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第四章 転機

第五話

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 おばさまの説得には、時間がかかると思っていた。

 往復の日数を除いても、一週間くらいは滞在できる余裕をとっていた。

 慌てて、帰る必要はなかった。

 用事が早く済んでしまったことが、逆に良くなかったのかもしれない。

「やっぱり……私、だめかも」

 ここに来るまでの間にも、ずっと、感じていたこと。

 心がどんどん冷え込んでいって、固くなっていく感覚。

 そして、息苦しい。

 正直に言えば、少しだけ期待していた。

 ここに来て、おばさまやおじさまに向かい合っていれば、こんな気分になる余裕はない。

 どうでもいい雑用を押し付けられて、少しでも粗相があれば鞭でぶたれて、だから、そんなに頑張る必要のない仕事でも必死でこなす……何かをまともに考える余裕なんてない。

 嫌なことが多すぎて、嫌なことを忘れられる場所。

 そういう意味では、ここは最高の場所……のはずだった。

「私……サイテーなお姉ちゃん」

 ベッドの上に寝転がっていると、嫌な想像が止まらない。

 妹から、あのお人形さんのように可愛らしい顔立ちがなくなったら……どんな表情をするんだろ?

 もし、あの妹にこれ以上ないくらい好きな男の人がいて、その人を別の女に奪われたら、どんな表情をするんだろ?

(こんなお姉ちゃん、世の中にどれくらいいるの……?)

 しかも……。

「別に、そんなに酷い想像しているって思えないんだ。アンナなんて……」

 ヨゼフを選んだ自分は間違いじゃない。

 本当に全部、嘘だったわけじゃない。

 そう知ってから、悲しみが薄らいでいって、妹への怒りだけに染まっていって……少しだけ楽な気分になれていたのは、一時的な話。

「そっか……怒るって感情も、苦しいんだ……」

 それだって、ただ自分の中にこんな怒りとか憎しみがあるのが苦しいだけ。

 別に、妹はどうでもいいと思ってる。

 ううん……酷い想像をしていると分かった上ですら、妹の顔が思い浮かぶと、むしゃくしゃしてくる。

 それなのに……妹の顔は、何度も思い浮かんでくる。

 自分の方が可愛いと言わんばかりに、お人形さんみたいな顔を見せつけてくる妹……。

 私の悔しさを、面白がって爆笑している妹……。

 見た目の幼さに似合わない媚態、いやらしい雰囲気を出している時の妹……。

「っ!」

 あはは……馬鹿だ、私。

 思わずベッドに転がっていた枕を手に取って、全力で壁に投げつけていた。

「はあ、はあ……ほんと、なんでこんなに暴力的な」

 私、いつからこんな女の子になったんだろ……?

 分かってる……分かってるんだ。

 自分の中の何かが壊れようとしているんだって。

 それで……本当にそうなったら、ダメなんだって。

 本当にいるのかも分からない……本当に本人なのかも分からない……エルンストさん。

 エルンストさんからの返信を待つっていう希望があるから、ぎりぎり正気を保っていられるだけ。

「うん……一人でいたら、ダメだから」

 多分、このお屋敷なら、そろそろ夕食の支度を始める頃。

 慣れているから、私は侍女の女の子たちを手伝いに行くことにした。
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