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四夜 燭陰(しょくいん)の玉(ぎょく)

四夜 燭陰の玉 17

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「来るぞ、黄帝」
「ああ」
 数多の光の結晶が、蒼白き魔物へと、襲い掛かる。
 黄土の砂塵が光を弾き、五頭の火龍が、守護者を喰らう。
「がっ!」
 また一人、守護者が炎を喰らって、灰と化した。
 この光の中でも屈せぬ、というのか、その二人の魔物は。
 ポタポタと落ちる血の滴が、岩石を赤く染めている。
 荒い呼吸が、その体の苦痛を、告げている。
 急激な血液の喪失のために、体が酸素を得られなくなっているのだ。
 人間は普通、体内の三分の一の血液を失うと死ぬ、と言われているが、彼らの血は、すでにそのくらいは流れている。
 しかも、光で受けたその傷を、癒すことも出来ずに戦っているのだ。
 果たしてそれは、守護者たちとの戦い、なのであろうか。
 それとも、彼ら二人の戦い――。
「後ろだ、黄帝!」
「ぐぅ!」
 光の刃が、黄帝の背を、深く穿った。
 砂塵が、わずかな揺らぎを、見せる。
「今だ!」
「させるか!」
 ゴオオオオ――っ、と炎が、火柱を作った。
 大地が揺れ、周囲の岩石に亀裂が走る。
 恐らく、それは、地上世界にも影響を及ぼすものであっただろう。
 途端に、赤い血が岩から、滲み出した。
 地中を流れる、岩漿マグマである。
 守護者たちが、その岩漿を避けて、飛翔した。
 光に隠れる火道への路に翻り、一気に火道を上昇する。
 二人もまた、彼らを追った。
 黄帝の背に、蝙蝠のような黒翼が閃き、炎帝の手をつかんで、飛翔する。
 守護者たちの後を追い、数千キロの火道を、突き進む。
 炎帝が、迫り来るマグマに、繊手を向けた。
「はあっ!」
 と、気合と共に、炎気を放ち、赤きマグマを爆発させる。
 音さえ音としては聞こえない爆音の中、凄まじい爆風が炸裂した。
 二人の飛翔に加速がつき、瞬く間に地上へと、躍り出る。
「出た」
 地上はまだ、明け方を遠く見る夜、であった。
 二人の赤き双眸がさらに輝き、血の流出が、刹那に止まる。
「傷は癒えぬか」
 血は止まったものの、二人の傷は、闇が支配する世界に出ても、まだ光の名残を留めていた。
「愚かな魔物よ。我々を地上に燻り出し、勝機を掴んだ積もりであろうが、そうはいかぬ!」
 守護者の内、輝く髪を持つ一人が、高く言った。
 黒き髪でありながら、それは確かに、輝いていたのだ。
 太陽の名を冠する帝王、ラ・ムー。
太陽よ、闇を退け、光を掲げよ!」
 パァ、と白い光が、砕け散った。
 熔岩の中の玉が閃光を発し、暗い夜を、退ける。
「く……っ!」
 瞬く間に昼と化したその世界で、夜の魔物は、呻きを上げた。
 赤眼を細め、焼け付く肌に、身を捩る。
 その玉――日夜四季を司る《燭陰の玉》の力である。
 やはり、勝ち目はないのか、彼らには。 夜の中でしか、生きることを許されていない、魔物には。
 黄帝の黒翼が、灰と化して焼け崩れ、二人は地上に落下した。
 上空一五〇〇メートルからの、落下である。
 大地を揺るがす爆音に、火山が、オレンジ色の火柱を、噴いた。
 立ち昇る噴煙柱に雷鳴が轟き、瞬く間に天を、貫き通す。
 飛び散った巨石や灰砂が、容赦なく町を襲い始める。
 地面に叩きつけられた黄帝と炎帝の上にも、その猛威は降りかかった。
 動くことも出来ないままに、巨石と熔岩に飲み込まれ、麗しき二人の魔物は、火の川の下に姿を消した。
「『夜の一族』の身で、《太陽》を手に入れようなど、愚かなことを――。ムーは沈まぬ。太陽の恵みがある限り、栄え続け、生き続ける。壊滅したこの町も、また灰の中から、人々が復興させて行くだろう」
 輝かしきラ・ムーのその言葉に、守護者たちは、魔物たちの最後を、見送った。
 いくら死に切れぬ民とはいえ、上空一五〇〇メートルから落下し、巨石と熔岩に飲まれては、助かることなど不可能だろう。
 しかし、彼らは――守護者たちは気づいているだろうか。
 地上三〇キロメートル以上にも立ち昇った黒く厚い噴煙が、数百キロも――或いは、数千キロも風に流され、大地に暗い影を落としていることに。
 太陽の光を瞬く間に遮り、昼なお暗い都市を作り上げていることに。
 火山の噴火の後には、夜のような闇が付き物なのだ。
 二人の魔物は、その現象を計算して、火山を爆発させたのではないのか。
 なら、彼らは――。



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