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代役当主
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騒ぎをあっという間に納めてしまったカイルの姿を呆然と見つめていた私は護衛に先導され、馬車から下りた。
カイルの近くへ向かうにつれて足取りが早くなっていく。そんな私の姿を見つけたカイルはまるで初めから私が此処にいることを知っていたみたいな言動をして近寄ってきた。
「ジュリエッタ大丈夫だったか?」
鋭かった瞳は柔らかくなり、口元が優しげに微笑んでいた。
「カイル、貴方どうして……」
私の頭の中は混乱と疑問でいっぱいになっていた。
本当ならカイルを問い詰めたかったが、ロブゾ家の事情に巻き込んでしまった手前、ばつの悪そうな表情で私は謝罪を告げた。
「ごめんなさい、カイル。関係のない貴方を巻き込んでしまった。メゾット家として我が家に抗議を入れるのならば私も当主として謝罪に伺わせてもらうわ。本当にごめんなさい」
カイルやロブゾ家の者達に怪我がなかったのは運が良かっただけ。一歩間違えれば誰かが怪我を負っていた。
幼馴染みとはいえ他家の子息様を巻き込んでいい理由なんてどこにもない。
女とはいえ本来ならば当主の私が対応しなければならなかったのだ。それを護衛の言葉に甘えてしまった。
罪悪感と自身の不甲斐なさが私の心を蝕む。
カイルを真っ直ぐ見つめる勇気もなくて私はそのまま視線を反らして頭を下げようとした。
だがカイルは「そんな真似をさせる為に此処へ来たわけじゃない」と言った。その声は少し固く、カイルは緊張しているようだった。
「俺は自分の意志で此処へ来てあの男と対峙したんだ。あの場でメゾット家の名前を出した俺が言うのもなんだが、これは俺個人の問題だ。家には報告しないし、今日俺はあの男にも会ってない」
「そんなこと……」
「それに俺はどうせあの男と一度話をしようと思ってたんだ。言いたい事もあったし、けじめはつけておこうと思ってたからな」
「何よ、けじめって。どうして言い返したりしたのよ。ずっと無視してればよかったじゃない」
「それをお前が言うのか? 俺がジュリを傷つける奴を許すとでも? あんなこと言われても黙ってられるほど俺は優しい男じゃないぞ?」
「何よ。私はあの程度で傷ついたりなんてしないわよ」
「ああ、ジュリは強くなったよ。だけど俺が嫌なんだ。ジュリやおじさんのこの五年間の努力を汚す奴を許したくないんだ。俺の我が儘だよ」
「……っ!」
この五年間を肯定するカイルの言葉に私の仮面にヒビが入った。
嘘だ。本当は傷ついていた。
私があの場に居たら、おこぼれでなった当主と言われた事に反論出来なかった。
当主として有能だったお父様が跡取りに指名していたのはアルバートお兄様だった。優秀だっただけでなく長男だったこと、年齢、カナリア様との婚約、挙げれば理由は沢山あるだろう。
特別な理由がない限り男が家を継ぐ。
貴族社会の暗黙の了解の元、お父様も跡取りを選んだ。私の存在は初めから跡取り候補にすらなっていなかった。
だから今でも思ってしまう。
本当に私が当主でいいのだろうかと。
ロブゾ家当主としての覚悟を決めたはずが、未熟者の女という劣等感からいつも簡単に揺らいでしまう。
さっきも冷静で怯まないカイルの態度はメゾット家の次期当主に相応しいと思ってしまった。
皆、私はよくやってると言ってくれているが、いつも私はどこか不安だった。本当にきちんとやれているのか、お父様の愛したロブゾ家を守れているのか不安で仕方がなかった。
大丈夫。私はやれる。頑張れる。
いつも自分で自分を励まして取り繕って此処まで来た。
本物じゃない代役。
頑丈に猫を被っても所詮は作り物。
作り上げるのには五年間かかったが、剥がれ落ちるのは一瞬なのかもしれない。
カイルの優しさをもう素直に受け取れない。
当主として気を張ってきたプライドが邪魔をする。
「今日は本当にごめんなさい。また後日、謝罪の品をメゾット家へ届けるわ。……一応名目はカイルの誕生日祝いにしておくわね」
メゾット家へ報告はしないと言った以上謝罪の品は送れない。だから誕生日プレゼントとして送ると言った。
本当は来月成人するカイルの誕生日をずっと覚えていた。本来ならば私達の特別な日になる筈だった日。その誕生日のプレゼントを謝罪の品として送ると私は言ってしまった。
……我ながらなんて可愛げのない。
助けてもらったくせに素直にお礼も言えない。
大切な成人の祝いをこんな口実に使うなんて本当に情けない。
感情が高ぶり目頭が熱くなっていった。徐々に瞳が揺れていくのがわかり私はグッと堪えた。
こんな所で泣くわけにはいかない。
もう幼い子供ではないのよ。
しっかりしなさい、ジュリエッタ!
自分に叱咤して堪え忍んでいると、カイルが悔しそうな声で「まだだ。まだなんだ。……もう少しだけ待っててくれ」と呟いた。
「え……」
思わず俯いていた顔を上げると、其処には普段通りのカイルの姿があった。
「いきなり来て困らせちゃったな! ほらこれ差し入れだ。最近流行ってるらしいぞ? リラックス効果がある茶葉でミルクを入れて飲むと美味しいんだってさ」
ラッピングされたピンク色の袋を押しつけるように手渡してくるカイルは苦笑いをしながら馬車へ乗り込んだ。
「ちょっとカイル!?」
「悪いな。混乱させちゃって……」
「はあ?」
「なぁジュリエッタ……覚えてるか? 俺達の約束」
「えっ……」
「俺は忘れたことない。ずっと覚えるよ」
「な、なにを言ってるの?」
言っている意味は理解できるが、そんな訳がない
だけどカイルの顔は冗談や嘘を言っている顔ではなかった。
カイルはそのまま何も言わず、馬車へ乗り込んで帰っていった。
沢山の疑問と混乱、そして僅かな希望を残して去っていった。
……本当になんだったの?
あんな意味深な言葉、どう解釈すればいいのよ
カイルの近くへ向かうにつれて足取りが早くなっていく。そんな私の姿を見つけたカイルはまるで初めから私が此処にいることを知っていたみたいな言動をして近寄ってきた。
「ジュリエッタ大丈夫だったか?」
鋭かった瞳は柔らかくなり、口元が優しげに微笑んでいた。
「カイル、貴方どうして……」
私の頭の中は混乱と疑問でいっぱいになっていた。
本当ならカイルを問い詰めたかったが、ロブゾ家の事情に巻き込んでしまった手前、ばつの悪そうな表情で私は謝罪を告げた。
「ごめんなさい、カイル。関係のない貴方を巻き込んでしまった。メゾット家として我が家に抗議を入れるのならば私も当主として謝罪に伺わせてもらうわ。本当にごめんなさい」
カイルやロブゾ家の者達に怪我がなかったのは運が良かっただけ。一歩間違えれば誰かが怪我を負っていた。
幼馴染みとはいえ他家の子息様を巻き込んでいい理由なんてどこにもない。
女とはいえ本来ならば当主の私が対応しなければならなかったのだ。それを護衛の言葉に甘えてしまった。
罪悪感と自身の不甲斐なさが私の心を蝕む。
カイルを真っ直ぐ見つめる勇気もなくて私はそのまま視線を反らして頭を下げようとした。
だがカイルは「そんな真似をさせる為に此処へ来たわけじゃない」と言った。その声は少し固く、カイルは緊張しているようだった。
「俺は自分の意志で此処へ来てあの男と対峙したんだ。あの場でメゾット家の名前を出した俺が言うのもなんだが、これは俺個人の問題だ。家には報告しないし、今日俺はあの男にも会ってない」
「そんなこと……」
「それに俺はどうせあの男と一度話をしようと思ってたんだ。言いたい事もあったし、けじめはつけておこうと思ってたからな」
「何よ、けじめって。どうして言い返したりしたのよ。ずっと無視してればよかったじゃない」
「それをお前が言うのか? 俺がジュリを傷つける奴を許すとでも? あんなこと言われても黙ってられるほど俺は優しい男じゃないぞ?」
「何よ。私はあの程度で傷ついたりなんてしないわよ」
「ああ、ジュリは強くなったよ。だけど俺が嫌なんだ。ジュリやおじさんのこの五年間の努力を汚す奴を許したくないんだ。俺の我が儘だよ」
「……っ!」
この五年間を肯定するカイルの言葉に私の仮面にヒビが入った。
嘘だ。本当は傷ついていた。
私があの場に居たら、おこぼれでなった当主と言われた事に反論出来なかった。
当主として有能だったお父様が跡取りに指名していたのはアルバートお兄様だった。優秀だっただけでなく長男だったこと、年齢、カナリア様との婚約、挙げれば理由は沢山あるだろう。
特別な理由がない限り男が家を継ぐ。
貴族社会の暗黙の了解の元、お父様も跡取りを選んだ。私の存在は初めから跡取り候補にすらなっていなかった。
だから今でも思ってしまう。
本当に私が当主でいいのだろうかと。
ロブゾ家当主としての覚悟を決めたはずが、未熟者の女という劣等感からいつも簡単に揺らいでしまう。
さっきも冷静で怯まないカイルの態度はメゾット家の次期当主に相応しいと思ってしまった。
皆、私はよくやってると言ってくれているが、いつも私はどこか不安だった。本当にきちんとやれているのか、お父様の愛したロブゾ家を守れているのか不安で仕方がなかった。
大丈夫。私はやれる。頑張れる。
いつも自分で自分を励まして取り繕って此処まで来た。
本物じゃない代役。
頑丈に猫を被っても所詮は作り物。
作り上げるのには五年間かかったが、剥がれ落ちるのは一瞬なのかもしれない。
カイルの優しさをもう素直に受け取れない。
当主として気を張ってきたプライドが邪魔をする。
「今日は本当にごめんなさい。また後日、謝罪の品をメゾット家へ届けるわ。……一応名目はカイルの誕生日祝いにしておくわね」
メゾット家へ報告はしないと言った以上謝罪の品は送れない。だから誕生日プレゼントとして送ると言った。
本当は来月成人するカイルの誕生日をずっと覚えていた。本来ならば私達の特別な日になる筈だった日。その誕生日のプレゼントを謝罪の品として送ると私は言ってしまった。
……我ながらなんて可愛げのない。
助けてもらったくせに素直にお礼も言えない。
大切な成人の祝いをこんな口実に使うなんて本当に情けない。
感情が高ぶり目頭が熱くなっていった。徐々に瞳が揺れていくのがわかり私はグッと堪えた。
こんな所で泣くわけにはいかない。
もう幼い子供ではないのよ。
しっかりしなさい、ジュリエッタ!
自分に叱咤して堪え忍んでいると、カイルが悔しそうな声で「まだだ。まだなんだ。……もう少しだけ待っててくれ」と呟いた。
「え……」
思わず俯いていた顔を上げると、其処には普段通りのカイルの姿があった。
「いきなり来て困らせちゃったな! ほらこれ差し入れだ。最近流行ってるらしいぞ? リラックス効果がある茶葉でミルクを入れて飲むと美味しいんだってさ」
ラッピングされたピンク色の袋を押しつけるように手渡してくるカイルは苦笑いをしながら馬車へ乗り込んだ。
「ちょっとカイル!?」
「悪いな。混乱させちゃって……」
「はあ?」
「なぁジュリエッタ……覚えてるか? 俺達の約束」
「えっ……」
「俺は忘れたことない。ずっと覚えるよ」
「な、なにを言ってるの?」
言っている意味は理解できるが、そんな訳がない
だけどカイルの顔は冗談や嘘を言っている顔ではなかった。
カイルはそのまま何も言わず、馬車へ乗り込んで帰っていった。
沢山の疑問と混乱、そして僅かな希望を残して去っていった。
……本当になんだったの?
あんな意味深な言葉、どう解釈すればいいのよ
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