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1.令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。

28.

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「本当に何から何まで、ありがとう」

 私は新しく袖を通したドレスでくるりと回るとアルヴィンにお礼を言った。
 結局この薄い青色のものと、他に3着買ってもらってしまった。
 嬉しかったものの、お世話になってばかりで申し訳ない気持ちも同時に湧いてくる。

「いや、似合ってるからいい」

 アルヴィンはいつものような笑顔ではなく、少し視線をずらして気まずそうに言った。

「そう言ってもらえると嬉しいわ。ありがとう。いつかお礼は必ずするわ」

 『似合っている』と言われれば、それは嬉しい。私は笑って頷いた。

「他に何を買ったらいいと思う?」

 話題を変えるようにアルヴィンは周りを見回した。雑貨屋、肉屋、野菜を売る屋台にパン屋、花屋……色々なお店が軒を連ねていて、見ているだけでワクワクした気持ちになってくるけれど、色々ありすぎて何をどれだけ買えばいいのかわからなくなる。

「野菜も食べたほうが良いわよね」

 私は色とりどりの瑞々しい野菜が並ぶ屋台を指差した。アルヴィンも「そうだな」と頷いたので、私たちはその屋台に向かって、店員さんに勧められるままに籠いっぱいの野菜を買った。アルヴィンはまた裏道に入ってそれを小さくして袋に入れた。

「ねえ――、苗や種を買ってお庭に植えられないかしら?」

 アルヴィンの家にはかなり広い庭があって、その一角に畑のような場所があったことを思い出して私は提案した。野菜を育てたことはないけれど、水やりは魔法でやれば簡単だろうし、きっと他にも植物を育てるための魔法なんかもありそうだ。街まで買い物にくるのも大変だし――、庭で野菜を育てられたら便利だわ。

「そうだな――、昔は育てていたんだ」

 アルヴィンは頷きながら眉間に皺を寄せた。

「だけど今は――空間魔法を解かないと、たぶん育たないと思う」

「そうなのね……」

 私は残念な気持ちになって俯いた。
 だけど――「でも」とアルヴィンは言葉を続ける。

「魔法を解いてもいい、かもしれない」

「え?」

 私は思わず顔を上げた。
 あの家の周りを周囲の時間の流れから分ける不思議な魔法。その魔法をアルヴィンがどうしてかけたのかはわからないけれど、きっと何かすごく重要な考えがあって魔法をかけたんだと思う。――それを解いても大丈夫なの?

「――ちょっと、考えさせてくれ。とりあえず、苗かなんか、買って帰ろう」

 アルヴィンは笑顔を作ると、また大通りへ足を向けた。

 ***

 野菜の種なんかを売っているお店を探して大通りを歩いていると、通りに面したテラスでお客さんを通りに面した椅子に座らせて髪を切っているお店に通りがかった。

 散髪屋さんね。
 そう思って、私は思わず立ち止まってアルヴィンのぼさっとした黒い頭を見つめた。
 アルヴィンの硬そうで量の多い黒髪は伸びっぱなしで、前髪なんか目元を隠している。
 せっかく綺麗な青い瞳をしているのに、髪の毛で隠れがちで少しだけ残念だ。

「どうした?」

 アルヴィンが足を止めた私に気がついて振り返る。

「――何でもないわ」

 そう首を振ったその時、ちょうどお客さんの髪を切り終えたらしい、ハサミを持った若い男性の散髪屋さんが私たちに声をかけた。

「そこの旦那ぁ、髪切ってきませんかぁ!」

「……髪?」

 アルヴィンが散髪屋さんを見ながら自分の髪の毛を触った。

「そうそう、あんたです。伸びっぱなしじゃないですか。ささっと切りますよー」

「……俺?」

 急に声をかけられて困惑しているのかアルヴィンは困ったように視線をうろうろさせて私を見た。

「――切ってもらったら?」

 私は思い切ってそう言った。

「――さっぱりした方が格好良くなると思うわ」

 ダメ押しでそう言うとアルヴィンは少し首を傾げてから、笑って頷いた。

「じゃあ切ろう」

 それから、また真顔に戻ると散髪屋さんに「頼む」と声をかけた。

 通りのベンチに座って、テラスで髪を切られるアルヴィンを眺める。
 緊張しているのかよくわからないけれど、すっと背筋を伸ばして硬直したまま真顔で髪を切られている。

 その様子に私は思わずくすりと笑って、それから考え込んだ。
 アルヴィンは、最初に会った時からよく笑う気さくな人だと思っていたけれど――、街での様子を見ると、誰にでもそうではないみたいだ。
 店員さんと話すときもどこか緊張した面持ちで、態度が硬い。

 私は『外の奴ら』と呼ぶ彼の言葉を思い出す。妖精が見える私のことを、アルヴィンは『内』と考えているのかしら? だから対応が柔らかいの?

 そんなことを考えているうちにアルヴィンの髪の毛はどんどんすっきり整えられて行って、テラスに面した通りにはちらほらと足を止めて散髪の様子を見守る女性の姿が見られた。

「ほら、旦那っ、男前に磨きがかかったでしょう」

 散髪屋さんはアルヴィンの首周りに巻いた布をさっと取ると、自信ありげに鏡を前に向けた。

「――どうも。お代はこれで足りるか?」

 アルヴィンは素っ気なく言うと、立ち上がって散髪屋さんに銀貨を押し付けてローブについた黒髪を手で払った。

それからすたすたと私のところに着て、「待たせて悪い」と笑った。
長く伸ばしっぱなしだった黒髪は短くすっきりと切られていて、整った目元がはっきりと見える。

「――恰好良いわ」

 思わず感想を漏らすと、アルヴィンは照れたように笑った。

「そう言ってもらえると……嬉しいな」

 私は思わず周りを見回した。さっきまで散髪の様子を見守っていた女の人たちが遠巻きに私たちを見ている。――黒いドレスはもう着ていないし、物珍しいのはアルヴィン?

 私はじっと彼を見つめた。

「あなたが誰にでも笑顔じゃなくて良かったわ」

 思わず、本音が口からこぼれた。

「え?」

「だって――、あなたはとても素敵だから」

 言ってから私は口を覆った。顔が赤くなるのが自分でもわかる。
 何を言っているの、私は。
 視線を合わせているのが恥ずかしくて、彼の黒いローブの向こう側に焦点を合わせる。

「――……いや」

 アルヴィンがくぐもった声で呟いた。

「それは――嬉しいな」

 彼の表情を確認するには、心拍数が大きくなりすぎていた私は、黒いローブを引っ張って、「種やなんかが売ってるお店はどこかしらね」と話題を変えた。
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