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二年前~現在 05

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 ユベールが、マリーへの気持ちをより強く自覚したのは、その年の秋の討伐の時だった。

 一年の飛び級をしたため、討伐の直前にユベールはロイヤル・カレッジを卒業していた。
 卒業後は領地に戻り、シャールに引き回されて侯爵家の跡を継ぐ準備が始まった。

 シャールはエレノアに若干病的な想いを持っている人間なので、さっさとユベールに侯爵位を譲り渡して領地にひきこもりたいのだ。

 侯爵位を持っている限り、議会やら王家主催の夜会やら、どうしても外せない用事で度々王都に呼ばれる事がある。



 秋の討伐では、春と同じ班を率いることになった。
 しかし今回は、森のもう少し深部に潜る。丸一日森の中で過ごし、前回のように途中で基地には戻らない予定だった。



 魔力は純粋に放出すればその人間が持つ最も強い属性として顕現する。ユベールの場合は雷だ。

 唐突に伸びてきて、班員の足に絡み付いてきた魔木の蔓を、ユベールは雷をまとわせた剣で一刀の元に切り捨てた。
 いったん引いたかに見えた魔木の蔓は、ユベールに牙を剥いて襲い掛かってきた。ユベールの腕に触手のように巻きつき、締め上げようとしてくる。

「若様!」
「大丈夫だ」

 ユベールは蔓に純粋な魔力の塊を流し込んでやった。それは雷撃となって魔木を襲う。
 周囲の木々にバリバリと電撃が伝わって、プスプスと黒焦げになった。蔓性植物が魔の森の《マナ》によって変異した魔木は、この辺り一体の木々に寄生し、獲物が来るのを今か今かと待ち構えていたらしい。

「若様と一緒だと楽は出来るけど腕は鈍りますわ」
 ぽつりとオスカーが呟いた。

「申し訳ありませんユベール様、探知できなくて」
「魔木は探知しづらいのは知っている。お前のせいじゃない」

 謝罪してきたリュカにユベールは首を振った。
 魔蟲や魔獣と違って魔木は動くことが少ないので見付け辛い。食虫植物のように網をはってじっと獲物を待つ性質があるのだ。

「そろそろいい時間だし戻りますか? 今回も来られてましたよね、婚約者のお嬢様」
 からかい混じりの視線を向けてきた班員を、ユベールはぎろりと睨み付けた。



   ◆ ◆ ◆



 日が傾きかけてきた頃、ユベールは魔の森から帰還した。
 討伐の基地は、魔の森のほど近くにある村に設けられており、普段から自警団が駐屯して魔の森の監視を行っている。
 春と秋の大規模討伐の時には、自警団が普段は訓練をするのに使っている基地内の広場に天幕が張られ、エレノアやマリーがいる救護所や炊き出しの為の臨時の炊事場が設けられていた。

「若様、どうぞどうぞ救護所へ。奥様に言われてるんですよね。戻ったらマリー様のところへ行かせろって」
 にやにやと笑うオスカーに追い出され、ユベールは救護所に行く羽目になった。

 救護所では、エレノア、マリー以外にも、領地管理人ランドスチュワードを務める叔父の妻や、応援に来てくれた父方の叔母など治癒魔法の心得のある女性達が詰めている。

 そしてそこで見てしまった。怪我人に治癒を施し、慈愛の笑みを浮かべるマリーを。

「大丈夫でしたか? 魔力は強すぎませんでしたか?」
「はいっ! もう大丈夫です!」

 デレデレとする自警団の団員に向かってにっこりと笑うマリーを見て、猛烈に腹が立った。
 あんな顔をマリーはユベールに向けたことがない。それが許しがたくて、無性にむかついた。

「あらユベールじゃない。帰ってきたの?」

 エレノアの言葉に、マリーもこちらを向いた。
 その瞬間マリーの笑みは消え、いつもの無表情に変わる。

「お帰りなさいませ、ユベール様」
「……ああ」

 ユベールが返事をした瞬間、エレノアから殺気が吹き上がった。
 マリーは私のお気に入りなのよ。絶対にお前の嫁にするんだからもっと丁重に扱いなさいこの馬鹿が。
 エレノアが向けてくるのはそういう視線だ。

「マリーもありがとう。わざわざうちのために来てくれて感謝している」

 ユベールはエレノアの圧を避けるため、どうにかマリーをねぎらう言葉を搾り出した。

 ちなみにマリーには、
(エレノア様の前でだけ婚約者らしく振る舞うなんて、狡猾な……)
 と思われているのだが、ユベールには知る由もなかった。

「ユベール様、お疲れでしょう? もう少しで炊き出しの食事も出来上がると思いますし、外でお休みになられては?」
「あら、マリーももういいわよ。折角だからユベールと休んでいらっしゃい」

 体よくユベールを追い出そうとしたマリーに対してエレノアが余計な事を言った。
 マリーの眉が引きつったのをユベールは見逃さなかった。



   ◆ ◆ ◆



「私がここに来たのは嫌々です。仕方なくです。それは知っておいて下さい」

 天幕を出て二人きりになった瞬間、マリーはユベールに噛み付いてきた。
 マリーが直接意見をしてくるのは、初対面のとき以来だった。

「わかっている。お前には申し訳ないとも思っている。うちじゃなければこんなに魔力を使う事もないはずだ」

 ユベールは浄化の魔法をマリーにかけてやった。浄化は治癒と違い体表にだけ作用する魔法なので他人に対しても気軽に使える。

「どうしてエレノア様は私に拘るのかしら……」
「母上はそれだけベアトリス殿が気に入っていたんだ。生き写しのお前をどうしても手元に置きたがっている。……俺にはとても理解できないが」
「それはそうでしょうね。私の顔はユベール様の好みではない事は最初に仰られていたのでわかっています」

 きっと強い目で睨まれた。

「もう私、我慢はやめます。私はあなたが嫌いです。婚約の解消ができないのなら表面上だけそれらしく振舞う事にします。ですからユベール様もそのおつもりで! 食事は別々に摂りましょう。あなたの顔を見ながらだと不味くなります」

 一気にまくし立てると、マリーは勢い良くきびすを返して去っていった。

 心がずきずきと痛んだ。

 マリーに関わる一連の心の動きを自己分析し、ユベールは観念して認めた。
 自分はマリーに恋愛感情を抱いている。それと同時に途方に暮れた。
 既に自分はマリーに嫌われてしまっている。ここからどう巻き返せばいいんだろう。

 マリーとの結婚は出来る。いずれ彼女は自分のものになる。だけど、心は。
 永遠に手に入らないような気がして、ユベールは呆然とマリーの去っていった方向を見つめた。
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