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 次の週もレベル上げをし、採寸したドレスの完成や靴の用意が出来た頃、イーディス殿下から茶会の招待状が届いた。
 ちょうど部屋に完成したドレスを母と兄とで並べていた時だった。
「本当に来た…」
「俺が嘘つくわけないだろう?」
 頭を小突かれ、サラはよろめく。
「楽しんでらっしゃいな、サラ。ドレスも靴も、夏まで十分持つくらい買ったものね」
「…お母様…たくさん買って頂いて…」
「何言っているの!サラが貴族令嬢を蹴散らしにいくんだから、戦闘服は必要でしょう?」
「け、蹴散らしには…行きませんけど…」
「今までサラは冒険者として力を入れていたから、親としては何も手伝いできなかったけれど、貴族社会に乗り込むのなら、親の出番でしょう?お父様もやる気でね。戦闘服は重要だって」
「戦闘服…」
 部屋にずらりと並んだトルソーに飾られたドレスの山と靴の入った箱を見渡し、サラは何とも言えず口を噤む。
「貴族女性にとって、ドレスや装飾品は戦闘服なんだそうだ」
「わぁ…」
 どこから聞きつけてきたのか得意げに兄が話し、母も隣で頷いていた。
「王女殿下のお茶会は、殿下が親しくしてらっしゃるご令嬢ばかりよ。あなたもきっと親しくなれるでしょう。繋がりを作っておけば、いざというとき頼りになるわ。令嬢方のお家も、きちんと見るのよ。冒険者としてもいずれ必ず役に立つ日が来るわ」
「はい、お母様」
「サラにはさらにプレゼントがある」
「お兄様?」
「王女殿下のお茶会に行くときのドレス、これだろう?」
 兄が指さしたのは、淡いブルーのドレスだった。デザインはすっきりとしていてスタイルが出るようになっている。
 だがいやらしさはなく、爽やかさを前面に押し出した美しい物だった。
「そうだね」
「じゃ、茶会に行く時にはこの装飾品をつけて行くように」
 兄が差し出したのはピアスとネックレスだった。
 サラの瞳の色であるアメジストをメインに、プラチナと金の極細の鎖を複雑に編み込んだチェーン、小ぶりなサファイアを随所にちりばめた、華奢でありながらも複雑な煌めきが美しい、一目見て高価とわかるセット品である。
「…これ、ものすごく高いのでは…」
「そういう心配はしなくていい。ありがたがって、受け取るのがマナーだぞ」
「お兄様、ありがとう!」
 素直に礼を言えば、兄はまんざらでもなさそうに微笑む。
「どういたしまして。他のドレスの装飾品も、ちゃんと用意するからな。父上も用意する気満々だ」
「お父様まで」
「良かったわね、サラ。でも気のない男性からの贈り物は、きちんとお断りするのよ」
「はい、お母様」
「あとでしつこく言い寄って来られて暴力沙汰になりますからね」
「お、お母様…?」
「ぶん殴ってもバレなければいいんだけれどね。バレなければ」
「母上…」
 母の身に過去何があったのだろう。
 思ったが、兄妹は尋ねることはできなかった。
「さぁ、サラ。参加者のおさらいをしておきましょうね。領地、特産品、好きなもの、嫌いなもの。仲の良いご令嬢、仲の悪いご令嬢、敵対している家、同じ派閥の家」
「はい」
「得意科目や苦手科目、学園でどのように過ごしているのか。情報が命よ。冒険者としてもそうでしょう。敵の情報が多ければ多い程、安全に倒せるの」
「はい」
 もはやツッこむ気力もなく、サラは素直に頷いた。
「こちらは新興貴族よ。殿下のお茶会にそんな目で見るご令嬢は呼ばれていないと思うけれど、一度舐められたら挽回するのがとても面倒なの。わかるわね?」
「はい」
「仲良くしておいた方がいい存在だと、思われなさい。敵に回したくないな、とも」
「母上の言葉を聞いていると、本当に戦いにしか聞こえないな…」
「同じようなものよ」
「女性の付き合いは面倒ですね…」
「そうなの。とっても面倒なのよ」
 これからお付き合いをしていかねばならないサラを前にして、遠慮のない会話であった。
「でもお父様もお母様も、夜会や茶会にほとんど参加されていませんよね?それは何故ですか?」
 サラの問いに、母はため息をついた。
「それはね、面倒だからよ」
「え…っ」
「母上…」
「ふふ、冗談よ。私達夫婦は家を捨てた平民だったの。英雄と呼ばれるようになって、貴族になった。つまり、貴族とは関係のない生き方をしてきた」
「はい」
「お父様の実家は口出ししたいようだけれど、しがらみといえばそれだけ。他に何の関係もない。どことも繋がりがない。…これがどういうことか、わかるかしら」
 美しく微笑む母が何を考えているのかはわからなかったが、兄妹に問いかける内容は、理解が出来た。
「どこにも弱みがない」
「正解」
「従うのは陛下のみで、どことも関わる必要もないから、ですか?」
「そう」
「…俺達が貴族付き合いを求められるのは、これから貴族として生きていかなければならないから、自分で生きる道を模索しろ、ということですね」
 母は満足そうに笑った。
「…あなた達なら安心ね。何の心配もしていない。極論すれば、別に貴族として生きていかなくてもいいの。冒険者として、平民として生きていっても構わない。私とお父様は国に仕える道を選んだけれど、あなた達は自由よ。…まあ、王太子殿下や王女殿下が離してはくれないでしょうけれど」
 微笑みながら言われて、兄妹は顔を見合わせた。
「あらゆる道を模索して、選べばいいと思うのよ。あなた達には、それを許される環境があるんだもの」
 両親の生い立ちを知っている兄妹は、その心遣いに感謝するのだった。
「ありがとうございます、母上」
「お母様、ありがとう」
「親としてできることはしますからね。まずはサラのお茶会を成功させることよ」
「は…はい」
「それと、メイドと従者を雇うことにしたの」
「…は?」
 思いもよらぬ発言に、兄妹は揃って声を上げた。
「今まで家と仕事の管理をしてくれる執事はいたけれど、使用人は通いだけだったし、庭師もそうだし、クリスにつくべき従者もいなかったでしょう」
「…いえ、自分のことは自分でできるので…」
「上位貴族と関わって行くのなら、メイドも従者も必要だわ」
「……」
「他人が常にいる生活にも、慣れないとね。…私もお父様も、頑張って慣れるから…」
 沈んだ表情で言われ、不本意なのだな、と兄妹は思った。
 両親は他人がいる生活を送っていたはずなのだが、冒険者になってから今までは必要最低限の人数で回していたから、今さら、という思いがあるのだろう。
 兄妹の為だと言われれば、否とは言えなかった。
「ドレスの着付けや化粧も、毎回外から来てもらうよりは、慣れたメイドの方がいいでしょう」
「…わかりました」
「クローゼットに、ドレスや靴、片づけちゃいましょうね」
「はい」
 母と兄、三人がかりで片づけながら、メイドがいたらこういうのもやってくれるんだな、とサラは思うのだった。
 
 
 
 
 
 母とクリスが部屋を出て、廊下を歩く。
「母上、メイドと従者の件ですが」
「ええ、もう面接も始めているのよ」
「…意図を聞いても?」
 母はぴたりと足を止め、クリスを見上げた。
「意図、というと?」
 首を傾げて惚ける母は、サラに似てとても可愛らしい人だ、とクリスは思う。
 二人の顔立ちはよく似ている。本来はとても美しく整っているのだが、それよりも表情が豊かで愛らしさが前面に出る。浮き世離れした雰囲気を持つ母だが、内面はとてもしたたかで強く、しっかりした人であることを知っていた。
 父と並んで英雄となった人なのだ。凡人であるはずがないのだった。
「今この時期に、メイドと従者を入れる必要性をお聞きしたい」
「…あなたは誰に似たのかしら。お父様はとても真っ直ぐな人なのに」
「父上でないのなら、一人しかいませんよね」
「嫌だわ、私こんなに性格は悪くないと思うのだけれど」
「実の息子になんてひどい」
「ふふふ、嬉しいわ。サラを守れるお兄ちゃんに育ってくれて」
 再び歩き出し、サロンへと足を踏み入れれば、執事が待っていた。
「奥様、お茶の用意ができております」
「ありがとう。この子の分もお願いね」
「かしこまりました」
 通いの庭師は老齢であるが、腕は確かだった。
 美しい庭を眺めながら、母は茶を淹れ終え下がろうとした執事にも声をかける。
「あなたも聞いておいて欲しいの。とても大切なことよ」
「はい」
 答えて執事は母の後ろに控えた。
「サム…サミュエルは元々冒険者だったの。スタンピードの折、魔獣に襲われてね。肩を食いちぎられてしまった。…私の回復魔法で完治はしたんだけれど、冒険者を辞めてお父様と私に仕えたいと言ってくれてね、それからずっと執事をしてもらっているのよ」
「そうだったのですね」
 クリスが物心ついた頃にはすでに彼は執事であった。
 そんな過去があったとは、初耳だった。
「わたくしは伯爵家の四男でした。冒険者としてそこそこ名を上げ、スタンピードにも意気揚々と参加した。自分は強いと、思い上がっていたのです。…お恥ずかしいことに、あの時死にかけて初めて心底恐怖しました。仲間は全滅しました。私を食い殺そうとしていた魔獣は、旦那様が倒して下さいました。わたくしの傷は、奥様が癒して下さいました。傷跡一つありません。…ですが、魔獣を前にするとあの時の恐怖が蘇り、二度と剣を持てなくなってしまった」
「……」
「貧乏伯爵家でした。上の兄達は領地をかけずり回り、必死に豊かにしようとしていましたが、なかなかうまく行かず。私の稼ぎの大部分を、伯爵家に入れてようやく息をつけるような状態で。…冒険者が出来なくなったと兄達が知った時、今までよく頑張ってきた、と、温かい言葉をかけてくれるものと信じて疑っていませんでした。でも顔を合わせた兄達は、わたくしを罵倒したのです」
「…ひどい」
「ここでも思い上がっていたのですね。金を入れて家を支えているのは自分だから、大切にしてくれるに違いない、と。…わたくしは本当に何もかも失って、スタンピードに参加した報奨金を持って家を出ました。町では、英雄を称えるニュースで持ちきりで、酒場に行けばスタンピードに参加した冒険者は全員が英雄でした。少しだけ息を付けるようになり、これからをどうしようと考える余裕ができた時、気づいたのです。命を助けて下さった奥様と旦那様に、お礼すら言っていないと」
「恨みはしなかったのかい?」
 静かな問いに、サムは目を見開いた。
「まさか、とんでもない!傷一つなく、救って頂いたのです。冒険者を辞めたのは自分の都合です。家を出たのは、家に失望したからです。…全てのやる気を失ったわたくしを動かしたのは、お二人に礼を言わねば、という一念だけだったのです。それで、お二人に会おうと、この屋敷にやって参りました。とても温かく迎えて下さり、もう身体は大丈夫なのかと労って下さった。…思わず泣いてしまいました。そこで事情を知ったお二人が、ではここで働かないかと声をかけて下さったのです」
「伯爵家は?」
「没落し、領地は分割されて今は他の貴族達のものとなっております」
「そうか」
 母はサムを見上げて、微笑んだ。
「本当に真面目に働いてくれて、感謝しているの。いい人を紹介しようとしても、執事は独身を貫くものです、だなんて言って全く結婚してくれないのよ。…この愚痴はまた日を改めるとして」
「…誰が聞くんですか」
 嫌な予感がしてクリスが問うと、母は当然のように指さしてきた。
「あなたか、サラしかいないでしょ?」
「父上にして下さい」
「ヨシュアは私が何を言っても聞いてくれるから、愚痴にならないのよ」
「のろけはよそでやって下さい」
「んもう。私が何を言いたいかというと、私が信用し、信頼するのは家族と、サムだけよ。…言いたいことが、わかるかしら?」
「……なるほど」
 しばしの沈黙の後、クリスは口を開いた。
「今まで通いの使用人しかいなかった我が家が、メイドと従者を探している、という噂は、あっという間に貴族間に広がるでしょうね」
「ええ、もう広がっているわ。色々な貴族家から紹介したい、と来ているの」
「はー…そういうことですか」
「わかってもらえるかしら」
 得心がいった、と頷くクリスに、母は何かを企むような顔をした。
「サラには知らせますか?」
「いいえ。知らせないわ」
「…後で怒られても知りませんよ」
「あなたも共犯者よ。一緒に怒られてちょうだいね」
「嫌です。…スパイをみすみす身内で飼うなんて、気の休まる暇もないですね」
「全員スパイ。わかりやすくていいでしょう。…サムはそれをまとめないといけないの。大変だけれど、お願いできるかしら」
「もちろんでございます、奥様」
「野放しにはしませんよね?」
「当然でしょう?全員監視するわ」
「…そんな付呪具、完成したのですか?」
 母の仕事は新しい付呪具の開発である。
 どのように開発しているのかは、家族でさえ知らなかった。
「付呪具というよりは魔道具に近いんだけれどね。ああ、あとは…普段通り生活してちょうだいね」
「…わかりました」
 母が何かをやろうとしているのなら、クリスに口を挟む余地はないのだった。
「サムは、執事としての仕事を全うしてくれたら構わないから」
「かしこまりました」
「母上を敵に回したくないですね」
「いやぁね。私もお父様も、あなた達の幸せを願っているのに」
「知ってます。ありがとうございます」
 知っている。両親がどれだけ自分達に愛情を与えてくれているか。
 自分達を守る為に、行動しようとしてくれているのだった。
「…頭が良すぎるわ。誰に似たのかしら…」
「俺が尊敬する両親ですよ」
 言って恥ずかしくなり、クリスは立ち上がった。
 部屋へ戻ろうと踵を返す背後から、母の興奮した声が聞こえるが、立ち止まりはしなかった。
「まぁ!聞いた!?ちょっと!もう一回!もう一回言ってちょうだい!」
「勘弁して下さい。失礼します」
「あっもうー!」
 サラも、両親の娘なのだった。
 言わなくとも、いずれ気づくだろう、と思う。
 でもしばらくは、隠れてサラを守る騎士気取りもいいだろう、と思うのだった。
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