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在ったかもしれない別の可能性

お前が泣くまで殴るのを止めない

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 「はん!ざまぁ無いね。Bランク風情が調子に乗るからこうなるんだ。学の無い奴はいつもこうだ。頭に血が上ると直ぐに暴力で解決しようとする......やだねぇ」
 
 殴り飛ばされて呻いているガルダンを見下ろしながら、インテリ眼鏡が嘲笑と罵倒を浴びせる。
 その光景を見たシルフィエットは、流石にこれは無いと思ったのかインテリ眼鏡に対して注意する。

 「いい加減になさい!貴方もギルド員ならば、自ら率先して規律を乱すような真似はしないでくれるかしら?後で始末書を提出するように」
 「やれやれ、Aランク冒険者筆頭で【疾風のウェイン】とまで呼ばれたこの僕が、こんな小者相手に媚び諂う必要があるとでも?」

 反省する様子を見せないウェインの態度を見て周囲はうんざりしているようだが、空気が読めていないウェインは更に言葉を続ける。
 本当に愚かなのは誰なのかも分からずに。

 「そもそも、ああいう手合いの奴にデカイ顔をさせているからトラブルがおっきりゅぷ!?」
 「言葉は暴力に入らないとでも言うつもりか!その男の腐ったような性根を修正してやる!歯を食いしばれ愚か者!」

 反応すら許さない速度で間合いに入ったケイが、瞬時にウェインを殴り飛ばし、そのままマウントポジションを取ると、容赦の無い拳の雨を降らせる。
 
 「ぶふう!ちょ、やめ、よせ!」
 「お互いの信頼関係を構築するのが貴様の仕事だ!どんなに優れたアドバイスも、聞く気がなければ価値が無い。冒険者達の生存確率を1%でも上げて助け合う事が出来なければ、いずれ貴重な人材を失う事になる」
 
 「ひいいぃい!」と情けない声を上げるウェインを助ける者など誰もおらず、抵抗すら許されずに少女からギルド員の何たるかを語り聞かされるウェイン。文字通り叩き込まれている光景を見た者達は、凍りついた様に動く事が出来なかった。

 「貴様らがこんな事だから冒険者が軽く見られるのだ!騎士王国にその人ありと謳われる冒険者が生まれないのは何故だ!その体に刻み込んでやる。Aランク程度で挫折した癖に偉そうに語るな!」
 「もうやめ、分かった!私が悪かった。謝るから」
 「謝罪する相手が違うだろう?貴様は誰に詫びる必要がある!」

 違う!違う!と間違える度に叩き込まれる鉄拳に耐えられなくなったウェインは、その恐怖から泣き叫び、失禁する所まで追い込まれる。
 心の芯までバキバキに砕かれた情け無い姿を晒し、周囲から同情の視線まで向けられる事となる。

 「ひぃいいいん。ギルドの皆様、冒険者の皆様、ガルダン様、すみませんでした!私はギルド員としての本分を忘れていました。これから心を入れ替えて働きますので、どうかこれまでの事をお許しくださいぃいい!」
 「うむ、ようやく理解したようだな。ならばよろしい」

 恐怖の時間が終わり、止まっていた時間が動き出すように、冒険者ギルドに賑わいが戻ってくる。
 急いで立ち去る者、野次馬を続ける者、片付けを始める者と様々だが、ケイが起こしたこの騒動は、この冒険者ギルドで語り継がれる事となる。
 シルフィエットからはやりすぎだと叱られたケイだったが、1週間後に冒険者ギルドへ訪れた時、己の所業に後悔する羽目になった。

 「よ、よう。買い取りを頼むぜ」
 「畏まりました。これはガルダン様、今回の仕事は丁寧にされておいでですね。これは良い値が付きますよ」
 「あ......ああ。助かる。その、よろしく頼むぜ」
 「直ぐに査定して参りますのでお待ちください。先日のお詫びの意味も込めて、個人的に色を付けさせて頂きますね」

 どうしてこうなった......まるで別人である。
 殺し合いに発展する所まで行った2人が、ぎこちないながらも笑顔で会話している。

 「来たわねケイティア。貴女という劇薬がギルド全体を一新させてしまったわ。喜ぶべきなんでしょうけど、若干名気持ち悪い生き物へクラスチェンジしているわ」
 「あっはは......なにアレ」

 ガルダンに買い取り金額を提示して、支払いを済ませたウェインは、会話する2人を見つけて微笑むと、こちらに向かって歩き出した。

 「ケイティア様!先日はご指導頂きありがとうございました。生まれ変わった思いで働かせて頂いております。精進を重ねて、国一番のギルドと呼ばれる様、一丸となってギルドを盛り立てていく所存です」
 「はぁ、頑張ってください」

 礼の言葉と共に手を握られたケイは、あまりの変わり様に背筋がゾクゾクするのだった。
 適当に会話を切り上げた2人は、ウェインを残してその場を離れ、コソコソと密談を始める

 (なんですか!?あの気持ち悪い生き物は)
 (調教の賜物でしょ?暇さえあればアンタを賛美したり、ぶつぶつアンタの名前を呟くようになったわよ!)
 (まさかここまで効き目があるなんて思って無かったですよ)
 (ギルド員も、冒険者も、あの事件以来変わったわ)

 何時にも増して活気に溢れた冒険者ギルドだったが、ギルド員と冒険者の関係にも変化が現れた。
 仕事をするのに欠かせないパートナーとしての立ち位置を自覚したギルド員達。アドバイスや指導を受け、基本的な事を改めて勉強している冒険者が目立つようになった。
 
 「色々あったけど、この変化はきっと良い未来を見せてくれるはずだよ。まさかこんな若い子に諭されるなんて思っても見なかったわ。流石、大英雄バルクホーンの娘ね」
 「認めたくないものね。自分の若さ故の過ちと言う物を」

 どこぞの仮面の人みたいな事を呟いたケイだったが、依頼書が張られた掲示板から、他国への護衛依頼を見つけて受注する。
 
 「いよいよ旅に出るのね。私やセリオンもバルクホーンと一緒に色々な国を回ったわ。広い世界へ飛び出して自分という存在を見つめ直しなさいな」
 「はい、まだ見ぬ強者を想像して興奮するばかりです。この剣でどこまでいけるか、全身全霊で駆け上がろうと思います」
 「まだ若いんだから無茶しちゃ駄目よ?まずは信頼出来る仲間を探しなさい。世の中には1人じゃ分からない事、出来ないことがあるわ。それを学んで、人としても成長しないとね」
 
 仲間か。バルクホーンにとってのセリオンやクラウスのような存在。それがどれほど貴重で掛け替えの無い物かは十分に理解している。
 自分の命を預けられる存在か......いつか見つかると良いな。
 冒険者ギルドから出たケイは、宿に戻って休む事にした。
 護衛任務の出発は翌朝なので、余裕を持って起きていなければならない。

 『さて、初めての旅はどうなるやら。その剣で命を奪う覚悟は出来たか?魔物だけでは無いぞ?これから往く道では何千何万と切らねば成るまいよ。その覚悟がお前さんにはあるかのう?』
 「愚問だな。あっちの世界での価値観が通用しない事くらい理解している。今は研鑽あるのみだよ。ガイウス王にだって負けない力を身に付けるさ」

 復讐心が無いと言ったら嘘になる。けど、お父様はそれを望まないだろう。
 武に生きて武に散る覚悟は決めていたはずだし、力及ばず倒れるのは己の責任だ。

 「私はこの世界のスキルは使えない。持ってきた自前のスキルを完全に己の物にしなければいけないね」
 『そうじゃの。使いこなす事が出来れば、いずれ世界最強を名乗る事も出来よう。精進するのじゃ』

 剣に巻きつくように手から溢れ出た夜の闇。
 この滅びを齎す力に飲まれない心を得なければ、自分は力に溺れて道を見失うだろう。

 「私より強い人に会いに行く」

 キン!と抜き放たれた白刃に映ったケイの顔は、期待と喜びに満ち溢れていた。
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