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第1章

ジル

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「あなたが新入りの子? 変な髪の色ね。元お嬢様だかなんだか知らないけど、調子に乗らないでよね。せっかく1人部屋を満喫してたのに」

 ミランダに案内された自室だという部屋に足を踏み入れた途端、ルームメイトであろう娘にこう言われた。
 礼儀正しくドアをノックしたのだが、一向に返事がなかった為結局自分でドアを開けたのだ。

 (好意どころか悪意しかないじゃない……! )

「初めまして。カリーナと申します。かつては侯爵令嬢と呼ばれたこともありましたが、今ではこのシークベルト家の奴隷です。ふつつか者ですがよろしくお願いいたします」

 だがどんなに敵対視されても、カリーナがジルに反抗することは許されない。
 すでに奴隷内で上下関係が築かれているのだ。
 この狭い屋敷内では先にいた者が上。
 後から来た者は立場が下なのだ。

「ふうん。カリーナ、ね。私はジルよ、この国の出身。あなたみたいな余所者と一緒に暮らすのは癪に触るけど、公爵様には逆らえないわ。とりあえずよろしくね」

 ふんっと鼻息を立てた後、一言も口を聞かずにジルは部屋を出ていった。
 余所者扱いされた事に悲しみと怒りを感じつつ、それも仕方のない事だと割り切る。

 カリーナの黒髪はアルハンブラ共和国の女性に多く見られる特徴的な髪色だ。
 その中でもエメラルド色の瞳を持つ女性は貴重とされて特に美しい存在だと言われる。

 対照的にここバルサミア国では、金髪や白銀の髪に青い瞳を持つ者がほとんどである。
 先程のジルも、輝かしい金髪に青い瞳をしていた。
 公爵であるリンド様の瞳の色がエメラルドであることが珍しいのだ。
 敗戦国の余所者が同室であることが嫌なのだろうか。

 困った、まだ何も屋敷のことや仕事の事を聞けていない。
 ジルを探しに行こうか……とドアノブに手をかけた時、ガチャリとドアが開いた。

「あれまあ、やっぱりここにいたのかい。ジルが1人で来たからおかしいと思ったんだよ。まあジルのことだから、あんたに悪態ついて勝手に出てきたんだろうけど」

 ミランダだ。
 さっき会ったばかりなのに懐かしく感じてホッとする。

「いえ……ジルさんはアルハンブラ出身の私と同室ということが納得いかないようでして……」

 かと言ってどうすれば良いのか。
 出身を偽ることはこの見た目である以上できそうにない。

「困った子だねぇあの子も。まあ仕方ないのかもしれないけどねぇ」

 そういって眉を八の字にしたミランダは、ジルが奴隷になった経緯を教えてくれた。

 ジルの実家はバルサミアで商人をしていた裕福な家らしい。
 かつては一家みんな仲睦まじく幸せな生活を送っていたとか。
 それがアルハンブラとの戦により父親が怪我をしたことで商売がうまくいかなくなった。
 増えに増えた借金を返済することができず、ジルは公爵家に売られたのだ。

 「あんたのせいじゃないとは分かっていても、アルハンブラへの憎しみが消えないんだろうよ。カリーナだってバルサミアのせいでこうしてここに奴隷としてやってきた。誰のせいでもないんだよ。全ては戦争のせいだ」

 ミランダの話がカリーナの心の傷に刺さる。
 彼女もバルサミアを憎み復讐を誓ったばかりではあるが、ジルの気持ちもわかる。
 縁あって同じ公爵家に来て、同室になったのだ。
 仲良くとは言わなくとも険悪なまま過ごしたくはない。

「すまないね、悪い子ではないんだよ。仕事もしっかりするしね。悪く思わないでおくれ」

 ジルは今屋敷の廊下を掃除しているはずだと聞いて、カリーナは廊下に出た。
 ミランダの言葉通り、ジルは掃き掃除をしていた。

「ジルさん」

 少し離れたところから声をかけると、ビクッとしてジルが振り返る。

 「ミランダさんから聞きました。いきなりごめんなさい。仲良くしてとはいいません。でも同じシークベルト家の奴隷として、一緒に頑張っていきたいのです。私のことを認めてはもらえませんか……? 」

 深々と頭を下げるがジルからの返答はない。
 カリーナが恐る恐る頭を上げてジルを見ると、ジルはうつむいていた。

「ジルさ……」

「ごめんなさい大人気ない態度を取って。わかっていたのよ、あなたに罪はないことだって」

 声をかけようとすると、俯いたままジルが話し出した。

「お父様やお母様が私を売ったのであって、あなたのせいじゃない。恨むべきは両親。アルハンブラとバルサミアの戦争だってあなたのせいじゃない」

 ジルは涙を堪えているように見える。

「ただ気持ちをどこにぶつければいいのかわからなかったのよ……。ごめんなさい、八つ当たりしてしまって。仲良くなれるかはわからないけどルームメイトとして、同僚としてよろしくね」

「ジルさん……こちらこそ、よろしくお願いします! 」

 気は強いが、悪い人ではなさそうだ。
 それに今後公爵家で働いている間は、同じような事があるだろう。
 バルサミアの人からするとカリーナは敵国の人間であり、信用に欠ける。
 嫌がらせもされるかもしれない。

 カリーナはまだ十三歳である。
 まだ十三歳ながらここまで考えられるというのは、実家であるアルシェ家での教育の賜物だ。

 侯爵夫妻である父母は、カリーナを子供扱いせずに接してきた。
 長子相続制度のため、長女であるカリーナを後継者として育てるべく、対等な立場で教育を施したのだ。
 その結果カリーナは十三歳とは思えない落ち着きを手にしていた。
 この落ち着きが、今日までカリーナの身を守ってくれたのかもしれない。
 父母を戦争で失い独り彷徨っていた頃、人攫いに合いそうになったこともあったが、持ち前の落ち着きと勘で逃げ延びた。

「屋敷のことやお仕事について、教えるわね。付いてきて」

 こうしてようやくカリーナの新しい生活が始まったのであった。
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