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六夜 鵲(チュエ)の橋

六夜 鵲の橋 8

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 振り返ると、そこには、さっきの男が立っていた。
「あ、さっきはどうも――」
 と、デューイが言いかけるのも構わずに、
「今のは催眠術ですか?」
 真摯な口調で、男は訊いた。
「へ?」
「今、少年たちをおとなしくさせた、あの技です。――あの連中は、人の言うことを素直に聞くような輩ではない。もう常習犯で――。私も、係わりあいにならずに済ませようと、車の持ち主に知らせて、後は放っておくつもりで――。どこで、あのような技を覚えられたのですか?」
 男は訊いた。
「あ、あの、別に覚えた、という訳では……」
「では、元々、持っておられた御力で?」
「そういう訳でも……」
 デューイの方は、はっきりしない。
 まさか、吸血鬼に咬まれて、自分も吸血鬼になってから、さっきみたいなことが出来るようになった、などとは言えないではないか。
 吸血鬼――。そう。それが、デューイが故郷へ帰れなくなってしまった理由なのだ。人間を見ると、咬みつきたくなるため、その衝動を抑えられるようになるまで、人のいない山奥での生活を続けている、という訳である。
 何しろ、『夜の一族』は、狂いそうになるほどの喉の渇きと、途切れることのない悪寒と戦って生きていかなくてはならないため、当然、その宿命に負ける者もいて、そういう者たちが、人間を襲うことになってしまうのだ。
 そして、デューイも、いつ人間を襲ってしまうか判らないため、常に、舜がついている。
 デューイも、随分、その衝動を抑えられるようになったのだが、それでも、今回の里帰りも、舜が一緒でなければ、適うことのないものであっただろう。
 舜は、デューイの監視役であり、デューイが吸血鬼として独り立ち出来る日まで――人間を襲わない、と確信が持てる日まで、側についていてくれることになっているのだ。
 もちろん、舜としては本意ではないだろうが、舜と拘わったがために、デューイが同族の者に咬まれることになった、ということもあり、デューイに負い目も感じているので、こうして、文句を言いながらも、一緒についていてくれているのである。
 当然、舜も、デューイと同じ『夜の一族』で――いや、舜の場合は、生まれつきのものであるから、デューイとは根本的に、違っている。何しろ、その力ときたら、凄まじく、父親には全く適わないとはいえ、デューイなど、足元にも及ばないのだ。
 だが、それは、哀しい宿命の代償のような力であり、彼らを知る者なら、決して、彼らが持つその力に、憧れたりはしないだろう。
 血を飲んでいる時にしか癒されない喉の渇きは、吸血鬼、という恐ろしい言葉からは想像もつかないほど、辛く、痛々しいものなのだ。
 彼らを知る者なら、彼らのことを、こう呼ぶ違いない。
 死に切れない不遇な人々、と――。
 そう。彼らは決して、恐ろしい不死の化け物ではなく、どんなに苦しくても、安らかな眠りにつけない、哀しい生き物なのだ。
「あの、えーと……あなたは?」
 デューイは、返す言葉に困りながら、見も知らぬ男に、問い返した。
 男は、やっとその非礼に気づいたように、
「これは、失礼をしました。私は、巫小鋭ウーシアオルイ。多少の妖術を扱うものです」
「……妖術?」
 訳の解らないことを言う男である。
 しかし、デューイにとっては、それも東洋の神秘であり、東洋には、実際にそういうものがあるのだ、と信じていた。何しろ、デューイ自身、中国で、色々と摩訶不思議なことを見て来たのだから。
 それに、そういう男――加えて、自分よりも年上の男に、まるで師のように仰がれるのは、悪い気分では、なかった。もちろん、そんな自分を、ちゃんといさめもしたのだが……。
「何かお困り事でも?」
 と、諌めた甲斐もなく、その気分の良さのままに、訊いていた。
「はっ。実は――」
 と、男――小鋭が言いかけた時、デューイは、ハタとあることに気がついた。
「ああっ! 舜がいない!」
 言葉通り、舜の姿は、デューイの周囲には、見当たらなかった。いついなくなってしまったのかも、判らない。
 店を出るまでは、ちゃんと手をつかんでいたはずなのだ。そこで、その男に声をかけられて、車の方へと走り出して――。
「舜……とは、あなたと一緒におられた、アジア系のきれいな少年で?」
「ええ。彼は、シスコは初めてで――。こんなところで迷子になったら、周りの人間にどんな被害が――」
 慌てている時の言葉とは、正直なものである。
 もちろん、舜の場合、デューイのように、人間に襲い掛かる心配がある、という訳ではないのだが……とにかく、自分中心に世界を回している少年なので、瞬く間に他人を振り回してしまうのである。
「失礼ですが、あなたのお連れの方は、もうこの街にはおいでにならないかも知れません」
 小鋭が言った。
「え?」
「その少年が初めてではないのです。夏になってから、この街では、もう何人もの少年が、こんな風に突然、姿を消していて……」




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