このことは、内密に。

空々ロク。

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このことは、内密に。第6話

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「それじゃ、行ってきます」
「今日は遅くなりそう?」
「ううん。普通だよ」
「ゆっくりしてくればいいのに」
「ま、まぁ……その辺は綴くん次第かな」
「その通りだね。じゃ、行ってらっしゃい」
手を振ってスイを送り出す。
今日のスイはニット帽にサングラスをかけ、ゆるっとしたパーカーにサルエルパンツを履いて出ていった。
変装しているつもりらしいが、効果があるのかは分からない。
ただ声を掛けられることは滅多にないと言っていたから多少は意味があるのかもしれない。
今日も誰かに声を掛けられないといい。
折角スイの2回目のデートなのだから。

双子の弟であるスイが付き合い始めたのは3ヶ月前の話だ。
青宮綴という人物に一目惚れしたスイは大胆にもその場で声を掛け、最終的に付き合う所まで持っていった。たまにそういう行動力を発揮するのがスイの凄い所だ。
昔はあまり積極的ではなかったが、興味を持つと一直線になる。いつでも冷淡な俺とは正反対だ。
(さて……今日は何をしようかな)
今日はアイドルの仕事も探偵の仕事も休みで、特に予定もない。
完全なフリーとなると俺は途端にやることがなくなってしまう。
とりあえず何かしなければと探偵事務所の奥へ行き、ホットミルクを作る準備をする。
甘くて優しい香りがしてきて自然と笑みが浮かぶ。
ホットミルクの香りは俺の好きな匂いのひとつだ。
コーヒーが上手く淹れられない俺はせめてホットミルクだけでも、と試行錯誤を繰り返して美味しく淹れる方法を編み出した。
マグカップを持ち、事務所兼カフェである椅子のひとつに腰をかける。
一口飲み「ふう」と息を吐いた。
ここの所どちらの仕事も忙しくて落ち着いた休みを取ることが出来なかった。
思った以上に疲れているのかもしれない。
(寝て過ごすのもアリかもしれないな)
ホットミルクを半分程飲んだ時、事務所のチャイムが鳴った。
今日は誰かが来る予定はなかったはずだけれど、と思っていたらピンポーンと2回目のチャイムが鳴った。
警戒心と共に俺は超能力を使った。
ドアを透けさせてドアの向こうに立つ人物を見る──そういった超能力だ。
そこに立っていたのはマネージャーだった。
心配するような相手でもなくホッとした俺は立ち上がり、ドアを開けた。
「こんにちは。どうしたの?」
「近くに寄ったから遊びに来た」
「遊びに?珍しい」
「ユニが暇してると思ったからね」
マネージャーは俺の意見も聞かず部屋に入り、カフェの椅子に座った。
机の上にはケーキの箱。差し入れでも持ってきてくれたらしい。
「何で俺が1人って分かったわけ?」
「街中でスイを見掛けたから」
「……変装の意味ないね。それともマネージャーだから気付いたのかな」
「それなりに変装は出来てたと思う。だから声は掛けないでおいたよ。2人の邪魔になりそうだしね」
マネージャーは当然2人の関係を知っている。
綴さんが撮影してくれることが増え、その度にあんなスイの態度を見ていたら流石に気付くだろう。
俺は肩を竦めた。
「幸せそうだったならいいけど。俺、コーヒー淹れられないからホットミルクでいい?」
「勿論。あ、ケーキはチョコレートケーキだから」
「気が利くね。流石マネージャー」
チョコレートケーキは俺の好物だ。マネージャーはわざわざ俺の好みに合わせて買ってきてくれたらしい。
ホットミルクを作り、持っていくと机の上には大きなチョコレートケーキが置かれていた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。早速食べようか」
「こんなに大きいと思わなかった。本当に2人分?」
「ユニならこれぐらい食べられるだろうと思って」
確かにチョコレートケーキならいくらでも食べられる。マネージャーには好きな物から嫌いな物、得意なものから不得意なものまで全てバレている。
それも俺が教えたのではなく、感じ取ったというのだから素晴らしいことだと思う。
マネージャーは誰よりもマネージャーらしい。
「まぁね。いただきます。マネージャーも遠慮なく食べて」 
「今はマネージャーじゃないんだけどな」
「細かいな」
俺の言葉にマネージャーはむうっと子供みたいな反応をした。
「……分かった、ちゃんとカイラさんって呼ぶ」
「ありがとう。マネージャーって呼ばれるとどうしても仕事みたいな気分になるからさ」
「まぁ、確かに。今は完全にオフだしカイラさんはカイラさんだね」
「そういうこと。オンとオフをしっかり切り替えられるユニなら分かってくれると思った」
マネージャーことカイラさんはニッと嬉しそうに笑う。
俺よりも年上の彼は仕事中とても頼りがいがあるのだが、オフの時は割と子供っぽい雰囲気を見せることが多い。
仕事中は敬語が多いからかもしれない。
今はリラックスしていて表情も柔らかい。大分ギャップがある人だと俺は思っていた。
「折角お休みに来てくれたんだしゆっくりしていって。てかこのチョコレートケーキすごく美味しいね。リッチなやつ?」
「そう、リッチなやつ。ユニの為に奮発した」
「ありがとう。カイラさんたまにすごく俺贔屓するってスイが怒ってたよ」
冗談めかして笑って言うとカイラさんは「うーん」と深刻に悩み始めてしまった。
「スイにそう思われてたとは」
「いやいや、軽くね。そんなに深刻に捉えないで」
「でも俺も自覚あるから何とも言えないんだよな」
「え?本当に俺のこと贔屓してたの?」
「うん。分からなかった?」
自分は鈍感ではないと思っていたが、そうでもなかったのかもしれない。
顎に手をあてて思案する。
カイラさんの今までの行動を思ってみても特に贔屓されているような気はしなかった。
「全然分からなかった。カイラさん、俺のこと好きなの?」
「ユニもスイも好きだよ。大切な仲間だと思ってる」
「じゃあ何で俺のこと贔屓してるの?」
じっとカイラさんを見つめるとカイラさんは俺の鼻を人差し指でつついた。
「何となく」
「何それ。全然意味分かんない」
「俺もよく分かんない」
ふふっと笑うカイラさんは本当によく分からない。大体の人間のことは分かるのに、この人のことは最初からよく分からなかった。
「でも分かってるならこれからは贔屓しないでしょ?」
「んー、どうかな」
「やっぱり俺のこと好きってこと?」
「ユニはどっちだったら嬉しい?」
質問に質問を返されたことに文句を言っても良かったはずなのに、何故か俺はその質問に対して真剣に悩んでしまった。
「えっと……」
「お、悩んでるユニは珍しいな」
「茶化さないでくれる?」
「ふふっ、たまにはね。いつもユニはしっかり者でキリッとしてるから」
「……仕事中だけだよ。カイラさんと一緒」
「俺と似てるかもね、ユニは」
その言葉には素直に頷く。何となく俺もそれは感じていた。
「そうかも。あと、さっきの答えだけど普通に好かれてる方が嬉しいよ」
「ユニのその言葉を聞けただけで今日ここに来た意味があった」
「え?どういう……」
チョコレートケーキを食べる手を止め、カイラさんを見上げるとカイラさんは優しく笑っていた。
アイドル顔負けの笑顔を向けられ、不覚にもドキッとしてしまった。
「ま、いつか分かるよ」
「意味深だなぁ、もう」
「頭がいいユニにはこれぐらい難易度高い方がいいんじゃない?」
ぽんぽんと頭を叩かれる。急に子供扱いされた気がするが、不思議と不快ではなかった。
「俺が分からないのはカイラさんぐらいだよ」
「そうだろうね。ユニとスイを見てると何でも分かってそうな気がするから」
それは超能力のことを言っているのだろうか。
今の所カイラさんには超能力のことを伝えていない。けれど長く一緒にいるのだから勘づかれていても不思議ではない。
何も言わなくなった俺にカイラさんは笑った。
「ま、いつか教えてよ。色々とさ」
「……色々、か」
「そう、色々。俺もその時には秘密を教えるからさ」
「秘密?」
「さっきユニが気にしてたこととかね」
「あ」
そう言われて結局カイラさんの本当の気持ちは聞けずじまいだったことを思い出す。
けれど語るつもりはないようでカイラさんは「ご馳走様」と席を立っていた。
「もう帰るの?」
「まぁね。事務所寄らなきゃいけなくて。また明日迎えに来るよ」
「あ、はい。お願いします」
何故か敬語になってしまった俺にカイラさんは大笑いしてから探偵事務所を出て行った。
一人になった俺は残っていたチョコレートケーキを食べ始める。
(はあ……本当に不思議な人)
カイラさんには出会ってからずっとお世話になっていた。地下アイドルだった頃から俺たちを支えてくれていて「いつか絶対デビューさせてみせるから」が口癖だった。
そして「アイドルとして伝説を作ろうと思ってる」という言葉も。
本気で俺たちの可能性を信じてくれたカイラさんはその為に走り回ってくれたのだ。
今、こうして俺たちが夢を叶えることが出来たのも半分はカイラさんのお陰だ。
感謝してもしきれない。スイと同じぐらい感謝していた。
「伝説」はきっとまだ作れていない。
デビュー後の観客動員数の記録やCDの売り上げは大幅に更新したけれど、それだけだ。
まだまだ足りない。まだまだこれから頑張る必要がある。
それはカイラさんも俺たちも分かっていた。
むしろだからこそ毎日頑張れるのだ。
無謀なことにも挑戦して、とにかく前を向く。
デビュー前に3人で決めた言葉はしっかりと俺の中に根付いている。
デビューする夢を叶えてくれたカイラさんの為に「伝説」を作るのが俺とスイの今の夢だ。

ケーキを食べ終えた俺は片付けを済ませ、事務所の書類を取り出した。今抱えている案件は早急に解決させるものではなく、時間を掛けてのんびり考えるもののみだ。
探偵という仕事は自分が思っていた以上に何でも舞い込む。捜索や尾行、調査の他にただ相談したいというだけの依頼もあった。それはほとんど話を聞くだけで、お代を貰うのも申し訳なくなるようなものだった。
それでも依頼主はスッキリした顔で帰って行くのだから意味はあるのだろう。
色んなことを承っていくうちに何でも屋になりつつあった。
(まぁそれはそれでいいか)
元々カフェのような内装にしたのも依頼人が気軽に話せる雰囲気の方が良いと思ったからだ。
そういった意味では何でも屋に近い今が1番自分の理想通りなのかもしれない。
思い返せば苦労は沢山あった。
最初の頃は失敗してばかりで散々叱咤されたこともあったし、挫けそうになったことも少なくない。
いくら超能力があったって上手くいかないことはある。その度に不甲斐なさを感じたりもした。
「でもユニがやったことは無駄じゃないよ。結果は失敗だったかもしれないけど、過程は学べたんだから。次こそ上手くやればいいと思うんだ」
凹んだ時にはそうやってスイが励ましてくれた。
何度も立ち上がることが出来たのはずっと隣でスイが支えてくれたからだ。
スイのことを考えているとちょうど頭の中に声が聞こえた。
『今から帰るね。夕飯食べた?』
『まだ。でも家にある物で充分だから大丈夫』
『了解』
テレパシーは便利だ。
こうして簡潔に言いたいことを言い合える。
少し経ってもう一度言葉が届いた。
『ねぇ、ユニ。何かいいことあった?すごく幸せそうな雰囲気』
『え?そう?まぁでも……そうかもね』
『すごく気になる!後で話聞かせてよ』
『んー、気分が乗ったらね』
その後もスイは何度も『聞かせて聞かせて』とテレパシーを送ってきたが曖昧な返事をしておいた。
スイが言っていた『いいこと』はきっとカイラさんが来てくれたことに当てはまるのだろう。
(好きな人と会えたから、だったら分かりやすくていいのに)
俺がカイラさんをどう思っているかは──正直自分でもよく分からない。
カイラさんの気持ちはもっと分からない。
だからこれはスイにも秘密。
「ユニ!ただいま!」
嬉しそうに帰宅した弟に笑みを返す。
「おかえり、スイ」
「で、何があったの?」
スイはそのことが気になって仕方がないらしい。
けれど俺は口に人差し指をあてるだけで答えなかった。

いつか自分の気持ちを理解した時には──勿論1番に言うから。
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