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もうこれ以上、許さない1
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「あたしちょっと、この辺散歩して帰るね」
「相変わらず、暑いのに物好きだな。
まぁいい、変な男に気をつけるんだぞ」
「お父さん、まだそれ言ってるのっ?
そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
あたしは、5年近く過ごした町を離れて……
地元の県に帰って来てた。
面接した派遣会社で、こっちの企業の募集を見つけて……
不適切な恋愛沙汰で迷惑をかけた事や、駆け落ちしようとした申し訳なさで、これ以上親に心配をかけるのはやめようと思ったからだ。
それと、もう逃げたくなかったから。
そう、元はと言えば……
風人にフラれた、6年半前のあの日。
その現実から逃げたりしなければ……
誰も傷付けずに、苦しめずにすんだから。
ただ、今日はお盆のお墓参りで実家に来てるだけで。
職場とその寮は、ここからだいぶ離れてる。
そうじゃなきゃ、こっちに帰って来れなかった。
だって、偶然あの2人に会うわけにはいかないから。
それは、辛くて耐えられないという理由だけじゃなく……
玉城さんは、風人を追っかけて来たと思って不安になるだろうし。
なんらかの対策を取られて、また家族が巻き込まれるのは嫌だから。
そして風人に対しては……
誉と結婚してるはずなのに、この町に住むのは不自然だし。
昔の記憶がない風人に、ここがあたしの地元だとカミングアウトするわけにもいかないからだ。
だけど、去年も散歩したある場所にはどうしても行きたくて……
家族と過ごしてるはずのお盆なら、遭遇しないだろうと。
霊園の少し先にある、その場所に足を伸ばした。
ちなみに、お父さんが変な男に気をつけろと心配するのは……
突然こっちに帰って来て、そのうえ携帯番号まで変えたため。
ストーカー被害にあったと勘違いしてるからだ。
何度違うって否定しても……
「嘘をつけ!
お前がフラフラしてるからそんな事になるんだぞっ?」と。
どうやら説教から逃げるために、誤魔化してると思ってるようだ。
でももうそれから、1年半以上経つんだから……
いいかげんその心配はやめてほしい。
まぁケー番まで変えたら、よほどの事があったと思われても仕方ないけど。
クリーニング屋で辛かった現象と同様に……
誰かから携帯に連絡が入ると、思わず期待して。
そのたびに打ちのめされてたから。
その町を離れた理由と同じく、早く立ち直るためにも変える事にしたのだった。
とその時、携帯にマスターからメッセージが入る。
〈おつでーす!
夏バテしてないか~?
え、しそう?
そんな月奈ちゃんにオススメな一杯が、こちら↓↓↓〉
と、カクテルのレシピ画像が添付されてて。
あたしは歩きながらクスリと笑った。
あっちでこの携帯の番号とかを知ってるのは、クリーニング屋の事務所とマスターだけで。
今でもこうやって、たまに連絡してくれてた。
〈美味しそう!
今実家だから、マイバーに戻ったらさっそく作ってみるねっ〉
そう返事した通り。
今は自分で作って、カクテルを楽しんでた。
元々、マスターやCyclamenだから通ってただけで……
それ以外なら必要ないからだ。
ふいに、貸し切りにしてくれた、最後に飲みに行った日を思い出す。
*
*
*
「マスター、今までほんとにありがとね。
いつもいっぱい元気もらってた」
「ぜーんぜん、こっちこそだよ。
俺もめちゃくちゃ元気もらってたし。
月奈ちゃんのおかげで、今のCyclamenがあるからさっ」
「それは嘘すぎっ。
しかもあたしは元気どころか、陰気を持ち込んでた気がするんだけど」
「いやマジだから!
ほら覚えてるっ?あの黒歴史のあと……」
と今までを振り返り始めるマスター。
「親父が月奈ちゃんの事ベタ褒めして、お前も見習え的な事言うからさぁ。
なんでそんな頑張んの?って訊いたよな。
そしたら、あたしにはここしかないから、って言っただろ?」
「うん……
そしたらマスター、俺に足りないのはそれだ!って言ってたよね」
「そお!
夢を叶えたいとか、成功させたい程度じゃなくて。
俺もそこしか、Cyclamenしかないって覚悟で頑張んなきゃダメだなって。
それで今があるわけだから」
「でもそれはあたしのおかげじゃなくて、マスターが頑張ったからだよ」
「だーからそう頑張れたのはっ、そんな月奈ちゃんに感化されたからだし。
それに、」
そこで一瞬ためらって、観念したふうに苦笑う。
「ここしかないって言った月奈ちゃんが、ほっとけなくてさ。
俺が支えてやりたいって思うようになって……
気付けば特別な存在になってたから、会えるだけで元気もらってたんだよ」
え、今なんて……
サラッとこぼされた意味深な言葉に、耳を疑うも。
マスターは考える隙も与えず、続きを畳み掛ける。
「だから俺も、月奈ちゃんに元気をあげたかったし。
ここしかないって状態に、居場所を作ってあげたかったんだ」
そう言われて。
胸がぎゅうっと締め付けられる。
「うん、居場所になってた……
ここがあたしの、唯一の居場所だったよっ」
「なら良かった……
そうなれてただけで、ぜーんぶ報われるよ。
まぁ、今だからぶっちゃけるけどさっ?
ほんとはもっと、月奈ちゃんの事を知りたかったし近づきたかったんだ。
けど、それを拒んでるのは明らかだったからさっ。
月奈ちゃんの居場所であり続けるために、深入りしないようにしてたんだ」
あたしのためにそこまで考えて、こんなにずっと居場所を守ってくれてたんだ……
胸が痛いくらい、いっぱいになる。
「ありがとうっ……
おかげですっごく居心地よかったし。
マスターもCyclamenも、ほんとにほんとに大好きだった」
だからこそ、失いたくなくて。
この居場所を大事にしたくて。
何も求めないように、マスターとお客さんの関係を徹底してた。
「っっ、俺も月奈ちゃんが大っ好きだったよ……
だけど月奈ちゃんの好きは、俺の好きと違ってライクなのはわかってたし。
心に誰かいるのも感じてたからさっ。
ずっと、見守る事しか出来なかったけど」
え、それってどうゆう……
さっきの特別な存在って、まさか……
思わず動揺するあたしを、マスターがからかうように笑い飛ばした。
「そしたらどうなったと思うっ?
想いが募り募って、100億人分くらいデカくなって、もう恋愛レベル超えちゃったからさっ?
これからも月奈ちゃんを応援する、最大の味方でいたいと思うよ」
その途端、ぐわりと涙が込み上げて……
いったいどれだけの時間を、どんな想いで見守り続けてくれたんだろうと。
その優しさや想いの大きさに、心が途轍もなく揺さぶられる。
そしてふと。
ー「なんで彼女作んないの?
…もう4年以上は人間の彼女いなくない?」
「俺一途だから」ー
思い出したやり取りに、ぶわりと涙があふれ出す。
「っっ、ありがとうっ。
マスターがいつも、味方でいてくれたから……
ずっと支えてくれたからっ……
あの孤独だった絶望の時期を乗り越えて、今日まで頑張ってこれたんだと思う。
だからあたしも、なんの役にも立てないかもだけどっ、マスターの味方でいたいと思うよ」
そう告げると。
マスターは感極まった様子で、くしゃりと顔を綻ばせた。
「俺こそありがとおっ……
あと、俺にとってはさっ?
月奈ちゃんが笑ったり、喜んだり幸せだったら……
それがこっちまでそんな気にさせる、応援になるんだよ。
だからさっそく、その泣きっ面をファイタームーンで笑顔にしてやる」
「……ポンポン付き?」
「もちろんっ!」
そうしてあたしとマスターは、笑顔で最後の日を終えた。
*
*
*
「相変わらず、暑いのに物好きだな。
まぁいい、変な男に気をつけるんだぞ」
「お父さん、まだそれ言ってるのっ?
そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
あたしは、5年近く過ごした町を離れて……
地元の県に帰って来てた。
面接した派遣会社で、こっちの企業の募集を見つけて……
不適切な恋愛沙汰で迷惑をかけた事や、駆け落ちしようとした申し訳なさで、これ以上親に心配をかけるのはやめようと思ったからだ。
それと、もう逃げたくなかったから。
そう、元はと言えば……
風人にフラれた、6年半前のあの日。
その現実から逃げたりしなければ……
誰も傷付けずに、苦しめずにすんだから。
ただ、今日はお盆のお墓参りで実家に来てるだけで。
職場とその寮は、ここからだいぶ離れてる。
そうじゃなきゃ、こっちに帰って来れなかった。
だって、偶然あの2人に会うわけにはいかないから。
それは、辛くて耐えられないという理由だけじゃなく……
玉城さんは、風人を追っかけて来たと思って不安になるだろうし。
なんらかの対策を取られて、また家族が巻き込まれるのは嫌だから。
そして風人に対しては……
誉と結婚してるはずなのに、この町に住むのは不自然だし。
昔の記憶がない風人に、ここがあたしの地元だとカミングアウトするわけにもいかないからだ。
だけど、去年も散歩したある場所にはどうしても行きたくて……
家族と過ごしてるはずのお盆なら、遭遇しないだろうと。
霊園の少し先にある、その場所に足を伸ばした。
ちなみに、お父さんが変な男に気をつけろと心配するのは……
突然こっちに帰って来て、そのうえ携帯番号まで変えたため。
ストーカー被害にあったと勘違いしてるからだ。
何度違うって否定しても……
「嘘をつけ!
お前がフラフラしてるからそんな事になるんだぞっ?」と。
どうやら説教から逃げるために、誤魔化してると思ってるようだ。
でももうそれから、1年半以上経つんだから……
いいかげんその心配はやめてほしい。
まぁケー番まで変えたら、よほどの事があったと思われても仕方ないけど。
クリーニング屋で辛かった現象と同様に……
誰かから携帯に連絡が入ると、思わず期待して。
そのたびに打ちのめされてたから。
その町を離れた理由と同じく、早く立ち直るためにも変える事にしたのだった。
とその時、携帯にマスターからメッセージが入る。
〈おつでーす!
夏バテしてないか~?
え、しそう?
そんな月奈ちゃんにオススメな一杯が、こちら↓↓↓〉
と、カクテルのレシピ画像が添付されてて。
あたしは歩きながらクスリと笑った。
あっちでこの携帯の番号とかを知ってるのは、クリーニング屋の事務所とマスターだけで。
今でもこうやって、たまに連絡してくれてた。
〈美味しそう!
今実家だから、マイバーに戻ったらさっそく作ってみるねっ〉
そう返事した通り。
今は自分で作って、カクテルを楽しんでた。
元々、マスターやCyclamenだから通ってただけで……
それ以外なら必要ないからだ。
ふいに、貸し切りにしてくれた、最後に飲みに行った日を思い出す。
*
*
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「マスター、今までほんとにありがとね。
いつもいっぱい元気もらってた」
「ぜーんぜん、こっちこそだよ。
俺もめちゃくちゃ元気もらってたし。
月奈ちゃんのおかげで、今のCyclamenがあるからさっ」
「それは嘘すぎっ。
しかもあたしは元気どころか、陰気を持ち込んでた気がするんだけど」
「いやマジだから!
ほら覚えてるっ?あの黒歴史のあと……」
と今までを振り返り始めるマスター。
「親父が月奈ちゃんの事ベタ褒めして、お前も見習え的な事言うからさぁ。
なんでそんな頑張んの?って訊いたよな。
そしたら、あたしにはここしかないから、って言っただろ?」
「うん……
そしたらマスター、俺に足りないのはそれだ!って言ってたよね」
「そお!
夢を叶えたいとか、成功させたい程度じゃなくて。
俺もそこしか、Cyclamenしかないって覚悟で頑張んなきゃダメだなって。
それで今があるわけだから」
「でもそれはあたしのおかげじゃなくて、マスターが頑張ったからだよ」
「だーからそう頑張れたのはっ、そんな月奈ちゃんに感化されたからだし。
それに、」
そこで一瞬ためらって、観念したふうに苦笑う。
「ここしかないって言った月奈ちゃんが、ほっとけなくてさ。
俺が支えてやりたいって思うようになって……
気付けば特別な存在になってたから、会えるだけで元気もらってたんだよ」
え、今なんて……
サラッとこぼされた意味深な言葉に、耳を疑うも。
マスターは考える隙も与えず、続きを畳み掛ける。
「だから俺も、月奈ちゃんに元気をあげたかったし。
ここしかないって状態に、居場所を作ってあげたかったんだ」
そう言われて。
胸がぎゅうっと締め付けられる。
「うん、居場所になってた……
ここがあたしの、唯一の居場所だったよっ」
「なら良かった……
そうなれてただけで、ぜーんぶ報われるよ。
まぁ、今だからぶっちゃけるけどさっ?
ほんとはもっと、月奈ちゃんの事を知りたかったし近づきたかったんだ。
けど、それを拒んでるのは明らかだったからさっ。
月奈ちゃんの居場所であり続けるために、深入りしないようにしてたんだ」
あたしのためにそこまで考えて、こんなにずっと居場所を守ってくれてたんだ……
胸が痛いくらい、いっぱいになる。
「ありがとうっ……
おかげですっごく居心地よかったし。
マスターもCyclamenも、ほんとにほんとに大好きだった」
だからこそ、失いたくなくて。
この居場所を大事にしたくて。
何も求めないように、マスターとお客さんの関係を徹底してた。
「っっ、俺も月奈ちゃんが大っ好きだったよ……
だけど月奈ちゃんの好きは、俺の好きと違ってライクなのはわかってたし。
心に誰かいるのも感じてたからさっ。
ずっと、見守る事しか出来なかったけど」
え、それってどうゆう……
さっきの特別な存在って、まさか……
思わず動揺するあたしを、マスターがからかうように笑い飛ばした。
「そしたらどうなったと思うっ?
想いが募り募って、100億人分くらいデカくなって、もう恋愛レベル超えちゃったからさっ?
これからも月奈ちゃんを応援する、最大の味方でいたいと思うよ」
その途端、ぐわりと涙が込み上げて……
いったいどれだけの時間を、どんな想いで見守り続けてくれたんだろうと。
その優しさや想いの大きさに、心が途轍もなく揺さぶられる。
そしてふと。
ー「なんで彼女作んないの?
…もう4年以上は人間の彼女いなくない?」
「俺一途だから」ー
思い出したやり取りに、ぶわりと涙があふれ出す。
「っっ、ありがとうっ。
マスターがいつも、味方でいてくれたから……
ずっと支えてくれたからっ……
あの孤独だった絶望の時期を乗り越えて、今日まで頑張ってこれたんだと思う。
だからあたしも、なんの役にも立てないかもだけどっ、マスターの味方でいたいと思うよ」
そう告げると。
マスターは感極まった様子で、くしゃりと顔を綻ばせた。
「俺こそありがとおっ……
あと、俺にとってはさっ?
月奈ちゃんが笑ったり、喜んだり幸せだったら……
それがこっちまでそんな気にさせる、応援になるんだよ。
だからさっそく、その泣きっ面をファイタームーンで笑顔にしてやる」
「……ポンポン付き?」
「もちろんっ!」
そうしてあたしとマスターは、笑顔で最後の日を終えた。
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