1 / 5
<1>
しおりを挟む
窓に石を当てられ、ベッドで横になっていたリーゼロッテは顔を向けた。レースカーテンのみ引かれた部屋には、月明かりが差し込んでいる。窓と同じ高さの樹の上にいる人物を、ぼんやりと映し出していた。
「こんばんは。はじめまして、僕のお姫様」
窓は閉まっていて、声がここまではっきりと聞こえるのは不思議だった。シルヴェストルと名乗った彼は、リーゼロッテの返事など期待していないようで、樹の上から好きに話している。
他人との関わりが薄いリーゼロッテは、難しいことを考えず受け入れてしまえる。リーゼロッテに用もなく話しかけてくる人は珍しい。窓を隔てていれば、何か起こることもないだろう。
「貴女の瞳を、見せてはいただけませんか」
シルヴェストルには、レース越しのこの距離でもリーゼロッテの顔が見えているらしい。眼帯をしているため、隠しているのは分かりやすくもある。
会話のなかで、初めての質問だった。リーゼロッテはシルヴェストルからの一方的な世間話を、ずっと聞き流していた。物理的な距離もあって、返事をしたとしても聞こえると思えなかったのだ。
「……不幸の印なのです。目に入れてしまえば、貴方にも災難が訪れてしまいます」
樹の上からリーゼロッテを見るシルヴェストルの姿を、はっきりと確認することはできない。なぜ彼がリーゼロッテの瞳の色を知りたいのか、掴みきれない。あんなに「見せるな」と言われてきたのだ。簡単には晒せない。
ここは王城の一室で、リーゼロッテは王家の一員でありながら表に出されず、ずっとこの部屋で寝たきりの生活を強いられている。王家に相応しくない見た目で、この世に生まれてしまったからだ。
「……『災難』とは?」
返事が聞こえ、リーゼロッテは目を見開いた。シルヴェストルには、リーゼロッテの声が届くのだ。
「……幼いころ、この目を見た使用人が倒れ、他にも私の周りの侍女は次々に亡くなりました。私の目を見ては、貴方も同じ道を辿ることになります」
「そちらのバックルを外すことは?」
リーゼロッテはまたも驚いた。シルヴェストルにはリーゼロッテの眼帯が見えているため、バックルを着けていることも確認できたのだろうが、その言いぶりはまるで、バックルに意味があると知っているようだった。
「……私にとっては大切なものです。外すなど考えられません」
不幸の印は、説明しやすい理由だった。幼いころ、まだ自分の魔力に慣れず、驚いたり怖かったりすると魔力が勝手に溢れ、周囲の使用人や侍女が影響を受けてしまった。
魔術師は、魔術師としか関わることができない。魔力耐性がないと危険なのだ。バックルがなくなれば魔力が放出され、このベッドに寝ているだけでも、誰かが近くに寄れば危険に晒されてしまう。王城の中で人が亡くなるなど、頻繁にあってはならない。
☆
眼帯でレッドの片目を隠し、他人の魔力を込められたバックルで魔力制限を受け、ベッドの周辺に掛けられた結界から出られない王女。それが、リーゼロッテだ。
結界はベッドと私室の周囲に張られていて、何かあれば感知できるそうだ。バックルもあり、リーゼロッテに魔術は扱えない。皆が対策をしてくるのに、その対策を信じ切る者もいない。
魔術師の証であるレッドの瞳がその全ての元凶で、生まれたその日から当然のように血縁から見放された。リーゼロッテは王家に必要のない、政略結婚にすら使えない王女だ。幼いころには好奇心からこの寝室へ遊びに来ていた王太子の兄も、いつの間にか来なくなった。
幼すぎて記憶にはないが、王の指示なく命を狙われたこともあるらしい。リーゼロッテの首を落とそうとした騎士に対し、生まれ持った大量の魔力を放出することで身を守った。それ以来、結界とバックルとともに生活することが決まった。
対外的には亡くなったことになっているが、いっそのこと、本当に殺してほしいとすら思う。今、命を狙われれば、バックルもあって魔力放出を抑えられるだろう。
現在、リーゼロッテに仕える侍女たちは両目ともがレッドだが、強い魔力を有しているわけではないそうだ。守護魔術の掛かった魔術道具を身に着け、リーゼロッテの世話をする。
必要以上の会話は許されていないが、侍女が来てくれることで知れることも多い。彼女たちの話によれば、リーゼロッテの世話には騎士や戦闘に出る魔術師と同程度の、危険手当が支払われている。そうでもしないと、ここには誰も寄り付かないのだ。
だからこそ、窓の外からとはいえリーゼロッテに話しかけてくるシルヴェストルの存在が、印象深かった。
☆
今夜もまた、窓に石が当たる。寝たきりのリーゼロッテは、顔だけを窓の外へ向ける。やはり樹の上に、シルヴェストルがいた。
リーゼロッテは他者との関わりが極端になく、シルヴェストルが普通の男性なのかは判断できない。すらりと長い手足で、月明かりに照らされる様は美しく見えた。
「今から、そちらに参りますね」
リーゼロッテが言葉を返す前に、目の前からシルヴェストルが消えた。いつもの樹には、揺れる枝葉のみが残されている。
「こちらですよ、僕のお姫様」
鍵を開けてもいないのに、窓とは反対側、しかも室内にシルヴェストルが立っていた。結界は国でも有数の魔力を有した魔術師が張り、気付かれずに破ることは不可能だと聞いた。夜に直接、窓からリーゼロッテの部屋に、攻撃された様子もなく結界の中へ、彼は入ってきた。
何も言葉が見つからず、リーゼロッテはただただ、シルヴェストルを凝視してしまった。
「……そのような眼差しでじっくり見られますと、少し恥ずかしいですね」
「ご、ごめんなさい」
「驚かれましたか」
「ええ」
シルヴェストルは、リーゼロッテの反応が正しいと肯定するように微笑みを浮かべながら、一度重々しく頷いた。リーゼロッテには聞きたいことがいくつもあるものの、上手く言葉にまとまらない。
「ここには強い結界が、三重ほど張られていますね。貴女のバックルからも、複数の魔力を感じます」
「っ……」
発言を理解するのに、どうしても時間が掛かってしまう。室内を見回しながらシルヴェストルが言ったことは、リーゼロッテに関わる限られた人、両親と兄、数名の侍女たち、この結界とバックルを作った魔術師たちしか知らないはずだ。
なぜ、シルヴェストルが知っているのか。ビューロー王家の秘密であり、国家を揺らがせる事態にも利用できるこの情報を、なぜ。
「……魔術師の番のお話を、ご存知ですか」
シルヴェストルが、別の話を差し込んできた。リーゼロッテの頭はそれどころではなかったが、知っていることを話した。
「『魔術師は魔術師としか関わることができず、特に相性の良い相手を番と呼ぶ』と」
「そのとおりです。その知識はどちらで?」
「幼いころ、まだここに来ていた兄が、本を持ってきてくれました」
「なるほど、王太子から王妹への優しさだったのでしょうね」
「ええ、禁じられていたはずですから」
当時から結界はあったはずだが、兄はベッドの側に寄り、リーゼロッテと会話していた。侍女と同じような、魔術道具を身に着けていたのだろう。思い出せる兄の姿は澄んだイエローの瞳を持った可愛らしい幼児だが、侍女の話によれば、今は結婚して子どももいるらしい。リーゼロッテと会うことは、やはりないのだろう。
シルヴェストルは、リーゼロッテの兄が王太子だと知っていた。リーゼロッテはこの世に存在せず、兄に弟妹はいないことになっている。疑問が次々に浮かぶが、顔や魔力に出ないよう気を張った。何度も会話をした相手ではあるものの、王家の秘密を知って良いことにはならない。
「番となるには、魔力の釣り合いが必要です。僕には、貴女しかいない」
「……理解しかねます」
「急なお願いなのも、十二分に承知しております。少し説明を」
「ええ」
シルヴェストルの両目はブルーだ。魔力を持つなら、レッドの瞳でないと辻褄が合わない。魔術師でない彼が、どうして誰にも気付かれずにこの部屋にいるのか、リーゼロッテには分からないままだ。
「探したのです。魔力の気配を辿って、不自然なほどに魔力が集まっているこの部屋を見つけました」
「どういった手段で?」
「それは次の機会に。今日は少し、長居しすぎたようです」
シルヴェストルが、扉に細めた目を向けた。リーゼロッテには何も感じられないが、侍女が様子を見に来たのかもしれない。
「少しずつ、直接お話しに来ます。ひとつ、覚えていてほしいのは、僕は貴女の味方で、貴女を必要としていることです」
ベッドのそばに立っていたシルヴェストルが、すっと膝をついた。リーゼロッテに大きな手を伸ばし、そっと持ち上げたあと、その甲にキスを落とした。リーゼロッテが驚く間も、その意味を察する間もなかった。
にこっと口角を上げたシルヴェストルと目が合った次の瞬間には、もう消えていた。慌てて窓の外を見ると、樹の上から手を振る彼が見えた。
☆
窓に石が当てられ、窓の外を見るが、いつもの樹の上には誰もいない。
「こちらですよ、お姫様」
声がするほうへ顔を向けると、シルヴェストルがまた、室内に立っていた。
「一度だけなら、まぐれだと思いました。理解が追いつかないもので」
「仕方ありませんよ。どうぞ気を楽に」
夜に室内へ訪れるシルヴェストルへ、つい嫌味を向けてしまった。リーゼロッテは望んでも、外に出られない。ベッドからの移動もままならず、結界を越えることはできないのだ。
食事や湯浴みのためにベッドから身体を起こすだけでも、ピリピリと身体が痺れてしまう。その状態で侍女たちの世話を受け、使う場所もないのにカトラリーやカーテシーの作法を習い、ベッドに戻る生活を送っている。
怒った様子すら見せず、シルヴェストルは微笑んで、ベッドのそばに跪いた。今回は帰り際ではなく、リーゼロッテの頭はまだクリアで、混乱なく考えられる。シルヴェストルは、リーゼロッテがどの立場の誰なのか、やはり分かっているのだ。
「……貴女なら、お気付きになると思っていました、リーゼロッテ王女殿下」
「その敬称は、私には許されておりません」
「存じております」
目を凝らすと、シルヴェストルの身体を避けるように、結界が揺らめいている。シルヴェストルからは魔力の気配すら感じない。羽織っているマントが、魔力を避ける魔術道具なのかもしれない。それでも、この強い結界に入ってこられる理由にはならないはずだ。
「説明してくださる?」
「敬称がお嫌いであれば、リーゼロッテ様とお呼びしても?」
「ええ」
シルヴェストルが一度視線を落とし、ゆっくりとひと呼吸をしたあと、すぐにリーゼロッテを見返した。強い意志を持った瞳で、反射的に身構えた。
「リーゼロッテ様は、眼帯の下にレッドの目を隠し、そのバックルで魔力制限を受けて、いや、受けているフリをした、オッドアイの魔術師でしょう?」
「……」
「オッドアイの魔力は、そんな程度のバックルでは到底制限できず、過激思想を持てば国家の誰もが勝てないのは明白です。だからこうして、この部屋に監禁され続けている」
予想だとしても、知られてしまっている。リーゼロッテには、シルヴェストルが悪い人には見えなかった。
「……どうして、それを?」
「僕も、オッドアイなので」
シルヴェストルが手をかざすと、ブルーだった両目の片方がレッドに変わった。彼が彼自身に魔術を使っていたと推測はできるが、リーゼロッテのもとに来る魔術師が結界を確認するときのような、魔力の揺れは見えなかった。
「これが、僕の素の色です」
その両目からは、リーゼロッテに向けて熱い視線が注がれ、逸らせなかった。
「こんばんは。はじめまして、僕のお姫様」
窓は閉まっていて、声がここまではっきりと聞こえるのは不思議だった。シルヴェストルと名乗った彼は、リーゼロッテの返事など期待していないようで、樹の上から好きに話している。
他人との関わりが薄いリーゼロッテは、難しいことを考えず受け入れてしまえる。リーゼロッテに用もなく話しかけてくる人は珍しい。窓を隔てていれば、何か起こることもないだろう。
「貴女の瞳を、見せてはいただけませんか」
シルヴェストルには、レース越しのこの距離でもリーゼロッテの顔が見えているらしい。眼帯をしているため、隠しているのは分かりやすくもある。
会話のなかで、初めての質問だった。リーゼロッテはシルヴェストルからの一方的な世間話を、ずっと聞き流していた。物理的な距離もあって、返事をしたとしても聞こえると思えなかったのだ。
「……不幸の印なのです。目に入れてしまえば、貴方にも災難が訪れてしまいます」
樹の上からリーゼロッテを見るシルヴェストルの姿を、はっきりと確認することはできない。なぜ彼がリーゼロッテの瞳の色を知りたいのか、掴みきれない。あんなに「見せるな」と言われてきたのだ。簡単には晒せない。
ここは王城の一室で、リーゼロッテは王家の一員でありながら表に出されず、ずっとこの部屋で寝たきりの生活を強いられている。王家に相応しくない見た目で、この世に生まれてしまったからだ。
「……『災難』とは?」
返事が聞こえ、リーゼロッテは目を見開いた。シルヴェストルには、リーゼロッテの声が届くのだ。
「……幼いころ、この目を見た使用人が倒れ、他にも私の周りの侍女は次々に亡くなりました。私の目を見ては、貴方も同じ道を辿ることになります」
「そちらのバックルを外すことは?」
リーゼロッテはまたも驚いた。シルヴェストルにはリーゼロッテの眼帯が見えているため、バックルを着けていることも確認できたのだろうが、その言いぶりはまるで、バックルに意味があると知っているようだった。
「……私にとっては大切なものです。外すなど考えられません」
不幸の印は、説明しやすい理由だった。幼いころ、まだ自分の魔力に慣れず、驚いたり怖かったりすると魔力が勝手に溢れ、周囲の使用人や侍女が影響を受けてしまった。
魔術師は、魔術師としか関わることができない。魔力耐性がないと危険なのだ。バックルがなくなれば魔力が放出され、このベッドに寝ているだけでも、誰かが近くに寄れば危険に晒されてしまう。王城の中で人が亡くなるなど、頻繁にあってはならない。
☆
眼帯でレッドの片目を隠し、他人の魔力を込められたバックルで魔力制限を受け、ベッドの周辺に掛けられた結界から出られない王女。それが、リーゼロッテだ。
結界はベッドと私室の周囲に張られていて、何かあれば感知できるそうだ。バックルもあり、リーゼロッテに魔術は扱えない。皆が対策をしてくるのに、その対策を信じ切る者もいない。
魔術師の証であるレッドの瞳がその全ての元凶で、生まれたその日から当然のように血縁から見放された。リーゼロッテは王家に必要のない、政略結婚にすら使えない王女だ。幼いころには好奇心からこの寝室へ遊びに来ていた王太子の兄も、いつの間にか来なくなった。
幼すぎて記憶にはないが、王の指示なく命を狙われたこともあるらしい。リーゼロッテの首を落とそうとした騎士に対し、生まれ持った大量の魔力を放出することで身を守った。それ以来、結界とバックルとともに生活することが決まった。
対外的には亡くなったことになっているが、いっそのこと、本当に殺してほしいとすら思う。今、命を狙われれば、バックルもあって魔力放出を抑えられるだろう。
現在、リーゼロッテに仕える侍女たちは両目ともがレッドだが、強い魔力を有しているわけではないそうだ。守護魔術の掛かった魔術道具を身に着け、リーゼロッテの世話をする。
必要以上の会話は許されていないが、侍女が来てくれることで知れることも多い。彼女たちの話によれば、リーゼロッテの世話には騎士や戦闘に出る魔術師と同程度の、危険手当が支払われている。そうでもしないと、ここには誰も寄り付かないのだ。
だからこそ、窓の外からとはいえリーゼロッテに話しかけてくるシルヴェストルの存在が、印象深かった。
☆
今夜もまた、窓に石が当たる。寝たきりのリーゼロッテは、顔だけを窓の外へ向ける。やはり樹の上に、シルヴェストルがいた。
リーゼロッテは他者との関わりが極端になく、シルヴェストルが普通の男性なのかは判断できない。すらりと長い手足で、月明かりに照らされる様は美しく見えた。
「今から、そちらに参りますね」
リーゼロッテが言葉を返す前に、目の前からシルヴェストルが消えた。いつもの樹には、揺れる枝葉のみが残されている。
「こちらですよ、僕のお姫様」
鍵を開けてもいないのに、窓とは反対側、しかも室内にシルヴェストルが立っていた。結界は国でも有数の魔力を有した魔術師が張り、気付かれずに破ることは不可能だと聞いた。夜に直接、窓からリーゼロッテの部屋に、攻撃された様子もなく結界の中へ、彼は入ってきた。
何も言葉が見つからず、リーゼロッテはただただ、シルヴェストルを凝視してしまった。
「……そのような眼差しでじっくり見られますと、少し恥ずかしいですね」
「ご、ごめんなさい」
「驚かれましたか」
「ええ」
シルヴェストルは、リーゼロッテの反応が正しいと肯定するように微笑みを浮かべながら、一度重々しく頷いた。リーゼロッテには聞きたいことがいくつもあるものの、上手く言葉にまとまらない。
「ここには強い結界が、三重ほど張られていますね。貴女のバックルからも、複数の魔力を感じます」
「っ……」
発言を理解するのに、どうしても時間が掛かってしまう。室内を見回しながらシルヴェストルが言ったことは、リーゼロッテに関わる限られた人、両親と兄、数名の侍女たち、この結界とバックルを作った魔術師たちしか知らないはずだ。
なぜ、シルヴェストルが知っているのか。ビューロー王家の秘密であり、国家を揺らがせる事態にも利用できるこの情報を、なぜ。
「……魔術師の番のお話を、ご存知ですか」
シルヴェストルが、別の話を差し込んできた。リーゼロッテの頭はそれどころではなかったが、知っていることを話した。
「『魔術師は魔術師としか関わることができず、特に相性の良い相手を番と呼ぶ』と」
「そのとおりです。その知識はどちらで?」
「幼いころ、まだここに来ていた兄が、本を持ってきてくれました」
「なるほど、王太子から王妹への優しさだったのでしょうね」
「ええ、禁じられていたはずですから」
当時から結界はあったはずだが、兄はベッドの側に寄り、リーゼロッテと会話していた。侍女と同じような、魔術道具を身に着けていたのだろう。思い出せる兄の姿は澄んだイエローの瞳を持った可愛らしい幼児だが、侍女の話によれば、今は結婚して子どももいるらしい。リーゼロッテと会うことは、やはりないのだろう。
シルヴェストルは、リーゼロッテの兄が王太子だと知っていた。リーゼロッテはこの世に存在せず、兄に弟妹はいないことになっている。疑問が次々に浮かぶが、顔や魔力に出ないよう気を張った。何度も会話をした相手ではあるものの、王家の秘密を知って良いことにはならない。
「番となるには、魔力の釣り合いが必要です。僕には、貴女しかいない」
「……理解しかねます」
「急なお願いなのも、十二分に承知しております。少し説明を」
「ええ」
シルヴェストルの両目はブルーだ。魔力を持つなら、レッドの瞳でないと辻褄が合わない。魔術師でない彼が、どうして誰にも気付かれずにこの部屋にいるのか、リーゼロッテには分からないままだ。
「探したのです。魔力の気配を辿って、不自然なほどに魔力が集まっているこの部屋を見つけました」
「どういった手段で?」
「それは次の機会に。今日は少し、長居しすぎたようです」
シルヴェストルが、扉に細めた目を向けた。リーゼロッテには何も感じられないが、侍女が様子を見に来たのかもしれない。
「少しずつ、直接お話しに来ます。ひとつ、覚えていてほしいのは、僕は貴女の味方で、貴女を必要としていることです」
ベッドのそばに立っていたシルヴェストルが、すっと膝をついた。リーゼロッテに大きな手を伸ばし、そっと持ち上げたあと、その甲にキスを落とした。リーゼロッテが驚く間も、その意味を察する間もなかった。
にこっと口角を上げたシルヴェストルと目が合った次の瞬間には、もう消えていた。慌てて窓の外を見ると、樹の上から手を振る彼が見えた。
☆
窓に石が当てられ、窓の外を見るが、いつもの樹の上には誰もいない。
「こちらですよ、お姫様」
声がするほうへ顔を向けると、シルヴェストルがまた、室内に立っていた。
「一度だけなら、まぐれだと思いました。理解が追いつかないもので」
「仕方ありませんよ。どうぞ気を楽に」
夜に室内へ訪れるシルヴェストルへ、つい嫌味を向けてしまった。リーゼロッテは望んでも、外に出られない。ベッドからの移動もままならず、結界を越えることはできないのだ。
食事や湯浴みのためにベッドから身体を起こすだけでも、ピリピリと身体が痺れてしまう。その状態で侍女たちの世話を受け、使う場所もないのにカトラリーやカーテシーの作法を習い、ベッドに戻る生活を送っている。
怒った様子すら見せず、シルヴェストルは微笑んで、ベッドのそばに跪いた。今回は帰り際ではなく、リーゼロッテの頭はまだクリアで、混乱なく考えられる。シルヴェストルは、リーゼロッテがどの立場の誰なのか、やはり分かっているのだ。
「……貴女なら、お気付きになると思っていました、リーゼロッテ王女殿下」
「その敬称は、私には許されておりません」
「存じております」
目を凝らすと、シルヴェストルの身体を避けるように、結界が揺らめいている。シルヴェストルからは魔力の気配すら感じない。羽織っているマントが、魔力を避ける魔術道具なのかもしれない。それでも、この強い結界に入ってこられる理由にはならないはずだ。
「説明してくださる?」
「敬称がお嫌いであれば、リーゼロッテ様とお呼びしても?」
「ええ」
シルヴェストルが一度視線を落とし、ゆっくりとひと呼吸をしたあと、すぐにリーゼロッテを見返した。強い意志を持った瞳で、反射的に身構えた。
「リーゼロッテ様は、眼帯の下にレッドの目を隠し、そのバックルで魔力制限を受けて、いや、受けているフリをした、オッドアイの魔術師でしょう?」
「……」
「オッドアイの魔力は、そんな程度のバックルでは到底制限できず、過激思想を持てば国家の誰もが勝てないのは明白です。だからこうして、この部屋に監禁され続けている」
予想だとしても、知られてしまっている。リーゼロッテには、シルヴェストルが悪い人には見えなかった。
「……どうして、それを?」
「僕も、オッドアイなので」
シルヴェストルが手をかざすと、ブルーだった両目の片方がレッドに変わった。彼が彼自身に魔術を使っていたと推測はできるが、リーゼロッテのもとに来る魔術師が結界を確認するときのような、魔力の揺れは見えなかった。
「これが、僕の素の色です」
その両目からは、リーゼロッテに向けて熱い視線が注がれ、逸らせなかった。
3
あなたにおすすめの小説
冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─
あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」
没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。
しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。
瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。
「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」
絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。
嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。
身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~
ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。
彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。
――死んだはずの彼女が、生きている?
同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。
「今さら、逃げ道があると思うなよ」
瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。
秘された皇子と、選び直した愛。
三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?
* * *
後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです
果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。
幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。
ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。
月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。
パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。
これでは、結婚した後は別居かしら。
お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。
だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる