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幼児編小話

鴇のプライド(三話棗編後:水無)

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「~~~で、あるからして~、ここの文章はー…」
…教師の声が五月蠅い。
と言うのは間違いなのかもしれないが、五月蠅いものは五月蠅い。
現国の時間に、スワヒリ語を覚えようとしている俺も悪いとは思うが、仕方ない。正直、今授業で習っている程度の事、下手すれば小学の時にはもう出来ていた。まともに受けるだけ時間の無駄なのだ。
だったら、新しく出来た妹、美鈴が既に覚えているというスワヒリ語を覚えた方が有意義だ。
ふと、先日の美鈴の反応を思い出す。
『ぶにゃああああっ!!』
ぶにゃあってなんだよ。普通驚いたら「キャッ」とか「わっ」とかじゃないのか?
思い出せば思い出すほど、美鈴の反応が面白くて笑みが浮かぶ。くすくすと思いだし笑いをしていると、隣に座っている大地が怪訝そうな顔をしてこっちを見た。
なんだ?
視線だけで問えば、なんでもないと頭を振った。
なんなんだ?言いたい事があるなら言えば良いものを…。
じっと睨み付けると、大地はペンを教卓へと向けた。釣られてそちらを見ると、教師が俺を睨んでいた。
「なにか?」
聞くと、現国の中年太りの教師が顔を真っ赤にして怒鳴った。
「なにかじゃないっ!呼んだら返事をせんかっ!」
あぁ、あてられてたのか。全然気付かなかった。
「それは、申し訳ない。それで?何を答えたらいいんですか?先生」
「ほーう。自信満々じゃないかっ!だったら前に出てこの問題を全て解いてみよっ」
カッカッと黒板にチョークで問題を書いて行くのをぼんやりと眺める。
……大学入試レベル、か。まぁ、何も問題はないな。
立ち上がり教師からチョークを奪い取ると、教師が書いた問題の答えを書き、これから出すであろう問題文も書いて、更にその答えを書く。
「………」
ついでだから、その横に英訳でも書いてやろうか?いや、いっそ練習も兼ねてスワヒリ語で書いてやろう。
一通り書いて満足した俺は手を叩いてチョークを払い落す。
「これで良いですか?」
「………良いと思うな」
思うってなんだよ。あんた教師だろうが。とは言わずに俺は真っ直ぐ自分の席に戻った。
ちっ、余計な時間食ったな。よそ見した俺も悪いか。とりあえず、午前中は座学ばかりで移動教室もないから一日スワヒリ語の学習に時間を費やそう。
視線を手元へと戻した。
午前の授業が終わり、昼飯の時間になった。
美鈴がつくってくれた弁当を片手に生徒会室へと向かった。書類が山程溜まっている。
生徒会室へ入ると、そこには何故か透馬がいた。
「珍しいな、透馬。お前が昼休憩に生徒会室にいるなんて」
放課後は透馬、大地、奏輔と揃うが昼は大抵が俺一人だ。
何故なら、俺は教室の煩わしさから逃げているだけだからだ。一度教室で飯を食って即後悔した。その時は丁度教室の中心の席だったのだが。何故か俺の席を中心に放射状に机の向きをかえて、クラス全員で俺を凝視して飯を食うと言う理解出来ない行動をされて、一人で食った方がましだと思うようになった。
母さんが死んでからはパンを適当に買って、生徒会室で書類片手に食ってたし。
良く考えたら弁当何てかなり久しぶりだ。
生徒会長席について書類を広げる前に弁当鞄を机の上に置く。生徒会長の机は比較的大きく透馬は同じく机の上に鞄を置くと反対側に椅子を置いて座った。
俺も椅子を引いて向かい合う形で座る。
「本当なら俺も教室で食おうと思ったんだけどよ。妹ちゃんに貰った弁当をどうせなら一緒にと思ってな」
「成程な。そういや、お前、親にも作って貰ったんだろ?そっちの弁当はどうしたんだ?」
「大地にやった」
「大地に?まぁ、あいつなら食えるか」
「いっつも弁当二つじゃ足りないって言ってるからな」
「あいつのお袋さんも大変だよな」
「確かに。がたいの良いのが親父さん含めて四人だろ?エンゲル係数高すぎだろ」
「野菜は売る程あっても肉が足りないって大地が騒いでたな、そう言えば」
「家は逆に七海が、もっと野菜が欲しいってうるせーのなんのって」
「女の子なんだから仕方ないだろ」
「いや。あれは弟だ」
真面目な顔して言うな。絶対そこは曲げないんだな。
っと、無駄話もいいが、弁当食ってしまわないと昼休みが終わるな。
目の前の鞄のチャックを開けるとまず目に入ったのはそこそこの大きさのアルミホイルの包み。
その三つを取り出して、下にある弁当箱を取り出し蓋を開ける。
「すっげ…」
目の前で同じように動いていた透馬が呟く。口には出してないものの、俺の感想も同じだ。
唐揚げに卵焼き、焼き魚などのおかずがたっぷり詰まっている。彩も鮮やかで食べやすい工夫もされている。そう言えばまだ入ってたなと鞄を覗くと別にサラダの器もあった。蓋がしっかりとしまるタイプの器だ。
小指程の小さなボトルにドレッシングらしきものが入っていて、多分サラダにかけて器に蓋をして振って食べるように出来てる。
『多めに作っちゃったから、多かったら残してね』
確かに量は多いが、残す事はないだろう。
…と言うか、滅茶苦茶旨そうだ。
鞄の一番底にあった箸箱を取り出して、箸を持つと両手を合わせて頂きますと呟く。
唐揚げに箸を伸ばし、口に含む。……うまい。
「やべぇ…マジ、うめぇ…」
透馬がぼそりと恍惚気に呟く。
俺は素直にそれに同意する。
料理が上手いのはもう知ってはいた。いたが…弁当まで作れるとか。美鈴、お前のスペック、一体どうなってるんだ?
アルミホイルを剥いて、出て来た食欲をそそるお握りを齧る。もぐもぐ…ん?ただのふりかけお握りだと思ってたが…何か、一味違う?流石にふりかけまで手作りとは言わないよな…?
もぐもぐと二人で黙々と弁当を食っていると、
「大変だーっ!!」
と廊下から叫び声が聞こえて、数秒後にドアが盛大な音を立てて開かれた。
「…大地。お前もう少し静かにドアを開けろ」
「大変だーっ!」
「うるせえっての。何が大変なんだよ」
「変態だーっ!」
「変態はお前だ。兎に角落ち着け。何が大変なんだ?」
俺と透馬が交互に突っ込みを入れていると、大地は手に持っていた紙を俺の目の前に突きつけた。
…丑而摩大地、0点。
「赤点ってレベルじゃないな」
「これ、今日の抜き打ちテストだろ?俺達のクラスは三時間目にあったんだけど、お前らのクラスは?」
「二時間目だ。と言うか、まだ俺には答案戻って来て無いぞ。同じクラスなのに、なんでお前だけ戻って来てるんだ?」
「0点が酷過ぎるってんで、呼び出しくらったのさー」
大地の言葉に俺と透馬は頭を抱えた。ズキズキと頭痛までしてきたくらいだ。
「で、鴇と透馬に先生から伝言。俺に勉強教えてやってだってさっ☆」
頭痛が増した。
「所で、二人して何こっそりうまそーな弁当食べてんのー?わーけーてー」
『断るっ!』
二人、同時に切った。
「えー、いいじゃーん」
「欲しかったら、透馬に貰え。これは俺の弁当だ」
大地の視線を透馬に促す。すると、透馬は、
「お前に俺の弁当やっただろうがっ!」
と反撃。だが、大地はそんな透馬を気にする事なく、透馬が多分最後に食べようと思っていたであろう唐揚げを奪い取って口に放り込んだ。
「あーっ!!」
「んまーっ!!なにこれ、なにこれーっ!!」
「おま、今すぐっ、戻せーっ!!」
「無理ーっ!」
襟首を掴んでがっくんがっくん揺らす透馬に、そんな事全く気にも止めず唐揚げの旨さに感動する大地。
……透馬に狙いが定まってる間に、全部食ってしまおう。
黙々と弁当を食べ切り、実は鞄の隅に隠れてた器の中にあるデザートのゼリーを食べる。
そういや、美鈴が今日からお弁当を作るって言ってたな。となると毎日この弁当が食える訳か。これは素直に嬉しい。
全部腹の中に収めて、俺は鞄の中に器を閉まって、椅子の背もたれに背を預けた。
「この弁当は、鴇の妹ちゃんがくれたんだよっ!もしかしたら二度と食えねーかもしれないのにっ!!」
「鴇の妹?」
言い争いが突然止まり、大地が俺を見た。
まぁ、ここで嘘をつく意味もない。俺は素直に頷き同意する。
「鴇の妹ってどんなの?って言うか妹っていたっけー?」
「親父が再婚して出来たんだよ」
「可愛いー?」
「あぁ」
「どのくらいー?」
「どのくらい、って言われてもな…」
言い淀むと、何故か透馬が自信満々に答えた。
「滅茶苦茶可愛いっ!七海とは月とスッポン、いや太陽と蟻位の差があるっ!」
「へー。奏輔ん所のお姉達と比べたら?」
「あそこの女帝と比べたら可哀想だ」
「そんなにー?」
……嫌な予感がするぞ?果てしなく嫌な予感がする。大地の目が捕食者の目になっている。
「鴇ー。今日の勉強、鴇ん家でやろー」
「はぁ?」
「今日は五時間で終了。生徒会の仕事もなし。でも明日もまた小テストがある。結果としてー」
もう、何か言う気も失せた。
その後、午後の授業が終了後俺達は家へ向かった。
途中、弟二人と遭遇。二人は透馬の顔を見るなり、家へとダッシュして行った。
勉強をしながら美鈴をからかいつつ、夕方帰って来た親父の突然の披露宴発言。とまぁ色々な事が立て続けに起きた次の休日。
何気なく、俺は美鈴の行動を見ていた。
朝起きて、リビングのソファに座っていると美鈴がパタパタと動き回っている。
朝飯の片づけ、洗濯にアイロンがけ。部屋の掃除。今日はどうやら靴磨きもするらしい。
一通り終わった所で何やらノートと教科書を持ってまたキッチンへ入っていった。
気になってそっと覗くと、美鈴はおやつの仕込みをしていた。教科書を開いて何かを読みながら生クリームを泡立てている。
「鴇兄さん?何してるの?」
「いや、ちょっとな。美鈴の観察」
「美鈴の?」
両サイドから葵と棗がひょいっと顔を覗かせた。
俺達の視線に気付いた美鈴が一瞬驚き、そしてクスクスと笑った。
「何してるの?三人して」
「鴇兄さんが観察してるって言うから、僕達も便乗したの」
「私の観察?面白い事なんて何もしてないのに~」
意味が分からないと小首を傾げているが、美鈴、普通の幼稚園児は生クリーム泡立てながら教科書で勉強したりしないからな?
「可愛い」
「うん。可愛い」
双子が小さく呟き大きく頷いている。
うん、まぁ、可愛いが。それより俺は気になってる事があった。
多分今日のおやつはアップルパイなんだろう。美鈴の前には林檎が数個置かれている。
生クリームを泡立て終わった美鈴が、次は~と言いながら林檎を手に取り、するすると皮を剥いて行く。
なんであんなにすんなり…。
美鈴が来る前は俺は弟達に食わせる為に台所に良く立っていた。
まぁ出来るのはカレーだけだったが。それでも、人参、ジャガイモ、玉葱は皮を剥かなくてはいけない。
だが、まず上手く剥けた事はない。仕方なくピーラーを使っていたがそのピーラーですら上手く剥けずに身を大分削ったもんだ。
だと言うのに、美鈴は綺麗に皮だけを剥いて行く。
くるくると良く動く美鈴の手元だけを俺は観察していた。どうにかしてその技術を身につけたかった。
「もう…鴇お兄ちゃん。そんなに見られてると動きが鈍るよー。緊張するー」
「あ、あぁ。悪い。けど、もう少しだけ観察させてくれ」
これで動きが鈍ってるのか。なら普段はもっと手際が良いって事で…。
その後、美鈴は作り置いていたパイ生地にあっという間に煮込んだ林檎を包んで、オーブンに突っ込んでいた。
美鈴が風呂を掃除しに行くと宣言し、双子も手伝うと一緒に出て行った。
…今がチャンスか?
そっと台所に入り、包丁と林檎を手に取る。
そして美鈴がやったように、皮を剥く。…皮が分厚い…。
何でだ…?感覚の違いか?
今度はもう少し慎重に……。やっぱり分厚い。いや、でもさっきよりは薄い、か?
携帯を取り出し、林檎の皮むきと検索する。すると様々な飾り切りが出て来た。
…そうじゃない。そうじゃないんだ。俺が知りたいのはそこじゃない…。
もっと、こう、すんなりと料理に使えるような…。だが、折角検索したんだし、飾り切りもやるだけやってみるか。
そして、出来上がった白鳥数羽。…これをどうしろと?飾るしか出来ないだろ。
俺はきちんと食える料理を覚えたかったんだがな。こうもハッキリと差を見せつけられると美鈴の前で自分の作ったカレーを出す勇気はない。
こればっかりは美鈴に勝つことは出来なさそうだ。苦笑しか浮かばず、俺は台所を出て、もう一度ソファに座った。
背もたれに体を預けてゆっくりと瞳を閉じた。
オーブンからアップルパイの焼ける良い匂いがし始めた頃、パタパタと廊下を走る音が聞こえて。
リビングのドアが開く。
「あれ?鴇お兄ちゃん、寝てるの?」
寝てはいないが、こっそり美鈴の城に入った罪悪感から寝たふりをする。
「鴇兄さん?」
「珍しいな。鴇兄さんがここで寝るなんて」
双子が俺の両脇に座って左右から体を預けてくる。昔から双子は俺が寝てる時だけ分かりやすく甘えてくる。
再びパタパタと美鈴が歩く音が聞こえて、驚いた声が聞こえた。
「す、ごい。えー…なにこれ。鴇お兄ちゃん、やれば私より料理上手になるんじゃないのー?むむー…悔しい…」
俺の作った白鳥を見つけたんだろう。美鈴が拗ねてる姿が目に浮かぶ。
実際はこの程度しか出来ない。飾り切りは出来ても薄く切ったり料理をしたりはきっと俺には出来ない。絶対に美鈴が作る方が美味しいだろう。
それでも、美鈴が悔しいと言った事に、心の中でほくそ笑む。
「折角鴇お兄ちゃんが作ったんだもん。アップルパイの飾りに使おう。一応冷蔵庫に入れといて、と。アップルパイは出来るまでもう少しかかるかな?じゃあ、私もお昼寝しようっ」
足音が近づいて来て、俺の前を横切る気配がする。でも、どうせなら。
「きゃっ!?」
俺は寝惚けたふりをして、美鈴を抱き寄せ膝に乗せた。
「えっ?えっ?」
膝の上で戸惑っているだろう美鈴を抱きしめたまま寝たふりを継続。
「……鴇お兄ちゃん、寝ぼけてる…?腕、離れないし…。少しくらいなら…いいかな?」
こてん。
胸に美鈴の頭の重みを感じる。
そして、暫くすると、三人の寝息が聞こえてきた。
そっと目を開くと、三人が俺に凭れて眠っていた。
「……ほんっと、どうしようもなく可愛いな。お前らは」
自分の弟妹の可愛さに頬が緩む。
料理や家事は無理だと今日の美鈴を見て悟った。けど…。それ以外の事では負けないからな。俺にだって、兄としてもプライドがあるんだよ。
静かな部屋。時計の音だけが聞こえるリビングで。
可愛い三人の寝顔を見て、深く心に誓った。
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