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しおりを挟む王城警備の魔術師が異常を感知しても、シルヴェストルが勝つことは明確だが、ビューロー王家相手に事を荒げたくはない。当然、魔力の気配は消しているため、魔術師が集まってくることもない。この結界は分厚く、本来なら触れただけでも人が来るだろうが、オッドアイに勝てる魔術師はいないのだ。
リーゼロッテが魔力を感じ取れているのか、シルヴェストルには分からなかった。自分の能力について、どこまでの知識があるのかも未知数だ。それでも、シルヴェストルにはリーゼロッテしかいない。魔術ではなく、言葉で説得したかった。
「僕の両親、コンスリー公爵夫妻は魔力を持たない一般人ですが、母方の曽祖母は魔術師だったそうです。魔力が弱く、曽祖父との関係には問題がなかったとか。まあ、遺伝も含め、オッドアイの出現率は解明されていませんが」
国内情勢すら満足に知らないはずのリーゼロッテには、シルヴェストルの出身がいいのかも分からないだろう。公爵という爵位が王家に次ぐ高位であることも、合わせて伝えた。
隣に跪いたままのシルヴェストルが、リーゼロッテの眼帯に手を伸ばす。拒否はされず、彼女は目を閉じただけだった。
「ああ、やはり……、綺麗なお色味ですね」
ゆっくりと目を開けたリーゼロッテは、恥ずかしそうに目線を彷徨わせた。綺麗なレッドとイエローの瞳を、この手でずっと守っていきたい。確かめるように、親指でその青白い頬を撫でた。
顔をぐっと近付け、リーゼロッテのきゅっと結ばれた唇に自分のものを押し当てる。初めてのことに驚いたのか、顔に触れたままの手を嫌がられない。まばたきのたびに、リーゼロッテの瞳から涙が零れた。
そっと拭っているうちに、シルヴェストルも自分の頬が濡れていることに気付いた。シルヴェストルにも、オッドアイを理解してくれる人はいなかった。
「……シルヴェストル様」
「ぜひ、シルヴィと。敬称は要りません。リーゼロッテ様のほうが高位であることに、変わりありませんから」
「では、シルヴィ。明日も来てくださる?」
「ええ、リーゼロッテ様の望むままに」
☆
「王都には魔術師が多いのに、大量の魔力を持つオッドアイには、何人が束になっても上回れないのです。リーゼロッテ様はビューロー王家に生まれ、そのお力の政治利用を危惧されたはずです。僕も父の書斎には近づけなかったので、事業や社交には全く触れさせてもらえませんでした。僕が長男ですが、爵位はひとつ下の弟が継ぐことも決まっています」
「そうでしたか……」
雰囲気の柔らかくなったリーゼロッテが、相変わらず横になったまま、シルヴェストルの前にいる。身体を起こすこともできるらしいが、おそらく魔術師の侍女が勘づいてしまう。シルヴェストルは毎回、この部屋に来るたび跪き、目線の高さをリーゼロッテに合わせて話す。
「僕は僕で、王都から少し離れたところに屋敷を構えようと思っていて……、ありのままで生活できるような、少し郊外を考えています。身分はなくなりますが、結界や守護魔術を込めた魔術道具を作ることができれば、生活には困りません。膨大な魔力量は、適正を見極めて利用すれば良いのです。魔術師と顧客の取り合いをするのも避けたいので、魔術が珍しい他国へ赴くのもひとつの手です」
リーゼロッテはこくこくと小さく頷きながら、シルヴェストルの言葉を咀嚼している。きっと彼女なら、シルヴェストルの希望を叶えてくれる。
「僕は、貴女を連れて行きたい。魔術師は、魔術師同士でしか交われません。おそらく両家とも、僕たちがオッドアイであることを公にはしないでしょう」
「ええ」
「リーゼロッテ様となら、一生添い遂げられる自信があります。このバックルを外しても、僕なら耐えられます」
キルトから出された細い左手首には、重々しいバックルが着けられている。シルヴェストルはひと撫でして、そのままリーゼロッテの手を握りしめた。
「……貴方にはそれほど、たくさんの魔力が?」
「オッドアイですから。僕は外に出られたので、自分で少しずつ鍛錬し制御を身に着けました。リーゼロッテ様は王女殿下ですし、暴走を起こすよりは監禁してしまうほうがいいと判断されたのでしょう」
教育で適正に導くなど、考える人材が今のビューロー王家周辺にはいない。もしいたとしても、リーゼロッテの父である国王は聞き入れなかっただろう。シルヴェストルの父も同様に、貴族の身分や政治的な立ち位置のほうが重要で、魔術師を蔑ろにしているひとりだ。
数代前から、洗脳魔術を扱えるような膨大な魔力を持つ魔術師が減り続け、魔力を持たないその他大勢の一般人が台頭する時代になった。魔術師は金のある貴族に買われ、屋敷を守る結界や個人を守る魔術道具を作るために存在する。公に出る機会を失い、貴族のために魔力を使い続けなければならない。
そうやって、魔術師を抱えていると誇示できるのが貴族の証とでも言いたげなほど、シルヴェストルは魔術道具を作らされた。それを身に着けた父が社交界で成功し、コンスリー公爵家は貴族社会での発言力を増した。爵位を継ぐ弟はまだ染まり切っていないが、すでに社交界には出始めている。時間の問題だろう。
コンスリー公爵家はまだシルヴェストルが幼いころに、リーゼロッテが着けているような魔力制限の掛かるバックルを身に着けさせようとしたはずだ。リーゼロッテの周囲にある結界やバックルから流れ出る魔力は複数の魔術師のもので、ビューロー王家が相当に金を使っているのが分かる。シルヴェストルとリーゼロッテはともに二十歳、コンスリー公爵家が魔術師を雇いたくても、同時期にビューロー王家が買い占めていたのだろう。
シルヴェストルは、このまま隠れる生活を送っても、ずっと搾取され続けると悟った。爵位を継ぐこともないし、身分を捨て離れてしまうほうが楽だ。何か邪魔をするなら、オッドアイの魔力を使うと脅せばいい。制御を習っていないリーゼロッテの魔力は確かに、バックルを外せば感情とともに垂れ流れてしまうだろうが、シルヴェストルなら耐えられるし、抑え込める。
むしろシルヴェストルには、リーゼロッテが居なければ困る。シルヴェストルが探したなかで魔力量が最も近く、番になれる可能性が高いのは、リーゼロッテなのだ。
「貴方は、私を連れ出してくださるのね?」
「はい、お約束いたします」
「どうやって?」
「僕と、結婚してください、リーゼロッテ様」
凝ったプロポーズは、考えていなかった。監禁され知識に偏りがあるリーゼロッテには、正面からぶつかるほうがいい。
「結婚……」
「夫婦であれば、ひとつの屋敷に同居していても不思議ではありません」
「そういうものなのですね?」
「はい」
「分かりました」
「承諾していただけると」
「ええ、貴方の言うとおりに」
これで、リーゼロッテの気持ちは確認できた。シルヴェストルの邪魔をするものは、なくなった。
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