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1-33 第1章 最終話 大切な者を想っている

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「あのユーニーという女は牢の中で死んだ、自分で自分の腕の血管を嚙みちぎってしまった」
「…………あの人は、自らの過ちを何も認めずに、たった一人で逝ってしまったのですね」
「勝手な女です!! フェーダーさんや沢山の人々を弄んでおきながら!!」

「しかもだ、清められていない牢獄で死んだのでな、その遺体がゾンビへと変化してしまった」
「それは彼女自身の死霊が体にとりついた? もしかしたらそういうことでしょうか」
「別人になりたがっていたのに、結局はゾンビになったのですか」

「神殿の墓荒らしは大きな騒動を引き起こした、裁判も行われて見せしめとしてそのゾンビをだ、表向きは生きている犯人として火あぶりにすることになった」
「そう裁判で決まったのなら仕方ないことです、ゾンビも火によって清められればおそらく世界の理に戻れるでしょう」
「民衆たちへのいい見せしめ、もしくは息抜きになるのですね」

 ユーニーが何一つ認めずに死んだというのはまずい、状況証拠からしてユーニー以外には犯人は出てこない、それにユーニー自身が自分をネクロマンサーだと認めていた。だが墓荒らしをされたなど被害を受けた、多くの民衆は生きている犯人の処分を望んでいるのだ。だからゾンビと化したユーニーの体を、生きていると称して火あぶりにするのだ。

 呪文が唱えられない様にと口枷をしておけば、おそらく余程近くで見ない限りは、ゾンビだとは民衆には分からないだろう。それは必要なことだったのだが、僕はとても悲しい気持ちになった。ユーニーは方法を間違えたが、この社会の弱者でもあったからだ。処刑されるとしても死の間際にでも改心してくれたなら、他の神官から浄化魔法を使ってもらえる機会もあったはずだ。そうすれば、ゾンビにならずにユーニーは彼女自身のままで、世界の理に帰ることができたのだった。

「僕はユーニーが罪を認めてくれなかったこと、それが残念でなりません」
「勝気な女だったからな、最期まで負けたくなかったのだろう」

 ジーニャスもいくらかユーニーを知っているようだった、この街を治める領主の次男だから神殿ともつきあいがあったのだろう、彼もゾンビを火あぶりにすると言いながら面白くはなさそうな顔をしていた。ユーニーの最期を僕は見る気はない、後日に行われる処刑にも行くつもりはなかった、魔法が使えなくなった僕にできることもなかったからだ。

「それでは褒賞をいただきましょう、リタ様!!」
「おお、ソアン。そなたはしっかりしているな」

「はい、リタ様は謙虚な方です。もしかしたら褒賞なんて要らない、なんて言いだす前に貰っておきたいと思います」
「褒賞は神殿と合わせて金貨で50枚だ、ネクロマンサーと戦うには安すぎるかもしれんが」

「リタ様ならそんなに要らないって、もう言いだしそうです!! 有難くいただいておきます!!」
「その調子でよい。リタとソアンよ、そなたたちはこの街をネクロマンサーから救ってくれたのだ」

 僕はユーニーを倒した褒賞を辞退しようかと思っていた、お金には今のところ困っていなかったし、僕にできたことはそんなに多くないと思っていた。でもジーニャスからはネクロマンサーを退治した、そう褒めたたえられてしまった、それでソアンがしっかりと褒賞を受け取ってしまった。金貨50枚といえば、平民一人なら二年半は食べていける金額だ。そうやって僕たちは褒賞をもらうと、ジーニャスのいる領主の屋敷を後にした。

「リタ様、このお金どうしましょう」
「そうだね、アクセサリ屋へ行ってみるとしよう」

「何か欲しいものがあるのですか?」
「金貨のまま持ち歩くのは不便だから、同じだけの価値があるアクセサリを買おう」

「金か宝石で作られたものがいいですね、私はドワーフの娘ですから宝石には煩いですよ」
「何かあった時にすぐに換金できる金が良いだろう、宝石は場所によって値段がかなり変わってくる」

 リタ様を宝石で飾りたててあげようと思ったのに、そうソアンは言っていたが金でできている物、金貨に近い物のほうが換金しやすいのだ。ただし、金でできたブレスレットやアンクレットは重かった。それでソアンの提案どおりに宝石も交えて選ぶことにした、僕らは金貨50枚分の貴金属を身につけた。体が少し重く感じるけれど、そのうちになれてしまうはずだ。僕らはそれぞれの装身具を身につけて、宿屋までの道を帰っていった。

「ソアン、僕は今度のことで思うんだけどね」
「…………プルエールの森に帰りたくなりましたか?」

 僕はソアンの言葉にきょとんとした顔をした、そんなことは全く考えていなかったからだ。でもソアンは真剣な顔をしていた、僕が故郷のプルエールの森に帰りたがると思っているようだった。でもそれは違うんだ、僕はこの街にきて本当に良かった。僕が心の病気だということが分かったし、それを重圧のない外の世界で治していく、そんな時間がまだまだ僕には必要だった。だから、僕は同じ家出仲間であるソアンの手を握った、大丈夫そんなことは考えていないよと伝えたかった。

「ソアンには悪いんだけどね」
「……リタ様」

「確かに大変な目に遭ったけれど、何も得られなかったわけじゃない」
「そうですね、クレーネ草がちょっと危険はありますが、リタ様のご病気に効くことが分かりましたね」

「そうそれに色んな人々と出会うことが楽しい、悲しい別れもあったけれどそれ以上に楽しかった」
「はい、フェーダーさんとの別れは悲しいものでした。でもミーティアさんやステラさん、それにジーニャスさんとも出会えました」

「だから、僕はこれからもそんな出会いを大事にしたい」
「リタ様、それでは!!」

 僕はソアンにむかって笑顔を向けた、その大切な小さな手を握り締めながら伝えたかった。今度の家出が僕にどんなに癒してくれたのか、どれだけ僕がこの小さい養い子に救われたのか、その全てを伝えたかった。でも言葉にはとてもできるものじゃなかった、それだけのものをソアンは僕に与えてくれたのだ。だから心から感謝して僕はソアンに言った、お礼の言葉と同時にソアンを誘惑することにした。

「ソアン、僕を家出に誘ってくれてありがとう」
「はい、リタ様!! どういたしましてです!!」

「そして君さえ良ければ……」
「はい、何でしょうか!!」

 僕は全身でソアンにこの温かくて嬉しい気持ちが伝えたかった、だから手を握るだけじゃとても足りなくて、ソアンを両手で引き寄せてしっかりと抱きしめた。そこは街の路地裏で誰も通る人は今はいなかった、でも僕は街の通りの真ん中でも同じことをしたと思うんだ。だって僕の養い子がこんなにも愛おしい、彼女が今日も生きていてくれることが嬉しくて堪らないんだ。

「ソアン、僕と一緒に家出をしてくれないか。このままプルエールの森には帰らずに、まだしばらく僕の傍にいてくれないかい」
「はい、リタ様!! ええ、リタ様!! こんな私で良ければ喜んで!!」

 それから僕たちはお互いの顔を見て微笑んだ、笑顔がこぼれて仕方がなかった。僕もソアンも一緒にいられることが幸せだった、家族として大切な者がいることが幸せで堪らなかった。だから、僕たちはしばらくプルエールの森からの家出を続けることにする、僕の心の病気が治るまでかそれとも人間の世界に飽きるまで、僕たちはお互いを大事にしながら家出を続けていくのだった。

 どうかこれからも自分の傍にいる人を大事に想えますように、たったそれだけで世界は凄く違って見えてくるのだ。
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