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1.令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。

31.

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 キスをしていた、と頭が認識したのはアルヴィンの顔が離れて、私の背中に回された彼の腕に力が入り、抱き寄せられてシャツの胸元に額を押し付けてからだった。

 ――今? 今、私、えぇっと――

 唇に残る柔らかい感触を思い出しながら、私は体中が火照るように熱くなるのを感じた。

 ――アルヴィンはどんな顔をしているかしら?

 顔を上げようとしたけれど、背中に回ったアルヴィンの腕は、強く私の身体を自分に押し付けていて、身動きができない。シャツにぐにゃりと押し付けた耳からはどっどっどと心臓が早打ちする音が聞こえてくる気がするけど、それはアルヴィンの心音なのか自分の心音なのか区別がつかなかった。

「ごめん――今の、その――、俺」

 アルヴィンの困っているような混乱しているような、取り乱したような口調の謝罪が頭の上から降ってくる。それから言葉を探すように一呼吸黙って、彼は続けた。

「俺は、メリル――君が好きだ」

 ぴしっと身体が石みたいに硬直して動けなくなった。
 「私も」という言葉が真っ先に頭に浮かんだけれど、先行する感情に身体がついていかないのか口が動かない。

「メリルに会ってから、色々なことが楽しくて……、もっと君と話したいし、君のことを知りたいと、思ってる。家にいて、本を読んでいて、ふと顔を上げたときに君がいると、すごく嬉しい気持ちになるんだ」

 ぎゅっと私を抱きしめるアルヴィンの腕の力がさらに強くなった。

「君が傍にいてくれると、時間が過ぎることも怖くないと思えて……。一緒に庭で野菜を育てても楽しいだろうな、とか。きっと美味い野菜が実ったら、君はすごく喜んで笑ってくれるだろうと思ったら、そうしたいと、心から思う」

 私は自分の瞳が潤むのを感じた。
 今までは、ずっとお父様にお母様に、妹に向けるような笑顔を私に向けてほしくて、怖がられないように、何も悪いことをしないようにただ大人しく、じっとしていたけれど。アルヴィンは、私に喜んで欲しいと思ってくれてる。

「外には、もう行かないと思ってた。行ってなんになるんだろうって、だけど、君と一緒にいたら、すごく楽しかったんだ」

 アルヴィンは不安そうに声を震わせた。

「だから、ずっと、俺と一緒にいてほしい。君が好きだ」

 私は彼に答えようと、彼の身体を押した。抱きしめられて身動きができなかったから。
 きちんと、目を見て答えたかった。
 私は両手で彼の胸を押したけれど、アルヴィンの腕はびくとも動かない。
 
「アルヴィン、離して」

「…………ごめん、悪い、そうだよな、俺は急に何を」

 アルヴィンはこの世の終わりのような声で呟いた。
 言葉と裏腹にぎゅっと逆に腕の力が強くなった。
 ああ、そっか。アルヴィンは、とても怖がりなんだ。
 私と同じだ。ずっと奇妙なものを見る目で周りから見られて、距離を置かれて、人からどう思われるかを気にして大人しくして。私はそう悟って、ゆっくりと言った。

「違うの、きちんと顔を見て言いたいの。――私も、あなたが好きよ」

「――――」

 アルヴィンが息を呑むのがわかった。彼の腕の力がふっと緩む。
 締め付けがなくなった私は、息を吸って顔を上げて、アルヴィンの青い瞳をじっと見つめて微笑んだ。

「私も、あなたが好きよ」

 大きな手が私の顔を包んだ。私は瞳を閉じる。今度はさっきより長くキスをした。
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