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第五章
シャーロット・ジェム、帰還する
しおりを挟むダイヤノクトの都に着くと、大病院に向かった。かなりの精密検査を受けることになった。
「……」
私はある懸念を抱いていた……診察費、いくらかなと。病院の窓口で、何度も財布の中身を確認していた。
「ああ、心配するな。学園の生徒の特権だ。無料で受けられる」
手続き諸々はある、と。そうだったのですね……!
その後、時間をかけて私は診察されていく。どのお医者さんも答えは同じ――異常なし、とのことだった。良かった……。
待合室で待っていた先生とアルトにも結果を伝えた。彼らが安堵の表情を浮かべたのも束の間。
「だけどな、記憶を失っているのが怖いよな。もう一度診てもらうか?」
「それな、兄貴。ほら、シャーロット。なんなら、俺も付き添うから」
兄弟がぐいぐいと迫ってくる……! 心配の気持ちがあってこそ、とはいえ。
「大丈夫、大丈夫ですから」
かなり徹底的に診られたこともあった。それに、自分でも不思議だった。
私の記憶が故意に消されたとしても、それは。
――決して、悪意があったものではないと。
「……そうか」
「いやいや……『そうか』じゃねえっての。ねえ、シャーロット――」
先に納得したのは先生。それからは、二人がかりでアルトを納得させた。といっても、アルトもわりとすぐに引き下がった。私が本調子ではないからだった。少しでも兆候があったら付き添うと念押しはされた。
アルトとは都で別れた。ギルドの仕事に向かうという。
なんでも『リッカが訪れた地のクエスト』があるとか。そこでリッカに会えたら、写真とか伝言とか預かってくる、と。有難い話だった。
学園に着いた後も、私は先生と共に行動した。手続きと学園への事情説明が必要だったから。
「お疲れ様、シャーロット」
「ありがとうございました、先生」
複雑な手続きと、学園長とのお話。モルゲン先生のお力添えもあってこそだった。
あとは女子寮に戻って、本日はゆっくりと休むこととなった。
「――おかえり、シャーロット! もう、心配かけて!」
女子寮に戻ると、リナさんが飛び出してきた。怒ったような、泣きそうな顔をしていた彼女……。
「もぉー……」
「ごめんなさい、リナさんも……」
私の両手を強く握りしめて、俯くリナさん。ああ、本当に心配かけていたんだ……。
「本当に心配したんだよ! ああ、無事で良かったさ!」
「本当にすみません……ご心配おかけしました」
リナさんと私を囲うように、寮長さんたちもやってきた。さらに。
「シャーロットどのぉぉぉぉ」
女子寮の入口から聞こえるのは……エドワード君の叫び声。半泣きの彼が、そこに留まっていた。ああ、今にも泣きそうな……。
「声でか。ほら、入ってくれば?」
リナさんが手招きをしているのに、エドワード君は一向に入って来ない。
「む……婦人たちの園ぞ。余が軽々しく踏み入れてよいものか」
そわそわしていて、とっても落ち着きがない。不自然に寮内を見ないようにしているものだから、視線までもが落ち着かない。
「「「かわいー!」」」
そこがどうやら女子寮のお姉さん方に刺さったようだった。入って入ってと、エドワード君は促されていった。
「う、うむ……美女たちが良いのであれば。邪魔するぞ」
エドワード君、満更でもない顔をしていた。お姉さん好きだよね……。
「美女、か……」
美女。美女の中の美女のことを思い浮かべる――春の女神の巫女、クラーラさんのことを。
私がしばらく行方不明だったこともあったけど、彼女とは今のループから会っていない。
エドワード君は悩んでいるのだと思う。彼女からの恩赦があったとはいえ、どのように向き合ったらいいかと。
「――失礼いたします。扉が開いておりますが、入ってもよろしいのでしょうか?」
折り目正しい挨拶の声が、玄関の方から。ああ、リヒターさんだ。
「「「リヒター君!? 入って入って!」」」
リヒターさんもそうだった。寮生の皆さんに大歓迎されていた。それでは、と彼は涼しい顔をしながら入ってきた。
「……よろしいのですか?」
リヒターさんの目は、寮長さんに向いていた。あ、そっか……彼女はあまり男子生徒が入ってくるのを歓迎していなかった。エドワード君の時点で止めてなかったよね?
「なにがかな? 遠慮なく入ってくればいいじゃないか」
と、寮長さんは快活に笑っていた。
「……さようでございますか」
リヒターさんも微かに笑った。どこか形式ばったものでもあった。
「――人が変わられたようですね」
私の隣りに立った彼がそう呟いた。そう、そうだよね……私も『うん』と頷いて返した。
「……いえ。今はよいでしょう」
「……え」
私は頷いた顎を戻そうとした、その途中で止まる。いいの?
「ジェム様、ご無事で何よりでございました」
リヒターさんの目元は笑んでいた。それに、声色も優しいもので。
「うん、ありがとう」
私はしんみりしていた。そう、そうだね、私は帰ってきたんだ……。
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