俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章46 4月22日 ⑦

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 若干ガチでヘコんでいる幼馴染のお兄さんへ、望莱みらいは無邪気に話しかける。


「それはそうと、おっきくなったと思いません? 真刀錵まどかちゃんのおっぱい」

「知らねえよ」


 みらいさんは情け容赦なく答えようのない質問を投げかける。


「これは元に戻るのも時間の問題ですね」

「だから知らねえっての」


 気力の尽きてしまった蛭子ひるこはもう取り合わない。

 しかし、望莱の言葉に反応した者が他に居た。


 希咲さんだ。


 モミ――と、手を動かす。


(確かに――育ってる……っ!)


 掌から伝わる感触だけでわかる。

 わざわざ測る必要もない。

 自身の所有する戦力を明確に上回っている。


(なんで、なの……っ⁉)


 ギリっと、悔しげに歯を噛む。

 ついでにモミっと手に力が入る。


「――んっ……」


 細く小さく、希咲に胸を鷲掴みにされる天津の喉から声が漏れる。

 天津は自身の身体に起きた反応に不思議そうに首を傾げただけで特に頓着はせず、何やら考え込んでいる様子の希咲もそれには気付かなかった。


 目敏くそれを嗅ぎつけたのはみらいさんだ。

 反応が薄くなった壊れたオモチャから興味を失い、バッと振り返ってキュピィーンっと目を光らせた。

 壊れたオモチャからの侮蔑の視線には気付いていない。


 みらいさんがセクハラチャンスを窺う中、希咲は思案する。


 何故なのだと。


 自分は精一杯の努力をしている。

 マッサージだってしているし、食事の改善もした。

 だが、それは未だ報われてはいない。


(なのに――)


 もにゅっと手の中で躍動する天然モノは人の手がほとんど入っていないというのに、こんな自分を嘲笑うかのように悠々と凌駕し自適に冠絶する。


 こんなにも望んでこんなにも願っているというのに、神様は何故自分ではなく、こんな美容やオシャレにカケラも関心のない、ついでに恥じらいもないノーブラ女に富を能え給うのか。

 ぐぬぬと、『世界』への呪いの種を育て始める希咲を見て、望莱は満足げに笑みを浮かべながら蛭子を使う。


「蛮くん、蛮くん。ホントは真刀錵ちゃんのデカパイに並々ならぬ関心がありますよね?」

「デカパイって……、今日び聞かねえな。つか、しつけぇよ」

「えー? でもデカパイですよ?」

「あのな……」

「おい、お前らいい加減にしろ」


 蛭子がうんざりとしながら言い返そうとしたら、それよりも先にデカパイの真刀錵さんからクレームが入った。


「あまり人の身体を指してデカパイなどと言ってくれるな。いくら私といえども不快にはなる」

「誤解です。デカパイは誉め言葉ですよ。ね? 蛮くん?」

「いや違ぇだろ」

「だとしてもだ。私自身がこれっぽっちもデカパイを望んでいないからな。こんなものは邪魔でしかない」


 ピキッと――


 その言葉に頬を引き攣らせたのはデカパイでない希咲さんだ。

『これっぽっちも……?』『望んでない……?』『邪魔……?』と怨念を滾らせる。


 自然とデカパイを掴む手にも力が入り、その細い指の隙間からぐにゅりとデカパイの乳肉がはみ出た。

 また「ん……」と僅かに反応をした天津が首を回してジッと見てくるが希咲さんは気が付かない。


「わ。見て下さい蛮くん。ドスケベなデカパイになってますよ」

「デカパイデカパイうるせえんだよ。オマエそれ言いたいだけだろ」

「日和ってんじゃねえですよ。今こそ漢として立ち上がる時です」

「どういう意味だよ。つか、言うほどデカパイじゃなくね?」


 執拗なみらいさんのセクハラにここでついに蛭子くんは失言をしてしまった。


 当然みらいさんはそれを見逃さない。

「おやぁ?」と嬉しげな鳴き声をあげながら嗜虐的に眦を垂れ下げる。


「どうしてそんなことが言えるんです? もしかして、しっかりばっちり真刀錵パイを見たんじゃないんですかぁ?」

「あーうっせ、うっせっ。見てねえつってんだろ」

「よせ、みらい」


 ウキウキで蛭子くんに絡みだすがすぐに天津が止める。

 逆さ吊りの凛々しい眼差しを望莱へと向けた。


「蛮の言うとおりだ。今の私ではまだデカパイとは言えない。お前の言うことは正しい。胸を張れ、蛮」

「お前は胸を隠してはくれませんかね」

「ですが、真刀錵ちゃん」

「あぁ、そうだ。お前の考えているとおりでもある。みらい。確かに今はまだデカパイではないが1・2年後はそうではない。お前らも知っているだろう?」

「えぇ。そのポテンシャルも含めてデカパイと言わせていただきました」

「お前ら真顔で何言ってんだ? バカじゃねえの」


 蛭子から呆れた目を向けられるが、二人は「然り」「然り」と自身とこの国の行く末を憂いて真剣に話しあう。


「真刀錵ちゃん。わたし心配です。このままでは……」

「然り。あと1年後には2サイズほど上がるだろうな」

「F計画……」

「然り。予断は許され……、痛いぞ七海――」

「――えっ? あ……」


 ここまでずっと黙っていた希咲はハッとする。


「いくら私でもそこまで力を入れられたら痛いものは痛い」

「うん……、ごめんね……」


 そして悔しげに謝罪を口にした。


 自分が惨めに成果の見られないバストケアを繰り返す日々を送る裏側で、F計画なる恐ろしい陰謀が進行しているという衝撃の真実を知り、思わずデカパイ(予定)を掴む手に力が入り過ぎたのだ。


 逆ギレをして怒鳴りつけたくなる衝動を必死に噛み殺す。


 妬みや憎しみに囚われてはいけない。それではあの女と同じになってしまう。

 先日、変態風紀委員も含めて纏めてぶちのめした『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』とかいう頭のおかしな変態集団の構成員の一人である同級生の女子のことを思い出し、七海ちゃんはプルプルと首を振って自身を諫める。


 これは誰も悪くない。そういう話ではない。


 自分も悪くないし、天津も悪くないし、望莱も悪くない。もちろん神様だって。


 自身の成長の進捗が一部思わしくないことと、天津の成長が一部著しいことは別々の物事なのだ。


(それに――)


 先程希咲が天津について考えたとおりと、さらにたった今天津自身が口にしたように、『自分ではデカパイを望んでいない』と、この証言がそのまま真実であるとは限らない。

 口ではこう言ってはいるが、実は人知れず過酷なデカパイ訓練をしているのかもしれない。

 そうであれば彼女の急成長の辻褄が合うし、逆にそうでなければ納得が出来ない。

 だから絶対にそのはずと、七海ちゃんは決めつけた。


 そして、だからこそ彼女を憎むべきではないのだ。


 むしろ――


(――おなか周りのこともそうだし、胸のことも……)


 そこになにか天津家秘伝の修行のようなものがあるのかもしれない。

 であれば、自分のすることは彼女と対立することではなく、対話することだ。


 きちんと腹を割って話しあえば、サッパリとした気持ちのいい性格の彼女のことだ。性格が終わってる望莱とは違って自分に意地悪などしないだろう。

 いい方法があるのならきっと教えてくれるはずだ。


(そうすれば――)


――自分もデカパイの恩恵に与れる。


 強くそう思い込んだ七海ちゃんはコクコクと頷いた。


 しかし、それにはみらいさんが邪魔だ。


 こんな恥ずかしい相談をするところを彼女に見られては、只管におちょくられて混ぜっ返されるに違いない。

 自身の目的を達成するには彼女を確実に排除する必要がある。


 希咲はそんな物騒な考えを胸に秘めながら、今も話を続けている望莱と天津の会話の隙を伺ってキュピィーンとネコ目を光らせた。


「――だからこそ我々は危機感を強く持ってしっかりとした対策を……、聞いているのか、みらい。真剣な話をしている時にヘラヘラ笑うな」

「いえ。七海ちゃんが面白いことになってそうでしたので」

「七海だと? だが、ふむ……そうか」


 人のお話をしっかり聞けない、集中力の足りない困った妹分に過酷な訓練を課すべきかと考えかけたところで何かを思いつき、天津は希咲の方へ話しかけた。


「七海」

「でかぱ――えっ⁉ な、なに⁉」


 こちらは物思いに集中し過ぎていたようで、焦って素っ頓狂な声をあげた。

 その様子に天津は目を細め、『やり過ぎるのも考えものか』と思い直す。望莱さんは知らぬ間に危機に陥りかけそして何故か赦された。


「七海。実は以前からお前に折り入って相談したいことがあったのだ」

「え? 真刀錵が? 珍しいわね」

「構わないか?」

「あ、うん。あたしでいいならちゃんと聞くわ――あっ! でも……」

「どうした?」

「えっと……、実はあたしも真刀錵に折り入ってというか……、相談したいことが出来たっていうか……」


 もじもじと、髪の毛を弄りたくなった希咲さんは手をそこへ持っていこうとするが、寸でのところでハッとなる。

 今この手を離すと真刀錵さんの切っ先が露わになってしまうことを思い出し、しっかりとそのお胸を掴み直した。

 代わりにモミモミと無意識に手が動く。


「う……っ、む。もちろん構わん。お前には世話になっているからな。誠心誠意応えると誓おう」

「ありがと……、あ、じゃあ真刀錵から先に言っていいよ?」

「そうか。ではお言葉に甘えよう」


 逆さ吊りの真刀錵さんは友へと真摯な目を向けた。

 希咲は優しげな眼差しで彼女の視線を受け止める。


 しかし――



「予てより気になっていたのだが、お前はどうやって胸の成長を抑えているのだ?」

「――はっ⁉」

「少し筋肉が物足りないがお前の体型は戦いやすそうだと、恥ずかしながら以前から羨ましく思っていてな。そこで最近気付いたのだ。羨むばかりではなく見習うべきだとな」

「…………」

「だがお前も知っての通り私は頭がよくない。だから下手に考えるよりも直接お前に教えを乞おうと考えたのだ。もしもこれが希咲家直伝の門外不出の奥義だというのであれば無理にとは言わん。だが、そうでないのならば、是非ともこの私に教えては貰えないだろうか?」

「…………」

「七海……? おい、聞いて――」

「――うるさぁぁぁぁいっっ!」


 黙り込んでしまって反応のなくなった友人を怪訝に思い、天津がその様子を窺うと、七海ちゃんはブチギレた。


「む。煩いとはなんだ。お前が聞いてくれるというから私は恥を忍んで――」

「――真刀錵ちゃん真刀錵ちゃん」


 天津が横柄な友人の態度を窘めようとすると、そこへみらいさんがテテテっと近寄ってきてコショコショと耳打ちをした。


「なんだ、みらい」

「真刀錵ちゃん。七海ちゃんのこれはわざとじゃないんです」

「む? どういう意味だ。私は頭がよくない。はっきりと言ってくれ」

「では。実はですね、七海ちゃんは普通におっぱいがちっちゃいんです」

「なんだと?」


 衝撃の事実に真刀錵さんはカッと目を見開く。


「奥義では……ないのか……?」

「残念ながら」

「馬鹿な……」

「奥義でも必殺技でもなく素で芳しくないのです」

「なんということだ……」


 受け入れ難い様子の真刀錵さんをみらいさんはさらに諭す。


「考えてみてもください。もしもわざと慎ましくしているのだとしたら、あの手この手を駆使して盛る必要なんてないじゃないですか」

「た、たしかに……っ!」


 反論の余地のない望莱の答弁に天津は打ち拉がれた。


 そして二人の内緒話が丸聞こえな希咲さんは髪をわなめかせ、怒りのオーラを身に纏った。
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