侯爵令嬢の恋わずらいは堅物騎士様を惑わせる

灰兎

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第一章

17、尊敬と憧れと恋慕

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「旅のお疲れが出たのだと思います。安静にして栄養のあるものを少しずつ摂取して下さい」

深夜1時、医師がエレオノーラの診察を終えて、天蓋のカーテンの向こうでルートヴィッヒと宰相のマルクに報告している。

十日間の思っていた以上に厳しく長かった旅路は体力のあまり無いエレオノーラの身体には負担が大きかったらしく、クルゼの城に到着して数時間すると、熱を出した。

「回復までにどのくらい掛かる?」

ルートヴィッヒが医師に尋ねる。

「そうですね、3日から5日位だと思います。それ以上経っても回復なさらないようであれば、またご連絡下さい」

「そうか、急に呼び出して悪かった、イレーネ」

「いいえ、この位なんてことないですわ。では、失礼します」

エレオノーラは熱で意識が朦朧となりながらも、二人の会話の端々に何か親しいものを感じた。
何故そう思ったのかは分からない。
ただ、何とはなしに二人の間に打ち解けた空気を感じた。



「エル、薬を飲まなくてはいけないそうだ。入るぞ」

「はい……」

ルートヴィッヒが天蓋のカーテンを捲った。
エレオノーラは熱と頭痛でうまく話せない。

「解熱剤と鎮静剤だ」

起き上がるのもしんどいエレオノーラの背に腕を回してくれる。

白濁した水がコップに半分程入っている物を渡されてエレオノーラは鼻をつまんで一気に飲み干した。

「20分程で効いてくるそうだ。何か食べたいものはあるか?」

「無いです……」

熱のせいで食欲も無い上に何だったら吐きたい様な胃のムカムカもある。

「ルートヴィッヒ様は、これからまたお仕事ですか……?」

何故か無性に人恋しくなって、ついついルートヴィッヒの袖を掴んで尋ねてしまう。
ルートヴィッヒは袖を掴んだエレオノーラの左手を握った。

「今夜はずっとエルの側に居る」

「約束ですか……?」

「約束だ。だから今はゆっくり眠れ」

ルートヴィッヒはエレオノーラの横に並ぶと子供をあやすように頭を撫でた。




薬が効いてきて少し楽になったのか、エレオノーラは眠りについた。
フォークやナイフより重いものを持ったことがないような華奢な身体で十日間の旅の間、一度も弱音を吐かなかったので、見た目よりも体力も根性もあるのだと思っていたら、見事に読み違えた。
やはり、相当な負荷が掛かっていたようだ。




『例えこのリストの中に居なかったとしても、ルドが花嫁を探しているならエレオノーラ様が良いって言ったと思うよ』

オズワルドはそう言った。

『理由? 直感だよ。ルドならエレオノーラ様をきっと幸せに出来るはずだからね。その逆もまた然り』

ルートヴィッヒはにわかにはその言葉を信じられなかった。


昔、一度だけ王宮の夜会でエレオノーラとフランツを見かけた事があったからだ。
エレオノーラは父親にエスコートされ、その後ろにはフランツが居た。
青年の動きや目線には無駄が無く感心したが、エレオノーラが話し掛けると周囲を警戒しつつも無表情だったその顔に少しだけ笑みが浮かんだ。
それをまだあどけなさの残るエレオノーラは尊敬も憧れも恋心も全部入り交じった瞳で見つめていた。

(侯爵家のお嬢さんが用心棒の騎士様に恋。よく聞く話だが、成就した話は聞いたことが無い──)


その後数年経ち、王立騎士団にフランツ•ノイマイヤーと言う青年がオズワルドの推薦で入って来て、破竹の勢いで出世していると言う話がルートヴィッヒの耳にも届いた。
最初はあの時の青年だとは思わなかったが、後で繋がった。

エレオノーラにとって、初めてで、唯一無二の恋だったに違いない。

自分はエレオノーラに好感を抱いているが、この先、本当に愛せるのかは分からない。
そしてエレオノーラの気持ちが自分の方へ傾く事はもっとあり得ない事な気がした。
それでも、自分の顔と権力で集まって来た女性達の中の誰かと生きるよりは、自分に関心の無いエレオノーラの方がずっと良いと思った。



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