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第三章 水の都の双子姉妹
22話 アリスはAliceにころされた
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アヤトが崖上からフレイムランスを放った後。
砦内にある食糧庫に火災が発生したため、バーロックスでは慌てて消火作業を行っていたが、その進捗は芳しく無かった。
何故なら、砦内の水のほとんどは生活用水であり、万が一の火災に対処するための消防用水など確保しておらず、裏口の海水を汲んでこなければならなかった。
加えて、構成員の半数近くが(アヤトによって)怪我かあるいは意識不明で動けないため、バケツリレーもままならず、延焼は広がるばかり。備蓄庫の薪が燃え移っていくのもそれをさらに加速させている。
(アヤトに気絶させられた)首領であるバーロックも、火災の騒ぎを聞いてようやく意識を取り戻したのだが、もはや事態は取り返しがつかないところまで悪化していた。ちなみに彼は右の歯の半分以上を欠損していた。
「何やってんだ!さっさと消火しろ!」
「今やってます!やってますから、お頭も手伝ってくれませんかね!?」
怒鳴り散らして消火作業を急がせるバーロックだが、手下どもから逆に怒鳴り返される。
さらにバーロックの元に聞きたくない報告が届けられる。
「お、お頭!確保していた海巫女が連れ去られました!」
「あァ!?見張りは何やってやがった!?いや、あの穀潰しの傭兵野郎はどうした!?」
「傭兵の奴は正面門のところでやられてます!海巫女を連れ去った奴の仕業です!この火事もきっと……!」
「ぐぐぐ……クソ!クソ!クソが!どいつもこいつも役立たずどもがぁぁぁぁぁ!!」
地団駄を踏んで悔しがるバーロック。
「いいからお頭も手伝ってくださいよ!このままじゃ俺達まで燃えちまいます!」
火災が鎮火した頃には、砦の居住区の半分近くが全焼しており、食糧庫も完全に灰になってしまったため、バーロックスは (アヤトの目論見通り)深刻な食糧不足に悩まされるのだった――。
「――と、言うのが以上の顛末です。そう遠くない内にバーロックスは、こちらが手を出さずとも勝手に内部崩壊するでしょう」
クロナとレジーナさんを連れてアトランティカに帰還した俺は、今回の顛末をエリックマスターにそれなりに詳しく話す。
それを話したら、エリックマスターはすんごい複雑そうな顔をした。
「何と言えばいいものか……アヤト殿、あなたは本当に恐ろしいな。食糧庫を潰して内部崩壊を誘発するなど、普通は考えられん。いや、よくやってくれた、と言うべきだろうが……むしろ奴らが不憫でならないな」
「古来より、寡兵が大軍に勝つには奇策珍作が付き物です」
『三国志』において有名な『赤壁の戦い』でも、曹操軍の船団を『連環の計』で連結させて、祈祷で真冬に『東南の風』を起こし、さらに『苦肉の策』で投降を装った火計船を突撃させて一息に船団を焼き払ってみせたようにな。
ちなみに俺は時間のループで、曹操軍の勝利というIFストーリーも経験済みです。どうやったって?孫権・劉備の連合軍の手の内は知っているので、火計船が突っ込んできたら、一隻だけ鎖から切り離して延焼を防ぐだけの簡単なお仕事です、あとは残る寡兵を大軍で押し潰せばおしまい。
「まぁ、頃合いを見て討伐隊を差し向けてやれば、連中がよほどのバカでも無ければ、大した抵抗もせずに降伏するでしょう」
「ただ単に殺すんじゃなくて、食べ物や飲み物を台無しにして干上がらせるとか、アヤトの怖いところってそういうとこだよね……」
「鬼です……鬼がここにいます……」
大勢の人間が飢えや渇きで苦しむ様を想像してか、エリンは瞳のハイライトを消している。リザも同様にだ。
はっはっはっ、褒めても何も出ないぞぅ?
「別にレジーナさんさえ救出してしまえば、正面から正々堂々と皆殺しにして、金品を奪い尽くしたあとで砦を全焼させてやっても良かったんだけどなぁ。さすがにそれを一人でやるのは大変だから遠慮させてもらったが」
本題を戻そうか。
「さて、バーロックスがレジーナさんを拉致するなどと余計なことをしてくれたせいで、せっかくの時間が無駄になってしまいましたが……霊殿の攻略は、この後すぐにでも?」
本当なら数時間前にはもう水の霊殿に到着していたはずだったからなぁ、もう昼過ぎくらいになっちゃったよ。
「いや、アヤト殿もレジーナも疲れているだろう。今日のところはゆっくりと休んでいただき、また明日に頼みたい」
俺はそこまで疲れてないんだけど、クロナやレジーナの心労も考慮すると、明日にしてもいいか。俺が受けた矢傷もあるし。
「では、お言葉に甘えるとしましょう」
「あなた方三人には、こちらで用意した宿がある。クロナ、案内を頼む」
「かしこまりました」
クロナの案内により、俺達三人は宿へ案内される。
「あ、あのっ」
が、その前にレジーナさんに呼び止められた。
「アヤト様……助けていただき、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げて一礼。
律儀な人だなぁ。だがお礼の言葉を言われるのは全然嫌いじゃない。
律儀にはこちらも律儀で返すとしよう。
「どういたしまして」
クロナに案内してもらった宿……というよりも、VIPルームのそれに近かった。
俺達が乗ってきた客船よりも広く設備も充実している。
エリンどころか、リザまでもがこの至れり尽くせりの限りを前にソワソワしている。
「相当金を掛けてそうな宿だな……ちなみにクロナ、ここは普通に利用するとどのくらいの金額になるんだ?」
「ここは、一般向けの場合はお一人様1500000ゼニー、最も高価なファーストクラスなら、3000000ゼニーですね。御三方にご用意しているのは、もちろんファーストクラスですよ」
わーすごい、たった一拍するのに百万かかるとか、ぼったくり同然の価格だ。
「そ、そんな高い宿を、三人も無料だなんて……」
リザも目を点にしながら震えている。
無料にすることも含めれば、10000000ゼニーくらいのコストはかかるだろうに。
「では、あとはスタッフの方々にお任せしますので、どうぞごゆるひと」
というわけで、クロナとはまた明日だ。
受付カウンターに向かう。
「フローリアンのアヤト様、エリン様、リザ様ですね。お待ちしておりました。それでは、こちらへどうぞ」
スタッフさん達が先導、三人とも別々の部屋へ案内される。
荷物を部屋に置き、充てがわれた部屋を見渡す。
いやマジで広いな、六十畳くらいあるんじゃないか?
これが一人用の部屋なんだから、畏れ多さすら感じるね、広過ぎて逆に落ち着かない。
バルコニーに出て見ると、すぐそこに霧の海が広がっている。海上都市なんだから当然か。
陰鬱な景色だなー、それに海風が生温くベタつく。
こんな薄暗い空と海が何日も続いたら、嫌にもなるだろう。
ふむ、今がそろそろおやつ時くらいだし、提供される夕食まではまだ時間がある。
ちょっとだけ昼寝でもしようかな、よし、軽くおやすみー。
………………
…………
……
「わたしは、アリス」
「……ん!?」
なんか聞き覚えのある声が聴こえたぞおい!?
「あなたも、アリス」
ガバチョと飛び起きてみれば、ベッドのすぐそばに黒髪黒ウサ耳のゴスロリ少女――アリスちゃんが立っていた。
前触れ無く出てくんなし!心臓に悪いわ!!気配もなしに来るんじゃありません!!!
フゥ、落ち着け、餅つけ俺。ぺったんぺったんこねこね。お雑煮もいいけど焼いて醤油を染み込ませても美味しいです。
「やぁアリス、でも無断侵入は感心しないな」
……まぁいいだろう、ちょうどいいところに……いやあんまり良くないけど、来てくれたよ。
「ところでアリス、水の霊殿の精霊様を封じ込めたらしいな。そのせいでみんな困っているんだが、一体どうしてそんな意地悪なことをするんだ?」
早速核心に触れていくとしよう、このアリスちゃんが度々俺の前に現れるのは何故かも含めてな。
「アリスは、アリスのために。うばわれて、こわされた、アリスのせかいのために」
お?趣旨が変わったな。
奪われて、壊された、アリスの世界。
ふむふむ、気になるワードだな。
「なるほど、アリスはその世界を救うために動いているんだな。でも、だからといって周りの人に迷惑をかけていいわけじゃないぞ?」
「アリスはアリスのせかいをうばってこわした。アリスはそれをゆるしてはいけない」
ふむ……ふむ……?
つまり……アリスちゃん――『アリスA』ちゃんの世界を奪って壊した『アリスB』なる存在がいて、アリスAちゃんはそのアリスBを許さないと。
「アリスは、アリスのために」という言葉の前後を鑑みると、アリスAちゃんには、『アリスC』というお友達がいるようだ。
アリスAちゃんとアリスCと、敵対する?のがアリスBか。
アリスBのことを許さないのは分かったが、何故神殿や霊殿に封印をかけるかは分からないな。
もう少し踏み込んでみよう。
「なるほど。ところでアリス、最近になって友達が増えなかったかな?こう、偉そうなブタの王様みたいなヤツなんだけど」
もちろん、マオークのことだ。
「かれはアリスじゃない。けれど、かれはアリスになれる」
……マオークはアリスではないけど、アリスになれる可能性がある?
なるほどわからん。
「なぁアリス。君の言う"アリス"には、一体どういう意味があるんだ?ずっと気になっていたんだ」
ほんと、マジで気になってるんだよ、その"アリス"って言葉の意味。
「アリスは、アリス。それだけ」
「なるほど分からん」
これはもう、そういう言葉遊びと捉えたほうがいいかもしれないな、どのアリスが何を指しているのかをしっかり見極めなければ。
「アリスはなにもわるくない。なにもわるくない、はずだった。でも、アリスはアリスからアリスのせかいをこわした」
えぇとつまり、アリスAちゃんは何も悪いことをしていないのに、アリスBがなんか勘違いして、アリスAちゃんの世界を壊したと?
「そのアリスとは、喧嘩しちゃったのか?」
アリスAちゃんとアリスBの喧嘩だと思ったんだが、
「アリスは、アリスにころされた」
殺された、か。随分物騒なワードだな。
ということは、アリスCがアリスBに殺されたのか?
「アリスCを殺されたから、その人のことを許せないのか?」
「そう、ゆるせない。でも、アリスはいまアリスをころせない」
アリスAちゃんはアリスCを殺したアリスBを許せない。
だから、アリスAちゃんはアリスBを殺したいそうだが、今は何か理由があってアリスBを殺すことが出来ないらしい。
「なるほど。だが、殺されたからといって、必ずしもその人を殺す必要はないはずだ。その人とちゃんとお話しをしたか?何かすれ違ってるかもしれないぞ?」
「アリスはアリスのはなしなんてきくひつようない。アリスがわるいから」
うーん、なかなか強情だな。アリスAちゃんはそんなにアリスBのことを憎んでいるのか。
「俺は、アリスがどれだけその人のことを大切に思っているかは分からないから、その悪いアリスを本当に殺さないといけないのかも分からない。けれど、それじゃ何の解決にもならないと思うぞ。憎み憎まれてばかりじゃ、友達だっていなくなってしまう」
憎悪の対象を殺したところで、怨嗟がそこで収まるかはまた別の話だ。
あるいは、一度殺人という"手段"を知れば、次からは何の躊躇いもなく殺人を選べてしまう。
銃爪は、引けば引くほど軽くなるんだ。それと同時に、人の命も軽く見えるようになってしまうから。
「あなたは、アリス。あの娘も、アリス」
そう言い残して、またしてもアリスAちゃんはパッと消えてしまう。
「……アリスはアリスに世界を壊されて、殺された、か」
あのアリスAちゃんは、(恐らく)復讐のために行動を起こしている。
だが、ヨルムガンド湿地帯や水の霊殿に封印を施し、環境破壊や魔物の横行跋扈を招く理由はやはり分からなかった。
他にはなんと言っていた?
「……アリスは今、アリスを殺せない」
つまり、あのアリスAちゃんはアリスBを殺せるだけの力をまだ持っていないということだ。
その力を手に入れるために、守護神や精霊に封印を施し、力を奪おうとした?
ふと俺は、懐にあるものを思い出し、取り出してみた。
時空守護神のコードP1X15Eは、俺にその力の一部である、この翡翠色のオーブ――勇気の翆玉を授けてくれた。
アリスAちゃんはこれを奪おうとして、失敗したのだろうか?
そうなると、水の霊殿にあるお宝とは、勇気の翆玉と似たようなものであり、バーロックスにそれを奪わせようとしたのだろうか?
うーん……話の核心に触れたように思えて、さらに複雑になった気がする。
いずれにせよ、俺達は水の霊殿から漏れ出ている異変を解決するだけだ。それを成し遂げることで見えてくるものもあるだろう。
よし、それじゃぁ今度こそお昼寝タイムだ。おやすみー。
………………
…………
……
って眠れるわけあるか!
さっきのアリスAちゃんとのやり取りのせいですっかり眠気が吹っ飛んだわ!
……仕方無い、気晴らしに宿内の散策でもするか。
ふらふらと宿内を歩き回っていると、すれ違う従業員の皆さんは俺の姿を見掛けるなり即座に道を譲りながら「いらっしゃいませ、アヤト様」と畏まってくださる。
なんだかなぁ、過去の異世界転生で王族に転生した時の、宮廷に仕えている給仕や衛兵もこんな感じだった。
あぁ言う時は、主君だからそうして然るべき対応なんだろうけど、今ここにいるアヤトはSSランクの冒険者とは言え、普通の、……普通では無いかもしれんが、お客様だし。
お客様に万が一の不備や失礼が無いように、細心の注意を心掛けて接待しているのだろうが、道行く先々でこうも畏まられては、権力でそうさせているようか気分になって、ちょっとなぁ……
だからって「畏まらなくていいから、普通にしてくれ」と言っても多分聞いてくれないだろうし……
やっぱり客室に戻ろう、エリンとリザの三人でのんびりお喋りでもしておこう。
翌朝。
アトランティカに滞在中はこの超高級宿で寝泊まりすることになっているので、冒険者として依頼遂行のために必要な装備や道具以外は、充てがわれた部屋に置いている。
それぞれ別の部屋で一晩過ごしたエリンとリザと合流して朝食をいただき、冒険者ギルドの集会所へ向かうのだが、
「皆様、おはようございます」
宿を出たところで待っていたのは、クロナの妹のレジーナさんだった。
「グッドモーニングおはようございます、レジーナさん。どうされましたか?」
「今朝は姉上に代わって、私が出迎えに参りました」
「なるほど、ご苦労さまです」
こちらも一礼し、エリンとリザも慌てて倣う。
「……アヤト様。つかぬ事をお訊きしてよろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
ゆうべはお楽しみでしたね、とか訊くなよ。さすがに昨夜はお楽しみになってないからな。
「アヤト様は、姉上には呼び捨てで接しているのに、何故私にはさん付けかつ、敬語で話すのでしょうか?」
あぁー、そう言えばそうだった、麗しの姫君をお救いに参った騎士設定のままで話していたな。
「そこはまぁ事の流れと言いますか。なら、レジーナさんも同じように呼び捨てで気軽に接しても?」
「はい、構いません」
なんだ、姉上と同じように接してほしかったんだな。そうならそうと言ってくれてえぇんやで。
「分かった。よろしくな、レジーナ」
「っ……は、はい、よろしくお願いいたします」
今、普通に呼んだらなんか動揺されたんだけど。
単に俺に慣れてないだけだろうなぁ、出来るだけ話す機会を設けるように努力しよう。
「で、では集会所へ参りましょう」
ちょっと慌てながら踵を返すレジーナ。
ふわりと黒髪ロングがなびき、エリンが「クロナさんもレジーナさんも、髪すっごい綺麗だよね……」と羨ましがって髪を弄っていた。
エリンも髪を伸ばしたら同じくらい綺麗になりそうだけどなぁ、代わりに"りんご頭"では無くなるのが少し残念か。
昨日はレジーナの奪還作戦で時間を使ってしまったからな、今日こそは水の霊殿の攻略だ。
受付嬢さんには顔パスで通してもらい、エリックマスターとクロナの待つ執務室へ向かう。
「ギルドマスター。アヤト様、エリン様、リザ様の三名をお連れしました」
「うむ。ご苦労だった、レジーナ」
レジーナの報告に、エリックマスターとクロナが向き直ってくる。
「さて、御三方も来てくれたところで、早速始めるとしよう」
すっ、とエリックマスターはギルドの依頼状を取り出して、俺達に差し出してきたので、それを受け取る。
「今回、アヤト殿達に受けていただく依頼は、水の霊殿の調査、及び異変の解決。達成報酬は、ギルドの資産から相応の金額を出させていただく。それと、現地への案内と戦力も兼ねて、クロナとレジーナも同行させよう」
ふむ、ようは霊殿に巣食っているヤツをぶちのめして来いと言うわけだ。
それは分かるとして、
「クロナとレジーナは案内だけでなく、戦闘にも参加されると?」
俺がそう訊ね返すと、クロナとレジーナは二人揃って頷いた。
「ご心配には及びません。私もレジーナも、いざと言う時に冒険者としての備えと訓練も受けております」
「SSランクのアヤト様には遠く及びませんが、最低でも足手まといになるつもりはありません」
ほうほう、二人とも戦闘は可能と。
クロナは法術士――回復役を期待できるが、レジーナはどうだろう、同じように回復・補助役に徹してくれるのだろうか。
まぁいいか、実戦になればすぐに分かることだ。
「では、彼女ら二人も戦力としてアテにさせていただきましょう。クロナ、レジーナ、よろしく頼む」
「このクロナにお任せくださいませ、アヤト様」
「全力を尽くします」
クロナはにこやかに、レジーナはやや固く一礼する。
「ではアヤト殿、ご武運を」
最後にエリックマスターと礼を交わして、アトランティカを出立する。
向かうは水の霊殿、ここから中型船で一時間ほどの距離にある孤島にあるそうだ。
クロナとレジーナの出立準備も予め整っているので、あとは出港するだけだ。
「それではギルドマスター。クロナ、行って参ります」
「同じく。レジーナ、行って参ります」
クロナ と レジーナ が仲間になった!
砦内にある食糧庫に火災が発生したため、バーロックスでは慌てて消火作業を行っていたが、その進捗は芳しく無かった。
何故なら、砦内の水のほとんどは生活用水であり、万が一の火災に対処するための消防用水など確保しておらず、裏口の海水を汲んでこなければならなかった。
加えて、構成員の半数近くが(アヤトによって)怪我かあるいは意識不明で動けないため、バケツリレーもままならず、延焼は広がるばかり。備蓄庫の薪が燃え移っていくのもそれをさらに加速させている。
(アヤトに気絶させられた)首領であるバーロックも、火災の騒ぎを聞いてようやく意識を取り戻したのだが、もはや事態は取り返しがつかないところまで悪化していた。ちなみに彼は右の歯の半分以上を欠損していた。
「何やってんだ!さっさと消火しろ!」
「今やってます!やってますから、お頭も手伝ってくれませんかね!?」
怒鳴り散らして消火作業を急がせるバーロックだが、手下どもから逆に怒鳴り返される。
さらにバーロックの元に聞きたくない報告が届けられる。
「お、お頭!確保していた海巫女が連れ去られました!」
「あァ!?見張りは何やってやがった!?いや、あの穀潰しの傭兵野郎はどうした!?」
「傭兵の奴は正面門のところでやられてます!海巫女を連れ去った奴の仕業です!この火事もきっと……!」
「ぐぐぐ……クソ!クソ!クソが!どいつもこいつも役立たずどもがぁぁぁぁぁ!!」
地団駄を踏んで悔しがるバーロック。
「いいからお頭も手伝ってくださいよ!このままじゃ俺達まで燃えちまいます!」
火災が鎮火した頃には、砦の居住区の半分近くが全焼しており、食糧庫も完全に灰になってしまったため、バーロックスは (アヤトの目論見通り)深刻な食糧不足に悩まされるのだった――。
「――と、言うのが以上の顛末です。そう遠くない内にバーロックスは、こちらが手を出さずとも勝手に内部崩壊するでしょう」
クロナとレジーナさんを連れてアトランティカに帰還した俺は、今回の顛末をエリックマスターにそれなりに詳しく話す。
それを話したら、エリックマスターはすんごい複雑そうな顔をした。
「何と言えばいいものか……アヤト殿、あなたは本当に恐ろしいな。食糧庫を潰して内部崩壊を誘発するなど、普通は考えられん。いや、よくやってくれた、と言うべきだろうが……むしろ奴らが不憫でならないな」
「古来より、寡兵が大軍に勝つには奇策珍作が付き物です」
『三国志』において有名な『赤壁の戦い』でも、曹操軍の船団を『連環の計』で連結させて、祈祷で真冬に『東南の風』を起こし、さらに『苦肉の策』で投降を装った火計船を突撃させて一息に船団を焼き払ってみせたようにな。
ちなみに俺は時間のループで、曹操軍の勝利というIFストーリーも経験済みです。どうやったって?孫権・劉備の連合軍の手の内は知っているので、火計船が突っ込んできたら、一隻だけ鎖から切り離して延焼を防ぐだけの簡単なお仕事です、あとは残る寡兵を大軍で押し潰せばおしまい。
「まぁ、頃合いを見て討伐隊を差し向けてやれば、連中がよほどのバカでも無ければ、大した抵抗もせずに降伏するでしょう」
「ただ単に殺すんじゃなくて、食べ物や飲み物を台無しにして干上がらせるとか、アヤトの怖いところってそういうとこだよね……」
「鬼です……鬼がここにいます……」
大勢の人間が飢えや渇きで苦しむ様を想像してか、エリンは瞳のハイライトを消している。リザも同様にだ。
はっはっはっ、褒めても何も出ないぞぅ?
「別にレジーナさんさえ救出してしまえば、正面から正々堂々と皆殺しにして、金品を奪い尽くしたあとで砦を全焼させてやっても良かったんだけどなぁ。さすがにそれを一人でやるのは大変だから遠慮させてもらったが」
本題を戻そうか。
「さて、バーロックスがレジーナさんを拉致するなどと余計なことをしてくれたせいで、せっかくの時間が無駄になってしまいましたが……霊殿の攻略は、この後すぐにでも?」
本当なら数時間前にはもう水の霊殿に到着していたはずだったからなぁ、もう昼過ぎくらいになっちゃったよ。
「いや、アヤト殿もレジーナも疲れているだろう。今日のところはゆっくりと休んでいただき、また明日に頼みたい」
俺はそこまで疲れてないんだけど、クロナやレジーナの心労も考慮すると、明日にしてもいいか。俺が受けた矢傷もあるし。
「では、お言葉に甘えるとしましょう」
「あなた方三人には、こちらで用意した宿がある。クロナ、案内を頼む」
「かしこまりました」
クロナの案内により、俺達三人は宿へ案内される。
「あ、あのっ」
が、その前にレジーナさんに呼び止められた。
「アヤト様……助けていただき、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げて一礼。
律儀な人だなぁ。だがお礼の言葉を言われるのは全然嫌いじゃない。
律儀にはこちらも律儀で返すとしよう。
「どういたしまして」
クロナに案内してもらった宿……というよりも、VIPルームのそれに近かった。
俺達が乗ってきた客船よりも広く設備も充実している。
エリンどころか、リザまでもがこの至れり尽くせりの限りを前にソワソワしている。
「相当金を掛けてそうな宿だな……ちなみにクロナ、ここは普通に利用するとどのくらいの金額になるんだ?」
「ここは、一般向けの場合はお一人様1500000ゼニー、最も高価なファーストクラスなら、3000000ゼニーですね。御三方にご用意しているのは、もちろんファーストクラスですよ」
わーすごい、たった一拍するのに百万かかるとか、ぼったくり同然の価格だ。
「そ、そんな高い宿を、三人も無料だなんて……」
リザも目を点にしながら震えている。
無料にすることも含めれば、10000000ゼニーくらいのコストはかかるだろうに。
「では、あとはスタッフの方々にお任せしますので、どうぞごゆるひと」
というわけで、クロナとはまた明日だ。
受付カウンターに向かう。
「フローリアンのアヤト様、エリン様、リザ様ですね。お待ちしておりました。それでは、こちらへどうぞ」
スタッフさん達が先導、三人とも別々の部屋へ案内される。
荷物を部屋に置き、充てがわれた部屋を見渡す。
いやマジで広いな、六十畳くらいあるんじゃないか?
これが一人用の部屋なんだから、畏れ多さすら感じるね、広過ぎて逆に落ち着かない。
バルコニーに出て見ると、すぐそこに霧の海が広がっている。海上都市なんだから当然か。
陰鬱な景色だなー、それに海風が生温くベタつく。
こんな薄暗い空と海が何日も続いたら、嫌にもなるだろう。
ふむ、今がそろそろおやつ時くらいだし、提供される夕食まではまだ時間がある。
ちょっとだけ昼寝でもしようかな、よし、軽くおやすみー。
………………
…………
……
「わたしは、アリス」
「……ん!?」
なんか聞き覚えのある声が聴こえたぞおい!?
「あなたも、アリス」
ガバチョと飛び起きてみれば、ベッドのすぐそばに黒髪黒ウサ耳のゴスロリ少女――アリスちゃんが立っていた。
前触れ無く出てくんなし!心臓に悪いわ!!気配もなしに来るんじゃありません!!!
フゥ、落ち着け、餅つけ俺。ぺったんぺったんこねこね。お雑煮もいいけど焼いて醤油を染み込ませても美味しいです。
「やぁアリス、でも無断侵入は感心しないな」
……まぁいいだろう、ちょうどいいところに……いやあんまり良くないけど、来てくれたよ。
「ところでアリス、水の霊殿の精霊様を封じ込めたらしいな。そのせいでみんな困っているんだが、一体どうしてそんな意地悪なことをするんだ?」
早速核心に触れていくとしよう、このアリスちゃんが度々俺の前に現れるのは何故かも含めてな。
「アリスは、アリスのために。うばわれて、こわされた、アリスのせかいのために」
お?趣旨が変わったな。
奪われて、壊された、アリスの世界。
ふむふむ、気になるワードだな。
「なるほど、アリスはその世界を救うために動いているんだな。でも、だからといって周りの人に迷惑をかけていいわけじゃないぞ?」
「アリスはアリスのせかいをうばってこわした。アリスはそれをゆるしてはいけない」
ふむ……ふむ……?
つまり……アリスちゃん――『アリスA』ちゃんの世界を奪って壊した『アリスB』なる存在がいて、アリスAちゃんはそのアリスBを許さないと。
「アリスは、アリスのために」という言葉の前後を鑑みると、アリスAちゃんには、『アリスC』というお友達がいるようだ。
アリスAちゃんとアリスCと、敵対する?のがアリスBか。
アリスBのことを許さないのは分かったが、何故神殿や霊殿に封印をかけるかは分からないな。
もう少し踏み込んでみよう。
「なるほど。ところでアリス、最近になって友達が増えなかったかな?こう、偉そうなブタの王様みたいなヤツなんだけど」
もちろん、マオークのことだ。
「かれはアリスじゃない。けれど、かれはアリスになれる」
……マオークはアリスではないけど、アリスになれる可能性がある?
なるほどわからん。
「なぁアリス。君の言う"アリス"には、一体どういう意味があるんだ?ずっと気になっていたんだ」
ほんと、マジで気になってるんだよ、その"アリス"って言葉の意味。
「アリスは、アリス。それだけ」
「なるほど分からん」
これはもう、そういう言葉遊びと捉えたほうがいいかもしれないな、どのアリスが何を指しているのかをしっかり見極めなければ。
「アリスはなにもわるくない。なにもわるくない、はずだった。でも、アリスはアリスからアリスのせかいをこわした」
えぇとつまり、アリスAちゃんは何も悪いことをしていないのに、アリスBがなんか勘違いして、アリスAちゃんの世界を壊したと?
「そのアリスとは、喧嘩しちゃったのか?」
アリスAちゃんとアリスBの喧嘩だと思ったんだが、
「アリスは、アリスにころされた」
殺された、か。随分物騒なワードだな。
ということは、アリスCがアリスBに殺されたのか?
「アリスCを殺されたから、その人のことを許せないのか?」
「そう、ゆるせない。でも、アリスはいまアリスをころせない」
アリスAちゃんはアリスCを殺したアリスBを許せない。
だから、アリスAちゃんはアリスBを殺したいそうだが、今は何か理由があってアリスBを殺すことが出来ないらしい。
「なるほど。だが、殺されたからといって、必ずしもその人を殺す必要はないはずだ。その人とちゃんとお話しをしたか?何かすれ違ってるかもしれないぞ?」
「アリスはアリスのはなしなんてきくひつようない。アリスがわるいから」
うーん、なかなか強情だな。アリスAちゃんはそんなにアリスBのことを憎んでいるのか。
「俺は、アリスがどれだけその人のことを大切に思っているかは分からないから、その悪いアリスを本当に殺さないといけないのかも分からない。けれど、それじゃ何の解決にもならないと思うぞ。憎み憎まれてばかりじゃ、友達だっていなくなってしまう」
憎悪の対象を殺したところで、怨嗟がそこで収まるかはまた別の話だ。
あるいは、一度殺人という"手段"を知れば、次からは何の躊躇いもなく殺人を選べてしまう。
銃爪は、引けば引くほど軽くなるんだ。それと同時に、人の命も軽く見えるようになってしまうから。
「あなたは、アリス。あの娘も、アリス」
そう言い残して、またしてもアリスAちゃんはパッと消えてしまう。
「……アリスはアリスに世界を壊されて、殺された、か」
あのアリスAちゃんは、(恐らく)復讐のために行動を起こしている。
だが、ヨルムガンド湿地帯や水の霊殿に封印を施し、環境破壊や魔物の横行跋扈を招く理由はやはり分からなかった。
他にはなんと言っていた?
「……アリスは今、アリスを殺せない」
つまり、あのアリスAちゃんはアリスBを殺せるだけの力をまだ持っていないということだ。
その力を手に入れるために、守護神や精霊に封印を施し、力を奪おうとした?
ふと俺は、懐にあるものを思い出し、取り出してみた。
時空守護神のコードP1X15Eは、俺にその力の一部である、この翡翠色のオーブ――勇気の翆玉を授けてくれた。
アリスAちゃんはこれを奪おうとして、失敗したのだろうか?
そうなると、水の霊殿にあるお宝とは、勇気の翆玉と似たようなものであり、バーロックスにそれを奪わせようとしたのだろうか?
うーん……話の核心に触れたように思えて、さらに複雑になった気がする。
いずれにせよ、俺達は水の霊殿から漏れ出ている異変を解決するだけだ。それを成し遂げることで見えてくるものもあるだろう。
よし、それじゃぁ今度こそお昼寝タイムだ。おやすみー。
………………
…………
……
って眠れるわけあるか!
さっきのアリスAちゃんとのやり取りのせいですっかり眠気が吹っ飛んだわ!
……仕方無い、気晴らしに宿内の散策でもするか。
ふらふらと宿内を歩き回っていると、すれ違う従業員の皆さんは俺の姿を見掛けるなり即座に道を譲りながら「いらっしゃいませ、アヤト様」と畏まってくださる。
なんだかなぁ、過去の異世界転生で王族に転生した時の、宮廷に仕えている給仕や衛兵もこんな感じだった。
あぁ言う時は、主君だからそうして然るべき対応なんだろうけど、今ここにいるアヤトはSSランクの冒険者とは言え、普通の、……普通では無いかもしれんが、お客様だし。
お客様に万が一の不備や失礼が無いように、細心の注意を心掛けて接待しているのだろうが、道行く先々でこうも畏まられては、権力でそうさせているようか気分になって、ちょっとなぁ……
だからって「畏まらなくていいから、普通にしてくれ」と言っても多分聞いてくれないだろうし……
やっぱり客室に戻ろう、エリンとリザの三人でのんびりお喋りでもしておこう。
翌朝。
アトランティカに滞在中はこの超高級宿で寝泊まりすることになっているので、冒険者として依頼遂行のために必要な装備や道具以外は、充てがわれた部屋に置いている。
それぞれ別の部屋で一晩過ごしたエリンとリザと合流して朝食をいただき、冒険者ギルドの集会所へ向かうのだが、
「皆様、おはようございます」
宿を出たところで待っていたのは、クロナの妹のレジーナさんだった。
「グッドモーニングおはようございます、レジーナさん。どうされましたか?」
「今朝は姉上に代わって、私が出迎えに参りました」
「なるほど、ご苦労さまです」
こちらも一礼し、エリンとリザも慌てて倣う。
「……アヤト様。つかぬ事をお訊きしてよろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
ゆうべはお楽しみでしたね、とか訊くなよ。さすがに昨夜はお楽しみになってないからな。
「アヤト様は、姉上には呼び捨てで接しているのに、何故私にはさん付けかつ、敬語で話すのでしょうか?」
あぁー、そう言えばそうだった、麗しの姫君をお救いに参った騎士設定のままで話していたな。
「そこはまぁ事の流れと言いますか。なら、レジーナさんも同じように呼び捨てで気軽に接しても?」
「はい、構いません」
なんだ、姉上と同じように接してほしかったんだな。そうならそうと言ってくれてえぇんやで。
「分かった。よろしくな、レジーナ」
「っ……は、はい、よろしくお願いいたします」
今、普通に呼んだらなんか動揺されたんだけど。
単に俺に慣れてないだけだろうなぁ、出来るだけ話す機会を設けるように努力しよう。
「で、では集会所へ参りましょう」
ちょっと慌てながら踵を返すレジーナ。
ふわりと黒髪ロングがなびき、エリンが「クロナさんもレジーナさんも、髪すっごい綺麗だよね……」と羨ましがって髪を弄っていた。
エリンも髪を伸ばしたら同じくらい綺麗になりそうだけどなぁ、代わりに"りんご頭"では無くなるのが少し残念か。
昨日はレジーナの奪還作戦で時間を使ってしまったからな、今日こそは水の霊殿の攻略だ。
受付嬢さんには顔パスで通してもらい、エリックマスターとクロナの待つ執務室へ向かう。
「ギルドマスター。アヤト様、エリン様、リザ様の三名をお連れしました」
「うむ。ご苦労だった、レジーナ」
レジーナの報告に、エリックマスターとクロナが向き直ってくる。
「さて、御三方も来てくれたところで、早速始めるとしよう」
すっ、とエリックマスターはギルドの依頼状を取り出して、俺達に差し出してきたので、それを受け取る。
「今回、アヤト殿達に受けていただく依頼は、水の霊殿の調査、及び異変の解決。達成報酬は、ギルドの資産から相応の金額を出させていただく。それと、現地への案内と戦力も兼ねて、クロナとレジーナも同行させよう」
ふむ、ようは霊殿に巣食っているヤツをぶちのめして来いと言うわけだ。
それは分かるとして、
「クロナとレジーナは案内だけでなく、戦闘にも参加されると?」
俺がそう訊ね返すと、クロナとレジーナは二人揃って頷いた。
「ご心配には及びません。私もレジーナも、いざと言う時に冒険者としての備えと訓練も受けております」
「SSランクのアヤト様には遠く及びませんが、最低でも足手まといになるつもりはありません」
ほうほう、二人とも戦闘は可能と。
クロナは法術士――回復役を期待できるが、レジーナはどうだろう、同じように回復・補助役に徹してくれるのだろうか。
まぁいいか、実戦になればすぐに分かることだ。
「では、彼女ら二人も戦力としてアテにさせていただきましょう。クロナ、レジーナ、よろしく頼む」
「このクロナにお任せくださいませ、アヤト様」
「全力を尽くします」
クロナはにこやかに、レジーナはやや固く一礼する。
「ではアヤト殿、ご武運を」
最後にエリックマスターと礼を交わして、アトランティカを出立する。
向かうは水の霊殿、ここから中型船で一時間ほどの距離にある孤島にあるそうだ。
クロナとレジーナの出立準備も予め整っているので、あとは出港するだけだ。
「それではギルドマスター。クロナ、行って参ります」
「同じく。レジーナ、行って参ります」
クロナ と レジーナ が仲間になった!
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