らぬと思うての。……しかしマクネアを呼び出したのは悪手じゃったな…」
「……私が居たら何かまずい事でも?」
「なーんでも無いぞ。何でも…な」
歯切れが悪い返事をしながらヒルメ様は後ろに控えている兵士に声を掛ける。
「ドウザン、来賓が参ったぞ。粗相のない様丁重に持て成せ」
「承知」
ドウザンと呼ばれた男が俺の前に来ると深く頭を下げる。前回見た時よりも、絶対に高い値段がすると思う鎧を身に纏っていた。
「…アルス殿。お久しぶりでございます」
「いえ……。前回は失礼な態度を取ってしまったみたいで、本当に申し訳ありませんでした…」
「いやいや。その様な事はありませぬ。むしろ、私がぶっきらぼうな態度を取ってしまった事の方が………」
「いえ、それは仕方のない事ですから…。こちらこそ申し訳ありません…」
正直、迫力がある人物が下手に出て謝罪をしてくると非常に困る。前世でも体験した事ないし、なんと言って良いのか分からない。互いに頭を下げあっていると、めんどくさそうな声が聞こえた。
「…2人して何をやっておるのじゃ?話が進んでおらぬではないか」
「…しかしヒルメ様。私はアルス殿に失礼な態度を取ってしまったのは事実…
「それについては妾がもう謝罪しておる。アルスも気にしてないと言っておったぞ?のぅ、アルス」
「あ、はい」
「しかし…」
「ウジウジと面倒くさいのぅ。迫力はあるのに中身が伴っておらんではないか」
「………………」
「おっと。失言じゃったな」
「…………もう慣れましたがね。……ではアルス殿。今から私がアルス殿達のお世話をする事になっております。そして、今から入国するのですが………その前に身体検査をしてもよろしいか?」
「あ、はい。良いですよ」
「申し訳無い。無害とは分かっておるのですが、これも規則なので…」
「大丈夫ですよ。それが当たり前だと思いますから」
「ではアルス殿…お持ちの武器を提出していただけませんか?皮袋に入っている予備武器も出していただけると幸いです。……あ、もちろん確認後は返却しますのでご安心を」
「分かりました」
「ではこちらへ…」
ドウザンさんに連れられ関所へと移動する。室内に入る事はなく、外に出ている長机の上に持っている武器を提出し、皮袋からも数本取り出す。……流石に某ゲームの武器を殆ど創ったとは言え、全部を出す事はしなかった。
「……ほほう。この武器はとてもシンプルな造りになっておりますが、威力斬れ味共に素晴らしいですな。……これはどの名工が作成したのでしょうか?」
『ゆうしゃのつるぎ』を見ながらドウザンさんが尋ねてくる。一目見ただけで分かるという事は、この人は凄く手練れだと理解できる。
「えとですね……。これは俺の村で創った物なんですよ」
「ほほう。ぜひともアルス殿の村に遊びに行きたいものですな。これ程の剣を造れるのならば余程の名工なのでしょう」
「アハハ……」
「これ以外にお持ちの武器は?」
「えと……あるにはあるのですが……えーっとですね………」
脳みそをフル回転させ、都合のいい言い訳がないかを探す。すると、天啓が舞い降りた。
「! えと……あと数本あるのですが、どれも呪われている物でして……。装備者にしか害は無いのですが、私以外に見せたことが無いので……」
「……呪われている?それは………困りましたな」
「はい…………。あ、えと、出すのはちょっと困りますが、この皮袋のまま預かってもらうなら大丈夫ですよ?」
「……宜しいので?アルス殿が丸腰になると思われますが…」
「危害を加える事は無いでしょうし、余計な心配事が無くなりませんか?」
「むむ………。確かにそうですが……」
「では私が持っている武器類は全て皮袋に入れておきますので、こちらで預かっては貰えませんか?」
「………分かりました。厳重に保管しておきます」
無事に身体検査も終わり、元の場所へと戻る。戻る途中で『無駄な事はせずに最初っからこうすれば良かったな』と反省した。
「戻りました」
「遅い。あまりにも遅すぎて妾はお腹が空いてしまったぞ」
ヒルメ様は駄々っ子の様に唇を尖らせ、俺とドウザンさんを軽く睨みつける。
「あ、そうだった!」
ヒルメ様の言葉で思い出し、その場に置いていたトランクから手土産を取り出す。
「……なんじゃ?」
「………アルス。それは後で渡すものよ?」
「あ……そうっすね……」
マクネアさんに注意をされ、手土産をトランクに戻そうとするとヒルメ様から待ったがかかる。
「アルス、それはなんじゃ?妾へと贈り物か?」
「はい。…すいません、いま出すべきものでは無いので後からお渡し---
「気になるでは無いか。中身はなんじゃ?教えてたもれ」
チラリとマクネアさんに目配せをすると、渋々ながらも頷きを返される。手土産は2つあるが、とりあえず王城の料理人が作った方の手土産をヒルメ様に渡す。
「えーっとですね……ヒルメ様が希望していたお菓子になります」
「なんと!!!!!これはアレか!?前に王城に遊びに行った時の菓子か!?」
「えっと……多分そうです…」
ヒルメ様は目を輝かせると俺から手土産を奪い取る。
「嬉しいのぅ!!妾の分は葉月に盗られてしもうたからのぉ!!」
「盗ってないですぅー!!早い者勝ちなんですー!!」
「他には無いのか?これだけじゃと、少なく感じるのだが…」
「えーと……あるにはありますが……これは別の場所でお渡ししたいと思います…」
「! なんと!ならばより一層の持て成しをせねば!!…ドウザン!妾は一足先に屋敷へと帰っておる!後の事は任せたぞ!!」
ヒルメ様はその場で小さく跳ねると、葉月さんを連れて素早く中へと入っていった。
「……………もしや手土産が目的だったのか?」
「……目的?……どういう事ですか?」
「……いや、何でもない。こちらの話だ。…………わざわざ菓子を受けるために出てきたのか」
「……………」
何やらドウザンさんが険し過ぎる表情を浮かべたので、マクネアさんの方へと逃げる。
「………アルス。手土産は正式に挨拶をしてから渡すものよ?」
「すいません……。出しゃばりました…」
「不用意な発言は控える事。こういう場は私に任せなさい」
「はい……」
マクネアさんに怒られ少ししょげていると、マクネアさんがニッコリとした笑顔を見せる。
「ま、これも勉強よ。次から気をつければ良いわ。初めての外交がヒルメ様で良かったわね」
マクネアさんはそう言うと俺の方をポンポンと叩き、ドウザンさんへと話しかける。
「ドウザン様、そろそろ入国しても良いかしら?」
「あ、ああ……。では私の後について来てください」
ドウザンさんに連れられ関所をくぐる。関所の中は想像以上に厳戒なもので、兵士達がそこら中に待機していた。
「アルス殿、そしてマクネア様。関所を抜けた後に人力車をご用意してます。馬車の方が宜しければそちらも御準備しておりますが…」
「うーん……そうねぇ…せっかくだから人力車に乗ろうかしら。それは何人乗りかしら?」
「3人用と2人用をご用意しております」
「じゃあ、私とアルスは2人用に乗るわ」
「承知しました。………案内などは不要ですかな?」
「観光は後回しにしておくわ。…その時間はあるのよね?」
「もちろん。ご用意しております」
「じゃあ、その時はドウザン様に案内をお願いするわ。私、買い物とかをしたいの」
「ハハハッ!マクネア様は相変わらずですなぁ!では、案内の時には葉月を連れて行った方が良さそうですね」
「ヒルメ様もご一緒に買い物に行かれないかしら?」
「さぁ?……ヒルメ様はあまり外に出たがりませぬからなぁ。…まぁマクネア様がお声掛けすればもしかしたら……」
「ふふふっ。なら後で声を掛けてみるわ」
楽しそうに話をしている2人を見ながら、俺は今聞いた情報を整理する。
(……今、『人力車』って言ったよな?人力車って……あれだろ??TVでやってた奴だよな?)
『人力車』という単語に前世の記憶が重なる。だが、この世界にもあるのだろうか?
(……いやいや。流石にエルフだぞ?『人力』とか言ってるけど、どーせ森の精霊とか妖精とかが引っ張る奴だろ…)
まさかの考えを自ら否定し、『ただ似たような単語なだけだ』と言い聞かせる。
「この扉を抜けたらシュピー共和国ですぞ」
ドウザンさんの声が聞こえ前の方に目を向けると、扉の前に屈強な兵士が2人立っていた。ドウザンさんが頷くと兵士達はゆっくりと扉を開ける。外から太陽の光が差し込み、真っ白な光が目に入り、俺は一瞬だけ目を閉じるのであった。
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