上 下
358 / 533
十四夜 竜生九子(りゅうせいきゅうし)の孖(シ)

十四夜 竜生九子の孖 24

しおりを挟む

 元の姿に戻った舜は、持ち帰った『緊箍児』をじっと見つめて立っていた。
『金・緊・禁』の古の宝の内の一つ――耀輝の足首に嵌められていたものだが、今はその耀輝も死に、誰のことも締め付けてはいない。
 この、魔を封じる金色の輪を白龍女公の卵に嵌めれば、舜の影響を受けた魔の部分が封じ込まれ、白龍女公の力を受け継ぐ、美しい白龍王が誕生するのだろう。
 魔力ではなく、圧倒的な霊力を持つ帝王――。
 美しい白龍王が……。
 ――なら、あの双頭の孖龍たちは、醜い生き物だったというのだろうか。
 いや、舜自身、あの時は――その孖龍ふたごの姿を初めて見た時は、『自分が手にしたせいで、そんな姿にしてしまった』と思ったのだから、多くの者たちの目から見れば、それは失敗作で、醜い姿であったのかも知れない。
 だが……。
「これは――オレには嵌められない」
 持ち帰った『緊箍児』を白龍女公に渡し、舜は、卵に嵌めずに、視線を逸らした。
 これを卵に嵌めてしまったら、あの孖龍たちを否定することになってしまう。
 当然、醜い自分をさらすことを拒んだ、耀輝の生と死をも、同じように否定することになってしまうだろう。
 たとえ、親の能力を受け継いでいない『竜生九子不成竜』であっても、彼らには彼らにしか発揮できない力がある。
 蜃の楼で出会った兄、蜃は、黄帝の血よりも、母親たる幻術師の血を強く引いていたが、その力と幻術の才能は凄まじかった。この先、舜に勝てる日が来るのかどうか……。
 八卦を操る伏羲の姿も、一目で母親似であると知れるものだが、彼はその蛇の体を何とも思ってはいないようで、己の能力を黄帝以上だと誇っていた。
 無論、黄帝が子を授けるほどに愛した女性の子たちなのだから、母たる女性も、きっと、優れた人物たちだったに違いない。
 そう。それは、黄帝自身が、見た目も、能力も、そんなものは何一つ気にしていない――美しいものが一つであるなど、これっぽっちも思っていない人物だと――そう考えている証しであったのかも知れない。
「――舜?」
 白龍女公が首を傾げた。
 黄帝は黙って聞いている。
 いつも厭味に終始する黄帝の動向としては、これまでにない珍しい現象である。
 舜は、黄帝が何も言わないのを確かめてから、
「オレ……、こいつらと遊んでやるの、結構、楽しかったしさァ。九十年後に生まれて来るとしても、やっぱりこいつらがいいかなって――。九十年後には、オレだってもっと強くなってるし、こいつらが疲れて眠るまで遊んでやることだって出来るし――。もう一人の奴は本が読みたそうだったから、その時には睚眦の方を黙らせておけるぐらいになってなきゃならないし――。取り敢えず、今はその『キン・コン・カン』を使う気はないから、オレが持ってても仕方ないし、渡しておくよ」
 もし、白龍女公が使いたいと思うのなら、舜としてはそうすることに異存はない。
 ただ、舜一人だけでも、あの孖龍たちのことを認めてやりたかっただけなのだ。彼らは決して、失敗作などではない、と。
 もちろん、九十年後に生まれて来る孖龍たちは、卵の中でのことなど覚えてはいないかも知れないし、孖龍の姿で生まれて来た自分たちを見て、どう思うのかも判らない。
 もしかすると、九十年後に生まれて来る孖龍たちは、あの孖龍たちとは全く別の龍である可能性だってある。
 それでも舜は、彼らの誕生を、九十年後の瞬間こそ、歓んでやりたいと思っていた。卵の中で出会った時に歓べなかった分だけ、余計に……。
「――そなた、まだ本当に子供なのだな」
 どういう意味を持つものか、白龍女公が言った。
「どうせ、オレは無責任だよ」
 厭味を言われる前に、と舜は先回りして、憮然と言った。
 白龍女公が、黄帝と同じように、自分に近い者を欲しがっていたことを知っているのに、その邪魔をするように卵に触れ、『緊箍児』さえ嵌めない、と言うのだから。
「そう膨れることはない。どの方向にも伸びようとする若枝のようじゃ、と言ったに過ぎぬ」
 白龍女公はそう言うと、
「さて、どうしたものか。――のう、黄帝?」
 と、傍らに立つ銀色の月の青年を見据える。
 もちろん、その青年は動じもせず、
「舜くんは答えを出したようですから、あとはあなたの心次第――。とはいえ、もう決めておられるでしょうが」
 二人だけの、判ったような空気が、その場に流れた。
 もちろん、それがどんな答えであろうと、白龍女公に『緊箍児』を預けてしまった舜に、今更何も言うことは出来ない。
 ――これで良かったのだろうか。
 答えを出しても、心はいつまでも迷い続ける。
 それは、自分がまだ若過ぎる、力のない人間で、何一つ自信を持って言えることがないからかも知れない。――いや、きっとそうなのだろう。
 黄帝なら――。
 黄帝なら、こんな時、どんな答えを出すのだろうか。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

嫌われ愛し子が本当に愛されるまで

BL / 連載中 24h.ポイント:511pt お気に入り:5,836

【R18】渾沌の七竅

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:183

手足を鎖で縛られる

BL / 連載中 24h.ポイント:1,612pt お気に入り:894

嫌われ変異番の俺が幸せになるまで

BL / 完結 24h.ポイント:17,331pt お気に入り:1,451

伸ばしたこの手を掴むのは〜愛されない俺は番の道具〜

BL / 連載中 24h.ポイント:10,906pt お気に入り:2,718

運命を知っているオメガ

BL / 完結 24h.ポイント:6,753pt お気に入り:3,666

処理中です...