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週末、兄妹はダンジョン都市へと来ていた。
早朝から出かける冒険者の為に、朝から開いているダンジョン城二階のレストランでリアムと待ち合わせをし、再会を喜んだ。
あれからリアムは他のパーティーに積極的に参加し、色々な経験をしたと言う。
「素敵な冒険者さんはいらっしゃいましたか?」
サラが聞けば、リアムは微妙に唇を歪めてみせた。
「クリスさんとサラさん程の冒険者には出会えませんでした」
「Aランク以上のパーティーだと、結構まともな人が多いんですけどね」
兄の発言に、リアムは頷いて見せた。
「ああ、そうかもしれませんね。CランクとBランクのパーティーを中心に入ってみたのですが…まぁ、お察しの通り、という感じです」
「Aランク以上になると、仲間の大切さが身に沁みてわかるから?」
サラの疑問に頷いたのは兄だった。
「その通り。一人特攻しようものなら、仲間全体を危険に晒す。きちんと作戦を立て、意見を言い合い、仲間の行動を信頼する。…そうでなきゃ、自分が死ぬからな」
「ええ、そうですね」
「Bランクもそんなに楽じゃないと思うんだけど」
サラが言えば、兄もリアムも微妙に納得しがたいと言いたげな表情を浮かべた。
「Bランク相当までは、人数が揃っていて、後衛がそこそこならなんとかなってしまうからな。先週の連中がいい例だ」
「先週お休みしていた後衛二人って、優秀な人達だったんだね」
「いや、そうとも限らない」
「えっ?」
「あいつら四十階までしかやってなかったからな。人数ごり押しができるのは四十階まで」
「…なるほど…」
「並の後衛じゃ、四十一階からのあいつらを支えるのは無理だと思うぞ」
「ああ…」
あの三人の行動を思い出し、あれがパーティーメンバーだったら気が重いな、と思ってしまったサラだった。
「まぁ、信頼で結ばれた仲間なら、ゆっくりとでも攻略していけるのかもしれないけどな」
「そうだね」
兄がリアムの方へと向き直り、頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします」
サラも同じく頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。今日を楽しみに、この一週間頑張ってきたんですよ」
リアムの笑顔が、温かい。
四十階に飛び、戦闘準備をする。
「さて、ダッシュで駆け抜けるぞ。目標は今日中に倒したい…が、無理はしないように。状況を見て野営も考慮します」
「はい」
「ちょっとお待ち下さい」
リアムに止められ、兄は振り返る。
「はい」
「サラさん、ボス階まで、メイン回復をお願いできませんか?」
「はい。わかりました」
「ありがとうございます。私も全力で支援させて頂きますね」
「…!」
兄妹は顔を見合わせた。
リアムの動きを見て、勉強しろということか、と、サラは理解した。
「よろしくお願いします」
進行速度は圧倒的であった。
七十階まで到達しているだけあって、リアムの動きには全く無駄がなかった。
兄が突撃して敵の注意を引きつけている間に、複数敵を眠らせたり足止めをし、動きを止めている間にとどめを刺していく。
リアムの動きが素早いので、兄の被弾が少なくて済み、結果としてサラも攻撃に参加することが出来て殲滅力は劇的に上がった。
ほとんど足を止めることなく、駆け足で抜けていく。
戦利品は後でまとめて分配するので、倒した敵を片っ端からマジックバッグの中に詰めていく。
途中休憩を一回挟んだだけで、ノンストップで五十階まで辿り着いた。
時刻は午後二時。
先週よりも比べものにならないほどのスピードで到達した。
「…すごい…」
呆然と呟くサラの隣に並び、兄もまた呟いた。
「これならボスを倒しても余裕があるな」
「良かった」
にこにこと、穏やかに笑うリアムの実力はまだまだ計り知れなかった。
「リアムさんは本当にお強いですね。勉強になりました」
「お役に立てたなら良かった。これからが本番です。ここは私がメイン回復に回りますね」
「はい、お願いします」
「作戦を説明する」
セルケトは大型のサソリである。弱点は氷属性。
吐き出す体液は猛毒で、大型であるにも関わらず素早い動きで対象に近づいて攻撃をしてくる。頭突き、噛みつき、足も振り回し、尻尾攻撃は強力である。
体力が二割減るごとに暴れ出し、範囲攻撃をまき散らす。
後衛は範囲攻撃を食らわない位置取りをすること、前衛は猛毒を食らわないこと、特に尻尾攻撃を食らってしまうと、一気に体力を八割削られる。尻尾を振るという予備動作があるので、必ず避ける。
前衛自身も身体強化スキルを使って防御力を上げることと、後衛の強化魔法は切らさない。
通常攻撃は慣れれば動作を見ながら回復可能であるが、範囲攻撃は予備動作がない上、前衛は避けようがないのでダメージを受ける。
素早い回復が必要で、前衛自身も体勢を整えなければならない。
「…前衛が尻尾を食らわないことと、回復ができれば戦線崩壊することはない。あとは基本中の基本だが、俺よりヘイトを取らないこと」
「はい」
「…サラと同ランク、同レベルのメンバーだったら、戦闘時間は数時間かかるかもしれない。地味に削り、しっかり回復。魔力が尽きないように薬品を用意して、前衛も必要であればポーションを飲む」
「はい」
「俺とリアムさんがいるから、たぶんそれ程かからず倒せる。流れはしっかり把握しておくこと。強さを誤認しないこと」
「はい!」
隣で、リアムが微笑んでいる。
視線が合うと、そのままの表情で頷かれた。
「優秀なお兄さんがいて、幸せですね」
「はい、本当にそう思います」
「そう思えるあなたも、素晴らしいと思います」
「…?」
首を傾げたサラから兄へと視線を移し、同じ言葉をかける。
「優秀な妹さんがいて、幸せですね」
リアムが言えば、兄はにこりと微笑みながら頷いた。
「ええ、本当に」
「いつも通りに倒して下さって結構です。後は私にお任せ下さい」
笑顔で言われ、兄妹は顔を見合わせた。
「まさか、このボスが…?」
「それは後のお楽しみです」
「……」
五十階、扉を潜って中に入る。
ここは寂れた神殿のようになっており、汚れた白い床、蜘蛛の巣や赤黒い汚れのついた天井、ヒビが入って今にも崩れそうな太い柱がいくつも並んでいた。
「範囲攻撃の盾として、あの柱を使うのはアリですよ。ただし、範囲攻撃を食らうと柱は崩れます。天井が落ちてくるようなことはないので、安心して下さい」
リアムの補足に、サラは頷いた。
「はい」
兄が自身に身体強化をかけ、武器に氷属性の魔力を宿す。リアムが強化魔法をかける。
サラは兄の攻撃開始の合図を、震えそうになる両手を杖を握りしめることで耐えながら、待つ。
初めて戦う敵は、いつだって緊張する。
必要であれば、魔力回復や体力回復の薬品は躊躇なく使う。
出来ることを全てやるのは当然のことだ。
ボスと自身は同格である。
本来であれば苦労をしながら倒すべき相手なのだった。
兄も、リアムも、仲間とそれを乗り越えてきたのだ。
残念ながら、サラには仲間と呼べるような相手を見つけることはできなかった。
兄を、羨ましいと思ったことは何度もある。
けれど今、自分は兄とリアムに助けられてここにいるのだ。
幸運だと思う。
そして己の幸運を、当然のものと思ってはいけないのだ。
「行くぞ」
兄が武器を構え、ボスに剣技を叩き込み、敵の初撃をかわす。
サラは弱体魔法と阻害魔法をかけながら、氷魔法を詠唱する。
兄は弱い攻撃は避けることなく突っ込んで、ボスの至近で剣を振るう。
一撃が痛いものは武器で受け流し、ダメージを軽減しながら止まることなく攻撃を続ける。
リアムは兄がダメージを食らう瞬間に回復を唱え、ダメージが長時間残らないようにする配慮が素晴らしい。
合間合間に攻撃魔法まで使っており、二人には余裕が感じられた。
サラはといえば、己の役目を全うすべく、ヘイトを取らないよう気をつけながら攻撃をする。
必死であった。
もっと二人の動きを見ておきたい所だが、そんな余裕は持てそうもない。
「そろそろ、来るぞ!」
兄が叫んだ瞬間、サソリが足をばたつかせ、地面が揺れた。
天井からは砂埃が落ち、視界が白く染まる。
サラは柱を盾にするように背後に隠れたが、攻撃範囲からは外れていたようだった。
ほっと安堵したのも束の間、リアムが風魔法で視界を晴らす。
ああ、これは私がやるべき仕事だった、とサラは思った。
リアムはこのパーティーの命綱なのだから、サラがやるべきことである。
「ありがとうございます、リアムさん!」
「いいえ、しっかり削っていきましょう」
優しく笑うリアムは、サラの言わんとするところを正確に察してくれたようだった。
後悔と反省は、後でやる。
まずは目の前の、敵を倒さなければ。
兄とリアムが強化をかけ直している間に、弱体魔法と阻害魔法をかけ直す。
二割削るまで五分とかからなかった。
二人が尋常でない強さであることが、よくわかる。
次の範囲攻撃からはサラが視界を晴らし、リアムはできた余裕で攻撃をしていた。
「半分を切ったら、防御力が上がる」
兄の言葉に、頷いた。
「了解」
多少防御力が上がった所で、兄とリアムの攻撃力は衰えない。
サラの魔法攻撃は通りにくくなった印象だったので、同格の相手にとっては脅威なのだと実感した。
終始安定した戦闘であり、兄が危険になることもなかったし、リアムの回復が疎かになることもなく、サラの魔力が尽きることもなかった。
とても楽な戦闘だった、ということは、それだけ二人とサラとは実力差があるということだった。
もっともっと、頑張らなければ。
倒れたボスに近づいて、振り返った兄が手を挙げた。
意図するところを悟り、サラも手を挙げ打ち合わせる。
「五十階制覇!記録おめでとう!」
「ありがとう、お兄様、リアムさん!」
「おめでとうございます、サラさん。それと、これをどうぞ」
差し出された手のひらの上には、指輪が乗っていた。
「えっ?これ、リアムさんの指輪…では…?」
ボスの死骸を見下ろす。
まだドロップ品の確認をしていない。
兄も同じように指輪を見、リアムを見ていた。
「いいえ、私の指輪はちゃんとここに」
右手を挙げて、中指を指す。
そこには同じ指輪が、嵌まっていた。
「…いつのまに…?」
呆然とした体で兄が呟き、手のひらの指輪を凝視している。
「せっかくなので、サラさんに嵌めてあげて下さい」
兄に指輪を渡せば、兄は戸惑ったようにサラを見る。
「…リアムさん、本当に、いいんですか…?こんなに貴重なものを」
「その為に、今日はついてきたんですよ。受け取って下さい」
「あ、ありがとうございます…!」
兄がサラの右手の中指に嵌まっていた物理耐性三パーセントつきの指輪を外して、新たに嵌めてくれた。
外した指輪は、サラの手のひらの上に落とされた。
「リアムさん、本当にありがとうございます」
兄が、深く頭を下げた。
サラも同じく、頭を下げる。
「いいえ。お二人に喜んで頂けて嬉しいです」
「…この指輪の、ドロップ条件を教えて頂くのは…無理ですよね」
「お話しても構いませんよ」
どこまでも寛容な男に、兄はぎょっとしたように目を見開き、首を振った。
「いえ、冗談です。これはあなたがいなければ手に入らなかった。このことは誰にも言うつもりはありませんし、これ以上聞くつもりもありません。本当に、ありがとうございます」
「私も、誰にも言いません。一生大切にします。ありがとうございました!」
「そこまで喜んで頂けると、協力したかいがありました。…その指輪の名前、上位鑑定をすればわかるんですが、『精霊の指輪』と言うんですよ」
「精霊の指輪…」
「これが答えのようなものですね。おやいけない。うっかり口が滑ってしまいました」
「リアムさん…」
「我が国出身で、精霊と契約している冒険者は、数少ないですからねぇ」
「…おまけに、ダンジョン攻略に積極的な者は、さらに少ない、と」
「そう、その通りです」
「なるほど…リアムさんに出会えて、我々は本当に幸運でした。今日の戦利品、全てリアムさんが持ち帰って頂けませんか」
「えっいえいえそれはいけません」
「お願いします」
「私はほんの少し、協力しただけですから。きちんと三人分、分配して帰りましょうね」
「…あの、兄とリアムさんの二人で、分けて頂けませんか」
サラが提案すれば、二人の視線が集中した。
「サラ」
「私はこの指輪を頂けただけでも、余りある戦利品です。手伝って頂いた兄とリアムさんに、持って帰って欲しいです」
「…そういうことでしたら、クリスさんと分けましょうか」
「ありがとうございます。ボス品は、リアムさんが持って帰って下さい。四十九階までの戦利品を、分配しましょう」
兄はそこだけは譲らなかった。
「…お二人は、義理堅いんですねぇ」
「いえ、むしろ全然足りませんが」
「いいんですよ。私がやりたくてお手伝いしたのですから。サラさんのお気持ちはありがたく。あとはボス品、これもありがたく頂戴しますね。残りを分配しましょうか」
「はい!」
戦利品を分配しながら、リアムが話しかける。
「明日一日フリーになりましたが、どうされます?五十一階から、進んでみますか?」
「リアムさんに手伝って頂けるなら、五十階層も楽だと思います。…サラ、行けるか?」
「はい、もちろん!リアムさん、ありがとうございます!」
「いいえ、私自身、とても楽しんでいるから気にしないで下さい。まだ時間が早めですが、キリもいいですし、退出して明日出直しましょうか?」
「そうですね。今日はサラが落ち着かないと思うので」
「お兄様…!いえ、はい。付呪アクセサリーの組み合わせも、考えたいです」
「ああ、それは大事ですね。では転移装置を起動して、帰りましょう」
「はい。リアムさん、ありがとうございました」
「もうお礼は十分言って頂いたので、今度は一緒に楽しんでいきましょう」
「はい!」
ダンジョンの外に出て、リアムと別れ、帰宅する。
「良かったな、サラ」
「お兄様、本当にありがとう」
「俺は何もしていない。素晴らしい贈り物をもらったな。それはおそらく、一生物になると思うぞ」
「うん!」
「誰にも言わない、という約束だからな。親にも、誰にも内緒だ。普段はちゃんと隠しておくんだぞ」
「はい!」
「それにしても五十階で国宝級のレアアイテムをドロップするなんてな…」
まだ明るい空を見上げながら呟く兄の顔は、呆然としているようにも、戸惑っているようにも見えた。
「そうだね…取得条件は『精霊が拾って来る』とか、そんな感じなのかもしれないね…」
「だとすれば今まで知られていなかったのも頷ける。他の階層にも、そんな特殊条件下でドロップするレアアイテムが存在するんだろうか」
「…ダンジョンはまだまだ謎がいっぱいだね」
サラが言えば、兄は頷く。
「全階層踏破したわけでもないもんな。まだまだ解明されるには時間がかかるだろう」
「そうだね」
「さて、今日はゆっくりしよう。明日も、攻略というよりは様子見とレベリングを兼ねるから待ち合わせ時間も遅めだし、俺は戦利品の処分をするか。今夏に向けて、五十一階から五十九階をノンストップで駆け抜けられるようになるまで、レベル上げをするからな。それくらいできるようにならないと、六十階のボスはきつい」
「はい」
「殿下が入ればボスは楽にはなる。とはいえ、いざというときには見ず知らずのメンバーと組むことも考えないといけない。と、いうことは、負担が大きくなる可能性もあるわけで」
「しっかりレベルを上げておく必要がある、ということだね」
「そう」
「お兄様と一緒にAランク冒険者として活動できるように、頑張るね」
「うん、頑張ろうな」
頭を撫でられ、サラはくすぐったさに首を竦めた。
何でも出来る兄は、とても優しい。
後ろを追いかけているだけの自分は、もっと頑張らないといけない、と決意を新たにするのだった。
翌日、午前十時にレストランでリアムと待ち合わせをしていたので合流し、下階へ降りると、広場に人だかりが出来ていた。
「…何だろう?あれ」
サラが呟くと、気づいた二人も視線を向ける。
「メイド服がいる…?護衛服もいるな。冒険者もいる」
「妙なパーティーですが、どこかの貴族がダンジョン攻略に挑む、ということでしょうか」
「そんな感じですね。メイドと護衛付きとは、いいご身分だな」
「そうだね…なんだか嫌な予感がする」
「…まさか?」
「え?お知り合いですか?」
リアムが首を傾げるが、兄妹は酸っぱい物を飲み込んだような顔をした。
リアムを連れ物陰に押し込んで覗いてみると、人だかりの隙間から予想通りの人物の姿を確認し、兄妹揃ってため息をついた。
「ああ…やっぱり」
「見つからないうちにさっさと行こう」
「え?…え?ヤバイ人なんですか?」
リアムの言葉に吹き出しそうになりながらも、否定はできないサラだった。
「関わり合いにならないことをおすすめします」
「そうなんですか…いかにも上位貴族のご令嬢、といった雰囲気ですね。覚えておきます。ちなみにランクは?」
「確かDランクで、試験を受ける、というようなことをおっしゃっていたのでCランクになるかならないか、くらいじゃないでしょうか」
「そうですか。なるほど」
「さっさと五十階に飛んでしまおう」
「はい」
「わかりました」
気配を消しながら素早く転移装置へと移動し、五十一階からスタートする。
廃墟の立ち並ぶ、うらぶれた世界となっていた。
アンデット、猿のような魔獣、狼のような魔獣、その中でそぐわない極彩色の巨鳥が暗雲の中空を飛んで、襲って来る。
昆虫のような魔獣は数が多い。
どれも群れを作っており、一匹引っ掛けるとグループ全部が来るのだった。
慎重に進まねばならず、敵自体も四十階層と比べて格段に強い。
それでも兄とリアムの手に掛かれば大した敵ではないのだが、サラの魔法攻撃はかなりの確率でレジストされて、ダメージが軽減されていた。
「私のレベル、まだまだ足りないっていうことだね」
「自覚出来れば、前向きに頑張ろうって気になるだろう」
「うん」
「俺とリアムさんがいるから、大丈夫。おまえはレベル上げに専念しなさい」
「ありがとう」
「チャンスを逃さないことが、大事ですね」
「はい!」
進行よりも、出来るだけ多くの敵と戦って経験値を稼ぐことに目的を切り替えて、殲滅する勢いで敵を狩っていく。戦利品は大量になっており、少しは二人に貢献できていればいいな、とサラは思うのだった。
一日かけて二階層分しか進まなかったが、兄とリアムがいるおかげである。
サラと同ランクのメンバーであれば、一階も進めていなかったに違いない。
「はぁ…お兄様とリアムさんとの実力差をすごく感じる一日でした…いえ、先週からずっとですけど」
「向上心を失わない心意気が、素晴らしい素質だと思いますよ」
「ありがとうございます、リアムさん」
「俺はおまえより二年早く冒険者になっているから、差があるのは当たり前だ。とはいえ、その差も十分縮まっているんだから、自信を持て。もう少し頑張れば、追いつけるぞ」
「うん、頑張るね!」
大量の戦利品も、いい値で売れるものばかりだ。
「来週も攻略されるのですか?」
リアムが問う。
兄は少し悩む風にして、答えた。
「来週は大丈夫だと思うんですが、今後不定期にサラに予定が入りそうなんです。なので人と約束はしないようにしようかと」
「そうなんですね。ご一緒出来るようでしたら、ぜひ声をかけて下さい」
「ありがとうございます。攻略はしばらく、午前十時から始めて一泊、午後六時くらい終了の予定で行こうと思っているので、もし午前九時半までに我々が来なければ、予定が入ったのだと思って頂けたらありがたいです」
「わかりました。では来週はご一緒してもよろしいですか?」
「こちらの方こそお願いしたいです。ありがとうございます」
「リアムさん、ありがとうございます」
「いえいえ、お二人と攻略するのはとても楽しいので。戦利品もたくさん稼げますしね」
おどけるような口調に、兄妹は表情を緩めて笑う。
「来週も、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
本当に、いい人と出会えたものだと、二人は思った。
早朝から出かける冒険者の為に、朝から開いているダンジョン城二階のレストランでリアムと待ち合わせをし、再会を喜んだ。
あれからリアムは他のパーティーに積極的に参加し、色々な経験をしたと言う。
「素敵な冒険者さんはいらっしゃいましたか?」
サラが聞けば、リアムは微妙に唇を歪めてみせた。
「クリスさんとサラさん程の冒険者には出会えませんでした」
「Aランク以上のパーティーだと、結構まともな人が多いんですけどね」
兄の発言に、リアムは頷いて見せた。
「ああ、そうかもしれませんね。CランクとBランクのパーティーを中心に入ってみたのですが…まぁ、お察しの通り、という感じです」
「Aランク以上になると、仲間の大切さが身に沁みてわかるから?」
サラの疑問に頷いたのは兄だった。
「その通り。一人特攻しようものなら、仲間全体を危険に晒す。きちんと作戦を立て、意見を言い合い、仲間の行動を信頼する。…そうでなきゃ、自分が死ぬからな」
「ええ、そうですね」
「Bランクもそんなに楽じゃないと思うんだけど」
サラが言えば、兄もリアムも微妙に納得しがたいと言いたげな表情を浮かべた。
「Bランク相当までは、人数が揃っていて、後衛がそこそこならなんとかなってしまうからな。先週の連中がいい例だ」
「先週お休みしていた後衛二人って、優秀な人達だったんだね」
「いや、そうとも限らない」
「えっ?」
「あいつら四十階までしかやってなかったからな。人数ごり押しができるのは四十階まで」
「…なるほど…」
「並の後衛じゃ、四十一階からのあいつらを支えるのは無理だと思うぞ」
「ああ…」
あの三人の行動を思い出し、あれがパーティーメンバーだったら気が重いな、と思ってしまったサラだった。
「まぁ、信頼で結ばれた仲間なら、ゆっくりとでも攻略していけるのかもしれないけどな」
「そうだね」
兄がリアムの方へと向き直り、頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします」
サラも同じく頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。今日を楽しみに、この一週間頑張ってきたんですよ」
リアムの笑顔が、温かい。
四十階に飛び、戦闘準備をする。
「さて、ダッシュで駆け抜けるぞ。目標は今日中に倒したい…が、無理はしないように。状況を見て野営も考慮します」
「はい」
「ちょっとお待ち下さい」
リアムに止められ、兄は振り返る。
「はい」
「サラさん、ボス階まで、メイン回復をお願いできませんか?」
「はい。わかりました」
「ありがとうございます。私も全力で支援させて頂きますね」
「…!」
兄妹は顔を見合わせた。
リアムの動きを見て、勉強しろということか、と、サラは理解した。
「よろしくお願いします」
進行速度は圧倒的であった。
七十階まで到達しているだけあって、リアムの動きには全く無駄がなかった。
兄が突撃して敵の注意を引きつけている間に、複数敵を眠らせたり足止めをし、動きを止めている間にとどめを刺していく。
リアムの動きが素早いので、兄の被弾が少なくて済み、結果としてサラも攻撃に参加することが出来て殲滅力は劇的に上がった。
ほとんど足を止めることなく、駆け足で抜けていく。
戦利品は後でまとめて分配するので、倒した敵を片っ端からマジックバッグの中に詰めていく。
途中休憩を一回挟んだだけで、ノンストップで五十階まで辿り着いた。
時刻は午後二時。
先週よりも比べものにならないほどのスピードで到達した。
「…すごい…」
呆然と呟くサラの隣に並び、兄もまた呟いた。
「これならボスを倒しても余裕があるな」
「良かった」
にこにこと、穏やかに笑うリアムの実力はまだまだ計り知れなかった。
「リアムさんは本当にお強いですね。勉強になりました」
「お役に立てたなら良かった。これからが本番です。ここは私がメイン回復に回りますね」
「はい、お願いします」
「作戦を説明する」
セルケトは大型のサソリである。弱点は氷属性。
吐き出す体液は猛毒で、大型であるにも関わらず素早い動きで対象に近づいて攻撃をしてくる。頭突き、噛みつき、足も振り回し、尻尾攻撃は強力である。
体力が二割減るごとに暴れ出し、範囲攻撃をまき散らす。
後衛は範囲攻撃を食らわない位置取りをすること、前衛は猛毒を食らわないこと、特に尻尾攻撃を食らってしまうと、一気に体力を八割削られる。尻尾を振るという予備動作があるので、必ず避ける。
前衛自身も身体強化スキルを使って防御力を上げることと、後衛の強化魔法は切らさない。
通常攻撃は慣れれば動作を見ながら回復可能であるが、範囲攻撃は予備動作がない上、前衛は避けようがないのでダメージを受ける。
素早い回復が必要で、前衛自身も体勢を整えなければならない。
「…前衛が尻尾を食らわないことと、回復ができれば戦線崩壊することはない。あとは基本中の基本だが、俺よりヘイトを取らないこと」
「はい」
「…サラと同ランク、同レベルのメンバーだったら、戦闘時間は数時間かかるかもしれない。地味に削り、しっかり回復。魔力が尽きないように薬品を用意して、前衛も必要であればポーションを飲む」
「はい」
「俺とリアムさんがいるから、たぶんそれ程かからず倒せる。流れはしっかり把握しておくこと。強さを誤認しないこと」
「はい!」
隣で、リアムが微笑んでいる。
視線が合うと、そのままの表情で頷かれた。
「優秀なお兄さんがいて、幸せですね」
「はい、本当にそう思います」
「そう思えるあなたも、素晴らしいと思います」
「…?」
首を傾げたサラから兄へと視線を移し、同じ言葉をかける。
「優秀な妹さんがいて、幸せですね」
リアムが言えば、兄はにこりと微笑みながら頷いた。
「ええ、本当に」
「いつも通りに倒して下さって結構です。後は私にお任せ下さい」
笑顔で言われ、兄妹は顔を見合わせた。
「まさか、このボスが…?」
「それは後のお楽しみです」
「……」
五十階、扉を潜って中に入る。
ここは寂れた神殿のようになっており、汚れた白い床、蜘蛛の巣や赤黒い汚れのついた天井、ヒビが入って今にも崩れそうな太い柱がいくつも並んでいた。
「範囲攻撃の盾として、あの柱を使うのはアリですよ。ただし、範囲攻撃を食らうと柱は崩れます。天井が落ちてくるようなことはないので、安心して下さい」
リアムの補足に、サラは頷いた。
「はい」
兄が自身に身体強化をかけ、武器に氷属性の魔力を宿す。リアムが強化魔法をかける。
サラは兄の攻撃開始の合図を、震えそうになる両手を杖を握りしめることで耐えながら、待つ。
初めて戦う敵は、いつだって緊張する。
必要であれば、魔力回復や体力回復の薬品は躊躇なく使う。
出来ることを全てやるのは当然のことだ。
ボスと自身は同格である。
本来であれば苦労をしながら倒すべき相手なのだった。
兄も、リアムも、仲間とそれを乗り越えてきたのだ。
残念ながら、サラには仲間と呼べるような相手を見つけることはできなかった。
兄を、羨ましいと思ったことは何度もある。
けれど今、自分は兄とリアムに助けられてここにいるのだ。
幸運だと思う。
そして己の幸運を、当然のものと思ってはいけないのだ。
「行くぞ」
兄が武器を構え、ボスに剣技を叩き込み、敵の初撃をかわす。
サラは弱体魔法と阻害魔法をかけながら、氷魔法を詠唱する。
兄は弱い攻撃は避けることなく突っ込んで、ボスの至近で剣を振るう。
一撃が痛いものは武器で受け流し、ダメージを軽減しながら止まることなく攻撃を続ける。
リアムは兄がダメージを食らう瞬間に回復を唱え、ダメージが長時間残らないようにする配慮が素晴らしい。
合間合間に攻撃魔法まで使っており、二人には余裕が感じられた。
サラはといえば、己の役目を全うすべく、ヘイトを取らないよう気をつけながら攻撃をする。
必死であった。
もっと二人の動きを見ておきたい所だが、そんな余裕は持てそうもない。
「そろそろ、来るぞ!」
兄が叫んだ瞬間、サソリが足をばたつかせ、地面が揺れた。
天井からは砂埃が落ち、視界が白く染まる。
サラは柱を盾にするように背後に隠れたが、攻撃範囲からは外れていたようだった。
ほっと安堵したのも束の間、リアムが風魔法で視界を晴らす。
ああ、これは私がやるべき仕事だった、とサラは思った。
リアムはこのパーティーの命綱なのだから、サラがやるべきことである。
「ありがとうございます、リアムさん!」
「いいえ、しっかり削っていきましょう」
優しく笑うリアムは、サラの言わんとするところを正確に察してくれたようだった。
後悔と反省は、後でやる。
まずは目の前の、敵を倒さなければ。
兄とリアムが強化をかけ直している間に、弱体魔法と阻害魔法をかけ直す。
二割削るまで五分とかからなかった。
二人が尋常でない強さであることが、よくわかる。
次の範囲攻撃からはサラが視界を晴らし、リアムはできた余裕で攻撃をしていた。
「半分を切ったら、防御力が上がる」
兄の言葉に、頷いた。
「了解」
多少防御力が上がった所で、兄とリアムの攻撃力は衰えない。
サラの魔法攻撃は通りにくくなった印象だったので、同格の相手にとっては脅威なのだと実感した。
終始安定した戦闘であり、兄が危険になることもなかったし、リアムの回復が疎かになることもなく、サラの魔力が尽きることもなかった。
とても楽な戦闘だった、ということは、それだけ二人とサラとは実力差があるということだった。
もっともっと、頑張らなければ。
倒れたボスに近づいて、振り返った兄が手を挙げた。
意図するところを悟り、サラも手を挙げ打ち合わせる。
「五十階制覇!記録おめでとう!」
「ありがとう、お兄様、リアムさん!」
「おめでとうございます、サラさん。それと、これをどうぞ」
差し出された手のひらの上には、指輪が乗っていた。
「えっ?これ、リアムさんの指輪…では…?」
ボスの死骸を見下ろす。
まだドロップ品の確認をしていない。
兄も同じように指輪を見、リアムを見ていた。
「いいえ、私の指輪はちゃんとここに」
右手を挙げて、中指を指す。
そこには同じ指輪が、嵌まっていた。
「…いつのまに…?」
呆然とした体で兄が呟き、手のひらの指輪を凝視している。
「せっかくなので、サラさんに嵌めてあげて下さい」
兄に指輪を渡せば、兄は戸惑ったようにサラを見る。
「…リアムさん、本当に、いいんですか…?こんなに貴重なものを」
「その為に、今日はついてきたんですよ。受け取って下さい」
「あ、ありがとうございます…!」
兄がサラの右手の中指に嵌まっていた物理耐性三パーセントつきの指輪を外して、新たに嵌めてくれた。
外した指輪は、サラの手のひらの上に落とされた。
「リアムさん、本当にありがとうございます」
兄が、深く頭を下げた。
サラも同じく、頭を下げる。
「いいえ。お二人に喜んで頂けて嬉しいです」
「…この指輪の、ドロップ条件を教えて頂くのは…無理ですよね」
「お話しても構いませんよ」
どこまでも寛容な男に、兄はぎょっとしたように目を見開き、首を振った。
「いえ、冗談です。これはあなたがいなければ手に入らなかった。このことは誰にも言うつもりはありませんし、これ以上聞くつもりもありません。本当に、ありがとうございます」
「私も、誰にも言いません。一生大切にします。ありがとうございました!」
「そこまで喜んで頂けると、協力したかいがありました。…その指輪の名前、上位鑑定をすればわかるんですが、『精霊の指輪』と言うんですよ」
「精霊の指輪…」
「これが答えのようなものですね。おやいけない。うっかり口が滑ってしまいました」
「リアムさん…」
「我が国出身で、精霊と契約している冒険者は、数少ないですからねぇ」
「…おまけに、ダンジョン攻略に積極的な者は、さらに少ない、と」
「そう、その通りです」
「なるほど…リアムさんに出会えて、我々は本当に幸運でした。今日の戦利品、全てリアムさんが持ち帰って頂けませんか」
「えっいえいえそれはいけません」
「お願いします」
「私はほんの少し、協力しただけですから。きちんと三人分、分配して帰りましょうね」
「…あの、兄とリアムさんの二人で、分けて頂けませんか」
サラが提案すれば、二人の視線が集中した。
「サラ」
「私はこの指輪を頂けただけでも、余りある戦利品です。手伝って頂いた兄とリアムさんに、持って帰って欲しいです」
「…そういうことでしたら、クリスさんと分けましょうか」
「ありがとうございます。ボス品は、リアムさんが持って帰って下さい。四十九階までの戦利品を、分配しましょう」
兄はそこだけは譲らなかった。
「…お二人は、義理堅いんですねぇ」
「いえ、むしろ全然足りませんが」
「いいんですよ。私がやりたくてお手伝いしたのですから。サラさんのお気持ちはありがたく。あとはボス品、これもありがたく頂戴しますね。残りを分配しましょうか」
「はい!」
戦利品を分配しながら、リアムが話しかける。
「明日一日フリーになりましたが、どうされます?五十一階から、進んでみますか?」
「リアムさんに手伝って頂けるなら、五十階層も楽だと思います。…サラ、行けるか?」
「はい、もちろん!リアムさん、ありがとうございます!」
「いいえ、私自身、とても楽しんでいるから気にしないで下さい。まだ時間が早めですが、キリもいいですし、退出して明日出直しましょうか?」
「そうですね。今日はサラが落ち着かないと思うので」
「お兄様…!いえ、はい。付呪アクセサリーの組み合わせも、考えたいです」
「ああ、それは大事ですね。では転移装置を起動して、帰りましょう」
「はい。リアムさん、ありがとうございました」
「もうお礼は十分言って頂いたので、今度は一緒に楽しんでいきましょう」
「はい!」
ダンジョンの外に出て、リアムと別れ、帰宅する。
「良かったな、サラ」
「お兄様、本当にありがとう」
「俺は何もしていない。素晴らしい贈り物をもらったな。それはおそらく、一生物になると思うぞ」
「うん!」
「誰にも言わない、という約束だからな。親にも、誰にも内緒だ。普段はちゃんと隠しておくんだぞ」
「はい!」
「それにしても五十階で国宝級のレアアイテムをドロップするなんてな…」
まだ明るい空を見上げながら呟く兄の顔は、呆然としているようにも、戸惑っているようにも見えた。
「そうだね…取得条件は『精霊が拾って来る』とか、そんな感じなのかもしれないね…」
「だとすれば今まで知られていなかったのも頷ける。他の階層にも、そんな特殊条件下でドロップするレアアイテムが存在するんだろうか」
「…ダンジョンはまだまだ謎がいっぱいだね」
サラが言えば、兄は頷く。
「全階層踏破したわけでもないもんな。まだまだ解明されるには時間がかかるだろう」
「そうだね」
「さて、今日はゆっくりしよう。明日も、攻略というよりは様子見とレベリングを兼ねるから待ち合わせ時間も遅めだし、俺は戦利品の処分をするか。今夏に向けて、五十一階から五十九階をノンストップで駆け抜けられるようになるまで、レベル上げをするからな。それくらいできるようにならないと、六十階のボスはきつい」
「はい」
「殿下が入ればボスは楽にはなる。とはいえ、いざというときには見ず知らずのメンバーと組むことも考えないといけない。と、いうことは、負担が大きくなる可能性もあるわけで」
「しっかりレベルを上げておく必要がある、ということだね」
「そう」
「お兄様と一緒にAランク冒険者として活動できるように、頑張るね」
「うん、頑張ろうな」
頭を撫でられ、サラはくすぐったさに首を竦めた。
何でも出来る兄は、とても優しい。
後ろを追いかけているだけの自分は、もっと頑張らないといけない、と決意を新たにするのだった。
翌日、午前十時にレストランでリアムと待ち合わせをしていたので合流し、下階へ降りると、広場に人だかりが出来ていた。
「…何だろう?あれ」
サラが呟くと、気づいた二人も視線を向ける。
「メイド服がいる…?護衛服もいるな。冒険者もいる」
「妙なパーティーですが、どこかの貴族がダンジョン攻略に挑む、ということでしょうか」
「そんな感じですね。メイドと護衛付きとは、いいご身分だな」
「そうだね…なんだか嫌な予感がする」
「…まさか?」
「え?お知り合いですか?」
リアムが首を傾げるが、兄妹は酸っぱい物を飲み込んだような顔をした。
リアムを連れ物陰に押し込んで覗いてみると、人だかりの隙間から予想通りの人物の姿を確認し、兄妹揃ってため息をついた。
「ああ…やっぱり」
「見つからないうちにさっさと行こう」
「え?…え?ヤバイ人なんですか?」
リアムの言葉に吹き出しそうになりながらも、否定はできないサラだった。
「関わり合いにならないことをおすすめします」
「そうなんですか…いかにも上位貴族のご令嬢、といった雰囲気ですね。覚えておきます。ちなみにランクは?」
「確かDランクで、試験を受ける、というようなことをおっしゃっていたのでCランクになるかならないか、くらいじゃないでしょうか」
「そうですか。なるほど」
「さっさと五十階に飛んでしまおう」
「はい」
「わかりました」
気配を消しながら素早く転移装置へと移動し、五十一階からスタートする。
廃墟の立ち並ぶ、うらぶれた世界となっていた。
アンデット、猿のような魔獣、狼のような魔獣、その中でそぐわない極彩色の巨鳥が暗雲の中空を飛んで、襲って来る。
昆虫のような魔獣は数が多い。
どれも群れを作っており、一匹引っ掛けるとグループ全部が来るのだった。
慎重に進まねばならず、敵自体も四十階層と比べて格段に強い。
それでも兄とリアムの手に掛かれば大した敵ではないのだが、サラの魔法攻撃はかなりの確率でレジストされて、ダメージが軽減されていた。
「私のレベル、まだまだ足りないっていうことだね」
「自覚出来れば、前向きに頑張ろうって気になるだろう」
「うん」
「俺とリアムさんがいるから、大丈夫。おまえはレベル上げに専念しなさい」
「ありがとう」
「チャンスを逃さないことが、大事ですね」
「はい!」
進行よりも、出来るだけ多くの敵と戦って経験値を稼ぐことに目的を切り替えて、殲滅する勢いで敵を狩っていく。戦利品は大量になっており、少しは二人に貢献できていればいいな、とサラは思うのだった。
一日かけて二階層分しか進まなかったが、兄とリアムがいるおかげである。
サラと同ランクのメンバーであれば、一階も進めていなかったに違いない。
「はぁ…お兄様とリアムさんとの実力差をすごく感じる一日でした…いえ、先週からずっとですけど」
「向上心を失わない心意気が、素晴らしい素質だと思いますよ」
「ありがとうございます、リアムさん」
「俺はおまえより二年早く冒険者になっているから、差があるのは当たり前だ。とはいえ、その差も十分縮まっているんだから、自信を持て。もう少し頑張れば、追いつけるぞ」
「うん、頑張るね!」
大量の戦利品も、いい値で売れるものばかりだ。
「来週も攻略されるのですか?」
リアムが問う。
兄は少し悩む風にして、答えた。
「来週は大丈夫だと思うんですが、今後不定期にサラに予定が入りそうなんです。なので人と約束はしないようにしようかと」
「そうなんですね。ご一緒出来るようでしたら、ぜひ声をかけて下さい」
「ありがとうございます。攻略はしばらく、午前十時から始めて一泊、午後六時くらい終了の予定で行こうと思っているので、もし午前九時半までに我々が来なければ、予定が入ったのだと思って頂けたらありがたいです」
「わかりました。では来週はご一緒してもよろしいですか?」
「こちらの方こそお願いしたいです。ありがとうございます」
「リアムさん、ありがとうございます」
「いえいえ、お二人と攻略するのはとても楽しいので。戦利品もたくさん稼げますしね」
おどけるような口調に、兄妹は表情を緩めて笑う。
「来週も、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
本当に、いい人と出会えたものだと、二人は思った。
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