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第弐部-Ⅰ:世界の中の
97.紫鷹 聞くよ
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日向が、学院へ通いたいと言い出した。
言葉のままに学院へ連れて行けば、怯えはしたものの、瞳をキラキラと輝かせて、次から次に新しいものに興味を惹かれていった。
全部、初めてだもんな。
俺達にとって当たり前の風景も、人も、道具も、何もかもすべて。
そのことに胸を痛める暇もないくらい、日向が嬉しそうに笑うから、俺も嬉しくてたまらなかった。
同行した藤夜(とうや)も萩花(はぎな)も、草も同じだったろうと思う。
「糸のみみずは、さかなの、ごはん。大きいみみずは、帝国にいない。うんと遠いとこで、うららが見つけた。みみずは、土を良くする、しごと。えらい。書いて。ぜんぶ、書いて。」
「はいはい、」
俺の背中におぶさるように抱きつき、手元を覗き込みながら、日向が指示を出す。
学院から離宮に戻った日向は、着替えもそこそこに亜白への雁書(がんしょ)を引っ張り出してきた。だが、しばらくうんうん唸った後で、伝えたいことが多すぎて、自分では間に合わないと気づいたらしい。
一度部屋へ戻ろうかと腰を上げた俺を捕まえて、上手に甘えてきた。
日向がまとわりつく背中が温かくて、愛しくて、心地いい。
ご機嫌だな、日向。
「くすりのべんきょうは、何て言う?」
「薬学か?」
「やくがく、きょうじゅの、もぐらが、言った。やりたい。書いて、」
「何だ、お前。薬に興味があるのか、」
「にがいが、いや、」
「うん?」
「にがくない、くすり、べんきょうする、」
何だ、それ。可愛いな。
思わず振り返ると、すぐ近くに少し頬を膨らませた顔があった。
嫌だと言うのを精一杯アピールしようとしているのに、可愛いばかりで何も成功していないのがまたいい。
いつも文句ひとつ言わずに、小栗が出した薬を飲んでいたくせに、そんなことを考えていたのか。
というか、苦くて嫌なのに、文句も言わず飲んでいたのが、偉いな。
「薬、嫌か、」
「にがい、はいや。痛くなくなる、はいい、」
「そうか、」
「にがくなくなったら、もっといい、ちがう?」
「違わないなあ、」
「ちがわない、」
ふくれっ面から、どうだと言いたげな顔。
どこまで可愛いんだ、お前は。
茶を淹れ変えていた水蛟がくすくすと笑う。
今日の護衛から外れてさっきまで不貞腐れていた東も、日向があまりにはしゃぐものだから、たまらず吹き出していた。
いいよな。
可愛いよな。
俺のだからやらんけども。
こんなに楽しそうで、愉快に表情の変わる日向は、離宮の全員に見せてやりたい。
「お前、学院がそんなに楽しかったのか、」
「うん、」
頭を撫でてやれば、すりすりとすり寄って来るから、機嫌が良くて、甘えたい気分なんだろう。
最近、口では嫌だと拒まれることが多かったから、今日は素直すぎるくらいなのが、嬉しい。
「あじろに、早く来てね、って書いて、ね、」
「書いたよ、他は?」
「おしまい、」
「名前は自分で書けるな?」
「うん、」
振り返って腕を差し出せば、やはり素直に腕の中に納まって来る。
小さな体を抱き上げて、そのまま膝の上に抱き、ペンを持たせて名前を書かせた。
亜白と手紙のやり取りをするようになったせいか、日向の字は、格段に上手くなった。
一文字一文字に時間がかかるのは変わらないが、格段に読みやすい。
以前は、画用紙一杯にはみ出すくらい大きな字しか書けなかったのが、今は筆記帳の一つの頁に何行かに分けて書けるくらいだから、すごい進歩だなと思わず感心する。
それが、亜白のおかげかと思うと腹も立つが。
この成長を他でもない日向が一番に喜んでいるのだから、一緒に喜ぶ以外にないだろう。
「やっぱり俺には書いてくんないの?」
日向の字を眺めていると、昼間一度は納得した気持ちがまた沸いてきた。
日向の薄い腹に腕を回し、今度は俺が日向の背中を覆うように抱いて、手元を覗き込む。
振り返った水色の瞳が、きょとんとするのが、可愛いけど悔しい。
何で俺の方が変だって顔なんだ。
そこの侍女も護衛もみんな日向からの手紙をもらったと聞いたぞ。
「てがみは、遠くにいる、人に、書く、ちがう?」
「近くにいても書いていいんだよ。藤夜だって萩花だって、近いだろ。」
「近い?」
「近くないのか、」
「わかんない、」
腕の中で大人しく抱かれていた日向が、身を捩る。ソファの上に足を投げ出すから、腕を解いてやると、ころんと転がって俺の膝の上に頭を乗せた。
本当に今日はずいぶんと甘えるな。
昼寝をしていないから、少し眠いのかもしれない。
「おでかけ、したら、遠いは、もっと遠いって、わかった、」
見上げて来る水色が少し眠たそうに見えた。
それでも、小さな口は一生懸命に心の内を言葉にしようと動いている。
手紙の代わりに、聞けと言ってたな。
全部聞け、ちゃんと聞けって。
聞くよ。
「しおうは、いつも、いる。みずちと、あずまは、お仕事、だから、いない、日が、ある。とやも、はぎなも。でも、しおうは、いる。」
「俺はお前の番いだからな、」
「だから、しおうは近い。遠いはとやや、はぎなや、みずちや、あずま、って思った。でも、ちがう、みたい、」
「うん、」
「離宮は、近い?」
「日向が近いと思えば、近いかな、」
「じゃあ、近く、なった、」
「そうか、」
水色の髪を撫でてやると、またころんと転がる。
今度は俺の腹に抱き着いて頭を埋めた。
しばらく何も言わないから、頭を撫でてやると、腹が少しだけ濡れた気がしたから、泣いているのかもしれない。
「どうした、日向。」
聞くよ、お前が何で泣くのか。
学院に行って、楽しいだけじゃなかったんだよな。
初めて見る外の世界に圧倒されて、自分との違いもまざまざと見せつけられて、いろんなことを感じたんだろう。
やりたいことを見つけたのと一緒に、たくさん傷ついただろうことも、ちゃんと気づいてる。
聞くよ、全部聞く。
話せなくても、いつまでも待つ。
お前が言ったように、俺はいつもお前と一緒だもんな。
だから、全部聞かせて。
「僕、16歳に、なれる?」
なっただろう、とは言わなかった。
きっと日向が言うのは、そう言うことじゃないから。
「日向の思う16歳は、どんなの?」
「わかんない、僕が、16歳と、ちがうは、わかるのに、」
「俺や藤夜や亜白とも違った?」
「ちがうも、ある、おなじ、も。でも、僕は、ちがう、ばっかり。くやしい。できるに、なっても、ずっと、たりない、ずっと、なれない。」
「うん、」
「字も、魔法も、全部、どうせ、できない。できないから、やりたくない、って思った、のに、やらない、は、ずっとできない、が、もっと、くやしい。くやしい、がずっとなくならない、がくやしい、」
灯草(ひぐさ)に、魔法の鍛錬をもうやらないと言ったこと、手紙で謝ったと聞いたよ。
青空(そら)には、粘土を投げたことを謝ったんだってな。
そうやって自分で考えて、一生懸命に頑張れるところが、俺は大好きだよ。
「僕、16歳に、なりたい。」
「うん、」
「やらない、って言わない。べんきょうする、から、なりたい、お願い、」
「日向のお願いは、聞いてやるって言ったからな、」
「お願い、」
「うん、わかってる、」
頷いて、水色の頭に口づけを落としてやった。
いいよ。
日向が望むなら、やろう。
学院に行って、たくさん勉強しよう。
あちこちでかけて、知らなかった世界を、知っていこう。
俺達の当たり前が、日向の当たり前になるように、俺はいくらでも一緒にやるよ。
悔しくて、くじけそうになったら、また溶かしてやる。
嬉しかったら、一緒に喜んで、離宮中巻き込むくらい何倍にも大きくしようか。
いいよ、全部やろう。
頭に口付けたまま、日向に届くようにと願って、そう告げる。
日向は頭を俺の腹に埋めたままだったが、小さく頷いたのがわかった。
その頭に何度も口づけしてやると、やがて、抱き着いていた腕の力が抜けて、日向は眠りに落ちる。
まだ慣れない外出を、頑張ったもんな。
亜白との別れも、学院も、何もかも初めてなのに、一生懸命頑張った一日中だったな。
腹から離して仰向けにしてやると、泣いて濡れた目元が赤くなっていて、日向の一日の努力の証のように思えて愛しい。再び口づけを落としてやると、瞳を閉じたまますり寄ってくるのが、可愛かった。
東が持ってきた毛布でくるんで、水蛟の差し出すタオルで、日向の顔を拭ってやる。
2人の顔も赤かったから、少しだけ笑った。
「…現実問題、日向様が学院に通うって、可能なんですか、」
「何だ、東。そんなこと心配している暇があったら、自分のことを考えておけよ、」
「は、」
険しい顔でこちらを見る東に、また笑いがこぼれた。
この護衛は本当に日向が好きだなあ。
日向はやれないが、少し心配性なくらいのところが、日向の近くに置くにはちょうどいいと最近思っている。
「お前、友達枠なんだろ。亜白と日向が学院に通うなら、お前は確実に護衛兼友達枠だろ、」
年もちょうどいいしな、と笑うと、東は年の割に鋭い目を大きく開いて、瞬かせた。
困ったような嬉しいような顔になると、年相応に見えていい。
お前、日向の側にいる時は大体そういう顔をしているからな。学院をうろついても、浮かないだろう。
今頃、萩花が検討を始めているから、現実問題とやらを心配する暇はないぞ。
「東さんばかり、ずるいです。保護者枠はいかがですか、私、お供しますよ、」
「保護者枠って、なんだ。それなら俺がいるだろ。」
「殿下は、ご伴侶枠かと、」
「なるほど、」
「日向様はまだお世話が必要ですから。ね、ぜひ必要だと思うですけれども、」
過保護な侍女も、まあ、日向にはちょうどいい。
考えておく、と言えば、絶対ですよ、と念を押されたから、少しだけ真剣に考えた。
なあ、日向。
いいだろ。
お前のことが大好きな人間がこんなにいる。
だから大丈夫。
焦ってもいい。不安になってもいい。
俺達がちゃんと守るから、お前は愛されて、すくすくと育っていけばいい。
言葉のままに学院へ連れて行けば、怯えはしたものの、瞳をキラキラと輝かせて、次から次に新しいものに興味を惹かれていった。
全部、初めてだもんな。
俺達にとって当たり前の風景も、人も、道具も、何もかもすべて。
そのことに胸を痛める暇もないくらい、日向が嬉しそうに笑うから、俺も嬉しくてたまらなかった。
同行した藤夜(とうや)も萩花(はぎな)も、草も同じだったろうと思う。
「糸のみみずは、さかなの、ごはん。大きいみみずは、帝国にいない。うんと遠いとこで、うららが見つけた。みみずは、土を良くする、しごと。えらい。書いて。ぜんぶ、書いて。」
「はいはい、」
俺の背中におぶさるように抱きつき、手元を覗き込みながら、日向が指示を出す。
学院から離宮に戻った日向は、着替えもそこそこに亜白への雁書(がんしょ)を引っ張り出してきた。だが、しばらくうんうん唸った後で、伝えたいことが多すぎて、自分では間に合わないと気づいたらしい。
一度部屋へ戻ろうかと腰を上げた俺を捕まえて、上手に甘えてきた。
日向がまとわりつく背中が温かくて、愛しくて、心地いい。
ご機嫌だな、日向。
「くすりのべんきょうは、何て言う?」
「薬学か?」
「やくがく、きょうじゅの、もぐらが、言った。やりたい。書いて、」
「何だ、お前。薬に興味があるのか、」
「にがいが、いや、」
「うん?」
「にがくない、くすり、べんきょうする、」
何だ、それ。可愛いな。
思わず振り返ると、すぐ近くに少し頬を膨らませた顔があった。
嫌だと言うのを精一杯アピールしようとしているのに、可愛いばかりで何も成功していないのがまたいい。
いつも文句ひとつ言わずに、小栗が出した薬を飲んでいたくせに、そんなことを考えていたのか。
というか、苦くて嫌なのに、文句も言わず飲んでいたのが、偉いな。
「薬、嫌か、」
「にがい、はいや。痛くなくなる、はいい、」
「そうか、」
「にがくなくなったら、もっといい、ちがう?」
「違わないなあ、」
「ちがわない、」
ふくれっ面から、どうだと言いたげな顔。
どこまで可愛いんだ、お前は。
茶を淹れ変えていた水蛟がくすくすと笑う。
今日の護衛から外れてさっきまで不貞腐れていた東も、日向があまりにはしゃぐものだから、たまらず吹き出していた。
いいよな。
可愛いよな。
俺のだからやらんけども。
こんなに楽しそうで、愉快に表情の変わる日向は、離宮の全員に見せてやりたい。
「お前、学院がそんなに楽しかったのか、」
「うん、」
頭を撫でてやれば、すりすりとすり寄って来るから、機嫌が良くて、甘えたい気分なんだろう。
最近、口では嫌だと拒まれることが多かったから、今日は素直すぎるくらいなのが、嬉しい。
「あじろに、早く来てね、って書いて、ね、」
「書いたよ、他は?」
「おしまい、」
「名前は自分で書けるな?」
「うん、」
振り返って腕を差し出せば、やはり素直に腕の中に納まって来る。
小さな体を抱き上げて、そのまま膝の上に抱き、ペンを持たせて名前を書かせた。
亜白と手紙のやり取りをするようになったせいか、日向の字は、格段に上手くなった。
一文字一文字に時間がかかるのは変わらないが、格段に読みやすい。
以前は、画用紙一杯にはみ出すくらい大きな字しか書けなかったのが、今は筆記帳の一つの頁に何行かに分けて書けるくらいだから、すごい進歩だなと思わず感心する。
それが、亜白のおかげかと思うと腹も立つが。
この成長を他でもない日向が一番に喜んでいるのだから、一緒に喜ぶ以外にないだろう。
「やっぱり俺には書いてくんないの?」
日向の字を眺めていると、昼間一度は納得した気持ちがまた沸いてきた。
日向の薄い腹に腕を回し、今度は俺が日向の背中を覆うように抱いて、手元を覗き込む。
振り返った水色の瞳が、きょとんとするのが、可愛いけど悔しい。
何で俺の方が変だって顔なんだ。
そこの侍女も護衛もみんな日向からの手紙をもらったと聞いたぞ。
「てがみは、遠くにいる、人に、書く、ちがう?」
「近くにいても書いていいんだよ。藤夜だって萩花だって、近いだろ。」
「近い?」
「近くないのか、」
「わかんない、」
腕の中で大人しく抱かれていた日向が、身を捩る。ソファの上に足を投げ出すから、腕を解いてやると、ころんと転がって俺の膝の上に頭を乗せた。
本当に今日はずいぶんと甘えるな。
昼寝をしていないから、少し眠いのかもしれない。
「おでかけ、したら、遠いは、もっと遠いって、わかった、」
見上げて来る水色が少し眠たそうに見えた。
それでも、小さな口は一生懸命に心の内を言葉にしようと動いている。
手紙の代わりに、聞けと言ってたな。
全部聞け、ちゃんと聞けって。
聞くよ。
「しおうは、いつも、いる。みずちと、あずまは、お仕事、だから、いない、日が、ある。とやも、はぎなも。でも、しおうは、いる。」
「俺はお前の番いだからな、」
「だから、しおうは近い。遠いはとやや、はぎなや、みずちや、あずま、って思った。でも、ちがう、みたい、」
「うん、」
「離宮は、近い?」
「日向が近いと思えば、近いかな、」
「じゃあ、近く、なった、」
「そうか、」
水色の髪を撫でてやると、またころんと転がる。
今度は俺の腹に抱き着いて頭を埋めた。
しばらく何も言わないから、頭を撫でてやると、腹が少しだけ濡れた気がしたから、泣いているのかもしれない。
「どうした、日向。」
聞くよ、お前が何で泣くのか。
学院に行って、楽しいだけじゃなかったんだよな。
初めて見る外の世界に圧倒されて、自分との違いもまざまざと見せつけられて、いろんなことを感じたんだろう。
やりたいことを見つけたのと一緒に、たくさん傷ついただろうことも、ちゃんと気づいてる。
聞くよ、全部聞く。
話せなくても、いつまでも待つ。
お前が言ったように、俺はいつもお前と一緒だもんな。
だから、全部聞かせて。
「僕、16歳に、なれる?」
なっただろう、とは言わなかった。
きっと日向が言うのは、そう言うことじゃないから。
「日向の思う16歳は、どんなの?」
「わかんない、僕が、16歳と、ちがうは、わかるのに、」
「俺や藤夜や亜白とも違った?」
「ちがうも、ある、おなじ、も。でも、僕は、ちがう、ばっかり。くやしい。できるに、なっても、ずっと、たりない、ずっと、なれない。」
「うん、」
「字も、魔法も、全部、どうせ、できない。できないから、やりたくない、って思った、のに、やらない、は、ずっとできない、が、もっと、くやしい。くやしい、がずっとなくならない、がくやしい、」
灯草(ひぐさ)に、魔法の鍛錬をもうやらないと言ったこと、手紙で謝ったと聞いたよ。
青空(そら)には、粘土を投げたことを謝ったんだってな。
そうやって自分で考えて、一生懸命に頑張れるところが、俺は大好きだよ。
「僕、16歳に、なりたい。」
「うん、」
「やらない、って言わない。べんきょうする、から、なりたい、お願い、」
「日向のお願いは、聞いてやるって言ったからな、」
「お願い、」
「うん、わかってる、」
頷いて、水色の頭に口づけを落としてやった。
いいよ。
日向が望むなら、やろう。
学院に行って、たくさん勉強しよう。
あちこちでかけて、知らなかった世界を、知っていこう。
俺達の当たり前が、日向の当たり前になるように、俺はいくらでも一緒にやるよ。
悔しくて、くじけそうになったら、また溶かしてやる。
嬉しかったら、一緒に喜んで、離宮中巻き込むくらい何倍にも大きくしようか。
いいよ、全部やろう。
頭に口付けたまま、日向に届くようにと願って、そう告げる。
日向は頭を俺の腹に埋めたままだったが、小さく頷いたのがわかった。
その頭に何度も口づけしてやると、やがて、抱き着いていた腕の力が抜けて、日向は眠りに落ちる。
まだ慣れない外出を、頑張ったもんな。
亜白との別れも、学院も、何もかも初めてなのに、一生懸命頑張った一日中だったな。
腹から離して仰向けにしてやると、泣いて濡れた目元が赤くなっていて、日向の一日の努力の証のように思えて愛しい。再び口づけを落としてやると、瞳を閉じたまますり寄ってくるのが、可愛かった。
東が持ってきた毛布でくるんで、水蛟の差し出すタオルで、日向の顔を拭ってやる。
2人の顔も赤かったから、少しだけ笑った。
「…現実問題、日向様が学院に通うって、可能なんですか、」
「何だ、東。そんなこと心配している暇があったら、自分のことを考えておけよ、」
「は、」
険しい顔でこちらを見る東に、また笑いがこぼれた。
この護衛は本当に日向が好きだなあ。
日向はやれないが、少し心配性なくらいのところが、日向の近くに置くにはちょうどいいと最近思っている。
「お前、友達枠なんだろ。亜白と日向が学院に通うなら、お前は確実に護衛兼友達枠だろ、」
年もちょうどいいしな、と笑うと、東は年の割に鋭い目を大きく開いて、瞬かせた。
困ったような嬉しいような顔になると、年相応に見えていい。
お前、日向の側にいる時は大体そういう顔をしているからな。学院をうろついても、浮かないだろう。
今頃、萩花が検討を始めているから、現実問題とやらを心配する暇はないぞ。
「東さんばかり、ずるいです。保護者枠はいかがですか、私、お供しますよ、」
「保護者枠って、なんだ。それなら俺がいるだろ。」
「殿下は、ご伴侶枠かと、」
「なるほど、」
「日向様はまだお世話が必要ですから。ね、ぜひ必要だと思うですけれども、」
過保護な侍女も、まあ、日向にはちょうどいい。
考えておく、と言えば、絶対ですよ、と念を押されたから、少しだけ真剣に考えた。
なあ、日向。
いいだろ。
お前のことが大好きな人間がこんなにいる。
だから大丈夫。
焦ってもいい。不安になってもいい。
俺達がちゃんと守るから、お前は愛されて、すくすくと育っていけばいい。
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