2 / 4
序章
交渉
しおりを挟む
いきなりの森霊種との邂逅に焦る部分もあるが、ここで剣を抜くほど男も馬鹿ではない。
そりゃ音速の数十倍の速度で近寄ってくる者など誰だって警戒して当たり前だし、事実目の前の森霊種は馬車を守る様にして男と馬車の間に立っている。
問答無用で攻撃してこないところから見てどうやら人間と森霊種の仲も多少は改善したらしいと思えば嬉しくもあるが、とはいえそんな事を考えている余裕は今の男にはない。
なんせ喋れる相手に会うなんて一体いつぶりか、まして森霊種とこうやって会話の機会を設けるなど一度もなかった事だ。
この機を逃せばまたしばらくは一人で過ごすことになるだろう、男にとってそれだけはなんとしても避けたかった。
「すまない、急に近寄って悪かった。敵意は無いんだ、本当だ、そんな怖い顔をしないくれ。剣も置く、ほら置いた。皮袋もだ。なんなら服も脱ごうかーーっと、どうやらお気に召さないらしい。個人的にもあんまりしたくなかったかから止めてくれて助かったよ」
「ーー敵意が無い…のは確かだろうな。もし貴様が盗賊だったとしてももう少し警戒心を見せても良いだろうし」
「信頼してもらえて助かったよ。それで……ここどこだ? ーーすぐに剣向けるのは辞めてくれないか?」
「ここは森霊種の王国から数十里離れた辺境の地。それでそんな所にいるお前は?」
「森霊種の国ねぇ。そりゃまぁうちは小国だったし領土拡大の為に潰されはするよなぁ…っと、独り言呟いただけで斬りかかろうとしないでくれよ。俺の名前は暁月、ここにいる理由は分かんない。どうやら記憶喪失らしい」
古今東西誰でも騙せる最強の嘘、記憶喪失。
暁月の事を知る人間は既にこの世にはもういない。
大戦によって大半が死に絶えただろうし、もし運良く生き延びたところで寿命には勝てない。
つまりは暁月が記憶を失っていないと立証するのは不可能だし、かなりの年を経て自分の喋り方なり身なりがおかしな物に見えるだろうというのは暁月自身自覚していた。
ならばそれを逆手にとって使うは必殺記憶喪失だ。
事実この場所含め世の中のこと殆どを知らないのだから記憶喪失みたいなものだし、それに記憶を失っている人間に対して攻撃を仕掛けてくるほど酷い奴ならもうすでに攻撃されているはず。
その読みは当たり目の前の森霊種は剣を引く。
「こう言ってますのでどうでしょうか? 助けてあげますか?」
「ええもちろんですとも。人間となれば私達の仲間、助けない理由もありません、どうぞお乗りください」
「ーーまさか人間の商人さんだったとは。私の名前は暁月と申します、どうぞお見知りおきを」
「ああ、こりゃ丁寧にどうも。これから勉強の村に行ってその後王都に戻るので、それまで良ければどうですかな?」
「本当ですか!? ならぜひお言葉に甘えて。道中何が現れても私が退治して見せましょう!」
「おお、心強い。では任せましたよ」
久方ぶりの人間との会話。
一方通行では無い言葉のやり取りに、暁月は胸が熱くなる。
人間と森霊種がこうして手を組んで商売をしていることも驚きではあるが、今の暁月にしてみればそんな事はどうでも良い事だ。
荷馬車の後ろの方に腰掛け、久々の馬車の感覚に身体を慣らす。
だがそれも数分の間しか持たず、前の方にいた森霊種が怖い顔をしながら近寄ってきた事で無理やり下ろされる。
「いったいな! 何するんだよ!」
「お前も一旦契約したなら荷馬車になってないであるけ!」
「歩いたところで意味ないでしょうよ! 魔物程度ならそりゃ歩いたほうが良いけど神鬼兵とか荒鬼でも現れようもんならこんなの一瞬でぺちゃんこよ!?」
「そんな大戦時の最悪の遺物がこんな世の中に残ってるわけないだろバカ! 大戦時代でも我々森霊種のご先祖が手を焼いた最悪の生物兵器だぞ」
その言葉を聞いて暁月は驚く。
どうやら神鬼兵も荒鬼も、もう既にいない物として扱われているらしい。
あの二種は確かに大戦時代に各地で猛威を奮っていたが、それでも森霊種からすればそれ程の脅威では無かったはずだ。
これも戦争に対する恐怖から来る先祖の教えたのだろうと思うと、案外森霊種も可愛いものだと思えてくる。
あの二種がいないとなればもちろんそれより上の生き物もいないだろうし、それならばと暁月は言われるがままに荷馬車から降りて先頭を歩く。
背後は森霊種が守ってくれる事だろう。
なら暁月は前を守りつつ商人との話に花を咲かせても、文句を言われる筋合いはない。
「そう言えば私記憶喪失とは言ってもそれなりに記憶は残っておりましてね? 大戦があった事は覚えているんですよ、どうなったか覚えてないんですけど」
「大戦は女神様が止められて終わったよ。まさか今更になって神が本気で介入してくるのかと当時の人類は驚いたらしいが、今となってはそのおかげでこんな良い暮らしができる様になっている。ありがたいもんだよ」
誰が大戦を終わらせたのかと思えば、なるほど神の仕業だったのか。
それならばあの大戦が終わったのも納得がいく。
元々あの戦いは戦神が居住地を荒らされたことから始まった戦争だ。
それがあっちこっちに飛び火してあんな手のつけられない状況になってしまっていたが、同じ神がそれを諫めたのなら戦争も終わるだろう。
暁月自身何度か神殺しをしようとした経験があるから正直言ってあまり関わりたくない部類の話ではあるが、将来会う必要もあるだろう事はなんとなく分かった。
ただそれはいまではない。
戦争の終結を知り、過去とは決別できた。ならば次にすべきは日銭の確保だ。
この世界での通貨となりそうなものはいま何もないので、日銭を稼ぐ方法を探る必要がある。
最悪盗賊狩りなんかも視野に入れる必要があるだろう。
「村が見えてきましたね。あれが先ほど仰っていた村ですか」
「昔からこの村には贔屓にしてもらっててな」
そう言って微笑む商人の顔には、かつての大戦時代には見られない優しさがあった。
そんな優しさに早くなれる様に意識しながら、暁月も笑顔で村の方へと向かうのだった。
そりゃ音速の数十倍の速度で近寄ってくる者など誰だって警戒して当たり前だし、事実目の前の森霊種は馬車を守る様にして男と馬車の間に立っている。
問答無用で攻撃してこないところから見てどうやら人間と森霊種の仲も多少は改善したらしいと思えば嬉しくもあるが、とはいえそんな事を考えている余裕は今の男にはない。
なんせ喋れる相手に会うなんて一体いつぶりか、まして森霊種とこうやって会話の機会を設けるなど一度もなかった事だ。
この機を逃せばまたしばらくは一人で過ごすことになるだろう、男にとってそれだけはなんとしても避けたかった。
「すまない、急に近寄って悪かった。敵意は無いんだ、本当だ、そんな怖い顔をしないくれ。剣も置く、ほら置いた。皮袋もだ。なんなら服も脱ごうかーーっと、どうやらお気に召さないらしい。個人的にもあんまりしたくなかったかから止めてくれて助かったよ」
「ーー敵意が無い…のは確かだろうな。もし貴様が盗賊だったとしてももう少し警戒心を見せても良いだろうし」
「信頼してもらえて助かったよ。それで……ここどこだ? ーーすぐに剣向けるのは辞めてくれないか?」
「ここは森霊種の王国から数十里離れた辺境の地。それでそんな所にいるお前は?」
「森霊種の国ねぇ。そりゃまぁうちは小国だったし領土拡大の為に潰されはするよなぁ…っと、独り言呟いただけで斬りかかろうとしないでくれよ。俺の名前は暁月、ここにいる理由は分かんない。どうやら記憶喪失らしい」
古今東西誰でも騙せる最強の嘘、記憶喪失。
暁月の事を知る人間は既にこの世にはもういない。
大戦によって大半が死に絶えただろうし、もし運良く生き延びたところで寿命には勝てない。
つまりは暁月が記憶を失っていないと立証するのは不可能だし、かなりの年を経て自分の喋り方なり身なりがおかしな物に見えるだろうというのは暁月自身自覚していた。
ならばそれを逆手にとって使うは必殺記憶喪失だ。
事実この場所含め世の中のこと殆どを知らないのだから記憶喪失みたいなものだし、それに記憶を失っている人間に対して攻撃を仕掛けてくるほど酷い奴ならもうすでに攻撃されているはず。
その読みは当たり目の前の森霊種は剣を引く。
「こう言ってますのでどうでしょうか? 助けてあげますか?」
「ええもちろんですとも。人間となれば私達の仲間、助けない理由もありません、どうぞお乗りください」
「ーーまさか人間の商人さんだったとは。私の名前は暁月と申します、どうぞお見知りおきを」
「ああ、こりゃ丁寧にどうも。これから勉強の村に行ってその後王都に戻るので、それまで良ければどうですかな?」
「本当ですか!? ならぜひお言葉に甘えて。道中何が現れても私が退治して見せましょう!」
「おお、心強い。では任せましたよ」
久方ぶりの人間との会話。
一方通行では無い言葉のやり取りに、暁月は胸が熱くなる。
人間と森霊種がこうして手を組んで商売をしていることも驚きではあるが、今の暁月にしてみればそんな事はどうでも良い事だ。
荷馬車の後ろの方に腰掛け、久々の馬車の感覚に身体を慣らす。
だがそれも数分の間しか持たず、前の方にいた森霊種が怖い顔をしながら近寄ってきた事で無理やり下ろされる。
「いったいな! 何するんだよ!」
「お前も一旦契約したなら荷馬車になってないであるけ!」
「歩いたところで意味ないでしょうよ! 魔物程度ならそりゃ歩いたほうが良いけど神鬼兵とか荒鬼でも現れようもんならこんなの一瞬でぺちゃんこよ!?」
「そんな大戦時の最悪の遺物がこんな世の中に残ってるわけないだろバカ! 大戦時代でも我々森霊種のご先祖が手を焼いた最悪の生物兵器だぞ」
その言葉を聞いて暁月は驚く。
どうやら神鬼兵も荒鬼も、もう既にいない物として扱われているらしい。
あの二種は確かに大戦時代に各地で猛威を奮っていたが、それでも森霊種からすればそれ程の脅威では無かったはずだ。
これも戦争に対する恐怖から来る先祖の教えたのだろうと思うと、案外森霊種も可愛いものだと思えてくる。
あの二種がいないとなればもちろんそれより上の生き物もいないだろうし、それならばと暁月は言われるがままに荷馬車から降りて先頭を歩く。
背後は森霊種が守ってくれる事だろう。
なら暁月は前を守りつつ商人との話に花を咲かせても、文句を言われる筋合いはない。
「そう言えば私記憶喪失とは言ってもそれなりに記憶は残っておりましてね? 大戦があった事は覚えているんですよ、どうなったか覚えてないんですけど」
「大戦は女神様が止められて終わったよ。まさか今更になって神が本気で介入してくるのかと当時の人類は驚いたらしいが、今となってはそのおかげでこんな良い暮らしができる様になっている。ありがたいもんだよ」
誰が大戦を終わらせたのかと思えば、なるほど神の仕業だったのか。
それならばあの大戦が終わったのも納得がいく。
元々あの戦いは戦神が居住地を荒らされたことから始まった戦争だ。
それがあっちこっちに飛び火してあんな手のつけられない状況になってしまっていたが、同じ神がそれを諫めたのなら戦争も終わるだろう。
暁月自身何度か神殺しをしようとした経験があるから正直言ってあまり関わりたくない部類の話ではあるが、将来会う必要もあるだろう事はなんとなく分かった。
ただそれはいまではない。
戦争の終結を知り、過去とは決別できた。ならば次にすべきは日銭の確保だ。
この世界での通貨となりそうなものはいま何もないので、日銭を稼ぐ方法を探る必要がある。
最悪盗賊狩りなんかも視野に入れる必要があるだろう。
「村が見えてきましたね。あれが先ほど仰っていた村ですか」
「昔からこの村には贔屓にしてもらっててな」
そう言って微笑む商人の顔には、かつての大戦時代には見られない優しさがあった。
そんな優しさに早くなれる様に意識しながら、暁月も笑顔で村の方へと向かうのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる