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第一章
第二十九話(最終話)
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「愛している、愛している」そう気持ちが伝わるようにキスをした。
離れていく不安を解消するために激しく抱き合うのではなく、そっと寄り添うように、互いを抱きしめ合う力が抜けていく。背中にまわる腕から力が抜けても、ふわりと寄り添う体は智晃の腕の中にその身を委ねる。
吐き出すように告げた気持ちに応えてもらった瞬間に、智晃は満たされた気がした。
「好き」と告げて「好き」と応えてもらう。
それがどれだけ奇跡に近いことか、智晃は嫌というほど感じてきた。愛しても同じだけ返されはしない。友愛や信頼の感情が与えられても、それは欲しいものじゃない。
愛を受け止めてもらい、同じだけの愛を与えられる。
人が欲するものは結局それだけなのだ。
智晃は悠花の靴を脱がせると、膝の下に腕を伸ばして抱き上げた。悠花があわてて首の後ろに腕をまわしてくる。ふわりとした髪が腕にあたって揺れるたびに香りが広がる。寝室に連れていくとそっとベッドの上に寝かせた。見上げる目は泣いたせいで潤んでいて、激しいキスの余韻を残した唇は熱い吐息を漏らす。
どことなく頼りなげな表情は、気持ちを告げたことを戸惑っているようにも見えて、頬に残った涙の痕を指で拭った。
「僕はあなたを愛している。あなたも僕を愛してくれている」
覆いかぶさるようにしながらも、体重をかけないようにしてゆるく抱きしめる。
「それだけでいいと思わないか?僕の素性もあなたの過去も関係ない。
僕もあなたも互いに傷つけあうことがあるかもしれない。そのときは、二人でその傷をなおしあおう。未来がどうなるかはわからない。でも重ねていく現在は二人で考えて生きていけばいい。僕たちの進む道が茨の道だとしても、僕はあなたとなら歩いていく努力をすることができる。離れようと努力するぐらいなら……一緒にいようと努力してくれないか?」
目じりから新たにこぼれた涙は暖かい。きっとこの先も彼女の泣く姿を見ていくのだろう。そのたびに胸は痛むだろう。でも暖かなままの涙を拭える位置にいたいと思うのだ。たとえ自分のせいで泣いているとしても、慰めるのもまた己であればいい。
「あなたを苦しめて傷つけるかもしれなくても?」
「悠花が与えてくれるなら……構わない。そのかわりそれを癒すのもあなただよ」
「あなたを苦しめることに耐えられないかもしれない」
「それは耐えて……僕も耐える。一緒ならきっと耐えていける。そして慰め合える。僕たちはそうしてきた。怯えながら怖がりながら……あがいて、苦しんで、それでも愛したかったし愛されたかった。
傷は傷のままじゃない。痛みはいずれやわらぐ。それを僕たちは知っているはずだ。苦しい日々だって……いつか「終わり」がくる」
いくつの夜明けを迎えれば、苦しみが終わるかわからずとも……夜は必ず明ける。
「「終わり」……?」
「「終わり」があるから「始まり」もある。僕はあなたとそれを繰り返していきたい」
「終わり」がくるから「始まり」がくる。
夜が更けていくから、朝が訪れる。
陽が沈むから月が昇り、死があるから生がある。
一緒にいたいと思うのも「会いたい」と思うのも現在だけ。
唇がふさがれる。同時に流し込まれるのは彼の唾液。悠花はそれを迷うことなく飲み込んでいく。彼が与えてくれるものすべてを飲み込んでしまいたい。言葉も想いも唾液も汗も涙も精液も。やや乱暴に服が脱がされて、悠花もまた必死に手を動かして彼の衣服をはぎ取っていった。ネクタイをほどきボタンをはずしシャツを脱がす。悠花が手をかけるまえに智晃はベルトをぬいて、互いに一糸まとわぬ姿になった。
胸をまさぐる手の力は強く、小さな痛みさえ感じるのにそれさえも気持ちがいい。怖いほど求められているような気がして、嵐にのまれる前に自分自身でそこに飛び込んでいきたかった。
与えられるものと同じぐらいのものを返していきたい。
愛される分愛して、優しくされる分優しくして、甘やかされる分甘やかしたい。
悠花もまた智晃の肌に唇が触れるごとにそこを舐めた。腕を横腹を鎖骨を舌で嬲っては、唇を押し付ける。痕など簡単にはつかなくて、いっそ噛みついて歯形をつけたい衝動さえおこる。
もみしだかれて形をかえた胸の先を、彼の舌が包み込んだ。きゅっとしめたかと思えばねっとりとなめまわす。食べ物と勘違いしているみたいな口の動きにあわせて、そこは色づき固くなっていく。
「あっ、あんっ」
きゅうっと吸い付かれて、痺れが走った。執拗に触られているのは胸だけなのに、そこから気持ちよさが波紋のように広がって全身にいきわたる。ただ撫でられているだけなのに、ぴくりと震えて、悠花もまた彼の弱いはずの場所に手を伸ばした。
「っ!」
彼の口から漏れる吐息にさえ感じる。固くそりあがったものは簡単に掌でつかまえることができて、悠花は指をすべらせる。その先にぬめるものを感じた時には、悠花の中にも彼の指が入り込んできた。
「ああっ、やんっ」
「どろどろだ……悠花、すごく熱い」
アルコールが今頃まわってきたかと誤解したくなるほど、意識が朦朧としていた。ただ快楽をむさぼるためだけに、簡単には触れさせないはずの場所を許し合う。悠花は智晃のものを握りしめて上下に動かし、智晃は悠花の中で指を抜き差しした。
弱い場所を知り尽くしている彼の方が上手で、いやらしい水音がくぐもって響く。同時に悠花の嬌声も口から漏れ出る。蜜を存分にまとわりつかせた指先が、敏感な場所にそっと触れた。
「やあっ、智、晃さんっ……あ、あんんっ」
「すっかり膨らんでいる……一度ここでイって、悠花」
彼を気持ちよくしたいのに悠花の手は動きを止めた。代わりに彼の指が小刻みにそこをつぶしてくる。押しては円を描くようになぞり、上下に軽くこすったかと思えば羽のように触れる。悠花は彼の望むまま、せりあがってくる快感に素直に身を委ねた。
悠花が達するのを見守って緩んでいた動きは、けれど止まることはない。見計らったかのように再びかすかに力をこめられて、立て続けに達していく。激しく強くはないけれど、終わることのない痺れが決して満たされない場所があることを如実に教えてきた。
「やっ、もう……あっ、あんっ」
埋めてほしい場所がある、抉ってほしい場所がある。きっとそこを満たされたら、もっと高みにひきあげられる。その先に見える景色を悠花はいつも智晃に見せられていた。
「もう、欲しい?」
すぐに口にはできなくて、悠花は頷いた。見下ろす智晃の目はどこまでも痴態を見逃すまいとまっすぐに見つめてくる。彼の目にどんなふうに映っているのだろうか。こんな瞬間、いやらしい自分を恥ずかしく思うのに、誰も知らない姿を見せつけたくてたまらない。こんなもので彼を引き留められるのなら。
悠花は腕を伸ばして智晃を抱き寄せる。汗でしめった首筋をつつんで、
「欲しいの」
そう発した。
奥を数度抉られた後、背中を抱き起されて、悠花は己を串刺しにするそれを奥深く受け入れていた。足を広げて彼の上にまたがり、自ら腰をふる。顔を寄せれば開いた唇からだした舌をからませあった。互いの舌をなめまわすそれはキスとは違う。腰を支える彼の手は、いい場所に自らあたるように悠花の動きを手助けする。乱れた髪が汗で頬にはりつくと、表情を隠すそれを何度も手が振り払った。
「悠花……きつい。もたない」
「だめ、まだだめ」
切なげに眉を寄せる智晃に悠花はわがままを言う。ずっとこのまま抱き合っていたい。この部分で繋がって、どろどろに溶けてしまいたい。悠花は智晃の髪に指を埋めた。
「うそ、イきたいときにイって。私で気持ちよくなって」
「はっ。もう十分気持ちいいよ。またイかせてあげるから、ごめん」
キスをしたかったのに、動きを速めて揺さぶられると、届かなくなる。悠花は自分でも彼の体に押し付けて、ぴったりと重なるようにした。彼が突き刺してくるのか、自分が埋めているのかわからない。でも智晃が放出する瞬間、悠花の胸の先を弾いて、結局同時に達していく。
崩れ落ちる上体を、彼の手が支えて二人でベッドに横たわった。智晃の汗がぽたりと降ってくる。浅く息を吐き出す音と激しい胸の音に愛しさを覚えて背中に手をそえた。熱いのはどちらなのか、掌から熱が伝わってくる。すっと離れていく瞬間が寒いと感じてしまったかのように体が震えた。智晃は後始末をすると、すぐさま戻ってきてふわりとキスを落とす。
「甘えたい?」
「…………」
「そんな表情している。普段はちょっと頑ななのに、あなたはこういうときものすごく愛らしいよ。僕に甘えたいって、そばにいてって語られている気分になる。だからかな……言葉にあえてしなくても通じ合っている気がいつもしていた」
そうかもしれないと、指摘されて気づく。
「好き」と認めることができなくて、言葉にすればどこか過去の自分を裏切るような気もしていた。
目も手も肌も雄弁に語るくせに。
「智晃さんが、好きです」
「僕も悠花が好きだよ」
「……ずっと、好きでいていい?あきらめなくていい?忘れなくてもいい?あなたを愛しても、困りませんか?」
忘れようとして忘れられなかった。
愛していたのに、あきらめなければならなかった。
自分で自分の気持ちを殺していく作業は、孤独で苦痛でずっと闇の中にいて、そこに留まりすぎてまるで自分の居場所であるように感じていた。
夜など明けなければいい、眩しさに目をつぶされるような光など射さなければいい、そんなことさえ願っていた。
「困ることなんて何もない。悠花が僕のそばにいさえすればいい。そうすればたとえ、苦しめても傷つけても、それ以上に癒して甘やかしあえる」
頬をつつむ手にそっと自分の手を重ねた。
手首にするりとブレスレットが落ちて、煌めいて見えた。
「ずっと好きでいていい。あきらめることも忘れることも僕は許さない。僕を愛して」
「いつか……いつの日か私たちの関係が終わっても?」
「命も関係も永遠じゃない。でも、ぎりぎりまで先延ばしにすることはできる。
終わりがくる日はずっと先だよ。永遠は誓えなくても、あと80年ぐらいはあなたを愛すると誓うよ」
永遠などない。
どんなものにも、愛にも命にも「終わり」は必ずある。
だから、人は追い求める。
「終わり」がくることをわかっているから、その間を精一杯にあがいて生きていく。
霞のように曖昧な形のないものを追い求めようとする。
「「終わり」がくるその日まで……ずっと一緒に生きていこう、悠花」
からめあった左手は大きさは違うのにしっくりきた。智晃は手首のブレスレットに誓いをかわすようにキスをする。無言の約束がふりおちてぎゅっと力をこめた。
傷つけるだろう、苦しめるだろう、互いに痛みを抱えられない日がいつか来るのかもしれない。
強くあれるだろうか、今度こそ。
彼の優しい穏やかな眼差しが、ずっとそばにあれば、傷つける分だけ癒す力を持てるだろうか。
「智晃さんの……そばにいさせてください」
唇がそっとかすかに触れ合った。
「終わり」と「始まり」の繰り返し、それを積み重ねていくことがきっと永遠に近いものになる。
離れていく不安を解消するために激しく抱き合うのではなく、そっと寄り添うように、互いを抱きしめ合う力が抜けていく。背中にまわる腕から力が抜けても、ふわりと寄り添う体は智晃の腕の中にその身を委ねる。
吐き出すように告げた気持ちに応えてもらった瞬間に、智晃は満たされた気がした。
「好き」と告げて「好き」と応えてもらう。
それがどれだけ奇跡に近いことか、智晃は嫌というほど感じてきた。愛しても同じだけ返されはしない。友愛や信頼の感情が与えられても、それは欲しいものじゃない。
愛を受け止めてもらい、同じだけの愛を与えられる。
人が欲するものは結局それだけなのだ。
智晃は悠花の靴を脱がせると、膝の下に腕を伸ばして抱き上げた。悠花があわてて首の後ろに腕をまわしてくる。ふわりとした髪が腕にあたって揺れるたびに香りが広がる。寝室に連れていくとそっとベッドの上に寝かせた。見上げる目は泣いたせいで潤んでいて、激しいキスの余韻を残した唇は熱い吐息を漏らす。
どことなく頼りなげな表情は、気持ちを告げたことを戸惑っているようにも見えて、頬に残った涙の痕を指で拭った。
「僕はあなたを愛している。あなたも僕を愛してくれている」
覆いかぶさるようにしながらも、体重をかけないようにしてゆるく抱きしめる。
「それだけでいいと思わないか?僕の素性もあなたの過去も関係ない。
僕もあなたも互いに傷つけあうことがあるかもしれない。そのときは、二人でその傷をなおしあおう。未来がどうなるかはわからない。でも重ねていく現在は二人で考えて生きていけばいい。僕たちの進む道が茨の道だとしても、僕はあなたとなら歩いていく努力をすることができる。離れようと努力するぐらいなら……一緒にいようと努力してくれないか?」
目じりから新たにこぼれた涙は暖かい。きっとこの先も彼女の泣く姿を見ていくのだろう。そのたびに胸は痛むだろう。でも暖かなままの涙を拭える位置にいたいと思うのだ。たとえ自分のせいで泣いているとしても、慰めるのもまた己であればいい。
「あなたを苦しめて傷つけるかもしれなくても?」
「悠花が与えてくれるなら……構わない。そのかわりそれを癒すのもあなただよ」
「あなたを苦しめることに耐えられないかもしれない」
「それは耐えて……僕も耐える。一緒ならきっと耐えていける。そして慰め合える。僕たちはそうしてきた。怯えながら怖がりながら……あがいて、苦しんで、それでも愛したかったし愛されたかった。
傷は傷のままじゃない。痛みはいずれやわらぐ。それを僕たちは知っているはずだ。苦しい日々だって……いつか「終わり」がくる」
いくつの夜明けを迎えれば、苦しみが終わるかわからずとも……夜は必ず明ける。
「「終わり」……?」
「「終わり」があるから「始まり」もある。僕はあなたとそれを繰り返していきたい」
「終わり」がくるから「始まり」がくる。
夜が更けていくから、朝が訪れる。
陽が沈むから月が昇り、死があるから生がある。
一緒にいたいと思うのも「会いたい」と思うのも現在だけ。
唇がふさがれる。同時に流し込まれるのは彼の唾液。悠花はそれを迷うことなく飲み込んでいく。彼が与えてくれるものすべてを飲み込んでしまいたい。言葉も想いも唾液も汗も涙も精液も。やや乱暴に服が脱がされて、悠花もまた必死に手を動かして彼の衣服をはぎ取っていった。ネクタイをほどきボタンをはずしシャツを脱がす。悠花が手をかけるまえに智晃はベルトをぬいて、互いに一糸まとわぬ姿になった。
胸をまさぐる手の力は強く、小さな痛みさえ感じるのにそれさえも気持ちがいい。怖いほど求められているような気がして、嵐にのまれる前に自分自身でそこに飛び込んでいきたかった。
与えられるものと同じぐらいのものを返していきたい。
愛される分愛して、優しくされる分優しくして、甘やかされる分甘やかしたい。
悠花もまた智晃の肌に唇が触れるごとにそこを舐めた。腕を横腹を鎖骨を舌で嬲っては、唇を押し付ける。痕など簡単にはつかなくて、いっそ噛みついて歯形をつけたい衝動さえおこる。
もみしだかれて形をかえた胸の先を、彼の舌が包み込んだ。きゅっとしめたかと思えばねっとりとなめまわす。食べ物と勘違いしているみたいな口の動きにあわせて、そこは色づき固くなっていく。
「あっ、あんっ」
きゅうっと吸い付かれて、痺れが走った。執拗に触られているのは胸だけなのに、そこから気持ちよさが波紋のように広がって全身にいきわたる。ただ撫でられているだけなのに、ぴくりと震えて、悠花もまた彼の弱いはずの場所に手を伸ばした。
「っ!」
彼の口から漏れる吐息にさえ感じる。固くそりあがったものは簡単に掌でつかまえることができて、悠花は指をすべらせる。その先にぬめるものを感じた時には、悠花の中にも彼の指が入り込んできた。
「ああっ、やんっ」
「どろどろだ……悠花、すごく熱い」
アルコールが今頃まわってきたかと誤解したくなるほど、意識が朦朧としていた。ただ快楽をむさぼるためだけに、簡単には触れさせないはずの場所を許し合う。悠花は智晃のものを握りしめて上下に動かし、智晃は悠花の中で指を抜き差しした。
弱い場所を知り尽くしている彼の方が上手で、いやらしい水音がくぐもって響く。同時に悠花の嬌声も口から漏れ出る。蜜を存分にまとわりつかせた指先が、敏感な場所にそっと触れた。
「やあっ、智、晃さんっ……あ、あんんっ」
「すっかり膨らんでいる……一度ここでイって、悠花」
彼を気持ちよくしたいのに悠花の手は動きを止めた。代わりに彼の指が小刻みにそこをつぶしてくる。押しては円を描くようになぞり、上下に軽くこすったかと思えば羽のように触れる。悠花は彼の望むまま、せりあがってくる快感に素直に身を委ねた。
悠花が達するのを見守って緩んでいた動きは、けれど止まることはない。見計らったかのように再びかすかに力をこめられて、立て続けに達していく。激しく強くはないけれど、終わることのない痺れが決して満たされない場所があることを如実に教えてきた。
「やっ、もう……あっ、あんっ」
埋めてほしい場所がある、抉ってほしい場所がある。きっとそこを満たされたら、もっと高みにひきあげられる。その先に見える景色を悠花はいつも智晃に見せられていた。
「もう、欲しい?」
すぐに口にはできなくて、悠花は頷いた。見下ろす智晃の目はどこまでも痴態を見逃すまいとまっすぐに見つめてくる。彼の目にどんなふうに映っているのだろうか。こんな瞬間、いやらしい自分を恥ずかしく思うのに、誰も知らない姿を見せつけたくてたまらない。こんなもので彼を引き留められるのなら。
悠花は腕を伸ばして智晃を抱き寄せる。汗でしめった首筋をつつんで、
「欲しいの」
そう発した。
奥を数度抉られた後、背中を抱き起されて、悠花は己を串刺しにするそれを奥深く受け入れていた。足を広げて彼の上にまたがり、自ら腰をふる。顔を寄せれば開いた唇からだした舌をからませあった。互いの舌をなめまわすそれはキスとは違う。腰を支える彼の手は、いい場所に自らあたるように悠花の動きを手助けする。乱れた髪が汗で頬にはりつくと、表情を隠すそれを何度も手が振り払った。
「悠花……きつい。もたない」
「だめ、まだだめ」
切なげに眉を寄せる智晃に悠花はわがままを言う。ずっとこのまま抱き合っていたい。この部分で繋がって、どろどろに溶けてしまいたい。悠花は智晃の髪に指を埋めた。
「うそ、イきたいときにイって。私で気持ちよくなって」
「はっ。もう十分気持ちいいよ。またイかせてあげるから、ごめん」
キスをしたかったのに、動きを速めて揺さぶられると、届かなくなる。悠花は自分でも彼の体に押し付けて、ぴったりと重なるようにした。彼が突き刺してくるのか、自分が埋めているのかわからない。でも智晃が放出する瞬間、悠花の胸の先を弾いて、結局同時に達していく。
崩れ落ちる上体を、彼の手が支えて二人でベッドに横たわった。智晃の汗がぽたりと降ってくる。浅く息を吐き出す音と激しい胸の音に愛しさを覚えて背中に手をそえた。熱いのはどちらなのか、掌から熱が伝わってくる。すっと離れていく瞬間が寒いと感じてしまったかのように体が震えた。智晃は後始末をすると、すぐさま戻ってきてふわりとキスを落とす。
「甘えたい?」
「…………」
「そんな表情している。普段はちょっと頑ななのに、あなたはこういうときものすごく愛らしいよ。僕に甘えたいって、そばにいてって語られている気分になる。だからかな……言葉にあえてしなくても通じ合っている気がいつもしていた」
そうかもしれないと、指摘されて気づく。
「好き」と認めることができなくて、言葉にすればどこか過去の自分を裏切るような気もしていた。
目も手も肌も雄弁に語るくせに。
「智晃さんが、好きです」
「僕も悠花が好きだよ」
「……ずっと、好きでいていい?あきらめなくていい?忘れなくてもいい?あなたを愛しても、困りませんか?」
忘れようとして忘れられなかった。
愛していたのに、あきらめなければならなかった。
自分で自分の気持ちを殺していく作業は、孤独で苦痛でずっと闇の中にいて、そこに留まりすぎてまるで自分の居場所であるように感じていた。
夜など明けなければいい、眩しさに目をつぶされるような光など射さなければいい、そんなことさえ願っていた。
「困ることなんて何もない。悠花が僕のそばにいさえすればいい。そうすればたとえ、苦しめても傷つけても、それ以上に癒して甘やかしあえる」
頬をつつむ手にそっと自分の手を重ねた。
手首にするりとブレスレットが落ちて、煌めいて見えた。
「ずっと好きでいていい。あきらめることも忘れることも僕は許さない。僕を愛して」
「いつか……いつの日か私たちの関係が終わっても?」
「命も関係も永遠じゃない。でも、ぎりぎりまで先延ばしにすることはできる。
終わりがくる日はずっと先だよ。永遠は誓えなくても、あと80年ぐらいはあなたを愛すると誓うよ」
永遠などない。
どんなものにも、愛にも命にも「終わり」は必ずある。
だから、人は追い求める。
「終わり」がくることをわかっているから、その間を精一杯にあがいて生きていく。
霞のように曖昧な形のないものを追い求めようとする。
「「終わり」がくるその日まで……ずっと一緒に生きていこう、悠花」
からめあった左手は大きさは違うのにしっくりきた。智晃は手首のブレスレットに誓いをかわすようにキスをする。無言の約束がふりおちてぎゅっと力をこめた。
傷つけるだろう、苦しめるだろう、互いに痛みを抱えられない日がいつか来るのかもしれない。
強くあれるだろうか、今度こそ。
彼の優しい穏やかな眼差しが、ずっとそばにあれば、傷つける分だけ癒す力を持てるだろうか。
「智晃さんの……そばにいさせてください」
唇がそっとかすかに触れ合った。
「終わり」と「始まり」の繰り返し、それを積み重ねていくことがきっと永遠に近いものになる。
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