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魔の紋章編
2.東方の山賊
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翌朝、馬舎の前に集められた四人とともに、王都の東へ向かった。
この四人の名前は聞いたが、わざと覚えなかった。四人は任務の内容も、国境警備という名の領地内の見回りだと思っているだろう。脅威があることも聞かされておらず、簡単な任務だから、通常の見回りなら使って当然の姿隠しの同化魔術もかけず、経験の浅いルークが隊長で、少人数の警備隊が組まれたと、そう感じているはずだ。
「ウィンダム隊長、少し魔力の気配を感じます」
「そうか、もう少しだけ入ってみたい。ふたり、先に行ってくれるか?」
「分かりました」
当然、ルークはもっと手前から殺気だった魔力の気配を感じていて、もうとっくに敵の魔術師に囲まれているのに気付いていた。魔術師の二人を先に行かせる。相手の出方を見たかった。
……王命のためだ。
「ぐああ」
「何事だ!」
やはり、囲まれている。しかも、姿を現したほぼ全員がフードを目深にかぶった魔術師ときた。ざっと、十名ほど。殺気を垂れ流して近づいてくるとは、舐められたものだ。
ルークの元にいるのは騎士二人だから、この魔力による殺気には気付けていないだろう。相手にとっても騎士三人だと思われているはずで、ルークが魔術を使えることは制服からも分からないし、自身の魔力の気配をみすみす垂れ流すような使い手でもない。
騎士は、基本的に魔術師には勝てない。近接戦闘しかできない騎士は、遠距離戦のできる魔術師とは戦術が異なるため、騎士が魔術師と出会ったら身を潜めながらやりすごし、その後すぐ上司への報告をするのが良しとされる。戦闘を実際にするのは騎士団所属の騎士や魔術師の役割だ。
魔術師の中には生命が何体存在するのか、気配で分かる者もいるが、魔力を消費するためなかなかやる者はいない。ルークたちは警備隊である以上、通常であれば遠距離攻撃のできる魔術師だったとしても帰還して、指示を仰ぐべき局面なのだ。
一般的な周辺国との戦闘はある程度配備場所を決め、宣戦布告の際に教え合った上で強さを争う。結局のところ、周辺国は王家の親族ばかりなので、滅多に戦争など起きない。各国の軍は、山賊や小さな反乱、犯罪を抑圧するためにあるようなものだ。基本的に、平和な国々が集まっているのである。
しかし、今回のように山賊などに狙われることもたまにある。チャールズの言い方だと、この山賊の後ろにはより大きいものが動いていそうだが、それは今のルークの任務ではない。
魔術師に囲まれてしまうと、騎士ではどうしようもない。一緒にいるふたりの騎士も、騎士として働いているのであれば分かっていることで、覚悟はあるはずだ。ルークたちを取り囲む魔術師の一団は、じりじりと距離を詰めてくる。
ルークの目の前に立ち止まった顔に、見覚えがあった。直接会ったことはないが、その面影に思い当たる節がある。半年間、ルークが寝泊まりしていた客間に飾られていた、肖像画と似ている。
「…ウェルスリー公爵」
「私の名をご存じで、ウィンダム魔術爵三男。非常に光栄ですよ」
「うっ」
一緒にいた騎士二人も、剣を抜いても無駄な距離で殺された。部下として連れてきた、四人ともの生命の気配が、消えた。
「あなたが糸を引いていると見ていいんですね?」
「ウィンダムよ、それを知ってどうする? 騎士は魔術師には勝てないんだ、情報を持って帰れるとでも? まだ若いお前は、この状況をどうする? 命乞いでもするか?」
ウェルスリー公爵は、魔術師であることを隠していたのか、それとも他に何か…。まだ知らない情報があるのかもしれないが、不用意に手を出すほど、ルークは馬鹿ではない。
ウェルスリー公爵が魔術師だったとしても、魔術師であることを隠しているのはルークも同じだ。自分が優位だと思い込み、見下されている間に、近くに居た魔術師の首を締めて吊り上げる。
「ひっ」
「何、貴様魔術師か!」
完全に油断していた魔術師の集団は、そこからルークに対して攻撃魔術を当てようとするが、残念ながらルークはオッドアイを持つ魔術師なのである。この程度の魔術師が複数で向かっても敵う相手ではない。
逃げ出した魔術師や偵察のために配備されただろう上空の魔術も、全て抹消した。
当然ながら、ミアの父親、ウェルスリー公爵も抹殺した。ルークの情報を持って帰られては困るのだ。周囲の生命の気配は全て消えたが、影響のある範囲全てに忘却魔法をかけ、目の前の景色を写真のように切り取り、ジョンへ通信魔術を送った。
ルークは、自分の魔力の気配を消し、転移魔術でジョンの書斎へと戻った。馬に乗って王都の門から出て行ったから、門へ戻らないと辻褄が合わないが、その辺りはチャールズがどうにかしてくれるだろう。
こんなに大量の魔力を、一度に使ったのはいつ以来だろうか。
「酷い顔だな」
「結局見殺しにしたので」
「そうだろうな」
書斎にある簡易寝台に横たわる。疲れる感覚は、いつ以来だ…。魔力をこんなに消費することがなく、なかなか感じることがなかった。
小柄で華奢なルークが、騎士でも飛び級するほどやっていけたのは、地道に鍛えつつも魔力で筋力や体力を多少補っていたからだ。王都には魔術師がたくさんいて、魔力の気配はそこら中にあるし、個人の気配として感じられるほど敏感なのは、オッドアイくらいだ。それでも、疲れることは少なかったのに。
昼間なのにジョンが書斎にいることは不思議だったが、今のルークにはそれよりも先に言っておかなければならないことがあった。
「ウェルスリー公爵がいたので殺しました」
「な…!」
「魔術師だったようです。何か聞き出せばよかったですか?」
「いや、そこまでは求めないだろう…。何かあるなら、その情報収集も任務として告げられるはずだ」
ウェルスリー公爵の屋敷からは、全く魔力の気配がしなかった。一瞬見えたウェルスリー公爵の瞳の色をよく確認しなかったのを、寝台の上で後悔した。
魔術学校にも行かず王家に隠れて魔術師になることは、重罪だ。魔力暴走を起こすと手が付けられなくなるから、制御を学ぶために、レッドの目を持つ者はどんなに弱い魔力でも魔術学校へ入学する。
もしかしたら、執事に入るのを止められた書斎や資料室には何かあったのかもしれないが、今更見に行く気にもならない。当主はすでに死亡した。
魔術師の子どもとしてミアがいるなら、ミアが魔力を持って生まれてきて、ミア自身が自分を呪って魔の紋章を持ったことに説得力が増す。おそらく、チャールズにはジョンが伝えてくれるだろう。
この四人の名前は聞いたが、わざと覚えなかった。四人は任務の内容も、国境警備という名の領地内の見回りだと思っているだろう。脅威があることも聞かされておらず、簡単な任務だから、通常の見回りなら使って当然の姿隠しの同化魔術もかけず、経験の浅いルークが隊長で、少人数の警備隊が組まれたと、そう感じているはずだ。
「ウィンダム隊長、少し魔力の気配を感じます」
「そうか、もう少しだけ入ってみたい。ふたり、先に行ってくれるか?」
「分かりました」
当然、ルークはもっと手前から殺気だった魔力の気配を感じていて、もうとっくに敵の魔術師に囲まれているのに気付いていた。魔術師の二人を先に行かせる。相手の出方を見たかった。
……王命のためだ。
「ぐああ」
「何事だ!」
やはり、囲まれている。しかも、姿を現したほぼ全員がフードを目深にかぶった魔術師ときた。ざっと、十名ほど。殺気を垂れ流して近づいてくるとは、舐められたものだ。
ルークの元にいるのは騎士二人だから、この魔力による殺気には気付けていないだろう。相手にとっても騎士三人だと思われているはずで、ルークが魔術を使えることは制服からも分からないし、自身の魔力の気配をみすみす垂れ流すような使い手でもない。
騎士は、基本的に魔術師には勝てない。近接戦闘しかできない騎士は、遠距離戦のできる魔術師とは戦術が異なるため、騎士が魔術師と出会ったら身を潜めながらやりすごし、その後すぐ上司への報告をするのが良しとされる。戦闘を実際にするのは騎士団所属の騎士や魔術師の役割だ。
魔術師の中には生命が何体存在するのか、気配で分かる者もいるが、魔力を消費するためなかなかやる者はいない。ルークたちは警備隊である以上、通常であれば遠距離攻撃のできる魔術師だったとしても帰還して、指示を仰ぐべき局面なのだ。
一般的な周辺国との戦闘はある程度配備場所を決め、宣戦布告の際に教え合った上で強さを争う。結局のところ、周辺国は王家の親族ばかりなので、滅多に戦争など起きない。各国の軍は、山賊や小さな反乱、犯罪を抑圧するためにあるようなものだ。基本的に、平和な国々が集まっているのである。
しかし、今回のように山賊などに狙われることもたまにある。チャールズの言い方だと、この山賊の後ろにはより大きいものが動いていそうだが、それは今のルークの任務ではない。
魔術師に囲まれてしまうと、騎士ではどうしようもない。一緒にいるふたりの騎士も、騎士として働いているのであれば分かっていることで、覚悟はあるはずだ。ルークたちを取り囲む魔術師の一団は、じりじりと距離を詰めてくる。
ルークの目の前に立ち止まった顔に、見覚えがあった。直接会ったことはないが、その面影に思い当たる節がある。半年間、ルークが寝泊まりしていた客間に飾られていた、肖像画と似ている。
「…ウェルスリー公爵」
「私の名をご存じで、ウィンダム魔術爵三男。非常に光栄ですよ」
「うっ」
一緒にいた騎士二人も、剣を抜いても無駄な距離で殺された。部下として連れてきた、四人ともの生命の気配が、消えた。
「あなたが糸を引いていると見ていいんですね?」
「ウィンダムよ、それを知ってどうする? 騎士は魔術師には勝てないんだ、情報を持って帰れるとでも? まだ若いお前は、この状況をどうする? 命乞いでもするか?」
ウェルスリー公爵は、魔術師であることを隠していたのか、それとも他に何か…。まだ知らない情報があるのかもしれないが、不用意に手を出すほど、ルークは馬鹿ではない。
ウェルスリー公爵が魔術師だったとしても、魔術師であることを隠しているのはルークも同じだ。自分が優位だと思い込み、見下されている間に、近くに居た魔術師の首を締めて吊り上げる。
「ひっ」
「何、貴様魔術師か!」
完全に油断していた魔術師の集団は、そこからルークに対して攻撃魔術を当てようとするが、残念ながらルークはオッドアイを持つ魔術師なのである。この程度の魔術師が複数で向かっても敵う相手ではない。
逃げ出した魔術師や偵察のために配備されただろう上空の魔術も、全て抹消した。
当然ながら、ミアの父親、ウェルスリー公爵も抹殺した。ルークの情報を持って帰られては困るのだ。周囲の生命の気配は全て消えたが、影響のある範囲全てに忘却魔法をかけ、目の前の景色を写真のように切り取り、ジョンへ通信魔術を送った。
ルークは、自分の魔力の気配を消し、転移魔術でジョンの書斎へと戻った。馬に乗って王都の門から出て行ったから、門へ戻らないと辻褄が合わないが、その辺りはチャールズがどうにかしてくれるだろう。
こんなに大量の魔力を、一度に使ったのはいつ以来だろうか。
「酷い顔だな」
「結局見殺しにしたので」
「そうだろうな」
書斎にある簡易寝台に横たわる。疲れる感覚は、いつ以来だ…。魔力をこんなに消費することがなく、なかなか感じることがなかった。
小柄で華奢なルークが、騎士でも飛び級するほどやっていけたのは、地道に鍛えつつも魔力で筋力や体力を多少補っていたからだ。王都には魔術師がたくさんいて、魔力の気配はそこら中にあるし、個人の気配として感じられるほど敏感なのは、オッドアイくらいだ。それでも、疲れることは少なかったのに。
昼間なのにジョンが書斎にいることは不思議だったが、今のルークにはそれよりも先に言っておかなければならないことがあった。
「ウェルスリー公爵がいたので殺しました」
「な…!」
「魔術師だったようです。何か聞き出せばよかったですか?」
「いや、そこまでは求めないだろう…。何かあるなら、その情報収集も任務として告げられるはずだ」
ウェルスリー公爵の屋敷からは、全く魔力の気配がしなかった。一瞬見えたウェルスリー公爵の瞳の色をよく確認しなかったのを、寝台の上で後悔した。
魔術学校にも行かず王家に隠れて魔術師になることは、重罪だ。魔力暴走を起こすと手が付けられなくなるから、制御を学ぶために、レッドの目を持つ者はどんなに弱い魔力でも魔術学校へ入学する。
もしかしたら、執事に入るのを止められた書斎や資料室には何かあったのかもしれないが、今更見に行く気にもならない。当主はすでに死亡した。
魔術師の子どもとしてミアがいるなら、ミアが魔力を持って生まれてきて、ミア自身が自分を呪って魔の紋章を持ったことに説得力が増す。おそらく、チャールズにはジョンが伝えてくれるだろう。
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