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茶会当日、サラは新しく入ったメイド、メリッサとユナ、マリエールに支度を手伝ってもらっていた。
メリッサは二十歳、ユナは十七歳、マリエールは四十歳で、メイド長をしている。
「サラ様、お美しいです。普段あまりお化粧をされないということですが、お肌は荒れていませんね」
「お母様に手入れはちゃんとしろと言われているの。外に出ることも多いから」
「さようでございますか。さぁ、あとはアクセサリーをつけるだけでございますよ」
「ありがとう」
ユナが捧げ持つネックレスと、メリッサが持つピアスは兄と王太子からの贈り物であった。
兄は自分から、というような口振りであったが、王太子の手が入っていることがサラには分かる。
マリエールはため息をつきながらそれを手に取り、「これは素晴らしいお品ですね」と褒めてくれた。
「そうでしょう?お兄様が下さったの。宝物よ」
「まぁ、クリス様が。やはりAランク冒険者ともなりますと、稼ぎもよろしいんでしょうねぇ」
「そうね。兄はお金持ちだと思うわ」
「男爵家は安泰でございますねぇ」
全ての装飾品をつけ、着飾った姿は、サラ自身が驚くほどの出来映えだった。
「綺麗にしてくれて、ありがとう」
「本当にお美しゅうございます」
マリエールは気さくに話しかけてくれるが、メリッサとユナは無言であった。
関わろうとせず、口も利かない。
最低限の仕事をやるだけ、といった徹底ぶりに、サラは逆に感心していた。
雇用主家族に信頼してもらおう、という気持ちが見えない清々しさに、こちらも親しくなろうという気も失せるし、何かを頼もうとも思わない。
問題なく仕事をこなしてくれればそれで良い、と早々に割り切った。
ノックがして返事をすると、顔を出したのは兄だった。
「おっ、なんだ、やっぱりうちのサラは最高に可愛いな!」
着飾ったサラを上から下まで眺めて、絶賛する。
サラは恥ずかしくなり、思わず俯いた。
「や、やめてよお兄様。普段外見を褒めたりしないでしょう!?」
「普段から可愛いと思ってるが、所構わず言ってたら変態の烙印を押されてしまう。着飾った時に盛大に褒めるのが、正解だろう?」
「…そうかもしれませんけど」
「ほら、俺もちょうど王太子殿下に呼ばれているから、王宮まで一緒に行こう」
「えっ、そうなの?」
「うん。お手をどうぞ、お姫様」
「それはやめて欲しい」
「うちの妹は厳しいな」
苦笑する兄に同じく苦笑で返し、手を乗せる。
メイド達は一様に頭を下げて見送り、後ろをついて来るのだが、メリッサとユナの視線の先が気になった。
兄を、ずっと見ている。
…なるほど、と思うと同時に、仕事に集中しなよ、とも思う。
ぼーっと頬を染めて、明らかに態度が浮ついている。
視界に入ろうと背後で落ち着かなく動いているし、気になって仕方がない。
兄もサラも気づかない振りをしているが、内心では不快であった。
マリエールは二人よりも前を歩いており気づいていないようだったが、彼女は彼女で父にご執心だった。
父の前で態度が変わり、媚びたような言葉遣いをする。
メイドは愛人候補ではない、と思うのだが、今の所家族の誰も何も言わないので、サラも様子を見ているのだった。
エントランスへ降りると、兄の従者が控えていた。
馬車を用意させていたというのだが、この従者は兄と同い年で、男爵家の三男。冒険者として活動しているのだと言う。
同格の家の子息が従者?と思うのだが、家は貧しく、学費が払えない為三男である彼は学園に行けず、冒険者として身を立てる予定だったのだという。
兄の従者として応募してきたのは、冒険者を辞めた時にも生きていけるよう、打算なのだと本人が言っていた。
…何故知っているのかというと、兄が本を取ってくる、と書庫へと消えた僅かの間に話しかけてきたからだった。
従者なのだからついて行って、兄の本を一緒に探すのが仕事では?と思ったが、口にはしなかった。
そうなんですか、頑張って下さいね、と言えば、にこりと笑んで手を取ろうとしてきたのでさりげなく立ち上がって距離を取り、自分も書庫へと行くことでかわしたのだが、この屋敷に最近雇われた使用人で、まともに働いていると思われるのは、母の専属メイドとして雇われたレベッカくらいであった。
メイドとはかくあるべき、という姿を体現しており、仕事は完璧、所作も美しく、雇用主家族への敬意も忘れず出しゃばらず、けれど気配りが出来てまるで執事の女版のような人だった。
年齢は母と同い年で、メイドの中では最年長であるが、メイド経験はマリエールに適わなかった為、メイド長の職を辞退したらしかった。
元は男爵夫人であったという。
学園卒業と同時に結婚してすぐに子に恵まれたが、二人の子はどちらも娘で、しかも成人する前に男爵が亡くなったことで爵位を男爵の弟に奪われたらしい。
母子共々追い出され、実家の男爵家に帰るも居場所はなく、娘二人は早々に付き合いのある男爵家と子爵家に政略結婚の道具として嫁がされ、レベッカは市井に追い出されたのだという。
幸い、娘の嫁ぎ先は善良な家であり、レベッカにメイドの職を紹介してくれたのが始まりだったそうだ。
面接時に母と意気投合し、専属にしたのだと聞いた。
母とレベッカも見送りの為にエントランスへと出てきてくれていた。
「サラ、しっかり頑張ってね」
「はい、お母様」
「付き添うのはメリッサかしら?」
「はい、奥様」
「そう。サラをよろしくお願いね」
「かしこまりました」
「レベッカ」
母が声をかければ、音もなくレベッカが蓋を開けた箱を持って来た。
「はい、奥様。…サラお嬢様、こちらは奥様からでございます」
「まぁ、お母様。これは扇子ね?」
「貴族令嬢には必須でしょう?そのドレスに合わせて作ってもらったの。また別のドレスの時には、扇子をプレゼントするわね」
「ありがとう、お母様」
「さぁ、行ってらっしゃい。クリス、サラをよろしくね」
「もちろんです。では行って参ります」
サラをエスコートして、馬車に乗る。
兄の隣には従者が座り、サラの隣にはメリッサが座った。
「緊張しているか?サラ」
「緊張…はしていないと思うけれど、イーディス殿下がわざわざお声掛け下さったお茶会だもの。きちんとしよう、とは思ってるわ」
「次は参加者の誰かから誘いがあるだろう。少しずつ慣れていけばいいよ」
「はい。…お兄様は、何のご用で王太子殿下のお呼び出しを?」
「ああ、それな…最近公務が立て込んでいて、ダンジョンに行けないだろう。剣の相手をしろってね」
「まぁ…お忙しいんですね」
「忙しいというか、道連れというか…」
「道連れ…?」
首を傾げるサラだったが、兄は軽く咳払いをした。
「まぁ、今日は暇なんだよ。殿下は」
「そうなんですか。ゆっくり出来る時には休んで頂きたいですね」
「そうだねぇ」
とりとめもない話をしながら、王宮へと向かう。
従者とメイドは、一言も喋らなかった。
王宮へ着き、兄の手を借りて馬車を降りた先に、王女殿下付きの侍女と、王太子殿下の侍従が待っていた。
それぞれ完璧な角度で礼をし、兄と妹それぞれを迎えに来たと述べた。
「ありがとう、よろしく頼むよ」
「ありがとうございます」
「じゃぁサラ、しっかりな」
「はい、お兄様。お兄様もお気をつけて」
「うん」
入り口で分かれ、サラは侍女について歩く。
季節の花々が咲き誇る庭園の中を進むと、優雅な四阿が見える。
華奢な四本の柱は薔薇の蔓を彫り込んで、上へと伸びる。
テーブルの足もまた、揃いの彫刻で美しかった。
最も爵位の低いサラが一番最初の客である。
上位のご令嬢を待たせるのは失礼にあたり、下位の者が出迎えるのが礼儀であった。
席に着き、メリッサは少し離れた位置で待機する。
すぐに侍女がお茶を用意してくれるが、手をつけることはしなかった。
伯爵令嬢が二名、侯爵令嬢が二名。
侯爵令嬢の一人はエリザベスであった。あとは公爵令嬢が一名、そして王女殿下の七名での茶会である。
エリザベス以外は顔を合わせたことはない。
四名は一つ上であり、王女殿下のご学友である。
公爵令嬢は二つ上であった。
出迎えるたびに挨拶をさせて頂いたが、全員が好印象であった。内心ではどうかわからないが、少なくとも男爵令嬢ふぜいが、といった様子は微塵も見られなかった。
最後に王女殿下がご登場遊ばされ、全員で出迎えた。
「今日はわざわざありがとう。皆、楽にしてちょうだいね。ふふ、初めましての方もいるでしょう?紹介させてちょうだい。サラ・バートン、名誉騎士のご息女よ。サラ、ここにいるのはわたくしのお友達なの。エリザベスは知っているわね」
「はい、クラスメートです」
エリザベスと視線を合わせると、微笑みを返されたので、同じように返す。
「公爵令嬢のディアナは一つ上、他の令嬢達は、わたくしのクラスメートよ。勉強ができて、魔法も出来て、実は冒険者としても活動しているの。と、いっても家の事情もあるから、皆Dランクなのだけれど」
「…そうなのです、サラ様。外泊が許されず、泣く泣く諦めましたの。でも領地での一大事にはすぐ駆けつけられるよう、魔法の鍛錬は欠かしておりませんのよ」
ディアナはプラチナブロンドの髪にエメラルド色の瞳で、意志の強そうな顔立ちが印象的だ。
「公爵令嬢というお立場ですもの。御身に何かあっては、と、ご家族が心配されるのは当然だと思います。魔法の鍛錬はやればやるだけ身につきますので、素晴らしいご努力だと思います」
「ありがとう。サラ様は魔法がお得意と伺いましたの。魔術師団顧問でいらっしゃる、お母様の厳しい指導にも耐え抜いた、と」
「わたくしも一緒に耐え抜いたのよ!」
得意げな王女殿下は大変に愛らしい様子だったので、皆温かい気持ちで微笑んだ。
「ベス…エリザベスと共に、わたくしもご指導を仰いだことがございますの。魔法の教師をして頂くのなら、最高峰の魔法使いであるアンジェラ様に見て欲しい!と、駄々をこねましたの。当時…六歳だったかしら?」
「はい。わたくしは四歳でした」
エリザベスが頷いた。
「ああ、ベスはわたくしの姪ですの。なので小さい頃から共に過ごすことはございました。…それで、ご多忙にも関わらず、来て頂いたのです。数回、指導をして頂いたのですけれど、とても難しくて」
「…魔力の基礎、魔法の基本を説明された後はひたすらに実践。体中に魔力を巡らせることは容易でした。コップの中に半分ほど入った水を増やす、減らす、凍らせる、蒸発させる、これが出来るようになったら、次のステップへ進む、と言われましたが…当時のわたくし達には無理でしたの」
「どうすればいいのか、尋ねました。何故増えるのか、何故減るのか、凍るのか、蒸発するのかを理解すること、と言われましたが…理解できませんでした」
「わかりやすく教えて欲しい、と言うと、化学の本を渡されました。専門書です。これを読めば理解できる、と言われました」
「虐めだと、思ったのですわ。いやいや指導に来ているから、さっさと終わりにしたいのだろうと。もういい、と、それきり来て頂くことはありませんでした」
ディアナとエリザベスは顔を見合わせ、苦笑した。
「後程、父に激怒されました。後にも先にも、あれほどの怒りを見せた父を知りません。最初アンジェラ様は個人的な指導はしないと、断られたそうです。今だからわかることですが、どこか一家でも受け入れてしまうと、次から次へと依頼が来ることが目に見えていました。金を積んで、魔術師団に手を回し、英雄であるアンジェラ様を我が子の教師につけた、という虚栄心を満たす為に利用されてしまう」
「魔術師団は魔法の研究と付呪の研究の為に、顧問の力が絶対に必要であると譲らなかったし、教師代として破格の金額を出すと言っても頷かなかった、と聞いています」
「わたくしの父は土下座する勢いで一月、毎日通ってお願いをしたと言っておりました。先王陛下に仲介を願ったら、「本当に来て欲しいのなら、誠意を見せろ」と言われたと。公爵家より英雄の方が重要なのかと憤ったそうですが、現状を鑑みれば…先王陛下は英断を下されました。…やっと頷いて下さったアンジェラ様に、わたくし達は…」
「あの指導は第一、第二王女殿下とサラ様も受けていらっしゃったと。すでに課題を終え、先へと進んでいると、後から聞きましたの」
二人揃ってため息をつき、ディアナはお茶を飲んだ。
エリザベスは扇を弄びながら、サラを見た。
「わたくし達は、どれだけ甘えていたのかを知ったのですわ。…といっても、わたくしは当時四歳。正直、ぼんやりとしか覚えておりません。けれどディアナ姉様はその時から心を入れ替えられたのです。姉様を見て育ったわたくしも、そうあるべきだと、思ったのです」
「ふふ、二人とも、サラと仲良くなれそうでしょう?」
王女はサラに笑って見せた。
サラは眉尻を下げ、困ったように目を伏せた。
「私はそんなに褒めて頂けるようなことは何もしておりません。ただ、両親をとても尊敬しております。両親のような素晴らしい冒険者になりたい一心で、今まで努力をしてきたことは事実ですけれど」
「その努力が、今のサラ様を作っていらっしゃるのだわ。Aランクに上がるべく、頑張っていらっしゃるとか」
「はい」
「Bランクともなりますと、魔獣はとても強いのでしょう?ダンジョンはどんな感じですの?」
「お待ちなさいな、二人とも。まだお三方が全然お話できていなくてよ」
前のめりで尋ねる二人を王女が止めた。
「まぁ…ごめんなさい、つい夢中になってしまいましたわ」
まだ発言していない令嬢三名を見回して、ディアナが詫びる。
「いいえ、構いません。ディアナ様とエリザベス様は我が国を代表する淑女でいらっしゃるのに、そのような過去がおありになったのだと、勝手に親近感を覚えてしまいました」
「まぁ、アリアナ様」
「穴があったら入りたい、と思うようなことはわたくしもたくさんございますもの。けれどそのおかげで今の自分があるのだと、前向きに考えることにしております」
「素晴らしいわ」
「リリーナ様、カリン様、お二人はいかが?」
アリアナに話を振られ、リリーナが扇を揺らした。
「公爵、侯爵家の方々にもそのような過去があるのだ、と、励まされました。わたくしはアンジェラ様に憧れて、「冒険者になって英雄になるの!」と、子供の頃から手の着けられないお転婆だったそうです。領地に帰りますと、「野猿のお嬢様」と未だに呼ばれますの…」
「まぁ…」
「かわいらしい」
「お恥ずかしい限りですわ。ただ、わたくしは一人娘でございますので、身分を捨てて冒険者になることは難しく…諦めました。アンジェラ様のご息女であるサラ様が、冒険者として頑張っていらっしゃると聞き、お話させて頂きたいと、ずっと願っておりました。今日は殿下のおはからいでこのような機会を頂き、本当に感謝しております」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
満足そうな王女を横目に、カリンが口を開く。
「リリーナ様は本当にサラ様に憧れていらっしゃいますの。私はリリーナ様とはお隣の領地で、小さな頃から野猿その二として一緒に駆け回っておりました」
「まぁ、カリン様まで?」
「ただ少し前に私は身体を壊してしまい…今は完治したのですが、あまり激しい運動をしてはいけない、と止められております」
「そういえば、しばらくお茶会でもお見かけしなかったわ。領地へ行っている、とお聞きしていたけれど…」
「はい。病という噂が立ち、婚姻に影響が出てはいけないということで」
「そうだったの。婚姻と言うことは、カリン様はすでにご婚約を…?」
ディアナの気遣うような問いに、カリンは笑顔を見せる。
「はい。婚約は済ませ、学園卒業後に婚姻の予定でおります」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。…野猿その二と致しましては、やはりサラ様のご活躍に夢を見ておりますの。是非ダンジョンの様子など、お聞かせ下さいませ」
「そのような話でよろしければ、いくらでも」
嫌味もなく、必要以上に緊張を強いられることもなく、自然体でいられる茶会は初めてで戸惑っていたが、何故かと思えば皆がサラを受け入れてくれているからだと気づいた。
「嬉しい!」
「十階ごとにボスがいるのでしょう?どんな感じですの?やはり強いのかしら」
「はい、…」
サラが続けて口を開こうとしたところで、庭園の入り口がざわめいた。
メリッサは二十歳、ユナは十七歳、マリエールは四十歳で、メイド長をしている。
「サラ様、お美しいです。普段あまりお化粧をされないということですが、お肌は荒れていませんね」
「お母様に手入れはちゃんとしろと言われているの。外に出ることも多いから」
「さようでございますか。さぁ、あとはアクセサリーをつけるだけでございますよ」
「ありがとう」
ユナが捧げ持つネックレスと、メリッサが持つピアスは兄と王太子からの贈り物であった。
兄は自分から、というような口振りであったが、王太子の手が入っていることがサラには分かる。
マリエールはため息をつきながらそれを手に取り、「これは素晴らしいお品ですね」と褒めてくれた。
「そうでしょう?お兄様が下さったの。宝物よ」
「まぁ、クリス様が。やはりAランク冒険者ともなりますと、稼ぎもよろしいんでしょうねぇ」
「そうね。兄はお金持ちだと思うわ」
「男爵家は安泰でございますねぇ」
全ての装飾品をつけ、着飾った姿は、サラ自身が驚くほどの出来映えだった。
「綺麗にしてくれて、ありがとう」
「本当にお美しゅうございます」
マリエールは気さくに話しかけてくれるが、メリッサとユナは無言であった。
関わろうとせず、口も利かない。
最低限の仕事をやるだけ、といった徹底ぶりに、サラは逆に感心していた。
雇用主家族に信頼してもらおう、という気持ちが見えない清々しさに、こちらも親しくなろうという気も失せるし、何かを頼もうとも思わない。
問題なく仕事をこなしてくれればそれで良い、と早々に割り切った。
ノックがして返事をすると、顔を出したのは兄だった。
「おっ、なんだ、やっぱりうちのサラは最高に可愛いな!」
着飾ったサラを上から下まで眺めて、絶賛する。
サラは恥ずかしくなり、思わず俯いた。
「や、やめてよお兄様。普段外見を褒めたりしないでしょう!?」
「普段から可愛いと思ってるが、所構わず言ってたら変態の烙印を押されてしまう。着飾った時に盛大に褒めるのが、正解だろう?」
「…そうかもしれませんけど」
「ほら、俺もちょうど王太子殿下に呼ばれているから、王宮まで一緒に行こう」
「えっ、そうなの?」
「うん。お手をどうぞ、お姫様」
「それはやめて欲しい」
「うちの妹は厳しいな」
苦笑する兄に同じく苦笑で返し、手を乗せる。
メイド達は一様に頭を下げて見送り、後ろをついて来るのだが、メリッサとユナの視線の先が気になった。
兄を、ずっと見ている。
…なるほど、と思うと同時に、仕事に集中しなよ、とも思う。
ぼーっと頬を染めて、明らかに態度が浮ついている。
視界に入ろうと背後で落ち着かなく動いているし、気になって仕方がない。
兄もサラも気づかない振りをしているが、内心では不快であった。
マリエールは二人よりも前を歩いており気づいていないようだったが、彼女は彼女で父にご執心だった。
父の前で態度が変わり、媚びたような言葉遣いをする。
メイドは愛人候補ではない、と思うのだが、今の所家族の誰も何も言わないので、サラも様子を見ているのだった。
エントランスへ降りると、兄の従者が控えていた。
馬車を用意させていたというのだが、この従者は兄と同い年で、男爵家の三男。冒険者として活動しているのだと言う。
同格の家の子息が従者?と思うのだが、家は貧しく、学費が払えない為三男である彼は学園に行けず、冒険者として身を立てる予定だったのだという。
兄の従者として応募してきたのは、冒険者を辞めた時にも生きていけるよう、打算なのだと本人が言っていた。
…何故知っているのかというと、兄が本を取ってくる、と書庫へと消えた僅かの間に話しかけてきたからだった。
従者なのだからついて行って、兄の本を一緒に探すのが仕事では?と思ったが、口にはしなかった。
そうなんですか、頑張って下さいね、と言えば、にこりと笑んで手を取ろうとしてきたのでさりげなく立ち上がって距離を取り、自分も書庫へと行くことでかわしたのだが、この屋敷に最近雇われた使用人で、まともに働いていると思われるのは、母の専属メイドとして雇われたレベッカくらいであった。
メイドとはかくあるべき、という姿を体現しており、仕事は完璧、所作も美しく、雇用主家族への敬意も忘れず出しゃばらず、けれど気配りが出来てまるで執事の女版のような人だった。
年齢は母と同い年で、メイドの中では最年長であるが、メイド経験はマリエールに適わなかった為、メイド長の職を辞退したらしかった。
元は男爵夫人であったという。
学園卒業と同時に結婚してすぐに子に恵まれたが、二人の子はどちらも娘で、しかも成人する前に男爵が亡くなったことで爵位を男爵の弟に奪われたらしい。
母子共々追い出され、実家の男爵家に帰るも居場所はなく、娘二人は早々に付き合いのある男爵家と子爵家に政略結婚の道具として嫁がされ、レベッカは市井に追い出されたのだという。
幸い、娘の嫁ぎ先は善良な家であり、レベッカにメイドの職を紹介してくれたのが始まりだったそうだ。
面接時に母と意気投合し、専属にしたのだと聞いた。
母とレベッカも見送りの為にエントランスへと出てきてくれていた。
「サラ、しっかり頑張ってね」
「はい、お母様」
「付き添うのはメリッサかしら?」
「はい、奥様」
「そう。サラをよろしくお願いね」
「かしこまりました」
「レベッカ」
母が声をかければ、音もなくレベッカが蓋を開けた箱を持って来た。
「はい、奥様。…サラお嬢様、こちらは奥様からでございます」
「まぁ、お母様。これは扇子ね?」
「貴族令嬢には必須でしょう?そのドレスに合わせて作ってもらったの。また別のドレスの時には、扇子をプレゼントするわね」
「ありがとう、お母様」
「さぁ、行ってらっしゃい。クリス、サラをよろしくね」
「もちろんです。では行って参ります」
サラをエスコートして、馬車に乗る。
兄の隣には従者が座り、サラの隣にはメリッサが座った。
「緊張しているか?サラ」
「緊張…はしていないと思うけれど、イーディス殿下がわざわざお声掛け下さったお茶会だもの。きちんとしよう、とは思ってるわ」
「次は参加者の誰かから誘いがあるだろう。少しずつ慣れていけばいいよ」
「はい。…お兄様は、何のご用で王太子殿下のお呼び出しを?」
「ああ、それな…最近公務が立て込んでいて、ダンジョンに行けないだろう。剣の相手をしろってね」
「まぁ…お忙しいんですね」
「忙しいというか、道連れというか…」
「道連れ…?」
首を傾げるサラだったが、兄は軽く咳払いをした。
「まぁ、今日は暇なんだよ。殿下は」
「そうなんですか。ゆっくり出来る時には休んで頂きたいですね」
「そうだねぇ」
とりとめもない話をしながら、王宮へと向かう。
従者とメイドは、一言も喋らなかった。
王宮へ着き、兄の手を借りて馬車を降りた先に、王女殿下付きの侍女と、王太子殿下の侍従が待っていた。
それぞれ完璧な角度で礼をし、兄と妹それぞれを迎えに来たと述べた。
「ありがとう、よろしく頼むよ」
「ありがとうございます」
「じゃぁサラ、しっかりな」
「はい、お兄様。お兄様もお気をつけて」
「うん」
入り口で分かれ、サラは侍女について歩く。
季節の花々が咲き誇る庭園の中を進むと、優雅な四阿が見える。
華奢な四本の柱は薔薇の蔓を彫り込んで、上へと伸びる。
テーブルの足もまた、揃いの彫刻で美しかった。
最も爵位の低いサラが一番最初の客である。
上位のご令嬢を待たせるのは失礼にあたり、下位の者が出迎えるのが礼儀であった。
席に着き、メリッサは少し離れた位置で待機する。
すぐに侍女がお茶を用意してくれるが、手をつけることはしなかった。
伯爵令嬢が二名、侯爵令嬢が二名。
侯爵令嬢の一人はエリザベスであった。あとは公爵令嬢が一名、そして王女殿下の七名での茶会である。
エリザベス以外は顔を合わせたことはない。
四名は一つ上であり、王女殿下のご学友である。
公爵令嬢は二つ上であった。
出迎えるたびに挨拶をさせて頂いたが、全員が好印象であった。内心ではどうかわからないが、少なくとも男爵令嬢ふぜいが、といった様子は微塵も見られなかった。
最後に王女殿下がご登場遊ばされ、全員で出迎えた。
「今日はわざわざありがとう。皆、楽にしてちょうだいね。ふふ、初めましての方もいるでしょう?紹介させてちょうだい。サラ・バートン、名誉騎士のご息女よ。サラ、ここにいるのはわたくしのお友達なの。エリザベスは知っているわね」
「はい、クラスメートです」
エリザベスと視線を合わせると、微笑みを返されたので、同じように返す。
「公爵令嬢のディアナは一つ上、他の令嬢達は、わたくしのクラスメートよ。勉強ができて、魔法も出来て、実は冒険者としても活動しているの。と、いっても家の事情もあるから、皆Dランクなのだけれど」
「…そうなのです、サラ様。外泊が許されず、泣く泣く諦めましたの。でも領地での一大事にはすぐ駆けつけられるよう、魔法の鍛錬は欠かしておりませんのよ」
ディアナはプラチナブロンドの髪にエメラルド色の瞳で、意志の強そうな顔立ちが印象的だ。
「公爵令嬢というお立場ですもの。御身に何かあっては、と、ご家族が心配されるのは当然だと思います。魔法の鍛錬はやればやるだけ身につきますので、素晴らしいご努力だと思います」
「ありがとう。サラ様は魔法がお得意と伺いましたの。魔術師団顧問でいらっしゃる、お母様の厳しい指導にも耐え抜いた、と」
「わたくしも一緒に耐え抜いたのよ!」
得意げな王女殿下は大変に愛らしい様子だったので、皆温かい気持ちで微笑んだ。
「ベス…エリザベスと共に、わたくしもご指導を仰いだことがございますの。魔法の教師をして頂くのなら、最高峰の魔法使いであるアンジェラ様に見て欲しい!と、駄々をこねましたの。当時…六歳だったかしら?」
「はい。わたくしは四歳でした」
エリザベスが頷いた。
「ああ、ベスはわたくしの姪ですの。なので小さい頃から共に過ごすことはございました。…それで、ご多忙にも関わらず、来て頂いたのです。数回、指導をして頂いたのですけれど、とても難しくて」
「…魔力の基礎、魔法の基本を説明された後はひたすらに実践。体中に魔力を巡らせることは容易でした。コップの中に半分ほど入った水を増やす、減らす、凍らせる、蒸発させる、これが出来るようになったら、次のステップへ進む、と言われましたが…当時のわたくし達には無理でしたの」
「どうすればいいのか、尋ねました。何故増えるのか、何故減るのか、凍るのか、蒸発するのかを理解すること、と言われましたが…理解できませんでした」
「わかりやすく教えて欲しい、と言うと、化学の本を渡されました。専門書です。これを読めば理解できる、と言われました」
「虐めだと、思ったのですわ。いやいや指導に来ているから、さっさと終わりにしたいのだろうと。もういい、と、それきり来て頂くことはありませんでした」
ディアナとエリザベスは顔を見合わせ、苦笑した。
「後程、父に激怒されました。後にも先にも、あれほどの怒りを見せた父を知りません。最初アンジェラ様は個人的な指導はしないと、断られたそうです。今だからわかることですが、どこか一家でも受け入れてしまうと、次から次へと依頼が来ることが目に見えていました。金を積んで、魔術師団に手を回し、英雄であるアンジェラ様を我が子の教師につけた、という虚栄心を満たす為に利用されてしまう」
「魔術師団は魔法の研究と付呪の研究の為に、顧問の力が絶対に必要であると譲らなかったし、教師代として破格の金額を出すと言っても頷かなかった、と聞いています」
「わたくしの父は土下座する勢いで一月、毎日通ってお願いをしたと言っておりました。先王陛下に仲介を願ったら、「本当に来て欲しいのなら、誠意を見せろ」と言われたと。公爵家より英雄の方が重要なのかと憤ったそうですが、現状を鑑みれば…先王陛下は英断を下されました。…やっと頷いて下さったアンジェラ様に、わたくし達は…」
「あの指導は第一、第二王女殿下とサラ様も受けていらっしゃったと。すでに課題を終え、先へと進んでいると、後から聞きましたの」
二人揃ってため息をつき、ディアナはお茶を飲んだ。
エリザベスは扇を弄びながら、サラを見た。
「わたくし達は、どれだけ甘えていたのかを知ったのですわ。…といっても、わたくしは当時四歳。正直、ぼんやりとしか覚えておりません。けれどディアナ姉様はその時から心を入れ替えられたのです。姉様を見て育ったわたくしも、そうあるべきだと、思ったのです」
「ふふ、二人とも、サラと仲良くなれそうでしょう?」
王女はサラに笑って見せた。
サラは眉尻を下げ、困ったように目を伏せた。
「私はそんなに褒めて頂けるようなことは何もしておりません。ただ、両親をとても尊敬しております。両親のような素晴らしい冒険者になりたい一心で、今まで努力をしてきたことは事実ですけれど」
「その努力が、今のサラ様を作っていらっしゃるのだわ。Aランクに上がるべく、頑張っていらっしゃるとか」
「はい」
「Bランクともなりますと、魔獣はとても強いのでしょう?ダンジョンはどんな感じですの?」
「お待ちなさいな、二人とも。まだお三方が全然お話できていなくてよ」
前のめりで尋ねる二人を王女が止めた。
「まぁ…ごめんなさい、つい夢中になってしまいましたわ」
まだ発言していない令嬢三名を見回して、ディアナが詫びる。
「いいえ、構いません。ディアナ様とエリザベス様は我が国を代表する淑女でいらっしゃるのに、そのような過去がおありになったのだと、勝手に親近感を覚えてしまいました」
「まぁ、アリアナ様」
「穴があったら入りたい、と思うようなことはわたくしもたくさんございますもの。けれどそのおかげで今の自分があるのだと、前向きに考えることにしております」
「素晴らしいわ」
「リリーナ様、カリン様、お二人はいかが?」
アリアナに話を振られ、リリーナが扇を揺らした。
「公爵、侯爵家の方々にもそのような過去があるのだ、と、励まされました。わたくしはアンジェラ様に憧れて、「冒険者になって英雄になるの!」と、子供の頃から手の着けられないお転婆だったそうです。領地に帰りますと、「野猿のお嬢様」と未だに呼ばれますの…」
「まぁ…」
「かわいらしい」
「お恥ずかしい限りですわ。ただ、わたくしは一人娘でございますので、身分を捨てて冒険者になることは難しく…諦めました。アンジェラ様のご息女であるサラ様が、冒険者として頑張っていらっしゃると聞き、お話させて頂きたいと、ずっと願っておりました。今日は殿下のおはからいでこのような機会を頂き、本当に感謝しております」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
満足そうな王女を横目に、カリンが口を開く。
「リリーナ様は本当にサラ様に憧れていらっしゃいますの。私はリリーナ様とはお隣の領地で、小さな頃から野猿その二として一緒に駆け回っておりました」
「まぁ、カリン様まで?」
「ただ少し前に私は身体を壊してしまい…今は完治したのですが、あまり激しい運動をしてはいけない、と止められております」
「そういえば、しばらくお茶会でもお見かけしなかったわ。領地へ行っている、とお聞きしていたけれど…」
「はい。病という噂が立ち、婚姻に影響が出てはいけないということで」
「そうだったの。婚姻と言うことは、カリン様はすでにご婚約を…?」
ディアナの気遣うような問いに、カリンは笑顔を見せる。
「はい。婚約は済ませ、学園卒業後に婚姻の予定でおります」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。…野猿その二と致しましては、やはりサラ様のご活躍に夢を見ておりますの。是非ダンジョンの様子など、お聞かせ下さいませ」
「そのような話でよろしければ、いくらでも」
嫌味もなく、必要以上に緊張を強いられることもなく、自然体でいられる茶会は初めてで戸惑っていたが、何故かと思えば皆がサラを受け入れてくれているからだと気づいた。
「嬉しい!」
「十階ごとにボスがいるのでしょう?どんな感じですの?やはり強いのかしら」
「はい、…」
サラが続けて口を開こうとしたところで、庭園の入り口がざわめいた。
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