雨恋ー可愛い義弟はもう、いないー

矢簑芽衣

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第21話

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 柊さんは出張帰りに寄ってきてくれたようで両手に鞄と荷物を持っていた。
「柊さん! 出張から今日戻ってきたんですね」
「あぁ。周防さんも変わりなさそうで良かった」
 そう言うと柊さんが夏樹を見た。その目が何だか鋭く感じられて、夏樹と柊さんを一緒にいさせたらいけないような気がした。
「夏樹。私は柊さんと話があるから先に帰っててくれる?」
 こんなことしたら、また夏樹に誤解されてしまうのに。でも、出張帰りで疲れている中、私に会いに来てくれた柊さんをそのまま帰すことは出来ない。
「……わかった」
 夏樹はあからさまに機嫌が悪かった。ごめん夏樹、と心の中で私は謝る。
「……夏樹くんと二人で出掛けていたのかい?」
「はい旅行に」
「旅行? 泊りで?」
 街灯に明かりが灯った。柊さんの曇った顔が照らされた。
「ひいら――」
 私が言葉を発すると同じく、柊さんが私の顔に触れた。突然のことに、え、と私は固まる。
「周防さん。君にずっと訊きたいことがあったんだが、今、訊いていいか?」
「何、ですか……?」
 私は柊さんを見つめる。目を逸らすことができなかった。
「義弟の夏樹くんから変なことされてないよね?」
「変、なこと……?」
「例えば」そこで柊さんは話を区切る。言いにくそうに一瞬私の目を逸らすと、再び私と目を合わした。そして「性的嫌がらせを受けていないか……?」
 ひゅっと息をのみ込んだ。何だろう、この気持ち……。私は胸元に手を持っていく。
「私は」と言い掛けると、柊さんが私の首筋を触った。
「ここ、赤くなってるけど、もしかして――」
「やめてください!」
 私は声をあげると柊さんの手を振り払う。柊さんに対してこんなふうに反抗することは初めてだった。
 そうだ、私は怒っているんだ。柊さんに夏樹のことを悪く言われたから。
 柊さんは振り払われた手を空に浮かべたまま、目を見開いた。
「ご、ごめんなさい」
 私自身、こんな態度を取ってしまったことに驚いた。私は柊さんに謝ると息を吸い込んだ。
「柊さんも知っている通り、私と夏樹は義理の姉弟で血の繋がりはありません」
 柊さんは一つも表情を変えることなく、私をじっと見ている。その顔色から何を考えているのか読み取れなかった。
「夏樹のことは可愛い弟だと思っていました。でも、私は……私たちは――」
「まさか、姉弟ではなく異性として愛し合っている、とでも言いたいのか?」
 柊さんから、咎めるような視線を投げられて、私は息をのむ。柊さんの目は私を軽蔑するかのようだった。いつも私のことを助けてくれる柊さんが今では遠く感じる。柊さんに話したことが間違っていたのか。それとも、この感情が間違いなのか――。
 私は威勢を失くし黙り込む。柊さんは怒っているようだった。険しい目つきで私を見ている。
「周防さん」
 諭すように柊さんが口を開いた。
「義理だとしても君と夏樹くんは姉弟で、そのことは変わりようのない事実だ。それに、このことをお義母さんや亡くなった君のお父さんが知ったらどう思うか考えたことあるか?」
「――っ!」
 どくん、と私の胸が勢いよくとびあがる。
「大事な家族を悲しませるようなこと、しては駄目だよ」
 私はそれ以上何も言うことが出来なかった。そんな私の頭を柊さんは撫でる。柊さんは何も言わずにそのまま帰って行った。

 私は暗い闇の底に落とされたようだった。
 家に帰ると夏樹が玄関で腕を組みながら壁にもたれ掛かっていた。
「柊さんと何の話してたの?」
「別に……何でもないわ」
 どうしよう。夏樹の顔がまともに見れない。
 私はサンダルを脱ぐと部屋に入る。
「春妃」
 夏樹が私を呼ぶ。そして私の腕を掴むと抱き締めた。
「春妃が好きだ」

『春妃』
『春妃ちゃん』

 その瞬間、お父さんとお義母さんの顔が頭を過ぎった。
 私は夏樹の胸を強く押して突っ撥ねる。
「そうか」夏樹が小さく呟く。「それが春妃の出した答えなんだな。春妃の気持ちはわかったよ」
 悲しげな顔をすると、夏樹は家を出て行く――。
 違う。本当は……。夏樹の腕の中にずっといたかった。本当は……私も好きって言いたかった。でも、出来ない。だって、それを言葉にすると家族が壊れてしまうから。
「ふっ……」
 私は、私はどうすればいいの……? 
 胸が張り裂けそうな胸の痛みを抱えたまま、その場に崩れると、私は涙を流した。


 翌日。目が覚めてリビングに行くと夏樹が荷物をまとめていた。
「何、してるの……」
「出て行く」
 私の顔を一瞥もせず夏樹は答える。
「そんな……住む場所も決まってないのに」
「会社の寮に空きが出たからそこに住む。それに」
 夏樹はそこで話を区切るとスーツケースのファスナーを閉めた。
「……それに、俺がいつまでも春妃と一緒にいたら柊さんと仲良くできないだろう?」
 皮肉のように言うと、夏樹は苦々しく笑みを作る。

 私は何も言えず、玄関のドアを開けて出ていく夏樹の背中をただ見送ることしかできなかった。


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