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26 エピローグ ※

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 ディートハルトに抱かれてとても幸せだと思えた。特別だと言ってくれたことも。
 でも、有紗だけがこの人を独占するのはだめだ。この国の彼は王子様なのだから。

「ディート様は私以外にもちゃんとした人を迎えなきゃダメです。王族なんだから」

 ベッドの上で寄り添いながら告げると、ディートハルトは眉を寄せ、表情を曇らせた。

「アリサ、それ本気で言ってるの? すごい顔になってるけど」

「本当は嫌です。誰かとディート様を共有するなんて……でも、それが殿下の義務ですよね?」

「その話ならもう終わってるよ。少なくとも次の国王である兄上には認めて貰えた。だからアリサは余計な口出しをしなくていい」

 囁きと同時に髪を梳かれた。
 釈然としないものを感じるが、こう言い切られてしまっては有紗にはもう何も言えない。

「……戦争になるんでしょうか」
「ならないよ。少なくとも父上や兄上にそのつもりはないから、恐らくはならないはずだ。今回の襲撃の被害は修道院の建物だけだったからね」
「建物だけ? エルケ助祭は助かったんですか?」
「無傷とはいかなかったけどね。大丈夫、軍病院には優秀な治癒魔術師がいるから」

 有紗はほっと胸を撫で下ろした。そこだけがずっと気がかりだったのだ。

「私はこれからどうなるんですか?」
「王都の俺の邸へ連れていく。俺の寵姫として」
「ロゼッタ妃にも会わせて頂けますか?」

 尋ねると、ディートハルトは気まずそうに目を逸らした。

「やめておいた方がいいと思う」
「――え?」
「ロゼッタ妃は大叔父上に保護されるまでに結構酷い目にあったらしくて……心を病んで、幼い子供のようになっていらっしゃるから」

 思ってもみないロゼッタ妃の現状に、有紗は大きく目を見開いた。

「詳しい事は俺も知らないけど、ロゼッタ妃が大叔父上と出会ったのは娼館だったと聞いている。そこでとても辛い目にあったようで……」

「……なんでそんな状態の人と私を会わせようと思ったんですか?」
「テラ・レイスの現実を知ったアリサの反応が見たかった。あの時の俺は、アリサを玩具のように思っていたから」

(この人は……)

 歪んでいる。
 クラウディアは、いつまでも精神が成長しない大きな子供とディートハルトの事を評していたが、まさにその通りだ。

 そんな人なのに、それでも好きだと思ってしまう自分はきっとどうかしている。



 だけど。

 有紗は不意に堕ちてしまったこの厳しい異世界で、この人の傍で生きる。そう決めたから。




   ◆ ◆ ◆


 ずぷり、と切っ先を埋め込むと、暖かな胎内がディートハルトを包み込んだ。

 しっかりと前戯で解した後だから、アリサの中は狭いのに、少し力を込めるだけでディートハルトのものを歓迎するように受け入れた。

 未成熟だった少女めいた体に男女の事を教えたのは自分だ。そう思うと征服欲が満たされ、愛おしくてたまらなくなる。

 彼女の膣内なかは、ディートハルトの形に広がるようにできている。
 最奥まで押し込むと、膣壁が甘え媚びるようにディートハルトに絡み付いてきた。

「ん、ふか……」

 目の前に蕩けた黒い双眸がある。
 生理的な涙で潤んだ黒曜石オブシディアンのような瞳。

 吸い込まれそうなくらいに黒くて、その漆黒に自分が魅了されている事をきっと彼女は知らない。

「気持ちいい? アリサ」
「はい、ディート様」

 ぐり、と最奥を抉るように動かすと、アリサの中は
 きゅうっと収縮した。



 王都に与えられたディートハルトの邸の奥深く、そこにアリサを囲い込んだのはディートハルトだ。

 彼女を迎えるにあたって、邸内の使用人の雇用体制は大きく変わった。

 元から奴隷として雇用している者はそのままだが、貴族、そして平民出身者の使用人には、眷属化を受け入れるか否かを迫った。
 眷属化とは、ディートハルトと契約を結び、その支配を受け入れる事を言う。
 奴隷に刻まれる隷属の術式にほど近い術式を肉体に刻まれ、生殺与奪の権をディートハルトに握られる事になる。もちろんディートハルトの意思に背く事も許されない。

 それはアリサを守る為の措置だ。
 少しでも不快な思いをしないように。
 少しでもここの生活が安らかで楽しいものであるように。

 彼女は今、ディートハルトが与えた二つの魔道具で守られている。

 一つは護りの腕輪、もう一つは隷属の首輪――に見せかけた、迎撃機能を持たせた首輪。
 アリサに今、誰かが危害を加えれば、確実に死傷者が出る、そんな代物だ。

 だからそこまでする必要はないのでは、などと言ってくる者もいたがそれは無視した。
 悪意ある言葉に、行動に晒されたら、彼女が傷付いてしまうでは無いか。

 万一にもそんな事が無いように、心からディートハルトとアリサに忠誠を誓う者達に囲まれて、彼女は邸の奥深くで、真綿で何重にも包まれるようにして暮らしている。

 外には滅多に出してやれない。
 口さがない者が、特に貴族連中の一派には、彼女を快く思わない者が少なくないからだ。

 王宮に連れて行ったのは一度だけ仕方なく。
 エルンストとユリウスとの対面の為に連れて行ったが、その一度きりの機会にも、彼女を悪く言う囁きが聞こえてきた。

 邸の中なら警護をつけた上で散歩をすることを許しているが、ほぼ軟禁に近い状態である。
 不満に感じていないかディートハルトは不安になる。



「ごめんね。外に出してあげられなくて」

 そっと頭を撫でながら囁くと、アリサはきょとんと首を傾げた。

「出してもらいましたよ? この間、機動二輪車で空のお散歩に連れていってくれたじゃないですか」

 機動二輪車とは、魔力で動く二輪の車で、空・陸両方を移動できる乗り物の事である。

「いや、普段は邸の中に制限してるだろ? 買い物にも自由に行かせてやれていない」

「……それ、ビアンカにも聞かれたんですけど、私は元々引きこもり体質なんで、全然平気なんですよ」

 そう言ってアリサはふわりと微笑んだ。
 修道院の隠匿生活をサポートしたビアンカ・ドレッセルは、本人との面談の結果、軍を退役し、今はアリサの筆頭侍女をつとめている。

「私は元々家の中にずっと居ても苦痛じゃないんですよ。世の中にはお出かけしないとストレスで死んでしまいそうになる人もいるみたいですけど。今はこちらの字を勉強したり、刺繍を習ったり、色々やる事がいっぱいあって……んっ」

 緩やかに腰を動かすとアリサは眉根を寄せた。

「もう、話の途中なのに」
「一生懸命話すアリサが可愛くて、つい」

 ちゅ、と口付けると、ふっと力の入っていた眉が緩んだ。

「たまに殿下がお休みの時にあちこち連れていってくれるから、それで私は充分ですよ。それに、下手に出かけて首輪の魔術が発動したら大変ですし……」

 そう言ってアリサは大切そうに、赤い貴石の嵌った首輪に触れた。その優美なデザインは、チョーカーと言っても遜色無いものだ。

 隷属の魔術は不要、そう判断したから、組み込む術式を変更した。
 ほんの些細な意見でも、ディートハルトの気に触っただけで首を締めてしまうような機能はいらない。

 もし逃げられたらきっと死ぬほど腹が立つ。
 言い合いになってムカついた事もある。

 でも、彼女が言いたい事を言えないのはもっとダメと思った。この頭の中で何を考え言いたいのか、隷属の魔術で制限すると、それが聞けなくなる。

 黒い髪、黒い瞳、そして滑らかな象牙の肌。それを彩る赤い貴石を埋めた首輪の金属は黄金だ。
 あえて自身と同じ色味を選んだのは、所有欲の現れだと姉には揶揄された。



 濡れた唇に引き寄せられ、ディートハルトは口付けた。
 口付けながら交わるのがディートハルトは好きだ。
 高すぎる魔力故に誰ともできない、彼女相手にだけ許された行為だからだ。
 上も下も、粘膜同士で他者と深く繋がる事が、ここまでの充足感をもたらすなんて知らなかった。

 ゆるゆると腰を動かすと、「ん……」とくぐもった声が漏れた。
 声が聞きたくて唇を解放する。

 はあはあと息をつく唇から、赤い舌がのぞいて扇情的だ。

「ねえ、好きって言って」
 ねだるとアリサはふわりと微笑んだ。

「すき」
「もっと」
「すきですディートさま、すき……」

 律動の速度が早まると共に、ぐちゅぐちゅと濡れた水音が室内に響いた。
 ここはディートハルトが、アリサと二人で過ごす為にために整えた寝室だ。

 広い天蓋付きの寝台の中で、何度彼女を啼かせただろう。

 しっかりと奥まで咥え込み、きつく締め付けてくるアリサの中は、ディートハルトに極上の快感を与えてくれる。

 彼女に『すき』と言われると心がふわふわする。
 ふわふわしてむずむずして、何かを彼女にしてあげたくてして、喜ぶ顔を見たいと思う。

 こんな感情、今まで誰にも抱いた事なんて無かった。

 ディートハルトは王族だ。誰もが自分に傅きご機嫌を取る。
 寵をねだられるのも初めてじゃない。

 でも彼女の『すき』は何故か特別で、それは、全てを受け入れてもらえるからなのではないかとディートハルトは分析していた。

 それに、彼女は魔力を持たないテラ・レイスで、この世界ではディートハルトが庇護してやらねば簡単に死んでしまいそうな所も好ましい。
 この生き物は、自分が守ってやらないと生きていけない生き物だ。

 衣食住の全てをディートハルトが与えて、体を清めるのも自分がしてやらないと、薄汚れてきっとすぐ病気になって野垂れ死ぬ。

 彼女は無力なのを恥じるけれど、無力だからこそ可愛いのだ。恥じるところも慎ましくて好ましい。

「ん、あ、やだ……でんか、はげし……」

 ああ、そろそろ果てそうだ。
 最奥を集中的に責め立てる。

「や、やだやだっ、そこばっか……やぁあっ……!」

 初めての時と比較にならない感じようだ。今アリサが一番乱れるのは最奥を抉った時だ。何度も何度も、そうなるようにディートハルトが教えた。

 子宮の入口に先端を押し当てると、膣壁が痙攣と蠕動を繰り返し、ディートハルトのものに快楽をくれる。
 性器同士、一番深くで繋げ合い、最奥に注ぎ込みたい。

「アリサ……も、イキそ……出していい……?」

 囁きには頷きが帰ってきた。
 ディートハルトはアリサを強く抱き締めると、一番奥に性器をねじ込んだ。

 子宮口に先端を強く押し当ててから欲を放つ。
(孕め)
 実るはずのない願いを込めながら。



 初めてテラ・レイスがこの世界で確認されてから、ただの一度も子が出来たという報告は聞いた事が無い。それは、別種の人間だからと言われている。

 それが酷く悲しい。彼女はディートハルトにとってただ一人の番なのに。

 彼女との子供なら欲しいと思う。だけどそれが原因で彼女が死んでしまう可能性があるのなら欲しくない。出来ないからこそ中に子種を注げる。なのに実らないのが悲しい。矛盾した二つの気持ちが混ざり合い、苦しかった。

「ごめんアリサ」

 欲を一度放ってなお、硬度を保ち続けるものを胎内におさめたまま、ディートハルトはアリサに謝罪した。

「俺ではアリサに子供を抱かせてあげられない」

 強く抱き込んだディートハルトに、アリサは目を大きく見開いた。

「どうして謝るんですか……? 殿下は子供なんて欲しくないんじゃ……」
「欲しくない。アリサが死んでしまうかもしれない。でもアリサとの子ならと思う気持ちもあって……心の中がぐちゃぐちゃになる」

 胎内の性器を押し込めながら、ディートハルトはアリサの体をきつく抱きしめた。

「それに女の子は子供を抱きたいものなんじゃないの? その願いを俺は叶えてあげられない」
「できないなら仕方ないですよね? ならいいんですよ」

 腕の中のアリサの表情は穏やかだった。

「ディート様の子供が出来たら、それはとても嬉しいですけど、命と引き換えってなると……きっとその選択肢を突きつけられたら、私を優先してって言っちゃうと思います。母親としても寵姫としても失格って言われるかもしれないけど……」

 少し困ったような表情でアリサは言葉を紡ぐ。

「だって、死んだらディート様の傍に居られなくなるじゃないですか。私にとっての一番の優先は殿下と一緒にいることで……そもそも物理的に出来ないんだからそんな仮定をするまでも無いと思うんですけど……」

「一番は俺?」
「はい」

 きっぱりと断言するアリサの姿に、また、ふわふわとしたものが心の中に湧き上がった。




   ◆ ◆ ◆


「やっと会いに来れたわ。あの馬鹿、囲い込みすぎなのよ」

 有紗は、ディートハルトの邸でクラウディアを迎えていた。
 地味な修道女の姿をしていても、クラウディアは相変わらず美しい。

「お久しぶりです、クラウディア院長」
「……上達したわね、アリーセ……いえ、アリサ」

 淑女の礼を褒められ、有紗は頬を紅潮させた。修道院にいた頃、なかなか及第点を貰えなかった事を思い出したのだ。

「顔を見て安心したわ。あの馬鹿、あなたを大切にはしているのね」

 お茶会が始まっての開口一番のクラウディアの言葉に、有紗は顔が熱くなるのを感じた。

「そうですね。とても」

 今、有紗はディートハルトの邸の奥深くで宝物のように囲われている。

 有紗の世話をしてくれる使用人は、ディートハルトに魔術による契約を結び、絶対の忠誠を誓った者たちばかりだ。
 そして有紗には嬉しい事に、ビアンカと修道院で知り合ったパレアナが侍女として有紗の傍に来てくれた。
 ビアンカは軍を退役し、パレアナはわざわざ還俗してくれたので感謝しかない。
 彼女達は彼女達の事情があり、傍に来てくれたそうだが、よく知った顔がそばに居てくれるというのは心強さが違う。

 今の有紗は外出も制限されている。
 邸内は自由に出歩けるが、邸の外に出るのは、ディートハルトが同伴する時のみという徹底ぶりだ。

 エルンスト王とユリウス王太子とは、一度だけ直接王宮で会う機会があったが、それ以降は通信機ごしのやり取りという状態が続いている。

 これは、有紗から悪意を排除する為の措置だという。
 人によっては苦痛を感じるかもしれない軟禁状態だが、どちらかと言うと引きこもり体質を持つ有紗には特に問題はなかった。

 それに有紗の首に嵌っているのは、一見すると奴隷の為の隷属の首輪に見せかけた迎撃魔術を込めた代物だ。
 周りの人の安全の為にも邸の中にいた方がいいと有紗は納得していた。
 なんだかんだで邸の中でやる事は沢山ある。
 勉強に裁縫、最近は楽器の練習も始めた。修道院にあったピアノに似た鍵盤楽器だ。



「ソレル・ディア・クライシュがこの間聖エーデルに来たわよ」

 あの空爆から一年が経過し、修道院は再建されていた。

「あなたが三年ディートハルトから隠れきったら、側妃になれたかもしれないのに、と愚痴られたわ」
「それは……申し訳ないです」
「大丈夫よ、この一年のディートハルトのあなたへの態度を見て、さすがに諦めがついたと仰っていたから」

 クラウディアはふわりと穏やかに微笑んだ。

 現在ディートハルトは乗艦任務中だ。この任務中、会えるのは六日に一度の安息日だけと取り決められている。

 ディートハルトは転移魔術の使い手なので、その気になれば毎日でも会えるのだが、けじめをつけるためにそのように定められた。

 本当に今の状態でいいのだろうかと思った事もあった。
 有紗にはディートハルトに子供を与えてあげられないからだ。

 だけど、それはディートハルトも同じなのだと知ったのはつい最近の事だ。

「クラウディア院長、実はこの間殿下に言われたんです。子供を抱かせてあげられなくてごめん、って」
 有紗の言葉に、クラウディアは目を瞬かせた。

「それは……あの子も少しは成長したという事なのかしらね」

 有紗は邸の窓から見える青空に目を細めた。
 まだ、捨てられるかもしれない。不安定な立場に一抹の不安は残っている。だけど今は確かに愛されているのを感じる。だからこの青空がとても尊かった。

 あの人は、今もこの空のどこかにいる。
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