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第二章

第七話

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 ゴールデンウィークの前半は曇り空が多かった。
 けれど大学時代の友人と久しぶりに会って、悠花の心にはほんの少し晴れ間が射している。
 恋人の地方転勤が決まったと同時に結婚した友人は、知らない土地でも物怖じせずに、彼女らしく楽しんでいた。
 穂高との関係を知っていて、いろいろ起こった最初の頃は彼女に慰めてもらった。
 けれど、彼女の婚約が決まり、悠花自身、自分のトラブルに友人を巻き込みたくない思いもあって少しずつ遠ざかり、物理的な距離も加わってずっと会っていなかった。
 穂高の結婚のニュースで、別れを知った彼女からはこちらを心配するメールが届いていたけれど、『大丈夫です』という簡易なひと言で誤魔化し続けていた。
 不義理をしていたにも関わらず、久しぶりに会った彼女は、過去にはほとんど触れずにいてくれた。
 勇気を出して会いに行ってよかったと思っている。
 悠花は腕時計で時間を確かめると、マンションのエントランスで智晃の部屋番号を押した。
 肩にかけたエコバッグにはここに隣接するスーパーで購入した食材が入っている。
 連休後半に休みを確保した智晃は、それでも出張続きで昨夜遅くの飛行機で戻ってきている。彼は朝早くから会いたがったけれど、少しでも体を休めてほしくて、お昼直前に智晃の部屋に行くことで了承してもらった。
 せっかくなんだからどこかでかけようとか、だったら車で迎えに行くだとかいろいろ言っていたのを宥めるのは少し大変だった。
 『どこにも行かなくていい、智晃さんと一緒に二人だけでゆっくり過ごしたい』と言うと、逆に『じゃあ、僕の部屋から一歩も出なくても構わない?』と意味深な提案を了承させられたけれど。
 エレベーターを降りてインターホンを鳴らす。

「ん……悠花、ごめん。今開ける」

 寝ぼけたような智晃の声がして、悠花はやっぱり疲れているんだと、自分がここにきてよかったと思う。
 扉を開けた彼はまだパジャマ姿で、髪がふんわり揺れていた。

「悠花」
「おはようございます、智晃さん」

 お昼間近だけれどそう挨拶するといきなり抱きしめられる。悠花は荷物を肩にしたまま智晃を受け止めた。

「と、智晃さん!?」
「悠花だ……会いたかった。少しこのまま」
「あの、荷物が」
「あー、うん」

 智晃はすっと悠花の荷物を床に置くと、再び悠花を抱きしめる。
 悠花も智晃の背中に腕をまわして、彼の体温と匂いとを感じた。
 抱き合うだけでほっと安心する。
 世界中が敵に回っても、この腕だけは唯一の味方だと錯覚したくなるほど、すがりつきたい場所。
 まわした腕の角度もぴったりと合って、触れ合う体の隙間が少なくなる。

「今、起きたんですか?」
「うん、今起きた……」
「もうすぐお昼ですけど、お腹空いていますか?」
「うん、空いている。でも食べるなら悠花がいい」

 そのままベッドに連れ込みかねない勢いの智晃を、悠花は食材を冷蔵庫にいれさせてほしいと懇願して、なんとかそれだけは受け入れてもらった。





 彼の寝室のカーテンは閉まったままで、ベッドのシーツにはしわが寄っている。さっきまでここに眠っていたのを感じさせる、体温の残ったベッドに悠花は押し倒された。
 髪を乾かさずに寝たのだろうか、智晃の髪がいつも以上にふわふわしている。
 智晃は鼻にずれていたメガネをはずすと、そっと唇を寄せてきた。
 表面だけをぴったり合わせると動きを止める。反射的に唇を開きかけて、悠花はそれを止めた。舌を絡めるキスに慣れたせいで、閉じたまま受け止めるほうが難しい。
 昼間とは思えない薄い闇と静けさの中、ささやかな息の音だけが伝わる。
 唇の表面だけを触れ合わせたキス。
 けれど智晃は強く押しつけては角度をかえて悠花の体を強く抱きしめる。
 悠花もまたやわらかな智晃の髪に手をさしいれてその感触を味わった。
 どちらが先に唇を開くのか競い合う。
 高校生同士の初めてのキスに似ている気がするのに、まったく違う。
 もどかしいと思うのに、どんどん体温があがっていく。唇を押しあてては、はなし、ふたたびくっつける。
 時に、頬にまぶたにあごに唇の横にとずれながら、そして互いに目を開けたり閉じたりしながら。
 だから智晃が小さな舌をのぞかせたとき、先に唇を開いたのは悠花のほうだった。
 舌と一緒にねじこまれるのはねっとりとした彼の唾液。唇を閉じてキスを交わす間に溜まったそれが、悠花の口内に流し込まれる。呑みこむ前に、舌で互いの唾液を混ぜあった。そして奪い合うように互いにのどをならす。
 唇が離れて目をあければ、口の周囲をてらつかせた彼がいた。きっと自分も同じ顔をしている。
 顔を合わせて早々、お天気の良い昼間から淫蕩に耽ようとする淫らな表情を。
 わかっていたのだ。
 彼に会えばすぐさま抱かれてしまうだろうことは。
 仕事の疲れをねぎらって、連休中の出来事を報告する。スーパーで購入した食材で手料理をふるまう。留守にしていたから部屋はちらかってはいないだろうけれど、掃除機をかける。もし洗濯物がたまっているなら片付けるのもいい。
 日常を装ったそんな自分を想像していた。
 そう、しながらも……それが想像で終わるだろうことも。
 だから、出かける直前にシャワーを浴びた。彼が脱がせやすい服を着て、彼の好む下着を身に着けた。
 いつ抱かれてもいいように、むしろ抱かれることを期待して――

 悠花の服を脱がせていた智晃の手が止まる。

「……っ、あなたはっ、僕に壊されたいのか!」

 低くかすれた声が吐き出された。
 悠花が身に着けたのはカーキ色のシャツワンピースだ。前ボタンをはずせば、簡単に下着姿になってしまう。
 智晃は下まですべてボタンをはずしてしまうと、ゆっくりと身ごろを開いた。
 悠花は顔を横に背けて、下着姿になった自分を凝視する智晃の視線から逃れた。
 クリーム色のレースとリボンの組み合わせ。
 インターネットのサイトで見たときは、肌馴染みするカラーだったし、あまり卑猥にも感じなかった。いやらしさより、かわいらしさが勝っている気もした。
 でも実際に身に纏うと、際どい場所が心もとない代物だった。
 すごく恥ずかしかったし、どうしようか悩んだ。

「まさか……ここまで歩いてきた?」

 悠花の頬に手をあてて、背けていた顔を正面に戻した。
 観念して悠花は智晃と視線を合わせる。

「タクシー使いました。でもスーパーでお買い物はしたかな」

 見えるはずもないのに他人の視線が気になった。意識しないように買い物に集中した。
 こういう下着の威力を改めて感じた。
 智晃の目には困惑が浮かび、口元がきゅっと結ばれた。
 急に不安になる。頼まれたわけでもないのに、こんな下着を身に着けるなんて下品だったろうか?

「嫌ですか?」
「嫌じゃない」
「ダメですか?」
「ダメじゃない。嫌でもダメでもないけど……キスしかしていないのに、もう悠花の中に入りたい」
「私も、智晃さんと繋がりたい」

 智晃の即答に安堵して悠花は素直に気持ちを吐露した。
 求めているのは智晃だけじゃない。
 会えない間、悠花だってずっと疼きを抱えていた。
 快楽に慣らされた体は、女の周期にうまくはまるとどうしようもないほど切なくなる。
 男が自慰をするように、女だって欲が高まるときがある。
 会いたかった。
 抱かれることを期待していた。智晃に会ってすぐにもう体は反応している。
 悠花は智晃がどれだけ自分を気持ちよくしてくれるか知っている。
 もどかしすぎたキスだけで、口内に唾液が溜まったように、体の奥にも蜜が溜まっているのだ。
 智晃は準備を終えると悠花の足を広げる。

「下着姿……ゆっくり見たいけど、それは後で」

 そうささやくと、迷うことなく悠花の中に押し入ってくる。
 役目など放棄した下着を、脱がすことなくそのままで。
 久しぶりに受け入れるはずなのに、熟れた果実のように果汁にあふれた場所は、すんなり智晃を受け入れた。

「イった後みたいだ……悠花の中」
「あっ、はッ、ん、ンン」
「熱くて、やわらかくて、僕にからみついてくる」

 智晃が入って来た途端、湿った水音がした。彼が腰をひいてはまたゆっくりと入ってくる。そのたびに粘着質な音が大きくなっていく。
 智晃は己が入ることで変化する悠花の中をじっくり確かめるように腰をひいた。

「悠花……わかる? 僕のものについてくる。出るなって言っているみたいだ」
「……んん、わか、ンない」
「気持ちよすぎて、もたない、くそっ」

 彼らしくない言葉を使うと、智晃は腰の動きを速めた。
 悠花の腰骨を支えて持ち上げ、奥を目指して突いてくる。
 どこまで中にはいれるか試すような動きに悠花の体は無防備に揺さぶられた。

「やっ、ハアっ、ああっ、あぁ!」
「悠花、はるかっ」
「あっ、気持ちいいの。と、もあきさん……もっと」

 キスだけで前戯さえなかったのに、悠花は智晃に突かれて呆気なく達していった。





 一度離れた智晃の体が再び悠花の上に覆いかぶさる。もどかしかったキスの反動で、今度は最初から激しく舌をからめあった。くちゃくちゃと唾液の音を響かせながら、口内を探り合う。まるで渇きを癒すために相手の水分を奪い合うように。無味なはずの唾液がだんだん甘くなるようで、悠花はどちらのものともわからないものを喉をならして呑んだ。
 悠花の唇を味わいつくした智晃の舌は、首筋から鎖骨へとうつり、レースで覆われているはずの胸元へと這っていく。そして薄い布地ごとすでに尖っていた先を口に含んだ。

「あっ、やぁ」

 レースがこすれていつもと違う感覚が襲う。もどかしい気もしたし、異なる刺激が新たなものを与えてくれる気もした。

「本当に……意味のない下着だね」

 すっと肩で結んでいた細いリボンを解く。胸があらわになり智晃の両手が持ち上げるようにして覆う。優しく揉んでは指先で尖りをはじき、時折舌で舐めまわしては唇で挟む。もてあそばれているのは胸だけなのに、そこから発した痺れが緩やかに全身に広がっていくようだ。
 欲しいものを一度は得たにもかかわらず、悠花の体は熾火を灯したままでさらなる激しさを求めていた。
 智晃に抱かれると、自分の貪欲さが浮き彫りになる。
 胸ばかりをかわいがる智晃に焦れて、悠花は自ら膝をたてた。それに気づいた智晃がゆっくりと体を起こす。
 彼の言う通り意味のない下着。レースが重なり合っているだけで、実際大事な部分は覆われてなどいない。足を閉じていればかろうじて隠れても、隙間からは卑猥なものがちらつく。
 こうして足を広げればなおさら。
 乞われるでもなく、膝に手をそえられることもなく男の前で自ら足を広げる。
 智晃の視線がその部分に集中するのがわかった。

「悠花……」
「智晃さんの、せいっ」

 激しいキスをして、いやらしく胸を愛撫するくせに、そこには触ってくれないから。

「こんなに蜜をこぼして、ひくつかせているのは僕のせい?」

 智晃の指が太腿の裏を辿り、レース部分に沿って動いていく。そのたびにぴくりと震えて中からこぼれていくのに、智晃はそれを避けて周囲を撫でまわした。

「一度じゃ足りなかった?」

 こんな姿までさらしながら頷くのは恥ずかしかった。否定することもできなかった。泣きそうになりながら、悠花は智晃を見上げる。

「智晃さんっ!」
「もったいないから舌で啜ろうか? それとも指でたくさんかきまぜてほしい? 悠花の気持ちのいい場所をいっぱい触るのもいいね」

 悠花の片方の足を抱えると、智晃はふくらはぎに小さく口づけをする。その間にもレースの感触を確かめるように指先で下着に触れる。

「いっそ今すぐ入れて激しく突こうか? さっきはあまり僕がもたなかったから、あなたのいいところをかわいがっていないままだ。だからこんなに泣いているのかな?」

 肌に伝った蜜を指先ですくいあげる。その刺激だけで悠花は腰を揺らした。
 
「あなたの希望を聞くよ。僕にどうしてほしい?」

 いつもは優しいのにこういう時だけ意地悪で、悠花はいつも羞恥に泣きたくなる。同時にそれが自分を燃え上がらせることも知った。
 だからといって彼の求める言葉を吐くのは難しい。
 ――舌で啜って、指でかきまぜて、激しく突いて。
 悠花は両手で顔を覆うと思い切って口を開いた。

「智晃さんに……たくさんかわいがられたい……」

 智晃は小さく苦笑すると、悠花の膝がしらにちゅっとキスをした。

「ああ、たくさんかわいがってあげるよ」

 智晃の手が強く悠花の両脚を抑え込んで、最初に与えられたのはそこへの口づけだった。
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