カンテノ

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第3章 サフォケイション

3-9 計画

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「さ、着いたぞー」

  と、ラウディさんの話を聞いていたらいつの間にか目的地に到着したようで、ファルさんは車を駐車した。

「ここは、サーキット場なのか?」

  ドドは周りを見渡しながら聞いた。

「あぁ、そうだ。でも、ちょっと時間が早すぎたな。連絡はしてあるけど、まだここに来てないみたいだし、しばらく休むか」

  ファルさんはそう言ってエンジンを切った。ラウディさんが言うには、ファルさんも江飛凱に会うために日本に来たというわけだが、それはつまり復讐のためという事なのだろうか。と、ファルさんがまた口を開く。

「俺が聞いた情報では、レン姉はあの江飛凱の悪事を暴くための、何か決定的な証拠を掴んでいたらしい。もう6年も前の話だけどね。レン姉が死んだ後、レン姉の部屋が何者かに荒らされていたって聞いてる。なぁ、想。何かレン姉から預かってたりしてないか?」

  ファルさんに言われ、僕も記憶を辿りながら思い出す。

「うーん、何も預かってないですね。役に立てなくて申し訳ない」

  僕がそう言うと、そうだよなーと言って頭の後ろで手を組み、車のシートにもたれかかった。
  僕はなんだか少しやるせない気持ちになりながら、外の景色に目をやる。サーキット場の駐車場は広々としており、周囲には森林が広がっていた。時計を見ると時刻は午前6時を過ぎていた。

「あ」

  僕は、間の抜けた声を出してしまった。

「どうした?」

  前に座るラウディさんが車の天井を見つめながら言った。

「ありました。姉さんから預かった物。というか、プレゼントにもらったんですけど。この腕時計です」

  ラウディさんが痙攣するような動きで僕の方を振り向く。そして、運転席のファルさんも同じような動きでこちらを見た。

「いや、でも腕時計ですよ? 何もメッセージとかは書かれていませんよ?」

「ちょっと貸してくれ」

  ラウディさんに言われ、僕は腕時計を外して渡す。デジタルタイプの腕時計で、電波ソーラーなので電池交換もしないで済む、頑丈なタイプだ。

「ファルゼン、精密ドライバーあるか?」

  腕時計を持って凝視していたラウディさんがファルさんに聞いた。

「あるよ。中に何か入ってんのか? 開けるから貸してくれ」

  ファルさんは自分のショルダーバッグから精密ドライバーセットを出し、ラウディさんから受け取る。

「中で何かが外れてるような感触があったんだ」

  ラウディさんは僕を見て、それからファルさんを見た。ファルさんは座席の上で胡座あぐらをかき、その脚の上に時計を置き、慎重にネジを緩めているようだった。

「開いたぞ……おいおい、SDカード入ってるじゃねぇか……」

  と、ファルさんがピンセットでマイクロSDカードを取って見せてくれた。あの時計にそんな物が入っていたなんて。

「おっさん、タブレットで見れるか?」

  ファルさんに言われ、ラウディさんはマイクロSDカードを受け取ると、タブレットに挿入した。そして、そのファイルを開く。

「おいおいおいおい、何だこれは……」

  ラウディさんは固まってしまっている。僕もタブレット画面を覗く。が、本当にこれは何なのだ? 何かのデザイン? 見た事もない形だ。

「これってまさか、あの、映画とかでよく見るやつじゃねぇのか?」

  ファルさんがそう言って、僕もそれに結び付く。いや、だが有り得ない。そんな物が存在する訳が無い。

「間違いない。これは、宇宙ステーションをも凌ぐスペースコロニーだ。しかし、あまりにも巨大すぎる。宇宙要塞と言ってもいい」

  ラウディさんが断言した。

「スペースコロニー? そんな物が実在するんですか?」

  一颯さんが驚きながら顔を突き出す様にして聞いた。僕もにわかに信じ難い。

「今までにも発案されたりはしてきたんだが、そのどれよりもこいつは遥かに大きい。世間には全く好評されていない型だ。現代の科学では到底実現できないはずだぞ? そして、ここにしっかり江飛凱の名前も記されている」

  ラウディさんが示した画面隅の場所を見ると、確かにローマ字で「Oath Ehiguy」という名前が他の名前と並んでいた。この宇宙要塞を作ろうとしているメンバーなのだろうか。

「ちょっと待ってくれ。流石に頭が混乱してきた。江飛凱は宇宙要塞を作ろうとしていて、そのデータをレン姉が入手していたのか? そして、それが江飛凱にとって世間に知られる訳にはいかない秘密って事か?」

  ファルさんが整理してくれた通り、そういう事になってしまうのか。

「あぁ。だが、ゼブルムでの計画である可能性が高いだろうな。いくら奴が金持ちだからと言っても、こんな代物を作れる訳がない。念の為、このデータのバックアップを取っておく」

  そう言ってラウディさんはタブレットを操作する。作業が完了し、マイクロSDを引き抜く。

「どうするこれは? 弟の時計に戻すのが1番安全か?」

「あぁ、それが1番だ。レン姉がそう判断したんだしな。戻すか」

  ファルさんはマイクロSDカードを再び時計に入れ、蓋を閉じる。そして、僕に向かって大切そうに渡す。

「想、ありがとう。やっぱりレン姉を信じててよかった。これはお前が大事に持っててくれ」

「うん。僕もまだよく状況がわかってないけど、姉さんが残した物を無駄にはしない」

  僕は決意を新たに固めた。ファルさんとラウディさんも頷いていた。隣で静かに話を聞いていた一颯さんとドドは唖然としながらも、少しずつ状況を理解しているようだった。

  程なくして1台の車が駐車場にやって来た。ファルさんが待っていた知り合いらしく、車を降りたファルさんは相手の人と話を交わした後こちらに戻ってくる。
  相手の方は施設内の方へと歩いていった。それからすぐに、その方角にあるシャッターが開き、車が出てきた。どうやらあれが次の車のようだ。今乗ってる車より少し大きいクロスカントリータイプの車だ。

「さ、みんな荷物をまとめてくれ」

  ファルさんに言われ、僕らはそそくさと荷物を外に出し、隣に止まった赤い色のクロスカントリー車に運ぶ。

「煉美さんの弟さんなんですよね? 俺、煉美さんのファンだったんですよ!」

  と、ファルさんの知り合いが僕に話しかけてきた。

「あぁ、コイツはここで整備士やってんだ。変わった奴だけど、会う度にいつも世話になってんだ」

  ファルさんが紹介してくれた。姉さんのファンがこんな所にもいたのか。そして、その時ようやく思い出した。ここは姉さんと一緒に来たことがあるサーキット場だった。

「なんだか指名手配とか、大変な事になってますが、諦めないで頑張ってください!」

  明るい性格をした整備士の青年は僕らにそう言ってくれた。

「僕達の事疑ってないんですか? 悪い人だと思わないんですか?」

  僕がそう聞くと、整備士の青年は激しく首と手を振った。

「全然! 俺ああいうニュース嫌いなんで! それに、昔、煉美さんと一緒に弟さんがここに来てた時見てたんですが、あなたはそんな犯罪をするような人じゃないですから。ファルゼン先輩、彼の事守ってくださいね!」

  と、最後はファルさんに向けて言った。先程のサービスエリアでは敵意剥き出しの人間ばかりを見てきたので、こうしてニュースを鵜呑みにせず、僕を応援してくれる人もいるんだという事を知ると、胸が熱くなるし頑張らなきゃと思える。

「ありがとうございます。そんな風に言っていただけるとは思ってませんでした。無実を証明できるようにがんばります」

  そうして僕らは新しい車に乗り込む。整備士の青年は僕らに手を振ってくれたので、僕もそっと手を振った。

「あー、俺は煉美さんがそんな事件に巻き込まれてたのもまだ信じられねーし、あのゼブルムの企みもぶっ飛び過ぎてて信じられねーな」

  走り出した車の中でドドが呟いた。今回は2列目シートにドドとラウディさんが、3列目シートに僕と一颯さんが並んで座っている。

「ミスタードドマルの気持ちもわかる。あまりに一般社会から掛け離れすぎてるからな。しかし、これは紛れもない事実だ。俺達は受け止めなければならない」

  ラウディさんはまた運転席の後ろに座っている。銃に弾を補充しながらドドに答えた。

「でも、あの情報は俺達にとっては最大の武器だ。交渉の切り札にも成り得る。これで少しは活路が見えたんじゃないか?」

  ファルさんは前向きな意見を言ってくれた。その通りだ。姉さんが残してくれた物を大切に使うべきだ。

「ファルゼン、この近くに俺の昔の部下がいる基地があるんだ。そこにも寄ってくれ。武器を補充したい」

  ラウディさんがそう言うとファルさんは気前よく返事をし、その場所を聞いてカーナビに入力していた。

「弖寅衣くん、お姉さんの事つらくないですか? 私にはお話を聞く事くらいしか出来ないですが、なんでも言ってください」

  隣に座る一颯さんは僕を心配してくれたようで、そう声を掛けてくれた。

「ありがとうございます。でも、大丈夫です。僕は僕のやるべき事をします。一颯さんはこうして、いてくれるだけで心強いです」

  彼女の言葉は決して弱味を帯びていなく、むしろ支えてくれる力強さを感じたので、僕は思った事をそのまま口にした。
  僕の言葉を聞いて安心したのか、彼女はそっと僕の手に触れた。

  ラウディさんが言っていた基地にはすぐに着いた。ゲート付近に軍服を来た兵士が立っており、こちらに敬礼していた。

「ラウディ大尉、お久しぶりです。お待ちしておりました。あちらの建物までお願いできますか?」

  そう言って案内された建物へと向かう。中には様々な銃火器が陳列されていた。

「米国から話は既に聞いています。好きなだけお持ちになってください。私共も御一緒したいのですが、立場上それも難しくて」

「わかってる。日本の軍隊と敵対することになり兼ねないからな。それに、今は頼もしい仲間がいる。お前のその気持ちだけでも嬉しい。ありがとう」

  ラウディさんは兵士と言葉を交わしながら武器を選んでいく。数時間前に、「日本を敵に回してでも」と言っていたが、ラウディさんとしてはそれも極力避けたいのかもしれない。江飛凱との交渉を考えている今なら尚更か。

  ラウディさんは見繕みつくろった銃器をケースに入れ、それを車の後部座席の後ろへと積んでいく。

「朝食まだですよね? 隣の部屋に簡単な物ですが食事を用意してあります。どうぞ食べていってください」

  兵士の厚意に甘え、僕らは隣の部屋に招かれ、朝食を頂いた。
  白米、味噌汁、ハムエッグ、漬物というシンプルな定食だったが、温かい味噌汁は今の僕にとって身体の奥底に染み渡るようだった。他の4人も同じだったのか、それまで緊張を帯びていた表情が和らいでいる。

「よし、そんじゃあ西に向けて走るか!」

  朝食を終え、運転席に座ったファルさんが気合いを入れ直すように声を出した。そこへ、先程の兵士が近寄ってくる。

「弖寅衣 煉美さんの弟、想さんですよね? つらい状況かもしれませんが、頑張ってこの戦況を乗り切ってください」

  そう言って僕に敬礼してくれた。僕も慌ててそれに習うように敬礼し、お礼の言葉を述べた。
  僕達を応援してくれている人がここにもいる。また少し気持ちを奮い立たせた。
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