魔の紋章を持つ少女

垣崎 奏

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魔の紋章編

1.報告と新規任務 1

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「ご苦労だった」

 一番重い形式で伝えられた任務で、報告もまた、王の間で直接チャールズに伝えた。隊長のアーサーによると、国境警備は問題なく、領地の住民にも変わった動きはなかったそうだ。

 ルークは早く特別任務の報告がしたかったが、アーサーの前では何も話せない。いつも通りに膝をついて頭を下げたまま、チャールズがアーサーに退席を求めるのを待った。

「エジャートン、今日はもう休んでいい。ウィンダムは少し残ってくれ」
「かしこまりました」

 アーサーが立ち上がって一礼した後退席し、代わりにジョンが結界を掛け直しながら入ってきた。チャールズが姿勢を崩す。

 ルークの五歳上のチャールズは、ルークの幼馴染と言ってもいい。ジョンが前国王であるジェームズへの報告の際に、ルークも連れてきていたから、チャールズとは即位前の学生時代からの顔馴染だ。

「ルークも崩していいぞ。本当に、ご苦労様」
「ありがとうございます」

 膝をついていたルークは立ち上がって、大きく息を吐いた。チャールズが国王として王の間にいる間は、幼馴染であることを忘れるくらい、きちんと王家に対しての礼儀を取る。「崩していい」と言われたら、崩す。

「ジョンから聞いている。この後何をすべきかは分かっているんだな」
「現実的ではないですが、言葉の上では理解しています」
「魔の紋章の解放に全力を尽くしてほしい。…大人になるとは、そういうものだ」

 チャールズが意地悪に笑っている。笑えることなのか。意外と、気楽に考えてもいいのかもしれない。

 魔の紋章はミアの魔力を封印していて、しかもミアとは別の魔力だ。封印の解放に失敗すれば、ルークの魔力も暴走するかもしれないと思っていたが、実際はそうでもないのかもしれない。

「ところで、だ。ルークには今まで縁がなかった話だから、貴族の婚姻制度など知らないだろう?」
「え、はい」
「貴族の婚姻では、初めての性交渉は、基本的に結婚初夜に行われるものだ。ルークは、番の公爵令嬢と結婚する必要がある」
「…はい」
「はは、よく分かっていない顔をしているな。とりあえず返事をしているのが丸わかりだぞ」

 チャールズはやはり笑っている。ルークは、単語として理解はできるのに、それを自分がするとは思えないのだ。

 そもそもこの中央国では、女性は十八歳、男性は二十五歳が結婚適齢期とされる。魔術師は番がいることがほとんどだから、結婚をしていなくても性交渉をしている場合があるが、基本的に魔術師以外の貴族はそうではないらしい。

 ミアは、ウェルスリー公爵の第一子だ。正式に届けられていれば、ウェルスリー令嬢。一代限りの魔術爵を父に持つルークよりも爵位も高く、しかもルークは魔術師ではなく騎士として知られている。公式の手順を踏まないと、性交渉に進めないということだろう。

「上位の貴族との結婚のためには、まず婚約者として世間に認知してもらう必要がある。褒賞という制度は分かるか?」
「いいえ」
「ルークは現状、表向きは騎士だから、騎士として、戦果を上げる。戦果を上げることは、国への貢献だ。国への貢献の見返りとして、公爵令嬢と婚約関係に王命でなれる」
「つまり、魔の紋章を解放する前に、彼女と婚約するための戦果を上げろと?」
「それも、二十二で婚約できて、魔術爵であるルークがウェルスリー公爵に有無を言わせない、できるだけ大きな戦果を、だ」

 ジョンとチャールズで話が進んでいく。ルークは、いまいちしっくりこないまま、耳を傾ける。

 王家を除いた貴族社会の中でトップにいるのが公爵だ。その次が侯爵、伯爵、子爵、男爵と続き、一代限りの魔術爵や騎士爵が貴族の最下位だ。一代限りの爵位は、その爵位を持つ本人と子どもが名乗れるが、本人が亡くなると使えなくなる爵位である。

 つまり、出生の届出がされていれば貴族最上位の公爵の爵位を持つはずのミアと、貴族最下位の一代魔術爵の爵位を持つルークの結婚になる。身分差が釣り合わない婚姻になり、貴族が騒ぐ事態になるのだろう。

 だから、できるだけ大きな戦果で黙らせる必要がある。ルークは、そういった話に興味はなかったが、なんとなく流れは分かった。

「周りに気付かれなければ、魔術を使ってもいい」
「魔術を使っても?」

 思わず、チャールズに対して聞こえた通りに返してしまったが、そんな非礼を咎める者はいない。

「使った後、忘却魔術をかければ問題ない。今、許可した。ルークを警備隊長として小さな隊を任せるから、好きに使え。反発する者もいるだろうが、婚約にこぎ着ければルークはしばらく表舞台から身を引くことになるから、できるだけ早く、とにかく衝撃的な戦果を上げろ」
「身を引く?」
「表向きは休暇だが、ウェルスリー公爵令嬢と、できる限り一緒に過ごしてもらう。初夜までに、心の距離を縮めておかないと危険だ」

 ミアと、できる限り一緒にいる。それは、理想かもしれない。あの心地よさを毎日感じていられる。王都に帰ってきてしまったから、ミアに会おうと思えば変身魔術と転移魔術で会えるが、戦果を上げに行くとなれば、しばらくは会いに行けないのだろう。

 やはり、危険なことに変わりはないのだ。さっきは笑って話していたチャールズから、笑顔が消えている。

「…初夜の日は、決まっていますか?」
「婚約してから半年後に結婚式をして、その日の夜を初夜と呼ぶ。結婚して正式に夫婦となって、初めて迎える夜だから、初夜だ」

 つまり、ルークの番であるミアの魔の紋章を解いて、ミアに魔力を持ってもらうためには、大戦果を上げて褒賞としてミアと婚約して、半年後に結婚して初夜を迎え、性交渉をする必要がある。それも、きちんと心の距離を縮めた上で、だ。

「…戦果を上げられそうな、僕が魔術を使わないといけないような脅威があるんですか」
「東を拠点としている山賊の動きが不穏だ。しかも、多くの魔術師が絡んでいて、別の警備隊がやられている」
「…条件はそろっていると」
「そういうことだ。明日の朝には隊を任せたい。騎士二名、魔術師二名だ」

 とりあえず言葉の上では理解した。明日から、四人の部下を連れて東へ。魔術を使ってでも東の脅威を倒し、帰ってくる。半年がかりの任務から戻ってきたばかりだと言うのに…。

 チャールズがルークを隊長として、大戦果を求める。それが、この四人とどう関わるのか、宣言しているようなものだ。

「…一応聞きます。その四名の命は?」
「捨てて構わない。ルークの戦果にいいように使うことができれば」
「…分かりました」

 チャールズは、人命を軽く扱うような人ではない。ルークは今までの任務でそれを嫌というほど感じてきた。その国王が、ルークとミアが婚約するために、四人の命は必要な犠牲なのだと言ってくる。騎士として初めて任務に就く際に、とっくに誓っていたが、改めて国王への忠誠を誓った。

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