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断罪の準備

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「準備はいいか?」

「はい、ケルヴィン叔父様」

「では行こうか」

  今日、ケルヴィン叔父様と二人でやってきたのは、あの男が婿入りする予定の商会だった。事前にアルバート・ロブゾの報告書とその企みを同封して面会予約を取りつけたのだ。

  あの男の恋人ではなく、その父親の会頭殿に。

  人目につかないレストランの一室を貸しきった私達は重苦しい空気の中で会頭殿を待っていた。  

  すると其処へ薄茶色の髪をした清潔感のある男性が現れた。

「お待たせしてしまい申し訳ありません。私はタルボット商会会頭のゴーラと申します。本当は侯爵様と伯爵様にお目にかかれて光栄に存じます」

  会頭は恭しく頭をさげ、そして一人用のソファーへ腰を下ろした。

「いえ時間通りなのでお気になさらず。それよりも本日はこのような場に来ていただこと、感謝致します」

「私の方にもお伺いしたい事がありましたので」

「恐らく話の内容は同じかと……」

「ええ……」

  私は例の報告書をテーブルの上に出して話し始めた。

「まずは先日、突然このような物を送りつけた事をお詫びさせて下さい。時間がなかったとはいえあまりにも礼儀に反する行いでした。誠に申し訳ありません」

「い、いえ! 頭を上げてください! あの手紙には驚きましたし、正直初めは信じられませんでした。ですが甘過ぎた私を動かすきっかけになってくれたのです。伯爵様が謝罪など……むしろ私が感謝申し上げなければならないのです!」

  謝罪と共に頭を下げた私の姿に動揺したゴーラ殿は少し強張ったような表情で言いづらそうにして話を切り出した。

「私には年老いてから出来た末娘が一人居りまして、他の子供達とは歳が離れているせいか皆娘をとても可愛がっているです。その為、我が家ではシェイラの……娘の望みは何でも叶ってしまうのです」

  後悔しているのか、若干言葉の進みが遅い。

「商会は長男が跡取りとして立派に育ってくれたので商会の未来は問題ありません。我が家は政略結婚をしなくてもやってきけるのでシェイラには好きな男と一緒になってもらいたかった。……だから突然現れたあの男を信じてしまいました。娘が幸せならどんな男でも構わないと……思ってしまったんです…………事前に相手を調査するのは仕事上よくやっていたのに……それなのに私は…………よくよく考えず、娘の人生に取り返しのつかない汚点をつけてしまう所でした」

「……ゴーラ殿…………子供に幸せになって欲しいと願うのは親なら当然の事です。貴方は娘の幸せを願うあまり確認を怠った。ですがまだ間に合います。交際には至ってしまいましたが婚約にはまだ至ってません」

  ケルヴィン叔父様は後悔に身体を震わせているゴーラ殿を気遣った。

「ゴーラ殿、辛い事を聞きます。ゴーラ殿のご息女様に近づいてきた男は『』と名乗っているのですよね? 両親を亡くし悪い奴に騙されて貴族籍を失った元貴族の男。そう名乗ったんですね?」

「…………はい。あの男は自分は天涯孤独の元貴族だと言いました。悪い奴に金を騙しとられて貴族籍を失うしかなかったと。…………見た目や立ち振舞いは本当に貴族子息のようでしたので私も深いことは考えず納得してしまったんです」

「では彼が本当はロブゾ家の長男で婚約者や家を捨てて駆け落ちして結婚していた事や子供がいる事は? 彼が騙されて出来た借金のせいで妻が無理矢理娼館で働かされていた事は知っていましたか?」

「知りませんでした…………知っていたらどんな事をしても娘には近づけなかった! あんな……あんな人間のクズのような男……あんな…………」

  悔しさに涙を滲ませ、言葉を詰まらせる。
  声を殺しながら俯いているゴーラ殿をそっとしておいて、私達は状況を整理した。

「……確定だな」

「はい」

「アイツはまた一つ罪を重ねたらしい」

「結婚すると決めた相手に素性を偽った上、話さなければならない汚点を隠すとは外道にも程がありますわ」

「生活費として色々と工面してもらってたみたいだし、これはちょっと悪質だな……」

「幸いな事にあの男はロブゾ家の名は出さずに悪行を行った。恐らく前回ロブゾ家の者としてカモにされたのが相当堪えたのだろうな」

「騙されるぐらいなら騙す側に回るという考えなのでしょうか?」

「さぁ? その辺は知りたくもないな」

「…………はい」

  確認が取れて答えが出た私達は落ち着きを取り戻したゴーラ殿にある提案をした。

「ーーという事なのですが如何でしょうか?」

「勿論ご協力させて頂きます! 娘の事は私にお任せを! あの子にもそろそろ現実の厳しさを教えねばならないのです!」

「では手筈はこの紙に書いてありますので」

「はい。その通りに……」

「ご協力感謝致します。…………それと……この度はロブゾ家の血縁の者が大変ご迷惑をおかけしました。ご息女様にもそうお伝えくださいませ」

「…………承知しました」

  娘を傷つけた男の血縁者からの謝罪など本当は受け入れたくないだろうに、ゴーラ殿は一度も私達を責め立てる事なく話を終えて帰っていかれた。


                                                              
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