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襲撃と討伐 06

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 少しずつ魔人に近付くにつれて、周囲の空気が重々しくなっていった。

「ユベール、出撃前にも伝えたが、迷うなよ。非情になれ」
 シャールから注意が飛んだ。
「魔人は人の言葉を使う。だがアレは人とは異質な生き物だ。例え命乞いをされても耳を貸すな」
「わかっています」

 それは、しつこい程に何度も何度もシャールから念押しされた事だった。
 魔力の圧力と共に、ユベールの緊張は否が応でも高まっていく。

「いてて、引っ張っちゃダメだよノエルちゃん」

 一人マイペースなのはノエルだけだ。機嫌が治ったのか、泣き止んだノエルはリュカに背負われた状態で、目の前にある彼の髪をいじって遊んでいる。

「ユベール、お前、電撃魔法の射程はどれ位だ?」
「この森の中で、という条件だと結構厳しいですね。動く的相手なら三十エレ(十五メートル)くらいまでは最低でも詰めたいです」

 シャールに聞かれたので答えると、ちっと舌打ちされた。

「歳は取りたくないな。今はお前の方が射撃に関しては上だ。射程に入ったら撃て。護りは俺とジョエルで担当する」
「俺が攻撃役ですか?」
「ああ、リュカは交戦が始まったらその子を連れて離脱しろ」
「かしこまりました。……その前に少し気になる事があるんですが、いいですか?」

 リュカの言葉に、その場にいた全員の視線が集中した。



   ◆ ◆ ◆



 魔人からの攻撃は、ユベールの射程に入る前に飛んできた。
 風魔法による真空の刃が、周囲の木をなぎ倒しながらこちらに飛んでくる。

 真空の刃はジョエルの魔力が相殺し、刃と共に飛んできた木の枝はシャールの雷が焼き払った。

「……気付かれたか。リュカ、その子供を連れて離脱しろ」
「はい!」

 視界の端で、リュカがシャールの命令に従い、緊急脱出の魔道具を使って子供と共に帰還するのが見えた。

「防ぎながら射程まで近付くぞ。ユベール、探知は任せるから方向を指示しろ。ついでに射程に入ったら撃て」

「はい」

 ユベールは精神を集中させ、敵の位置を探った。
 禍々しい大きな魔力と共に、リュカが感知した小さな魔力が感じられた。

 ノエルと同じように、生きているはやにえがいる。

 そう教えてくれたのはリュカだった。
 人質のつもりか、その反応を背にしながら、魔人は魔法をこちらに向かって撃ってくる。

 ジョエルとシャールの魔力に守られながら、ユベールは魔人の魔力に接近した。
 そして、魔人の魔力がユベールの魔法の射程内に入る。

「我が身に宿る《マナ》よ 此へ集え……」

 ユベールは雷撃系の遠隔攻撃魔法を紡ぐ。
 弓と矢の形に魔力を練り上げると、狙いを定めた。

「疾く迸れ! 《雷帝の矢ライトニング・アロー》!」

 射線上にははやにえがいるが、構わず撃ち放つ。

 魔人は回避行動を取った。しかし、魔法は弾かれてしまう。

「やはりあのはやにえは人ではありません!」
「そのようだな」

 ユベールの叫びにシャールが応じた。

「父上、来ます!」

 半人半鳥、伝承にある妖鳥ハーピーのような魔物が、木々を縫うように飛翔し一行の目の前に現れた。

 漆黒の髪に同色の漆黒の羽毛。ユトナ村唯一の大人の生き残り、セレストから聞き取ったままの見た目の魔人だ。
 禍々しい黒い魔力を身にまとい、上空からこちらを睥睨している。
 その青い瞳は硝子玉のようで、何の感情も浮かんでいなかった。

 その背には、小さな人影が乗っていた。

「ニンゲンは存外に知恵が回る。よく見抜いたね」

 人影が言葉を発した。それは、まだ幼い子供に見えた。漆黒の髪と青い瞳の、五歳前後と思われる見た目の男の子だ。

「人間様には探知魔法があるんだよ。優れた使い手は魔力の質も見抜く」

 答えたのはジョエルだった。
 見抜いたのはすでに帰還したリュカだ。リュカはこと探知にかけては実に優秀なのだ。

 ユベールは内心ではほっとしていた。
 リュカの探知が外れており、はやにえが人質だった場合、危うくユベール自身の手で殺してしまう所だったからだ。

「ふうん、じゃあ偽装なんて無駄だったんだ。わざわざ生かしとくんじゃなかったな。あの子供、美味しそうだったのに」

 子供、とはノエルの事だろうか。
 魔人への進路上に配置されていたはやにえも、ノエルも、全ては奴が言う偽装の為だったとしたら。

 ユベールの心にふつふつと怒りが湧き上がった。
 死を冒涜する行為は決して許されるものではない。

「バレちゃったんならこれはもういらないや。こいつを操るのも魔力の無駄だからね」

 子供のその言葉と共に、ハーピーがくたりと力を失い地上に堕ちた。子供は崩れ落ちたハーピーの傍に軽快に舞い降りる。

「ふふ、びっくりした?」

 目を見開いたユベールに、子供がくすくすと笑いかけてきた。と、同時に子供から感じる魔力の圧が膨大なものになった。

「お前が本体って訳か」

「そうだよ。さっきのはお母さんの成れの果て。ちゃんと変化できずに死んじゃったんだ。だから死体を有効活用してあげる事にしたんだよ」

 シャールの問いかけに、子供は笑いながら答えた。

「ねえ、君たちは村の人間とは持ってる力の量が全然違うんだね。君たちはもしかして領主様なのかな?」

「だったらどうなんだ」

「僕は君達に恨みはないんだけど、お母さんが君たちを恨んでたんだ」

 だから、死んで。

 その言葉が熾烈な戦いの皮切りとなった。



   ◆ ◆ ◆



 子供の体が膨らんだかと思うと、その背に漆黒の翼が生え、手からは鋭く長い鉤爪が生えた。

 そして、風魔法による真空の刃を撒き散らしながらこちらに襲いかかってくる。

 魔法の刃はこちらに届く前に霧散する。
 ジョエルの風の防護魔法だ。

 ユベールは腰の剣を抜くと鉤爪を受け止めた。

 斜め後方からシャールが電撃魔法を放とうとしているのが見えたので、魔法が放たれる気配に合わせ、ユベールは子供から離れる。

 シャールの手元から雷撃が放たれたが何なく回避され、子供の翼から羽根が弾丸のように撃ち出された。

 ユベールは咄嗟に魔力を放ち、羽根の攻撃を相殺する。

「接近戦になるなら肉壁オスカーを連れてくるべきだった」

 シャールは吐き捨てながら剣を抜くと、魔人の子供に斬りかかった。
 ジョエルは常に放たれる真空魔法から全員を守るので手いっぱいだ。
 ユベールはシャールと連携し、斬撃と雷撃を組み合わせて子供を少しずつ追い詰めていった。



 一体何合撃ち合った時だろう。遂にユベールの斬撃が子供を捉えた。
 漆黒の血液が周囲に舞う。
 ジョエルの防御魔法の腕は確かだ。こちらは小さな裂傷は負っているものの、ほぼ無傷といっていい。

「ひどいなぁ、こんないたいけな子供に大人が三人がかりで」

 ふらついた子供に、追加で電撃を放つ。
 絹を割くような悲鳴が周囲に響き渡った。

「あ……、が……、いやだ……ころさないで……」

 その場に崩れ落ちた子供は、ユベールを潤んだ目で見上げ、怯えた声を出す。その姿にユベールは思わず怯んだ。

「躊躇うなと言ったろ! ユベール!」

 背後から銀色の光が閃き、ユベールの傍を走り抜けた。剣を構えたシャールだった。

 シャールは跳躍すると、子供の心臓を狙い剣を突き立て、剣に雷を通した。

 大気をつんざくような悲鳴が響き渡る。
 次の刹那。
 子供の体から漆黒のもやが吹き出し、シャールの体に絡みついた。

「父上!?」

「何だこれは……」

 シャールが剣を引き抜くと同時に、子供の体から漆黒の球体が出てきて、シャールの胸元まで浮き上がった。

 それは、禍々しい漆黒の光を放つ魔石が埋め込まれた魔道具と思われる物体だった。
 魔石にも、魔石を包み込む金属部分にもびっしりと魔法文字ルーンが刻み込まれている。

「ユベール! ジョエルも離れろ! これは恐らく魔人を人為的に作り出す為の魔道具だ!」

 シャールの叫びと同時に、魔道具がその胸元に吸い込まれていった。

「ぐっ……」
 シャールが呻く。

「父上!」
 反射的に駆け寄ったユベールの腹部に、強い衝撃が走り、跳ね飛ばされた。
 黒いもやに包まれたシャールから、禍々しい魔力が放たれ、それを胴体にまともに受けたのだ。

 腹部の肉がごっそりと持っていかれていた。

「叔父上! ユベール!」

 ジョエルがユベールの傍に駆け寄ってきた。

「のろ、われろ……りょう、しゅ……」

 子供の哄笑が聞こえた。サラサラとその体が崩れていく。

 ユベールは薄れつつある意識の中、首元から暖かい魔力が流れ込むのを感じた。

護符アミュレット……)

 今朝、マリーから渡されたそれが、持ち主の危機に反応している。
 マリーによって施された刺繍は戦神バイヴ・カハ。武運長久の象徴ともされる風の女神である。

「ジョエル、兄上……これを……父上を抑える、のに……」

 効果があるかどうかわからない。薄れゆく意識の中、ユベールは首から下げていた護符アミュレットをジョエルに託した。



 その記憶を最後にユベールの意識は深淵に飲み込まれた。
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