11 / 109
魔の紋章編
3.報告と新規任務 2
しおりを挟むルークは、騎士の宿舎に帰らずジョンの書斎で朝を迎えた。
朝刊には、東の街がここ数ヶ月、正体不明の攻撃を受け続けていたこと、それをルークを隊長とする警備隊が撃退したことが一面に載った。
四名の殉職も伝えられ、ルークは英雄として称えられるようになったと、ジョンから聞き、相手が魔術師だったということは当然伏せられた。騎士であるルークが、魔術師に勝てるはずがないからだ。
ウェルスリー公爵の死も、公にはされていないが、ジョンによると、公爵家の執事や使用人には伝えられたという。ミアには、伝わっていないかもしれない。
「師匠、また噂を流したんですか」
「多少な…」
英雄と呼ばれるほどの戦果ではない。四人の名前を聞いても覚えなかったのは、この四人の命の犠牲が絶対だと思ったからだ。四名、亡くなったが、隊長のルークは生き残った。それだけ大変な任務だったのだと、印象付けるために。平和な国では、それだけで大事だ。
「今日の夕刻、チャールズに呼ばれているが、行けるか?」
「それまで寝ます」
「分かった、王の間に行く前に起こしに寄ろう」
ジョンが出て行った後の結界の張られたこの部屋で、ルークはまた目を閉じた。
☆
「ご苦労様。まだ少しやつれているな」
ジョンによる結界の中で、チャールズが姿勢を崩して話す。ルークは会釈をして、チャールズの目の前に用意された椅子に深く腰掛ける。この前まではなかったから、ジョンからルークの状況を聞いたチャールズが用意させたのだろう。
「ルーク、話を理解できる精神状態か?」
「はい、それは大丈夫です」
「そうか」
ジョンもこの場にいる。もし分からないことが出てきても、後から聞けばいい。
「早速だが、明日にはディム・ウェルスリー公爵令嬢を褒賞として、ルーク・ウィンダム魔術爵三男と婚約させるよう、ウェルスリー公爵…とりあえず代理の執事に伝達する。継げるか分からないが嫡男は十二歳、まだこの王都で学生だからな」
「はい」
「一週間後には、ディムを迎えに。そのまま半年の共同生活だ」
「はい」
このための、戦果だ。ミアは公爵家にいても虐げられるだけ。ルークの番でもあるし、一緒に住むのは早い方がいい。
ウェルスリー公爵家にとっては王家に知られていないはずの子を、つい先日まで公爵家の屋敷にいた騎士に褒賞として渡さないといけないが、そもそも届出がされていない子どもがいるという時点で処罰の対象となる。
それに、公爵本人が魔術師であることを隠していて、山賊に加担していたことは絶対に公表されたくないだろう。公爵本人はもういないし、公にされれば立場が危うくなる親戚筋などもこの婚約を止めることはない。親戚に、ミアがいることを教えていない可能性の方が高いが。
「半年の間、こちらからは干渉しないつもりだが、何かあれば報告を」
「分かりました」
何か、とは、おそらく魔力暴走の兆しだろう。戦果を上げて話が進んだからか、半年後には心の距離を縮めたミアと初夜を迎えないといけないことが、少し現実味を帯びた。
「婚約だから、もしかしたらウィンダム魔術爵が何か言ってくるかもしれないが、王命だと、私の名前を出してもらって構わない」
「はい」
「まあ、ウィンダム魔術爵も一応、褒賞で爵位と侯爵令嬢をもらった人だからな、何も言うことはないと思うが」
ルーク・ウィンダム魔術爵三男。それがルークが正式に名乗るときの名前だ。
父親は魔術師で一代限りの爵位を持つ人で、母親は一般の侯爵令嬢。父親は、チャールズの父親であるジェームズを半分脅して褒賞を手に入れたと、昔チャールズから聞いた。
だから王家としては、このわがままなウィンダム魔術爵を、一家の三男としてオッドアイを持って生まれたルークに、魔術を使ってでも抑えつけてほしいと思っている。
そのためにジェームズは、ジョンのルークへの個別指導を許可し、様子を確認するために王宮に来させた。表向きはもちろん、ジョンがジェームズと会うためだが、ジェームズはルークに会いたがっていたのだ。
ルーク自身はジェームズの息子、チャールズと仲良くなるにつれ、ジェームズと会うことが減り、今のジェームズの近況は隠居していること以外知らなかった。
きっと血縁者の中では、ルークの評価は上がっていないのだろう。ルークは、父親の爵位である魔術爵を一応名乗るものの、騎士として生きている。兄たちは魔術師として生きているため、ルークよりも家に貢献していて、自分たちが偉いと思っているはずなのだ。
だから、もう何年も屋敷に帰っていないし、家族にも会っていない。家の現状を知ろうとも思わなかった。
「何か、確認しておきたいことはあるか」
「僕の、仮説を聞いてもらっても?」
任務に入る前に、仮説は聞いておいてもらう方がいいだろう。ルークがどれだけ考えを巡らせても、失敗したときの被害は計り知れない。チャールズが頷いたのを見て、口を開く。
「魔の紋章は、元々生まれてくるときに彼女自身が生み出した魔力だということは、書物にありました。魔の紋章持ちが長生きしない理由は、紋章の魔力と本人の魔力が干渉するから。十六歳まで生きている彼女の場合は、魔の紋章の魔力だけが生きているのではないかと」
「つまり、なんだ、ルーク」
「彼女に、魔の紋章の魔力を操れるようになってもらえば、オッドアイの魔術師が増えるんじゃないかと思っています」
尊敬するふたりの人生の先輩の言葉を待つ。ルークの仮説を聞いて、何を思ったのだろう。
「…何にせよ、この任務は番であるルークにしかできない。好きなようにやってみろ」
「分かりました」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
41
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる