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2.元聖女は冒険者としての生活を始めました。

38.

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「お姉ちゃんだれ?」「お兄ちゃんのともだち?」「こんにちわー」

 小さい子どもたちがわらわらと私の周りを囲む。

 長い耳の子やら、腕のあたりがふわふわしている子やら、いろいろいて、とりあえずみんな獣人っぽいけど――動物の種類っていうと馬とか犬とかしか知らない私は、どの子がどんな種類の獣人なのかはわからなかった。

 でも……「お姉ちゃん」って良いひびき……。

 テオドールさんがぱんぱんっと手を叩く音で、子どもたちは私の周りをぐるぐる回るのを止めた。

「みんなは食器を片して、寝る準備をして下さいね」

「「はーい」」

 食器を持ってその子たちは部屋の奥へ去って行った。

 ノアくんは椅子に座って、ぼーっと壁を見ている。

「ノア、シチューを温めますからちょっと待っていてください。――レイラも食べていきますか?」

「食べます! ありがとうございます!」

 すっごいお腹減ってる……。

「シチュー、楽しみですね」

 私はノアくんのとなりに座ると、彼に話しかけた。

「あ……うん……」

 でも、ぼんやりと壁をみて返事するだけだ。
 
「ノアくん? お腹減りましたよね?」

「うん……減った……」

「ノア! ノーアっ、シチュー持ってきましたよ」

 湯気の出るお椀を持って来たテオドールさんが大きい声で呼びかける。

「うん……食べる……」

 ノアくんはスプーンを握ってもくもくとシチューを口に運び始めた。
 ちょっと様子がおかしい。

「……今日、何回か祈って大人しくさせましたか?」

 テオドールさんが私に聞いた。
 思わずひっと息を吸い込む。縛られてたときと、さっきだけど……、そのせい?

「に、2回ほど……」

「そうですか……」

「まずかったですか?」

「いえ、この子が暴れたんでしょうから、レイラは悪くないんですが……。興奮を祈りで鎮めると無気力になるんですよね」

 そうなんだ? そんなの初めて聞いた。
 目を丸くする私をテオドールさんが見つめる。

「普通は2回くらいだとここまでならないと思いますけど、あなたは魔力がとても強いですからね。あまり気軽に使わない方が良いですよ。うっかり気軽に仲間に使ってしまうと、魔物に囲まれてるのに無気力になったりしますから」

「……それはまずいですね」

「あなたは――キアーラの神殿で祈りについてどのようなことを教えられましたか?」

 私は大司教様の言葉を思い出した。

「私は親がいらないと置いて行ったけど、神殿に引き取ってもらえて屋根のある場所で眠ることができて恵まれているから、常にそれができない、『持たない人々』のことを考えて、自分はこれ以上望まないので、自分の分の幸せをその人たちに分けてください――って光の女神さまに祈りなさいと言われました」

「――ノアのことは、何で祈りで鎮めようと思ったんですか?」

「――ちょっと落ち着いてほしいなぁと思って祈りました……」
 
 「レイラ」とテオドールさんは真剣に私を見つめた。

「祈りの力は誰かに言われて祈ったり、自分が相手に自分のためにこうしてほしいと思って祈るのではなく、自分が相手のために本当に祈りたいときに使ってください。そうでないと、祈りの力が正しく発揮できず、しっぺ返しがあるものです」

「は……い……?」

 私は彼の真剣な眼差しに頷きつつも、言っていることがいまいち飲み込めなかった。

 祈りが祈りで祈り……。祈りという言葉が頭の中でこんがらがる。

「お腹が減ってるのに、長々話してすいませんでした。とにかく、あまり気軽に祈らないでくださいね」

 テオドールさんは笑顔をつくると、私にスプーンを渡した。
 隣でノア君はもくもくと食べて、すでに食べ終わろうとしている。
 彼はぱっと顔をあげると、はっきりした声で「おかわり!」と言って器を前に出した。
 
 良かった……なんか意識はっきりしてきたみたい。

 奥の部屋からはパジャマ姿になった小さい子たちが全速力で駆けてきて、テオドールさんの周りを取り囲んだ。

「テオ、ぼくのふとんをこいつがとった!」「おいかけっこしてるの?」

「ちがう! おまえだろ!」 「ノアお兄ちゃんなんでまだごはんたべてるの?」

 ふわふわした耳がぐるぐる駆けまわっていてかわいい。

「みんなは寝てくださいねー」

 テオドールさんは叫ぶと、ひとりひとり捕まえて奥の部屋の方へ連れて行った。
 扉を閉めて一息吐くと、私に向かって笑顔で言った。

「――祈って大人しくなるなら楽ですけど――賑やかな方が楽しいですもんね」

 なんとなく、彼の言いたいことは、わかるようなわからないような感じだったけど、私は「そうですね」と頷いた。
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