螺旋の中の欠片

まみか

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第3章 螺旋

19 将来

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「ねえ、ちょっと休憩しない?」
れいは福田達に近付いて言った。
「泳ぎっぱなしもいけないでしょ?」
相変わらず惣一そういちに気を取られたままの大泉を振り返りながら、福田は溜息を吐いた。
「うん、そうしようか」
賢木さかき達と反対側のプールサイドのビーチパラソルの下、4人がけのテーブルに腰を下ろした。
「あ、悠真はるまがラウンジから好きに飲み物とか貰っていいよって」
「ほんと?やった!」
福田は素直に喜んで、それからちょっとむくれた顔して、大泉の小脇を肘で突いた。
「何?」
振り向いた大泉に不機嫌を隠さずに言葉にする。
「ラウンジから何か飲み物貰って来て?」
大泉は気にもせず大きく頷いた。
「ああ、いいよ。あ!俺、あの人と同じもの飲んでもいいかな?」
「…アルコール入ってなければね…」
上機嫌な大泉に対して、福田は少し冷めた様子。
「よし!行ってくる」
意気揚々と歩き出した大泉の背中を見送りながら、思わず澪は呟いていた。
「大泉くん、てあんなだっけ」
すると福田が噴き出す音がした。
「熱中すると、ああなんだ」
福田も大泉の背中を見送りながら呟いた。
「普段は冷静で自信家なんだけど、あんな風に子供っぽく熱中するところがあって」
「ふうん、そこがいい?」
澪がにやにやしながら聞き返すと、ぼっと顔を赤くした。
「そ、そういうわけじゃ…」
否定しながらも顔は赤く、照れているようにはもじもじし始める。
澪はくすくす笑いながら、それを眺めた。
不意に真顔になって澪に身を乗り出してきた。
「あ、ごめんね、玖珂くがくん、嫌な気分になってない?」
「困惑してるけど、嫌がってはいないよ」
澪が首を振ると、福田は不安そうに弁解を始める。
「本当に?あれは別に玖珂を狙ってるわけじゃないと思うんだ。僕も初めて知ったけど、純粋に玖珂くんのお父さんに憧れてて」
福田がそう思うのなら間違い無いのだろう。
澪は再び大きく頷いてみせた。
「うん、そんな感じだね。だから福田くんに相談に来たの」
「え、相談?」
てっきり大泉のあの様子を咎められると思っていたのだろう、福田はきょとんと澪を見つめ返した。
「うん。悠真が大泉くんをお父さんに紹介した方がいいのかなって言ってるんだけど」
「え、ええ!?」
福田は椅子からずり落ちそうな程に驚いて、椅子の背もたれに咄嗟にしがみついた。
それを見て澪はくすりと笑う。
やはり福田はあの様子の大泉を見ても、そんなこと微塵も視野に入れてなかったんだな、と。
澪にとって、福田はやはり親友として信頼できる相手だと再認識した。
同時に悠真にとってもその資質はあるのだけれど。
福田は少しだけ青ざめてさえいて。
戸惑いながら問いかけてくる。
「そ、そんなことしていいの?」
澪はしっかりと頷いて、福田をじっと見つめた。
本気だと伝えるために。
「多分、悠真的には問題ないって思ったんだと思うんだ。でも、あれだけ心酔してるとね、実際に対面することで悪化しちゃうかも、って僕が思ったんだ。だから福田くんに相談しようと思って。悠真も賢木さんに相談してみるって」
福田は口をぽかんと開け、澪の話を聞いている。
あまりの様子に不安になって、澪は問いかけた。
「どう、思う?」
澪に問われて我に返ったように頭を振っていたが、やがて声を出した。
「喜ぶ、と思うよ。志垣くんがいうように悪化するとも思う」
「そうか、どうしよう」
じっと考えるように顎に手をかけて黙り込む福田を、澪は見つめて、待った。
やがて小さく福田が話し始める。
「話をさせて、というか聞かせてもらえるかな?」
「あ、それでいい?」
澪はほっと息を吐いた。
それを見て、福田が微かに微笑む。
「コウくんのね、最近の口癖なんだ」
「え」
一瞬、コウくんて誰だろう?と頭を掠めたが、大泉のフルネームを思い出して納得した。
そう言えば大泉も福田の名前を呼び捨てだった。
「大泉を大きくするんだって」
福田は大泉とのやりとりを思い出しているのか、口元を微かに緩ませる。
「ああ、なんかさっきも言ってたね」
澪が答えると、ちょっと頬を染めて大きく破顔した。
「うん。自分の代でもっと大きくするって」
嬉しそうな、照れくさそうな、そんな笑顔。
「うん、できるんじゃない?前にもそんな話しなかったっけ?」
「うん、した。だから僕もできると思う、っていつも言ってる」
「うん。大泉くんなら大丈夫」
澪が大きく頷くと福田はさらに嬉しそうに笑って頷いた。
福田が幸せそうで、澪も嬉しくなる。
あんなことがあったのに。
やはり福田は強い。
運、もある意味良かったのかもしれない。
直後に大泉と近付けたから。
澪がそんなことを考えていると、ふっと福田の表情が曇った。
「でもね、具体的にどうしたらいいのかわからないらしくて」
「あ、そうだね、うん、そこまでは僕にも…」
澪も表情を曇らせる。
結局、分かるだけ、なのだ。
澪の能力は。
そう、思うと悠真に賞賛されて少しだけ自信が持てた能力にも急に自信がなくなる。
けれど福田はまたにっこりと笑った。
「だから今一緒に考えてる途中なの」
ん?一緒に?
澪は思わず首を傾げた。
「玖珂くんのお父さんに話を聞くことでその手がかりみたいなものが見つかればいいな、て思うんだ」
「そっか…。じゃあ、悠真にそんな風に話してみるね」
「ん、ごめんね」
「いいよ」
澪はそう答えながら、悠真の背中を探して背後を振り向いた。
悠真は相変わらず行ったりとデッキチェアで微睡む大人2人の間に立っていて、話も聞こえない。
まだああやって立ち尽くしている、ということは話が終わってないってこと。
もう少し時間がかかりそうだ。
そう思った時、不意に澪は思い出した。
「そういえばお茶会どうだった?」
「え?」
そう聞いた途端、福田の顔に火がついたように真っ赤になった。
澪は驚きつつ、ちょっとからかいを含めて聞き返した。
「ん、なに?どうかした?」
「え、べ、別になんでも」
福田は俯いて、小さく首を振る。
「顔真っ赤」
澪が指摘すると、顔を両手で覆ってしまった。
それを見ながら澪はくすくす笑う。
どうやら何かあったらしいけれど、福田の様子から悪い出来事ではなかったらしい。
福田の顔を覗き込見ながら、澪は催促した。
「大泉くんのお父さんの仕事上の付き合いの人までくるお茶会だったんでしょ?もう完全に公認、って感じだね」
「………」
「将来の話もしてるみたいだし」
福田は澪をちらちら見ながら、お使いに出ている大泉の姿がまだ現れないことを確認すると、小さく白状し始めた。
「…うん、あのね…」
「うん?」
「…卒業したら、婚約するの…」
真っ赤になって俯いたまま、小さな声で福田は教えてくれた。
「え、ほんと?」
澪が驚いた様子を見せると、それを伺い見ながら小さく話し出す。
「お、お茶会でね、おじさんが僕を息子の将来の嫁ですって紹介しちゃって」
「えええ?」
「びっくりして聞いたら、向こうのご両親にはそのつもりで話してあるっていうんだ」
「え、早く、ない?」
福田が大泉との交際を認めてからまだそれほど経ってないし、2人が肉体関係を持ってからもそう経っていない。
展開が早すぎる気がして、少し澪は不安に思った。
福田も同じだったのか、ちょっと俯いて、テーブルの上に置いた両手をぎゅっと握りしめた。
「なんか、最初から決めてたって」
「え、最初?ってあの初めて話した日?」
福田が加害者αアルファに正面からたてついた日。
顔は知っていたけれど、話したことはなかった2人が初めて言葉を交わした日。
そう言えば、なんだか大泉も福田を前から知っているような感じだった。
最も、同じ学年に2人しかいないΩオメガ
学年首席の大泉を知らない者がいないように、Ω2人を知らない者もいないかもしれないが。
「うん」
自分の手をじっと見つめて、福田は少しだけ口端を上げた。
「自分の気持ちは変わらないから、卒業までに僕の気持ちを決めたらいい、って」
澪は黙って聞く。
「僕もコウくんでいい、ていうなら卒業後に婚約して、コウくんがお医者様になったら結婚しようって」
そこまで話してから、福田はふっと笑った。
なんとも言えない表情で。
嬉しそうでもあるけど、不安そう。
「え、でもお医者さんになるのって、時間がかかるよね」
澪が疑問を口にすると、福田は顔を上げた。
「うん。気持ちが変わらないって僕に約束するからって」
そう言った福田がなんだか泣きそうに見えるのは気のせいだろうか。
「…なんか、すごく話が進んでてびっくりした…」
澪はそれだけ言うのが精一杯だった。
嬉しい報告のはずなんだけど。
「僕も」
きっと福田が不安そうだからだ。
嬉しそうだけど、不安そう。
「コウくんにはレイプ事件の事も全部話したんだ。それならなおさら婚約しとかないと、って。大泉を大きくするから僕も一緒にいてほしいって」
澪は思わずにっと笑った。
「うん、って言ったんだね」
「うん」
不安そうだけど、少しだけ自信が垣間見える。
「今だけかもしれないけど、今は他の人のことなんて考えられないから」
自信があるのは自分の気持ちなのかも。
けれど将来に不安が残るのは澪と一緒。
先が見えないから不安になる。
これはどうしようもないこと。
だったら考えても仕方ない。
信じて、信じられる人と一緒にいるしかない。
福田の自信はそういうことかもしれない。
「そっちは?」
不意にさっきまで澪がしていたようなにやにや笑いを福田が始めた。
「え」
「玖珂くんと将来のこととか話してないの?」
逆にからかわれ始めて、今度は澪が赤くなる番。
「話す、けど、そういう具体的な話はしてない」
福田に具体的な内容を追及されて、澪がしどろもどろで誤魔化していると、足早に大泉が戻ってきた。
よう!2人であの人と同じものを飲もう」
小さな子供のように瞳を輝かせて。
この喜びを福田に分け合いたくて仕方ない、とばかりに手にしたグラスを突き出した。
福田は半ば呆れるようにしつつもそのグラスを受け取った。
「アルコール入ってなかった?」
「アルコール抜きにできるって言われた」
「そう、良かったね」
「ああ!」
そして、隣に座り込むと、福田が口を付けるのを待ってる。
尻尾を振って、よし、と飼い主が言ってくれるのを待ってる大きな子犬みたいに。
その様子が可愛くて、澪は忍び笑いを漏らした。
その澪に気付いて福田が頬を染めたけれど、大泉に「ほら、洋!早く!」と急かされて、グラスに口付ける。
「あ、美味しい」
それを確認すると、大泉はぐいっと一気に飲み干した。
「うん、美味いな」
それだけで嬉しそうな大泉を福田は呆れたように見つめ、それでも優しい視線に、澪は思わず笑みが零れる。
一気に飲み干してグラスをからにしてしまった大泉は、グラスを指先に挟んで弄ぶように揺らしながら「もう一杯貰ってこようか」などと口にする。それを福田が「もう!」と呆れたように笑う。
「いいけど、玖珂くんのお父さん達、そんながぶ飲みしてなくない?」
そう指摘され、大泉がショックを隠せず、青くなったのを見て、澪は笑いを堪え切れなくなった。
「志垣くん、そんなに笑わなくても」
福田が恥ずかしそうに言う横で、澪に笑われてさらにショックを受ける大泉に澪は笑いが止まらない。
「澪!」
笑い転げる澪に、悠真が手招きした。
「あ、ちょっと言ってくるね」
「うん」
澪がそう言いながら席を立つと、福田は神妙な顔でこくん、と頷いた。

ちょっと離れたところで待つ悠真に足早に駆け寄りながら声をかけた。
「どうだった?」
「そっちは?」
即座に聞き返される。
「福田くんは話を聞かせてあげてほしいって。なんか将来的な展望を2人で模索してるらしくて、その手がかりが欲しいって」
「そういうことか」
悠真は小さく頷きながら、考え込む仕草をした。
「賢木さんは?」
澪の問いに悠真は少し肩を竦めた。
「ひとえに憧れや尊敬と言っても色々あるから、しっかり見極めなさいって言われた」
「…さすが、賢木さん…」
悠真はしゃんと姿勢を正すと、力強く言った。
「よし、おれ、もう一回賢木のとこ行ってくる」
「うん」
澪もそれを見送った。

再び悠真と別れて戻ってきた澪に、すっかりいつもの調子に戻ってしまった大泉が声をかけた。
「どうしたんだい?何か、問題でも起きた?」
福田の視線がちらりと澪に流れてきて、澪はにこやかな微笑みを浮かべながら大きく首を振った。
「ううん、なんでもないよ」

やがて戻ってきた悠真が澪の肩に後ろから両手をかけた。
「OK出たぞ」
澪は嬉しくて、思わず福田を振り向いた。
福田も少し嬉しそう。
きょとんとしているのは大泉で、他の3人を見渡している。
「話せることが限られるかもしれないけど、それでもよかったらって」
「いいよね、コウくん」
「え、なんの話だい?」
きょとんと聞き返した大泉に、悠真が澪の隣に腰掛けながら答えた。
「父が大泉先輩と話てくれるそうです」
「え?」
「先輩が父に憧れてるみたいなんで紹介したいって話したんですよ」
「え?」
きょとん、としていた大泉が若干青くなる。
その背中を福田が軽く叩いた。
「良かったね、行っておいでよ」
「え、い、いや、それは良くない」
福田を見ながら首を振る。
急に挙動不審になった大泉に、福田が聞き返した。
「なんで」
「気持ちは嬉しい、いや有難い」
大きく頷いた直後に首をぶんぶん振る。
「話を聞きたいって言ってたじゃない」
福田の口調は澪と話した時よりも随分と軽い。
大泉が戸惑うことがわかってたみたいに。
「そりゃあ聞きたいさ。あの人は自伝とか出してるわけじゃないからね、どの武勇伝も客観的な噂でしかない。いつどのタイミングでどんなことを考えて成功したのかは本人しか知らないんだ。それを聞く機会があるなんて夢のようだよ。でもダメだ」
やはり大きく首を振る。
福田はさらに追う。
「なぜ」
「俺は洋が軽蔑する奴らとは違うんだ。だがこんな風に志垣くんや玖珂くんに仲介してもらったら、同じじゃないか。まるで2人に近付くために洋といるみたいになってしまう」
「でも違うんだよね」
福田が即座に否定すると、さらに即座に大泉が肯定する。
「当たり前だ。まだ信じてくれてなかったのか、洋」
少し怒りや苛立ちが混ざった声音だった。
2人の間のやりとりを澪たちが知っているわけもなく。
けれど2人とも、特に我を忘れて困惑している大泉はすっかり2人の存在を忘れているかのよう。
澪と悠真はこっそり視線を交わした。
「ううん、信じてるよ。だから僕も志垣くんにお願いした」
「え」
福田の言葉に大泉が止まった。
「大泉を大きくしたいんだよね?でもまだその具体的な策が見つかってない。一生懸命2人で考えてるけどまだ見つからない。こういう時は先人に聞くものでしょ?玖珂を利用するわけじゃない。教えを請うんだ。違う?」
福田はじっと大泉を見上げた。
「…違わない…」
大泉が小さく返すと、福田はさらに瞳を覗き込むように話しかけた。
「もちろん大泉と玖珂とは業種が全く違うんだから、全く参考にならないかもしれない。でも、コウくんが尊敬する人の話を、考え方を直接聞くのは無駄だとは僕には思えない。きっと何か見つかるよ。ちょっとでも何かが見えればそこからまた2人で探せばいい、ね?そうでしょ?」
最後に優しく微笑みかけた福田を大泉はじっと見つめた。
「洋…」
「ほら、もう先方の赦しは得てあるんだから、待たせたら失礼だよ」
背中をぽんと叩かれて、大泉はのろのろと立ち上がった。
「…そう、だな…」
「うん」
それをにっこりと送り出そうとしていた福田の腕がぐいっと引っ張られ、福田は姿勢を崩し。無理やり引き上げられた。
「でも行くなら、洋も一緒だ」
「え」
中途半端な姿勢で福田は大泉を、唖然と見上げる。
「だって俺たちの将来だ。2人で教えを請うのが筋だろう?」
「……」
「洋、俺はお前といるといつも痛感する」
ふっと大泉が微笑んで、福田がちょっぴり頬を染めた。
「え、何?」
「俺は人より優れているところは確かにいくつかあるが、最も自信があるのは嫁選びの目だ」
「え」
「お前しかいない。行くぞ」
もう一度福田を引っ張ると、その腰をしっかりと抱きしめ立ち上がらせた。
それから悠真に視線を向け、こくんと頷く。
悠真も頷き返して。
「じゃ、行きましょうか」
大きく頷いた大泉に困惑したまま引き摺られていく福田と、それをちょっと面白そうに眺めている悠真を、澪はそのまま見送った。
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