恋愛短編まとめ

よしゆき

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狼族の少女は囚われる 1

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人族と狼族がいがみ合う世界。狼族の少女に執着する人族の青年が、彼女を拐い、閉じ込めてしまう話。
多少の流血、残酷表現有り。

異世界 ヤンデレ 軟禁




───────────────




 人族と狼族が暮らす世界。人は人の作り上げた街で、狼は森の中に村を作った。いがみ合う二つの種族は、決して手を取り合うことなく共存していた。
 彼らがいがみ合うこととなったきっかけは、人族は狼が人を殺したと言い張り、狼族は人が狼を殺したのだと言う。どちらの言い分が正しいのか、それともどちらも間違っているのかはわからない。けれどお互い主張を覆すことなく時は流れ、二つの種族の間には埋まることのない溝ができてしまった。
 人族は森の中に罠を仕掛け、罠にかかった狼族を街へ連れ帰り、弱らせ、死ぬまで奴隷として働かせる。
 狼族は森に迷い込んだ人族を爪で切り裂き、逃げ惑う彼らを散々に甚振って嬲り殺しにする。
 それがこの世界の常識となっていた。

 

 そんな殺伐とした世界に暮らす、狼族の少女であるシロは、同族からも忌み嫌われていた。
 狼族には獣の耳と尻尾が生えているが、その毛色は茶色や灰色だ。色の濃さに個人差はあるものの、それ以外の色はない。
 しかし、シロの毛色だけは違った。彼女の毛色は真っ白だ。
 他の誰とも異なるその色は、同族から気味悪がられた。病気や呪いを疑われ、幼い頃から忌避されていた。外を歩いて見つかれば、石を投げられ追い払われる。誰にも、声をかけることも、近づくことも、目を合わせることも許されない。
 そのせいで、シロの両親も肩身の狭い思いをすることとなる。同族から敬遠される生活は、両親の精神に大きな負担をかけた。殺されることはなかったが、シロはいないものとして扱われた。ある程度成長すると、家を追い出されることはなかったが、一緒に食事をすることも、会話をすることも、同じ家で暮らしながら、顔を合わせることもなくなった。
 シロはまだ誰も起きていない早朝に家を出て、狼族も足を踏み入れない森の奥の奥へと歩いていき、そこで一日の大半を過ごす。木の実を食べて僅かに空腹を満たし、あとはただ、ぼんやりと時間が過ぎるのを待つ。そして誰もが寝入る深夜に、こっそりと家に帰るのだ。使い古した毛布にくるまり、二、三時間の睡眠をとる。そうしてまた、誰とも顔を合わせないように早朝に家を出る。
 それが、シロの一日の過ごし方だった。もう何年も、そんな毎日を送っていた。



 その日も、シロは誰もいない森の奥にいた。なにをするわけでもなく、木に凭れ、膝を抱えて座っていた。
 ぼんやりと目に映る景色を見るともなしに見ていると、頭に生えた狼の耳が微かな悲鳴を拾った。ピクピクと動いた獣耳が、声の聞こえた方に傾く。
 シロは立ち上がり、周りを警戒しながら歩き出した。大きな音を立てないよう、慎重に、でも早足で森の中を進む。
 やがて血の匂いが鼻を掠めた。そして言い争う声がはっきりと聞こえてくる。森の中に響く、悲鳴と罵声。
 木々の向こうに見える人影は、人族と狼族のものだ。武器を持った人族が狼族に襲いかかり、狼族が爪と牙でそれに応戦している。
 狼狩りだ。狼族が人の街に降りることはないが、人族はこうして定期的に、武器を持って森にやってくる。そして目についた狼族に武器を向ける。
 人族は昼間の明るい内にやって来て、日が落ちきる前に帰っていく。暗くなれば、夜目が利く狼族が圧倒的に優勢だからだ。
 狼族の身体能力は高く、生身では人族は敵わない。武器を持っても、狼族の反撃に無傷では済まない。
 それでもこうして狼狩りを繰り返すのは、狼族を全滅させ、森を自分達のものにしたいからだ。だから犠牲が出るとわかっていても、狼狩りをやめようとしない。終わったあとは、双方に多数の怪我人と死者が出る。
 シロはいつも、森の奥に隠れて時が過ぎるのを待った。毎日満足な食事をしていないシロは、筋力も衰え、身体能力は人族にさえ劣る。戦う力を持たない彼女が人間に遭遇すれば、あっという間に殺されてしまうだろう。
 だからシロは、人族に気づかれないよう来た道を戻った。誰にも見つからない、森の奥へと逃げ帰る。
 必死に走っていると、二人分の足音が聞こえてきた。匂いで、相手が人族だとわかる。

「おい、向こうに一匹いるぞ!」

 木々の間からシロの姿を見つけた男が、声を張り上げる。
 びくりと震えながらもシロは足を止めなかった。しかしシロは、とにかく体力がない。健康な狼族であればもっと速くもっと長く走りつづけられるが、シロはそうはいかない。懸命に足を動かすが、すぐに追いつかれてしまう。

「待てよ!!」

 後ろから腕を掴まれ、ガクリと膝が折れた。
 体力も限界で、一度捕まってしまえば、シロはもう逃げられない。今までは森の奥深くに隠れていたので、運良く見つからずに済んでいた。本来ならば体力のないシロなど、とっくに人族に殺されていてもおかしくなかったのだ。
 遂に殺されてしまうのだと思った。
 楽しいことなどなにもなかった。同族からも迫害され、辛い毎日を送っていた。生きていても、幸せになどなれない。それでも、死にたいと思ったことはなかった。
 死ぬのは、怖い。
 ここで殺されなかったとしても、捕まれば、奴隷として酷い扱いを受けることになる。体力のないシロの命など、あっさりと尽きてしまうだろう。
 恐怖に震えるシロの体を、男が蹴り飛ばした。呻き声を上げ、シロは地面に倒れる。
 倒れたシロの足を、男は骨が軋むほど強く踏みつける。痛みに、短く悲鳴を上げた。
 二人の若い男が、ナイフを手にシロを見下ろしていた。

「なんだコイツ、白いぞ?」
「はじめて見るな」

 男達はシロの毛色を見て驚いたようだ。じろじろと、シロの全身に視線を這わせる。

「珍しいし、ここで殺すより連れて帰った方がいいか」
「めんどくせぇ。でも、金持ちに高く売れそうだな」
「耳と尻尾だけ切り落とすか? それだけでも売れるだろ」
「それでもいいかもな」

 男達の不穏な会話を、シロは絶望的な気持ちで聞いていた。
 逃げたくても、体が震えて動かない。足も踏みつけられたままだ。体力的にも、逃げきることなど不可能だ。
 ガチガチと歯が鳴る。
 せめて苦しまずに殺してほしいが、それは叶わないだろう。
 死が間近に迫っても、シロには助けを求められる存在もいない。両親とすら、もうずっと顔を合わせていないのだ。
 誰かの顔を思い出すことも、誰かの言葉を思い出すこともない。
 シロには、なにもない。
 死に直面し、改めてそれを思い知った。
 死ぬのは怖い。でも、シロに生きている意味などない。
 その事実が、シロの心を真っ黒く塗り潰す。
 ポタリと、頬に水滴が落ちた。
 シロは一瞬、自分が泣いているのかと思った。けれどすぐに違うと気づく。水滴は次から次へと落ちてくる。それは顔だけでなく、シロの全身を濡らした。

「チッ、雨かよ!」
「くそっ。とっとと殺して帰るぞ」

 雨はすぐに勢いを増していく。止みそうな気配はなく、狼狩りは続行不能だろう。
 かといってもちろん、目の前にいる無抵抗な獲物を生かしておくはずもない。

「あーあ。せっかく見つけた獲物だから、めっちゃ時間かけて殺してやろうと思ってたのに」
「しょーがない。とりあえず生きたまま耳と尻尾を切り落として、あとは手短に済まそうぜ」

 男達はナイフを持ち直す。
 雨足はどんどん強くなっていく。
 だから聴覚の優れたシロでさえ、近づく足音に気づかなかった。
 一人がシロの体を押さえつけ、もう一人がナイフを向ける。
 そのとき、ナイフを持った男の首が落ちた。
 鮮血が吹き出す。大量の血が、雨に混ざって降り注いだ。
 シロも、シロの体を押さえつけていた男も、呆然とした表情で首のなくなった男の体を見ていた。
 シロよりも先に、男が正気を取り戻す。

「は? おい、なんだこれ……」

 呟きながら、死体から目を離して顔を上げる。
 そこには、人族の青年が立っていた。彼は片手に血のついた斧を持ち、血飛沫を浴びて汚れていた。
 彼が男の首を切り落としたのは疑いようもない。けれど理由がわからない。彼は人族で、なぜ同族の男を殺す必要があったのだろうか。

「てめぇ、どういうつもりだっ!!」

 声を張り上げる男を、彼は無表情に見下ろしていた。
 そしてなんの躊躇もなく、斧で男の首を刎ねた。再び血が飛び散る。
 シロは恐怖で声を上げることもできず、その光景を目に映していた。
 呼吸が乱れ、体の震えが止まらない。
 見たくもないのに、血塗れの死体から目が離せない。
 恐らく、次は自分の番だ。彼がどうして、同族を二人も殺したのかはわからない。躊躇いもせず、まるで物を切るかのように、全くの無感情で彼はそれをやってのけた。
 狼族であるシロは、もっと残酷な方法で殺されるのかもしれない。
 男二人に殺されるのと、男二人をあっさりと殺してのけた彼に殺されるのと、どちらがましなのか、シロにはわからない。
 彼が一歩、シロに近づく。
 びくりと肩を震わせ、恐る恐る彼に視線を向けた。
 黒い髪に黒い瞳の、とても綺麗な顔立ちの青年だった。彼は不快な物を見るような目で、死体を見下ろしていた。顔が整っているだけに、その表情はゾッとするほど恐ろしい。
 彼はどのように自分を殺すのだろう。考えると震えが止まらない。
 彼の視線が、こちらに向けられた。
 目が合い、シロは息を呑んだ。
 シロの姿を目に映した瞬間、彼の表情が緩んだ。蕩けるような微笑みが、その美しい顔に浮かぶ。
 シロは混乱する。
 どうして、そんな笑顔を向けるのかわからない。まるで最愛の人に向けるような笑顔で、シロを見ている。
 彼は斧を投げ捨て、こちらに近づいてくる。そしてシロの傍らに膝をついた。
 うっとりとした表情で、彼は手を伸ばしてくる。混乱していたシロは、避けることもできなかった。彼の掌が、頬を撫でる。
 ああ……と、彼の口から感嘆の溜め息が漏れた。

「やっと触れられた……」

 彼の囁きの意味がわからない。
 抵抗もできないシロの頬を、彼は愛おしげに何度も撫でる。
 自分の身になにが起きているのか、今がどういう状況なのか、全くわからない。
 ついていけないシロを置き去りに、彼は話しつづける。

「ずっとずっとずっと、この日を待ってたんだ。漸く君を迎えに来れた。ねぇ、名前を教えて。僕はエルノ。エルノって呼んでみて。君に名前を呼ばれたい」
「あ……」
「ねぇ、お願い、僕の名前を呼んで」
「エル、ノ……」

 掠れた声で名前を呼ぶ。恐怖に突き動かされて口が動いただけだった。逆らったら、酷い目に遭わされるかもしれない。手から離れてはいるが、武器はまだすぐ近くにある。いつ彼が斧を振るうのかと思うと恐ろしくて、素直に従うしかなかった。
 名前を口にすると、彼は嬉しそうに目を細めた。

「ありがとう。すごく嬉しい。これから毎日、何度も僕の名前を呼んでね」

 これから毎日? どういうことだろうか。シロを街に連れて帰り、奴隷にするつもりなのか。
 奴隷にされるくらいなら、いっそここで殺されたほうがよかったのに。暴力に怯える日々が死ぬまでつづくことになるのだから。
 絶望しかない未来を想像し、シロはぶるりと震えた。
 その震えを、エルノは勘違いしたようだ。

「ごめんね、こんなところでじっとしてたら寒いよね」

 季節は夏だ。雨は止まず、既に全身びしょ濡れだが、特に寒さは感じていない。
 エルノはシロが怯えているとは思っていないのだろうか。目の前で二人も殺しておいて。
 
「ね、君の名前は? 名前を教えて」
「…………シロ」

 正直、それを名前と言っていいのかは疑問だった。毛色が白いから、蔑みの意味でそう呼ばれていただけなのだ。「それ」とか「あれ」とかと同じことだ。
 もしかしたら両親は、シロに正式な名前を付けていたかもしれない。けれどシロは、それを知らない。だから「シロ」としか名乗れなかった。
 
「シロ? シロっていうんだね。それが君の名前なんだ」

 エルノは嬉しそうにシロの名前を繰り返す。
 
「こうして触れることができて、君に名前を呼んでもらえて、君の名前を呼ぶことができて、本当に幸せだ」

 彼の言っていることが、ほぼ全て理解できない。

「そう。今日は大切な大切な記念日になるはずだったんだ。なのに、こいつらのせいで台無しだよ」

 甘ったるい声音から一転、吐き捨てるようにエルノは言う。視線は、転がる死体に向けられていた。全く温度の感じられない、冷たい視線。

「本当に最悪だ。こんな奴らがシロを目に映したんだと思うと吐き気がする。殺す前に目をえぐり出してやればよかった」
「っ……」

 恐ろしい独り言に、シロはただ怯えた。
 間違いなく自分は殺される。そしてきっと、楽な殺され方はしないのだろう。
 できることなら今すぐ死んでしまいたかった。もし今シロの手に毒があれば、迷わず飲み干していた。
 エルノの視線が再びこちらに向けられ、ビクッと肩が跳ねた。

「ごめんね、汚い血で汚しちゃって。早く帰って綺麗に洗おうね」

 にっこり笑って、エルノはシロを抱き上げた。
 やはり、連れて帰るつもりなのか。わかってはいたが受け入れ難く、シロは項垂れた。
 
「大丈夫? 寒い? ごめんね、僕達の家、ここから結構離れてるんだ。人にも狼にも見つかりたくないから、誰も足を踏み入れない場所に家を建てたんだ」

 やはり、彼の言っていることは理解できない。
 僕達の家? 人にも狼にも見つかりたくない? 狼に見つかりたくないというのはわかるが、どうして人にも見つかってはいけないのか。家を建てたというのはどういうことなのか。
 わからないけれど、問いかける勇気もなかった。余計なことを口にして、なにが彼の機嫌を損ねるかわからない。
 斧と死体を置き去りに、エルノは歩きだした。
 家は離れていると言っていたのに、シロを抱えたまま移動するのだろうか。逃げ出さないように? でも普通はこんなに丁寧には運ばない。物のように肩に担いだり、鎖を腕や脚に巻きつけ引きずって移動するのに。
 思えば、こんな風に誰かに触れられるのは随分久しぶりだ。もうずっと、誰とも関わることはなかったのだ。声をかけられることも、目を合わせることも。ましてやこんなに密着することなどなかった。
 落ち着かない。自分で歩きたかったが、やはり怖くて言い出せなかった。
 身動ぐこともできず、シロはじっと体を固くしていた。自分で歩いていないのに、酷く疲れる。緊張状態がずっとつづいているので、精神的にも辛かった。 
 いっそ気絶してしまえたら。でも、意識を失っている間になにをされるかわからないのは怖い。
 シロは胸元で握った手に、ぎゅっと力を込めた。

「ごめん、疲れるよね。眠たかったら寝てもいいからね。でも、こんなに雨が降ってたら眠れないか。ごめんね、家に着くまで我慢して」

 シロはぎこちなく頷いた。
 彼の声音や、かけられる言葉は、どこまでも優しい。
 けれどシロはちっとも安心することはできなかった。




 
 どれくらいの時間歩きつづけたのか。一時間か、それ以上かもしれない。
 やがて森の奥に、隠れるようにポツンと建つ一軒家が見えた。

「あれが僕達の家だよ」

 どうやらあれが彼の家のようだ。確かに人にも狼にも見つかりそうもない、辺鄙な場所に建っている。
 結局、彼はずっとシロを抱いていた。まともな食事をしていないせいで体重は軽いが、それでも長時間腕に抱えつづけるのは相当な負担だったはずだ。
 けれど彼は全く疲れを見せず、終始ニコニコとシロに話しかけてきた。なぜ狼族である自分に、こうも親しげに接するのか。理由がわからず、ただひたすらに不気味だった。
 エルノはシロを抱えたまま、家の中に入る。

「まずはお風呂に行こうね。僕が洗ってあげるよ」
「え!?」
「大丈夫、その汚い血を全部洗い流して、隅々まで綺麗にしてあげるからね」

 全然大丈夫ではない。でも嫌だと言えば、暴力を振るわれるかもしれない。逆らうことはできず、シロはおとなしく浴室に連れて行かれた。
 漸く腕から下ろされ、そのまま裸に剥かれた。エルノは服を着たまま、濡れるのも構わずシャワーでシロの体の血を流す。

「あいつらの汚い血が、シロの肌を汚すなんて許せない。シロから引き離してから殺せばよかった」

 洗い流しながら、苛々と呟きを漏らす。
 こんな風に、彼は急に機嫌を悪くする。その怒りがいつ自分に向けられるのかと思うと、シロは気が気ではない。
 痩せ細った裸を見られる羞恥よりも恐怖が強くて、体を隠す余裕はなかった。
 血を流し終え、エルノは手で石鹸を泡立てる。

「じゃあ洗っていくからじっとしてて。もし痛いところがあったら教えてね」
「ひゃあ!?」

 掌の泡で体を撫でられ、シロの口から悲鳴が上がる。
 ふふ、とエルノは笑みを零した。

「くすぐったかった?」
「ご、ごめんなさい……」

 大きな声を上げてしまい、シロは手で口を塞ごうとした。
 それをエルノが止める。

「我慢する必要はないよ。シロの声ならいくらでも聞きたいから、いっぱい聞かせて」
「う……」
 
 なんと答えていいのかわからず、シロは口ごもる。
 そんなシロの様子を面白そうに見つめ、エルノは再び手を動かした。
 宣言通り、本当に隅々まで丁寧に洗われる。
 触れ合いに慣れていないシロには刺激が強く、どうしても声が漏れてしまう。直接肌に触れられるなんて、もうずっとなかったのだ。自分以外の掌が肌を這い回る感触は、シロの恐怖心を煽った。

「ここも綺麗にしないとね」
 
 そう言ってエルノは脚の間に手を伸ばす。
 シロは体を硬直させた。
 そんな箇所まで触れてくると思っていなかった。排泄する器官なのだ。ましてやシロは狼族で、恐らく奴隷として扱うつもりで連れ帰ったのだ。それなのに、奴隷のそんな場所に触れるなんて。

「そ、そこは、汚い、から……っ」
「汚くないよ。それに、シロの体ならどれだけ汚れてても構わないよ」

 躊躇いもせず、エルノは秘められた箇所に指を這わせる。
 痺れるような刺激が走り、体が跳ねた。

「あぁっ……!」
「可愛い声。ここ、誰にも触られたことないよね? 僕がはじめて触ったんだよね?」
「あぅっ……んん……」
「シロ、答えて?」
「ん、ん……触られるの、はじめて……」

 秘所を撫で回す指に翻弄されながら、こくこくと頷く。
 当然だ。誰一人、シロに近づこうとする者などいなかったのだから。

「よかった。嬉しい。僕だけなんだね」

 妖しく微笑んで、エルノはスルリと指を滑らせた。
 指がある箇所に触れた途端、強烈な刺激が体を走り抜けた。

「ひゃうぅ……!!」

 目を見開き、シロは嬌声を上げた。
 ガクガクと体が震え、思わずエルノにしがみつく。
 なにが起きたのかわからない。

「な、に……なに……今……」
「気持ちよかった?」

 シロの反応に、エルノは嬉しそうに相好を崩す。そしてまた、そこを指で撫でた。
 指の動きに合わせ、喘ぎ声が漏れるのを抑えられない。

「ひぁっ、なに、なんでっ、あっ、やぅ……っ」

 陰核の存在など知らないシロは、未知の感覚に戦いた。自分の身になにが起きているのかわからず、声を上げつづけることしかできない。

「可愛い、シロ。体を震わせて、一生懸命僕にしがみついて、いっぱい可愛い声を上げて、顔も真っ赤で……本当に可愛い」

 エルノは熱い吐息を漏らす。
 彼の言葉は耳に届いていなかった。ただただ、与えられる刺激に身悶える。
 こちらの怯えに気づいているのかいないのか、エルノは容赦なく確実にシロを追い詰めていく。
 くりゅ、と一際強く押し潰された瞬間、意図せず、シロの股間から温かい液体が放出した。

「あぁっ、あ……」

 一度出してしまえば止めることができず、チョロチョロと太股を伝い流れていく。そして当然、そこに触れていたエルノの手にもかかっていた。
 尿を漏らし、彼の手を汚してしまっている。
 シロは愕然とした。

「ごめ、なさ……ごめんなさい……っ」

 殴られると思った。彼の怒りを買ったに違いない。こんなことをされて、憤慨しないわけがない。
 振るわれるであろう暴力に怯え、シロは戦慄した。ポロポロと涙を零し、謝罪の言葉を繰り返す。
 しかし彼は、放尿しているにもかかわらず、シロの股間から手を離さなかった。

「ふふっ、可愛いね、シロ。お漏らししちゃった」
「っごめんなさ……」
「嬉しいな。僕の手でシロがおしっこしてくれるなんて」

 うっとりとした呟きがシロの耳を擽る。エルノは恍惚とした表情で、尿を垂れ流すシロを見ていた。
 この状況でどうしてそんな顔をするのかわからず、恐怖が増す。殴られるよりも怖かった。
 ご機嫌な様子で、エルノは再びシロの体を洗い流す。体を洗い終わったあとは、頭と耳と尻尾も洗われた。丁寧に、優しく、決してシロが痛みを感じることのないように。
 シロはひたすらじっとしていた。身体中を触られるのはとても居心地が悪かった。
 全身を洗い終え、浴室を出る。シロの体はふかふかのタオルに包まれた。

「ごめん、ちょっとそのまま待っててね」

 エルノは手早く服を脱ぎ、浴室に戻った。すぐにシャワーの音が聞こえてくる。今度はエルノが体を洗っているようだ。
 その間、シロは一歩も動けなかった。自分で行動することができなくなってしまったかのように、エルノの言いなりになっていた。
 それほど待つことはなく、エルノはすぐに出てきた。

「待たせてごめんね」

 柔らかなタオルで、シロの体を拭いてくれる。頭と頭部に生える耳も、タオルの上からマッサージするように優しい手つきで水分を吸い取る。尻尾も同じように、時間をかけてタオルで乾かす。
 濡れたタオルはカゴに入れ、新しいタオルでシロの体を包み込んだ。
 それが済んでから、エルノは自分の体を拭きはじめる。シロを拭いていたよりもずっと乱暴な手つきで、簡単に全身をタオルで擦っていた。
 服を身につけ、シロに手を伸ばす。抱き上げたシロを連れ、歩き出す。
 シロは怪我をしているわけではない。自分の足で歩けるのだが、どうしていちいち抱き上げるのだろう。
 口に出せない疑問が募っていく。
 エルノはシロをベッドの上にそっと下ろした。
 体を隠すものがタオル一枚なのが心許ない。服を着たいが、もしかしたらこれからずっと裸で生活することを強いられるのかもしれない。
 エルノの手がシロの肌に触れる。感触を確かめるように、肌の上を指が辿る。
 擽ったいような感覚に、シロは体を震わせた。
 なにをされるのだろうか。
 エルノがなにを考えているのかわからない。それに比べ、シロを殺そうとしたあの二人組の男はずっとわかりやすかった。なにをされるかわからないという状況は、彼らに襲われていたときよりも恐ろしく感じる。
 肌を撫でていたエルノの指が、右の足首の辺りで止まる。見ると、彼はそこに残る醜い傷痕に触れていた。

「傷痕、残っちゃったね。痛かったよね」
「え……」
「許せないのに、でも嬉しくもあるんだ。これはシロと僕の思い出だから」
「あ……」

 顔を寄せたエルノは、傷痕を舌でなぞる。
 ぬるりとした感覚に肩を竦ませながら、シロはその傷ができたときのことを思い出していた。
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