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カイル・メゾット
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まさか彼処でカイルに会うとは思ってもみなかった。
表情には出していないが心の中は信じられないほどざわめいており、心臓の高鳴りも激しかった。
カイル・メゾット子爵子息。
お父様の友人の息子で、同じ歳という事もあり幼い頃からよく一緒に過ごしていた幼馴染み。
十二歳までの私の婚約者候補の中にも入っていた一人。というか最有力者といっても過言ではない。
あの頃ロブゾ伯爵家とメゾット子爵家での提携事業の話が持ち上がっていて、私とカイルを結婚させようと両親達が考えていたのを知っている。
幼馴染みという事もあり、私は淑女教育を受け、感情や表情の制御を覚えてもカイルの前では泣き虫で甘ったれ、我が儘小娘のままで居られた。
「俺は将来お前の旦那になるんだから、俺の前ではいつものジュリでいていいんだよ! ジュリを泣かせるのも甘えさせるのも我が儘聞くのも全部俺がやる! ジュリが頼るのは俺だからな! 覚えとけよ!」
アルバート兄様が大好きだった私を知っていたカイルは同じ歳なのにいつも兄貴ぶってて私の世話を焼こうとしていた。
婚約だってまだ決まった話じゃなかったのに自分の事を旦那だって言ったり、自分だってあるくせに私が他の婚約者候補との顔合わせをすれば普段とはうって変わって不機嫌な様子になっていたカイル。
あの頃はいつも一緒に居た気がする。
私はカイルのお嫁さんになるんだって信じていた。
お父様からは私を跡取りにする事以上に、カイルとの婚約話が無くなった事について謝られた。
子供の私はカイルとの婚約話を説明された事もなかったし、ロブゾ家の状況を考えれば仕方のない事だった。
お父様が謝る必要なんてどこにもなかった。
それでもお父様は知っていた。私達が互いに想い合っていた事を。
ーー幼馴染みだった幼い私達の間には淡い恋心が芽生えていた事を。
「本当にすまない。お前には辛い思いしかさせてやれない。女として当主になるお前には側で弱音を吐けて支えてくれる人間が必要だというのに……私は本当に不甲斐ない父親だ」
「……お父様」
「きっと私が用意できる縁談はたかが知れているだろう。お前が心を開ける相手かもわからない。……だが、せめて領地経営の助けとなれる人物を必ず探してくる。それだけは約束する! だからどうか耐えてくれ……本当にすまない。許してくれ……」
何度も頭を下げるお父様の姿に私は文句なんて言えなかった。
「大丈夫よ、お父様。私別にカイルと結婚するって思ってた訳じゃないし。今はそれ所じゃないでしょ? それに私、男の人に支えてもらわなきゃいけないほど弱くないわ! これから女伯爵になるんだもの。もっと、もっと強くなってお父様が心配しない当主になってみせるよ!」
あれはあの時に出来た私の精一杯の強がりだった。
きっと笑顔も引きつっててちゃんと笑えてなかったと思う。でも私は大丈夫だって言うしかなかった。
あの日からお父様はカイルの代わりといわんばかりに毎日父と娘の時間を持つようになった。
食事の終わり三十分間に今日あった出来事を聞き、辛かった事はないか知りたがり、私の弱音を吐き出させようと強引に泣かせる日も少なくなかった。
まぁあれが私達の新しいコミュニケーションでストレス発散の場だったよね。外では厳しい現実に揉まれ続けていた私達の愚痴を吐けて心の安らげる場所。
それもお父様が居なくなった今では私は本当の意味で誰にも弱音を吐けなく無くなっていた。
だからまさか五年ぶりに再会したカイルにそれを見抜かれるとは思ってもみなかったから動揺してしまった。
それに想像以上に格好良くなってたし。
肩くらいの長さの青みがかった黒髪は髪紐で一つに括られており、凛とした深緑のつり目はあの頃よりも力強い意思を感じた。体格も私の倍はありそうな見た目だったし、肩幅だって私とはもう全然違い、五年の長い月日を更に感じてしまった。
カイルが私の知らない男の人になった気がして少し寂しい気がしてしまったが、私に接するちょっとした態度や笑った時の仕草なんかがあの頃のカイルの姿が昔と変わっていなかったのを見て、安心したのと同時に心がドキッと高鳴っていた。
表情には出していないが心の中は信じられないほどざわめいており、心臓の高鳴りも激しかった。
カイル・メゾット子爵子息。
お父様の友人の息子で、同じ歳という事もあり幼い頃からよく一緒に過ごしていた幼馴染み。
十二歳までの私の婚約者候補の中にも入っていた一人。というか最有力者といっても過言ではない。
あの頃ロブゾ伯爵家とメゾット子爵家での提携事業の話が持ち上がっていて、私とカイルを結婚させようと両親達が考えていたのを知っている。
幼馴染みという事もあり、私は淑女教育を受け、感情や表情の制御を覚えてもカイルの前では泣き虫で甘ったれ、我が儘小娘のままで居られた。
「俺は将来お前の旦那になるんだから、俺の前ではいつものジュリでいていいんだよ! ジュリを泣かせるのも甘えさせるのも我が儘聞くのも全部俺がやる! ジュリが頼るのは俺だからな! 覚えとけよ!」
アルバート兄様が大好きだった私を知っていたカイルは同じ歳なのにいつも兄貴ぶってて私の世話を焼こうとしていた。
婚約だってまだ決まった話じゃなかったのに自分の事を旦那だって言ったり、自分だってあるくせに私が他の婚約者候補との顔合わせをすれば普段とはうって変わって不機嫌な様子になっていたカイル。
あの頃はいつも一緒に居た気がする。
私はカイルのお嫁さんになるんだって信じていた。
お父様からは私を跡取りにする事以上に、カイルとの婚約話が無くなった事について謝られた。
子供の私はカイルとの婚約話を説明された事もなかったし、ロブゾ家の状況を考えれば仕方のない事だった。
お父様が謝る必要なんてどこにもなかった。
それでもお父様は知っていた。私達が互いに想い合っていた事を。
ーー幼馴染みだった幼い私達の間には淡い恋心が芽生えていた事を。
「本当にすまない。お前には辛い思いしかさせてやれない。女として当主になるお前には側で弱音を吐けて支えてくれる人間が必要だというのに……私は本当に不甲斐ない父親だ」
「……お父様」
「きっと私が用意できる縁談はたかが知れているだろう。お前が心を開ける相手かもわからない。……だが、せめて領地経営の助けとなれる人物を必ず探してくる。それだけは約束する! だからどうか耐えてくれ……本当にすまない。許してくれ……」
何度も頭を下げるお父様の姿に私は文句なんて言えなかった。
「大丈夫よ、お父様。私別にカイルと結婚するって思ってた訳じゃないし。今はそれ所じゃないでしょ? それに私、男の人に支えてもらわなきゃいけないほど弱くないわ! これから女伯爵になるんだもの。もっと、もっと強くなってお父様が心配しない当主になってみせるよ!」
あれはあの時に出来た私の精一杯の強がりだった。
きっと笑顔も引きつっててちゃんと笑えてなかったと思う。でも私は大丈夫だって言うしかなかった。
あの日からお父様はカイルの代わりといわんばかりに毎日父と娘の時間を持つようになった。
食事の終わり三十分間に今日あった出来事を聞き、辛かった事はないか知りたがり、私の弱音を吐き出させようと強引に泣かせる日も少なくなかった。
まぁあれが私達の新しいコミュニケーションでストレス発散の場だったよね。外では厳しい現実に揉まれ続けていた私達の愚痴を吐けて心の安らげる場所。
それもお父様が居なくなった今では私は本当の意味で誰にも弱音を吐けなく無くなっていた。
だからまさか五年ぶりに再会したカイルにそれを見抜かれるとは思ってもみなかったから動揺してしまった。
それに想像以上に格好良くなってたし。
肩くらいの長さの青みがかった黒髪は髪紐で一つに括られており、凛とした深緑のつり目はあの頃よりも力強い意思を感じた。体格も私の倍はありそうな見た目だったし、肩幅だって私とはもう全然違い、五年の長い月日を更に感じてしまった。
カイルが私の知らない男の人になった気がして少し寂しい気がしてしまったが、私に接するちょっとした態度や笑った時の仕草なんかがあの頃のカイルの姿が昔と変わっていなかったのを見て、安心したのと同時に心がドキッと高鳴っていた。
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