恋愛短編まとめ

よしゆき

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目が合っただけなのに 2

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 暴力、流血表現あります。



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 夜、食事も入浴も済ませ、美織は部屋でまったりしていた。すると、母が不安げな様子でやってきた。

愛美まなみが帰ってこないの。何回も電話してるのに出ないし、なんの連絡もないのよ」

 愛美は美織の一つ下の妹だ。
 遊びたい盛りで、休日前は夜遅くまで帰ってこない。だが、母にちゃんと連絡は入れる。遊び歩いていても、いつもはちゃんと電話には出る。なんの連絡もないのはおかしかった。

「私、ちょっと駅の方に捜しに行ってみるね」

 心配になり、いてもたってもいられず、美織は部屋着のまま家を飛び出した。
 いつも愛美が遊んでいる駅の方へ向かいながら、美織も彼女に電話をかけてみる。ちゃんと通じるので電源は入っているようだが、やはり出ない。
 胸騒ぎがして、美織は急いで駅へ向かう。
 その途中、電話がかかってきた。画面には愛美の名前が表示されている。
 美織はほっとして足を止め、電話に出た。

「愛美? どうしたの? お母さんが心配してるから、連絡してあげて」
『…………お姉ちゃん……』

 聞こえてきた愛美の声は緊張したように掠れていた。
 なにかあったのだ。
 美織はすぐにそれを察し、心を落ち着けるために深く息を吐く。

「……なにがあったの?」
『あの、ね……友達と遊んでたら、声、かけられて……それでね、ついていって……』

 愛美はよくナンパされるのだ。化粧をして、制服から露出の多い私服に着替え、友達と一緒に歩いていると、しょっちゅう男に声をかけられる。そして誘われれば断らないことが多い。ついていけば、タダで美味しいものを食べられたり、高い物を買ってもらえる。それに味をしめた愛美は、母や美織がなにを言ってもやめようとしなかった。
 恐らく、変な男に捕まって帰れなくなったのだ。

「今、どこにいるの?」
『……繁華街の、クラブ』

 愛美は当然未成年だ。だが、化粧をして制服を脱げば、年齢よりも上に見られる。だからそんな場所に連れていかれてしまったのだろうか。

「今から行くから、場所教えて」

 愛美から住所と店の名前を聞き出す。
 どういう状況かはわからない。でも、愛美を助け出さなければ。
 美織は場所を調べ、すぐにその店へ向かった。





 クラブなんて来たことなどもちろんなかった。確実に部屋着で訪れるような場所ではなかったが、今はそれどころではない。
 緊張に顔を強張らせながらも、美織は迷うことなく店内に足を踏み入れた。
 大音量の音楽。
 思い思いに楽しむ人々。
 興奮に包まれた店内の雰囲気に呑まれそうだ。
 軽い目眩を感じながら、美織は妹の姿を捜した。
 踊っている人の中にはいないだろうと判断し、視線を巡らせれば、カウンター席に彼女の後ろ姿を見つけた。隣には愛美の友達もいる。
 美織は急いで駆け寄った。

「愛美っ」
「っ……お姉ちゃん……!」

 振り返った愛美の瞳は潤んでいた。縋るように、美織に手を伸ばす。
 美織はしっかりとその手を握った。

「へえ、君が愛美チャンのオネーチャン?」

 愛美の隣に座っていた男が、美織を見てニヤニヤと笑う。髪を染め、耳はピアスだらけの派手な男だった。

「カワイーじゃん。名前教えてよ」

 愛美の友達の隣に座っていた男も声をかけてくる。こちらも似たり寄ったりの容貌の男だった。
 顔は整っていて、いかにもモテて遊び慣れているような雰囲気の二人だ。

「美織、です……」
「美織チャンか、名前もカワイーね」
「あの、この子達、連れて帰っていいですか?」

 美織は愛美と友達の手を掴んで椅子から下ろした。
 とにかく、この二人だけは無事に帰さなくては。
 美織は決意し、二人を背後に下がらせ男と対峙する。

「えー、なんで? もっとあそぼーよ」
「そーそー。たっかい酒奢ってあげたんだから、その分楽しませてもらわないと」

 カウンターには、グラスが二つ置かれていた。恐らく口はつけられていない。遊び歩いている愛美だが、飲酒はしないのだ。

「この子達、まだ未成年で……」
「えー、二人ともそんなこと言ってなかったけど?」
「俺ら聞いてないよ?」

 ニヤニヤと笑う二人を、美織はまっすぐに見つめ返す。
 怯んではいけない。美織が怖がれば、愛美と友達を不安にさせてしまう。

「お願いします、二人は帰してあげてください。私が残りますから」
「っお姉ちゃん……!」

 震える声を上げる愛美の手を強く握る。
 二人の男は笑みを深めた。

「へえ、美織チャンが俺らの相手してくれんの?」
「一人で? せっかく姉妹揃ったんだし、どうせなら美織チャンと愛美チャン二人と遊びたいなー」
「その方が楽しめるよな」
「お願いします、愛美は未成年で、母親が心配してるんです。これ以上遅くなるのは……」

 美織も未成年なのは同じだけれど、そこは伏せておいた。

「んー、そんなに言うなら美織チャンだけでいっかー」
「美織チャンカワイーし、充分楽しめそうだしね」

 二人の言葉に、美織はほっと胸を撫で下ろした。
 そして愛美の方へ顔を向ける。

「愛美は友達と一緒に帰って」
「で、でも、お姉ちゃん……」

 愛美と友達は不安げに美織を見つめる。彼女達の瞳には涙が滲んでいた。

「私は大丈夫だから、早く帰ってお母さんを安心させてあげて」
「……お姉ちゃんは?」
「大丈夫。私もすぐに帰るから。なにも心配ないよ」

 小声で囁き、安心させるように微笑んだ。

「行って、早く。あの人達の気が変わる前に」

 握っていた手を離し、二人の背中を強く押した。

「じゃあねー、二人とも」
「優しいオネーチャンでよかったね」

 二人の男はヒラヒラと手を振る。
 愛美と友達はひどく躊躇っていたが、やがて背を向け店を出ていった。
 彼女達の姿が見えなくなり、美織はそっと息を吐く。
 これで目的は果たせた。
 大丈夫だと二人には言ったが、別になにか考えがあるわけではない。
 今すぐ走り出せば逃げられるだろうか。でも追いかけてくるかもしれない。男の足で本気で追いかけられれば、今出ていったばかりの愛美達もまた捕まるかもしれない。軽率な行動は控えるべきだ。せっかく愛美達をこの場から移動させられたのだから。
 美織は男達の方へ向き直る。

「私は、どうすればいいですか?」
「俺達と楽しもうよ」
「ここじゃゆっくりできないから、向こうでね」

 二人の男に挟まれ、店の奥の個室へと連れていかれた。
 広くもない部屋に、ソファとテーブルが置かれている。
 美織はソファの真ん中に、男はその両隣に座った。

「美織チャン、なんか飲む?」
「いえ、大丈夫です……」

 距離が近い。男の腕が腰に回される。
 ぞわりと鳥肌が立った。恐怖と嫌悪感に震えが走る。
 瞬間、礼一とはじめて対峙したときのことを思い出した。
 あのときも、怖くて怖くて仕方がなかった。怖くて、でも逃げることはできなくて。
 好き勝手に体を触られて。
 なにも知らなかった美織に、痛みを与えられた方がはるかにマシと思えるような暴力的な快楽を教え込んで。
 逆らうことなど許されず、心も体も支配された。
 体を作り替えられてしまったような気分だった。
 礼一が飽きれば捨てられる。
 美織への興味が薄れるまでの、そんな薄っぺらい関係は、数ヶ月経った今も続いている。
 もう何度彼に抱かれたのか、数えるのも恐ろしいほどだ。
 それでも、一応常識の範囲内での付き合いで済んでいる。と思う。学校にはちゃんと通えている。授業中に呼び出されることはない。週末彼の家やホテルに泊まることはあるが、平日はちゃんと家に帰してもらえる。何日も連泊させられることもない。美織の生活は最低限きちんと守られていた。
 ただ、セックスの回数は異常に多いけれど。

「美織チャンてば考え事~?」

 顔を覗き込まれ、意識を現実に引き戻される。

「えー、ひどくない? これから俺らと仲良くするのに」
「やっぱ美織チャン一人に俺らの相手は難しいのかな~?」
「す、すみません……っ」

 美織は蒼白になり、謝った。
 しっかりしなくては。今は、この状況をどう乗りきるか、それだけを考えなければ。

「その、こういうお店、慣れていなくて、緊張して……っ」
「なるほどね~」
「だーいじょうぶ、リラックスして」

 男の手が美織の背中を撫でる。その怪しい手付きにぞわぞわと鳥肌が立つ。
 突き飛ばしてしまいたい。今すぐここから逃げ出したい。
 男達の下卑た笑みに不快感が込み上げる。

「楽しまないと、もったいないよー」
「そーそー。お兄さん達がたーっぷり可愛がってあげるからね~」

 太股を撫で回される感触に、ビクッと体が跳ねた。際どい部分を男の指が辿り、嫌悪に肩が震える。
 気持ち悪くて堪らない。抑えていなければ叫び出してしまいそうだった。

「美織チャン、肌すべすべだね~」

 顔を近づけた男に、首筋をぺろりと舐められる。
 その瞬間、美織は耐えきれずに悲鳴を上げた。

「いやぁ……!!」

 彼らへの嫌悪感が一気に膨れ上がる。
 ニヤニヤ嗤う顔も、声も、触れる感触も、なにもかもが気持ち悪い。
 礼一に対してこんな風に思うことはなかった。脅されて犯されたようなものだったけれど、とにかく怖いだけで、気持ち悪いとは感じなかった。
 けれど今、美織はこれ以上ないほどの嫌悪を感じていた。
 青ざめる美織を見て、二人は悪辣に嗤う。
 美織が悲鳴を上げ、抵抗する素振りを見せれば、彼らはより一層興奮していった。
 美織の腕を掴み、力で押さえつける。その行為を楽しんでいた。

「なー、お前クスリ持ってたよな」
「おー」

 聞こえてきた不穏なセリフに、びくんっと肩が竦む。
 恐怖に体が震えた。じわりと涙が滲む。
 でも、ここにいるのが愛美ではなく自分でよかった。彼女達だけでも助けられてよかった。
 現状に怯えながらも、美織はそう思った。
 自分のことは完全に諦めていたそのとき、激しい音を立ててドアが開いた。
 美織と二人の男は一斉に顔を向ける。
 そこには、凶悪な顔で微笑む礼一が立っていた。眼鏡の奧の瞳は決して笑っていない。 
 瞬時に彼の怒りを察し、美織は蒼白になる。
 ここにいるのを知られていることは不思議ではない。美織の居場所はGPSで彼に把握されている。四六時中どこにいるか監視されているわけではないだろう。恐らくたまたまこの時間に確認して、美織がここにいることを知り、やって来たのだ。
 突然現れたスーツ姿の男に、二人の男は一瞬鼻白む。

「え、なんだよテメー」
「ここは今俺らが使ってるからとっとと出てけよ」
「そーそー、今お楽しみの真っ最中だからさ」
「見りゃわかんだろ、邪魔すんな」

 礼一は笑みを深め、つかつかとこちらに近寄ってきた。
 笑っていない笑顔で美織を見下ろす。

「へー、お楽しみ中だったんだ、美織ちゃん?」

 一見穏やかだけれど、その声音には確かな憤りが滲んでいる。
 美織は更に顔を青ざめながら首を横に振った。
 美織と礼一のやり取りに、男達は驚く。

「え、美織チャンこいつ知ってんの?」
「知り合い?」

 美織が答える前に礼一が口を開いた。そうでなくても、恐怖に竦んでいた美織には答えられなかっただろうが。

「俺、美織ちゃんの彼氏なんだよね」
「カレシ?」
「マジで?」

 男達の疑問符に、美織は小さく頷くことで応えた。
 礼一はにんまりと微笑む。

「その子、俺の大切な彼女だから離してくれる?」
「知るかよ。今は俺らと楽しんでんの」
「カレシだかなんだか知らねーけど、さっさと一人で帰れよ」
「心配しなくても、たっぷり可愛がってやるからさ」
「なんなら撮影して送ってやろうか?」

 礼一を挑発するような二人の嘲笑が部屋に響く。
 そんな二人を笑顔で見下ろす礼一。
 美織だけが笑えなかった。完全に血の気が引いて、ただ成り行きを傍観することしかできない。
 男達につられるように、礼一は朗らかな笑い声を漏らした。
 礼一の様子に、二人は僅かに眉を顰める。

「なに笑っ……ぐあっ……!?」

 なんの前触れもなく、礼一の爪先が一人の男の顎を蹴り上げた。血が飛び散る。
 美織も、もう一人の男も、唖然として仰け反る男を見ていた。
 礼一だけが、まだ笑顔を浮かべていた。

「離せって言ったの、聞こえなかった?」

 口と鼻からだらだらと血を流しながら、男は礼一を睨み付ける。

「て、めぇ……っ」

 呻く男の顔面に、礼一は容赦なく膝をめり込ませた。動きが速すぎて、当人も、もう一人の男も、止めることもできなかった。
 顔中を真っ赤に染めて、男は気絶した。
 礼一は感情のない顔でその男を一瞥し、それからもう一人の男へと視線を向ける。

「俺さぁ、自分のものを他のやつに触られんの許せないんだよね」

 笑顔を消し、無表情の礼一は冷ややかな声で言った。

「ヒッ……」

 男の口からひきつった悲鳴が漏れる。彼は漸く、礼一の危険性に気づいたようだ。青ざめ、虚勢を張る余裕もない。

「わ、悪かった! もうこの女には手ぇ出さねーからっ」
「『この女』ぁ? 人の可愛い彼女に随分な言い方だなぁ。あ?」
「ひぃっ」

 礼一は男の胸ぐらを掴み、ソファの下に投げ捨てた。そして無様に倒れた男の股間を、躊躇なくガツンッと踏み潰す。
 耳をつんざくような悲鳴が部屋中に響き渡った。
 美織は肩を竦め、身を縮める。

「うるせぇな」

 礼一は不愉快そうに顔を顰め、吐き捨てるように言った。

「人のもんに手ぇ出そうとしたんだ、当然の報いだろ」

 男は泡を吹き、白目を剥いて気絶した。
 礼一は忌々しそうに舌打ちする。

「この程度で伸びてんじゃねーよ」

 ガッと男を蹴りつけてから、礼一はドアの方に向かって声をかけた。

「おい、恭司」
「はい」

 一人の男が部屋に入ってくる。
「恭司」という名前は聞いたことがあった。今、部屋に入ってきたこの男性が、友達の杏奈の恋人なのだろう。

「こいつら回収しといて」
「わかりました」
「それじゃあ、美織ちゃん」

 声をかけられ、びくりと体が竦み上がる。
 顔を向ければ、にこりと微笑む礼一と目が合った。一見穏やかな笑みを浮かべてはいるが、彼がまだ強い憤りを抱いていることは瞳を見ればわかった。

「とりあえず、俺の家に行こうか」
「はい…………」

 美織に拒否権など最初から用意されていない。
 礼一に腕を引かれるまま、店を出た。
 近くに停めてあった車に乗せられる。後部座席に礼一と並んで座り、そこで事情の説明を求められた。

「びっくりしたよ。明日学校休みでしょ、たがらデートのお誘いしようと思ってたんだよね。その前に何気なく美織ちゃんの居場所見てみたら、こんな時間にあんな場所にいたから。それで急いで駆けつけたんだ」

 礼一があそこに現れたのは、そういった経緯らしい。
 もし彼が来てくれなければ、美織は今頃あの二人に体を好き勝手にされていたのだろう。
 けれど、とても助かったと安堵できる状態ではなかった。
 なによりも美織は、隣にいるこの男が怖いのだから。

「妹ちゃんに連絡してあげなよ。心配してるでしょ」
「は、は、はい……っ」
「あと、すぐには帰してあげられないから、遅くなるってこともちゃんと伝えてね」
「っ、わかり、ました……っ」

 含みのある発言に息を呑み、震える手でスマホを操作する。
 電話をかければ、すぐに愛美に繋がった。

『お姉ちゃん!?』
「あ、愛美? もう家に着いた? 大丈夫? ちゃんと帰れた?」

 妹の声を聞くと、自分のことよりも彼女のことが心配になってしまう。

『あたしは大丈夫だよ! もう家に着いたし! それよりお姉ちゃんだよ! ねぇ、大丈夫なの!?』
「うん、大丈夫。あのね、あのあとたまたまあの店に知り合いが来て、助けてもらったの」
『……ほんと? ウソじゃない? ほんとのほんと?』

 自分を安心させるための嘘ではないかと疑う愛美に、美織は苦笑する。

「うん、ほんとのほんと。ウソじゃないよ」
『……知り合いって誰? お姉ちゃん、あんな店に来るような人と知り合いなの?』
「っ……」

 咄嗟に嘘が思い付かなかった。
 愛美ならまだしも、美織があんな店の客と知り合いだなんて信じられないのだろう。
 なにか適当に誤魔化さなければ。
 美織が口を開いたところで、先に愛美が言った。

『もしかして、その人がお姉ちゃんの彼氏なの?』

 美織は恋人がいるとは教えていない。だが、家族には恋人がいると思われている。なにせ急に外泊が増えたのだ。美織は友達の家に泊まると言っていたが、毎週のように外泊を繰り返せば、恋人の存在を疑われて当然だ。
 隣に礼一がいる状況で否定することなどできず、適当な言い訳も浮かばなかったので、美織は頷いた。

「うん、そうだよ」

 変に躊躇えば礼一の機嫌を更に損なう恐れがあるし、愛美も不審に思うだろう。だから間を開けないように、できるだけさらりと答えた。

『! やっぱりそうなんだ! お姉ちゃん、年上の彼氏できたんだ! ねえねえ、どこで知り合ったの!?』

 愛美は興奮気味に尋ねてくる。姉のはじめての彼氏に興味津々なようだ。

「その話はまた今度ね。それで、その人と今一緒にいて、ちょっと話すことがあって帰るの遅くなるかもしれないんだけど……」
『うん、わかった! お母さんにはあたしから言っとくよ』
「お願いね」

 それから一言二言言葉を交わして通話を切った。
 恋人の存在を認めてしまった以上、妹の質問攻めが待っているのだと思うと気持ちがどんよりした。正直に話せないことばかりなのだ。
 けれど、怖い目に遭ったばかりの妹が少しでも元気を取り戻してくれたようでよかった。無事に家にも帰れたのだ。
 しかし喜びも束の間、車は礼一のマンションに着いてしまった。
 これから部屋でなにをされるのか、考えると僅かに浮上した気持ちはすぐに沈んだ。
 部屋に上がると、まっすぐ寝室に連れていかれた。裸に剥かれ、ベッドに押し倒される。
 覆い被さってきた礼一にいきなり唇を重ねられた。貪るようなキスを、美織は抵抗せずに受け入れる。

「んんんっ、はっ、はふぅんんっ」

 口腔内を激しく蹂躙され、美織は息をするのもやっとの状態だった。息苦しくて、けれど抗うことなど許されない。
 飲み込みきれなかった唾液が唇の端から溢れ、顎を伝って流れていく。
 奥まで差し込まれた舌に、口の中を隅々まで舐め回された。舌を擦り合わされ、音を立てて舌をしゃぶられ、容赦なく貪り尽くされる。
 甘さの欠片もないキスをされ、けれど感じるのは確かに快感で、体がじんじんと熱を持ち、頭は蕩けていく。
 漸く唇が離される頃には、息も絶え絶えになっていた。口許を唾液でべとべとに汚し、それを拭う余裕もなく、美織は必死に呼吸を繰り返す。
 そんな美織を真上から見下ろし、礼一は自身の唇を舐めた。その仕草は、見ているだけでぞくりとするほど艶を帯びていた。

「あいつらにもキスされた?」

 なにを言われているのか、呆けた頭ではすぐに理解できなかった。
 先ほどの二人にキスをされたのかと尋ねられたのだと気付き、ぶんぶんと首を横に振る。

「されてませんっ」
「そっか」

 礼一はにこりと笑って、でもそれは心からの笑みではなく、彼の機嫌がまだすこぶる悪いのだとわかる。

「じゃあなにされてたの?」
「す、少し、体、触られました……」
「へえ、触らせたんだ」

 礼一の声が低くなる。
 怖い。しかし適当な嘘で誤魔化せば、更に礼一の怒りを買うことになるだろう。二人の男に挟まれ密着していたところを彼にも見られているのだ。なにもされていない、とは言えなかった。
 礼一の手が、美織の胸に触れる。

「ここも触られた?」

 美織は大きく首を横に振る。

「触られてませんっ」
「触られたかった?」

 美織は更に強く首を振った。

「い、嫌です! 触られたくなんて、ありません、絶対にっ」

 きっぱりと言いきれば、礼一は笑みを深めた。

「あいつらに触られて、嫌だったんだ?」
「嫌でした、すごくっ」
「だったらさぁ」

 眼鏡の奥の礼一の瞳が、まっすぐに美織を見つめる。
 美織に対する強い怒りを感じて、ごくりと息を呑んだ。

「なんで俺に助けを求めなかったの?」
「え……?」

 美織は見開いた目で彼を見つめ返した。

「なんで恋人の俺を頼んなかったの?」
「それ、は……」

 礼一に助けを求めるなんて発想はなかった。
 美織には彼の恋人であるという自覚などない。だからはなから彼に頼ろうなんて考えない。寧ろ頼ってはいけないと思っている。
 言葉を詰まらせる美織に、礼一は笑顔を張り付けたまま言った。

「美織ちゃんさぁ、なんで俺が怒ってるかわかってる?」
「わ、私が、迷惑をかけたから……」

 彼の手を煩わせ、わざわざ助けに来させてしまった。それに、他の男に体を触らせてしまった。
 だから彼はこんなにも怒っているのだ。美織はそう思っていた。

「可愛い恋人のことで、迷惑なんて思うわけねーだろ」

 美織は自分の考えが間違っていることに気づいた。

「なあ、美織。なんですぐに俺に連絡しなかった?」
「ぁ…………」
「あんなに可愛がってやってんのに、まだ俺の彼女だって自覚ねーの?」
「っ…………」

 嘘はつけない。けれど頷くこともできなくて、美織はなにも言えなかった。

「なら、まずは体に教え込まないとな」

 礼一の酷薄な笑みに、美織はゾッと体を震わせた。
 鷲掴まれた胸を、柔らかく揉み込まれる。空いているもう片方に礼一は顔を寄せ、はむりとしゃぶりついた。

「んあぁあっ、あっ、礼一さんんっ」

 乳首を指でくにくにと押し潰され、じゅるるっと吸い上げられ、美織は快感に背中をしならせる。
 すぐにつんと尖ったそこを、執拗に弄り回され、思う様嬲られた。
 礼一に与えられる愛撫に美織の体はぐずぐずにされる。すでに脚の間は溢れた蜜にまみれ、美織が身動ぐたびにくちゅりと恥ずかしい音が聞こえてきた。

「ふあぁっ、れいぃちさ、いく、いっひゃ、ぁああっ、あっ」

 胸の刺激だけであっさりと絶頂へ追い上げられてしまう。
 びくびくっと背中を浮かせ、美織は達した。
 余韻で陶然とする美織を見つめ、礼一はうっそりと微笑む。

「気持ちよかった、美織ちゃん?」
「はぃ……よかった、です……っ」
「そっか。じゃあもっと気持ちよくなろうな。美織ちゃんの体が俺のものだってしっかりと覚えるまで」
「ひぁっ」

 礼一の手が下肢に伸ばされる。ぬかるむ秘所を掠めるように撫で上げられ、その僅かな刺激にも美織の体は過敏に反応を示した。

「美織ちゃんのとろっとろのおまんこ、たっぷり可愛がってやるよ」
「んひっ、はっ、ひああぁっ」

 強引に脚を開かれ、礼一はそこへ顔を埋める。
 花芽を舐められ、美織は嬌声を上げた。礼一の舌が、丁寧に、敏感な突起を舐め回す。

「あぁっ、あっ、れいいち、さぁっ、あぁんんっ」

 唾液を纏った舌でぬるぬるにされ、美織は快感に身悶える。

「クリこんなに勃たせちゃって、そんな気持ちいい?」
「いいっ、いいですぅっ、んひぁあっ、らめっ、いく、いくぅっ」

 舌でピンピンと連続で弾かれ、美織は腰を揺らして再び達した。
 とぷっと蜜を零す膣穴に、指が差し込まれる。

「んああっ」
「ああ、もうぐちょぐちょだな」

 感心したような礼一の呟きに羞恥が募る。けれど、はしたなく感じてしまう自分の体を美織はどうすることもできない。
 恐怖は快楽に飲まれ、もう美織の体は彼に与えられる刺激にすっかり身を任せてしまっていた。
 ちゅぽっ、ちゅぽっと卑猥な音を立て、指が抜き差しされる。
 指を動かしながら、礼一はクリトリスを口に含んで吸い上げた。

「ひぁああっ、また、いっ、~~~~っ」

 背中を仰け反らせてまた達した。
 絶頂の余韻から抜けきれないのに、礼一は愛撫の手を止めてはくれない。
 膣内の敏感な箇所を指の腹で擦られ、美織は涙を流して身をくねらせた。

「ひんんっ、んあっ、ああっ、ああぁっ」
「またイきそう? 中びくびくしてる」
「いくっ、また、いっちゃぁっ、あひんっ、んんっ、いくぅっ」

 絶頂に肉襞が痙攣し、埋め込まれた指をきつく締め付ける。
 それでも礼一は擦るのをやめない。指を増やし、中で折り曲げ、押し潰すように強く刺激する。

「んゃああぁっ、れ、ぃちしゃ、あぁっ、らめっ、それらめ、漏れちゃ、また出ちゃうぅっ」
「我慢しないで出していいっていつも言ってるだろ」

 必死に駄目だと訴えるけれど、聞き入れられることはなかった。
 寧ろ促すようにぐりゅぐりゅと指を動かされ、美織は呆気なく潮を噴いた。

「んひああぁっ、あっ、あああっ」

 勢いよく飛んだ体液が、シーツを、礼一の一目で高級だとわかるスーツを汚す。
 羞恥と罪悪感にぽろぽろと涙が零れた。

「あっ、あっ、ごめ、なさ、ぁんんっ、んあっ」
「これは潮だから、気にしなくていいって。もちろん、おしっこ漏らしちゃっても構わないけどね」
「んゃっ、あぁっ、あひぃんんっ」

 冗談ともつかないことを言いながら、礼一は更に奥へと指を進める。
 ぐちゅっと指を埋め込まれ、美織の体はびくんっと跳ねた。
 礼一の長い指が奥に届き、指先ですりすりと擦られる。

「ひあっ、れぃいちさ、あっ、しょこ、らめっ、こぁいぃっ、あっ、ひあぁっ」
「怖いじゃなくて気持ちいい、だろ。ここコリコリしたら、ほら」
「きゃうぅんっ、んあっ、らめぇっ、いく、いくの止まらなくなるのっ、あぁっ、~~~~っ」

 美織は目を見開き、激しく絶頂を迎えた。
 しかし、いってもいっても終わらない。礼一の指でトントンと一定のリズムで押され続け、美織はよがり声を上げて絶頂を繰り返す。

「ひぅんんっ、んっ、いっちゃ、あっ、あぁあっ、れぃちしゃ、ぁうんんっ」
「ははっ、すげーイき方。おまんこずーっときゅんきゅんしてるね。指抜けなくなりそう」

 礼一は楽しそうに笑っている。
 眼鏡越しに彼と目が合った。優しげに細められた目の奧は、ギラギラと嗜虐の悦びに満ちている。
 連続で何度もいかされ、何度いっても終わらない。終わらせてくれない。
 体も頭も快楽に支配され、おかしくなりそうだ。
 いくたびにびくびく震える内腿が辛い。
 蜜口からはとぷとぷと愛液が溢れ続け、美織の太股も礼一の手もシーツもぐっしょり濡れている。
 この行き過ぎた快楽から逃れるには、礼一に縋る以外に方法はない。

「んひっ、んっ、れ、ぃちひゃ、あぁっ、ごぇ、なひゃいぃっ」
「んー? なにが?」
「ひぅんっ、わ、わたひ、れー、ちさんのかのじょなのに、んんっ、あんんっ、すぐに、こいびとの、れぃいちしゃんをたよらなくて、ごめ、なさいぃっ」
「うん」
「ひあっ、こんど、こんどからは、すぐにれいいちさ、に、れんらく、します、ぅんんっ、ごめんなさ、あぁっ、れぃちしゃ、ゆるしてくださぃっ」
「うん。ちゃんと反省できていい子だね、美織」
「んんあぁっ」

 じゅぽんっと、漸く胎内から指を引き抜かれた。

「次からなにか困ったことがあったら、真っ先に俺を頼るんだよ」
「はぃ……っ」

 礼一はにっこりと微笑む。その笑顔にもう怒りは宿っておらず、美織はほっと体から力を抜いた。

「じゃあシャワー浴びておいで。そのあと家に送ってあげるから」
「ぇ……?」

 礼一はするりと美織から体を離した。
 もう触れてくる気配はない。
 美織は困惑した。
 いつもなら、この後抱かれていた。愛撫でとろとろに蕩けた体に、彼のものを挿入された。
 それなのに、当たり前のように与えられると思っていたものを与えられず、散々高められた体は物足りないと訴えている。
 何度も絶頂へと導かれてもうくたくたなのに、礼一に抱かれることに慣らされた体は、彼の熱を欲しがって疼いていた。

「美織? 立てない? 抱っこして連れていこうか?」

 動けずにいる美織に、礼一が声をかけてくる。
 彼の声にも、表情にも、裏は読み取れない。
 わざとなのか、これも含めてお仕置きなのか。それとも本当に、思惑などないのか。
 美織には判断がつかなかった。
 下腹がむずむずする。どうすれば治まるのかはわかっている。
 それでも、美織は自分からそれを望むことができなかった。
 恋人の自覚もないくせに、快楽を求めて彼に縋ることなどできない。
 美織は体の奧の疼きを無視して浴室へ向かった。
 シャワーを浴びてさっぱりしても、体の熱が治まる様子はなかった。
 それから車で家まで送ってもらう。
 その車内で、礼一が口を開いた。

「美織ちゃん、明日用事あるの?」
「いえ、ないです……」
「じゃあ、俺とデートしようね」
「はい……」

 そういえば、デートに誘うつもりだったのだと言っていた。それがきっかけで、美織はあの場所から救出してもらえた。

「昼過ぎに迎えに行くよ。その前に連絡入れるから、それまでゆっくりしててね」
「わかりました、ありがとうございます」

 そんな会話を交わしている内に、車は美織の自宅に着いた。

「おやすみ、美織ちゃん。明日、楽しみだね」

 明日になれば、きっと抱いてもらえる。期待に、下腹がきゅうっと疼いた。とろりと蜜が溢れるのを感じる。
 微笑む礼一を見つめ、美織も自然と笑みを浮かべていた。

「はい。楽しみ、です……」

 美織を降ろし、車は走り去っていった。見えなくなるまで見送って、家に入る。
 美織はまっすぐ自分の部屋に向かった。倒れるようにベッドに飛び込む。
 下腹がじんじんと熱を持ち、むずむずして落ち着かない。
 いっそ自分で触れて慰めてしまいたい。
 けれど美織はそうしなかった。
 そんなことをしても、体の熱が冷めることはない。自分でこの疼きを抑えることなどできないとわかっていたから。下手に刺激すれば、一層苦しむことになるだろう。
 だから美織は、じっと耐えた。
 明日になれば、きっと求めるものを与えてもらえる。
 時間が過ぎ去るのを、美織はただ待ち続けた。




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