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二人の王子中編

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王都の戦い。
ルイズ対ア・シュドラの戦いはマークやオードの所とは違い一方的なものになっていた。

ルイズの放った水の槍はシュドラの身体を傷つける。

全身から血を流したシュドラはその場に膝をつき痛みに耐えていた。


「……ねぇ、どういうつもり? なんで攻撃して来ないのよ!」


息を切らしながらルイズがそう攻め立てる。
その表情は戸惑っているように見える。

戦いの初めは力が拮抗していた。

シュドラの魔法はルイズを傷つけ、反対にルイズの魔法がシュドラにダメージを与える。

一進一退の攻防になっていた。

変化が訪れたのはルイズが水精霊のアーティアと力を合わせ始めた頃だ。

マークやオードといった他の二人と同じようにルイズは精霊と力を合わせてシュドラに対抗した。

二対一の構図にはなるがそれでほぼ互角になるはずだった。

しかし、その辺りからシュドラは魔法を撃たなくなったのだ。

ルイズはシュドラの魔力が無くなったのかと思った。

しかしそうではない。

ルイズの魔法がシュドラを傷つける度にシュドラはその傷を魔法で癒していたのだ。

先程ルイズが水の槍でつけた傷も既に跡形もなく消えている。

攻撃に魔力を割かずに、自身の回復に注力している。

その状況がルイズには謎だった。
攻撃をしなければ戦いには勝てない。

一方的に殴られているようなものだ。
その傷を魔法で治したからといって完全に元通りになるわけではない。

攻撃が当たる度に痛みは感じるし、治すのに魔法を使っているため魔力も消費する。

実に不可解な行動である。

シュドラの狙いも時間稼ぎなのではないか、とルイズは考えた。

そうなのであれば無理して勝敗をつける必要はないとその誘いに乗ったフリをして戦いを続けた。

しかし、段々と様子が違うことに気付く。

シュドラは全く攻撃する素振りを見せず、ルイズの攻撃を避けるのみ。

魔力切れを狙っているのか、とルイズが魔力消費の少ない魔法に切り替えてみても反応を示さない。

なんの障害もなく撃てるのだからルイズの攻撃はより正確に、避けづらいものに変わっていく。

シュドラもなんとか避けようとしていたが、そのうち間に合わなくなり攻撃を受け、その傷を治すために魔法を使う。

治癒の魔法というのは普通の攻撃魔法よりも魔力を消耗するものである。

傷を治すというその特異性から学ぼうとする魔法使いは多いが、学び始めて最初に気付くのがその効率の悪さだった。

戦闘中にこれを連発すれば並の魔法使いならば数発で動けなくなってしまう。

それを理由に学ぶのをやめてしまうものもいるくらいだった。

効率の良い攻撃魔法を放つルイズと効率の悪い治癒魔法を繰り返すシュドラ。

時間が経ってみればこの戦いはシュドラが消耗するばかりである。

シュドラの狙いが時間稼ぎだというのならばこんな方法は選ばないだろう。

確かに魔力が切れるまで戦えばそれなりの時間は稼げるのだろうが、負けてしまうと敵を自由にしてしまう。

お互いの力が拮抗してるとなれば尚更だ。
それよりも本気でぶつかり合って相手を消耗させた方が遥かにいい。

シュドラの狙いが時間稼ぎではないことにルイズは既に気付いていたが、本当の狙いがわからない。

攻撃を止めてまで自分の体を治癒する意味がどこにあるのか。

傷つくのが嫌ならば逃げればいいのではないか。

逃げないということは何か想像もつかないような策があるのか。

そんな考えがルイズの中でグルグルと巡り、彼女を焦らせる。

無抵抗の相手に一方的に攻撃するというこの状況もルイズにとって気持ちが悪かった。


「なんで……なんで攻撃しないの? 戦いなさい! これは貴方達が始めた戦争でしょう! 戦いなさいよ!」


ルイズの魔法が放たれる。
感情が昂ったルイズの魔法はそれまでの魔法よりも大きかった。

効率の良い魔法ではなかった。

水の槍が巨大になり、氷って氷柱となる。
氷柱は真っ直ぐにシュドラへ向かっていく。

シュドラにはもうそれを避ける体力は残っていなかった。

繰り返し治癒魔法を使った結果、魔力もほとんど残っていない。

それを防ぐ術はシュドラにはない。

魔力効率を無視したルイズの魔法は当たれば確実にダメージを与える。

軽い怪我などでは済まなかっただろう。

シュドラは迫り来る氷柱を前に死ぬことを覚悟した。


「……すまない」


それが誰に向かって出た謝罪なのか、何に対するものなのかシュドラは分からなかった。

ただ、その時頭に浮かんでいたのは主人であるア・ドルマの姿ではなく、ディーレインの姿だった。

シュドラは目を閉じて氷柱がぶつかる瞬間を待った。

しかし、そうはならなかった。

感情の昂りでミスをしたのか、それとも深層心理で攻撃したくないと思ったからなのか、ルイズの魔法はシュドラを大きくそれた。

氷柱はそのまま上に打ち上がり、シュドラの後ろに建っていた建物の二階部分を破壊する。


「……?」


シュドラが目を開くと最初に映ったのは魔法を打ち終えたルイズの姿だった。

肩で息をしているルイズの瞳には何故か涙が溜まっている。


「自分は生きている」シュドラがそう思ったのも束の間、本能が命の危機がまだ去っていないことを告げる。

ハッとしてシュドラが上を見ると氷柱で破壊された建物の一部が落ちてきていた。

杭のように尖った残骸が見える。


再び訪れたのは死の気配。
しかし、今度は命を諦めようとは思わなかった。

何が彼女の心を変化させたのか。
一度死を悟り、諦めたはずの心は「生きたい」という欲望のもとに動き出す。

限られた僅かな体力と魔力。
そのどちらも使ってシュドラは懸命に這った。

手で地面を掴み、唇を噛み締めて意地でも逃げようとする姿は他の悪魔達に見られていれば「醜い」と罵られたかもしれない。

しかし、シュドラはそんなことなど気にせず生きるために足掻いた。

間に合わない。間に合う速度ではない。


大きな衝撃音が鳴り、瓦礫が土煙をたてる。

残骸はシュドラには当たらなかった。
当たる直前に氷柱が瓦礫を粉砕したのだ。

氷柱を撃ったルイズの目には溜まった涙が流れていた。

何故涙が流れているのかルイズは理解していない。

感情が昂ったからと言われればそうなのだろうが、それだけでは決してない。

目の前にいるシュドラの「生きたい」という執念を肌で感じ取ったからだった。
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