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2.元聖女は冒険者としての生活を始めました。

40.(そのころキアーラ王国王都にて)

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「なんだと、マルコフ経由のルートは無理だと? 関所の荷物検査が厳しくなった?」

 ステファンたちがテムズの取引相手を森で待ち伏せていたころ、キアーラ王国王都・大聖堂の奥の部屋で、ミハイル大司教が卓上で光る水晶玉が飛び上がるくらい激しく机を叩いた。

「こっちは金を払ってるんだっ! どうにか足のつかない経路を見つけろっ」

 そう水晶玉に怒鳴りつけると、かざした手をどけ肘をつくと大きな息を吐いた。
 今まで光を放っていた玉は、ただの透明な水晶に戻る。
 これは魔力を与えることで、相手と離れていても言葉を交わすことができる魔法が付与された水晶だった。

「あの魔術師ギルドの犬どもが邪魔するからだ……っ」

 もう一度だんっと大きな音で机を叩くが、怒りが収まらなかった。

 王子の命令でレイラを運び出した兵士たちが、彼女を国外へ連れて行く道中で飛来した火竜に遭遇し、それを彼女が鎮めて山に帰したこと。そして、その場に居合わせた冒険者が行商人を捕縛し連行するとともに、彼女を隣国まで連れて行くと告げたという報告は国王経由で耳にしていた。

 とりあえずレイラの居所が確認できたので安堵したものの、ミハイルは内心真っ青になっていた。

 竜の卵を手配したのは彼だったからだ。

(大丈夫だ。行商人は売り先を何も知らない。そこで切ってしまえば、こちらには辿り着きまい)

 慌てて水晶で魔物の闇取引を仕切っている相手に連絡し、売り物を持った行商人が冒険者に捕まったことを知らせた。

 まだ相手とは連絡がとれているし、それ以上を冒険者ギルドに追及されたという知らせはない。

(それに……)

 ミハイルは考え直した。もしことが表に出ても、キアーラは魔術師ギルドの干渉を許していないのだから、こちらの内情に力づくで踏み込んでくることまではないはずだ。

(暫くは、育ったもの・・・・・の飼育に専念するか)

 気を取り直したところで、トントンっとドアをノックする音がした。

「どうした」

 水晶を机にしまい、呼ぶとシスターが困り果てたような顔で「失礼します」と中に入ってくる。

「ミハイル様、エイダン様が神殿の歳費を大幅に減らすと――国王様の予算決定書を修正して公布してしまいました」

「何だと!」

 また頭に血が昇って、ミハイルはだんだん!と二回机を叩いた。

「国王様が決定したものに、なぜあの王子ガキが口を挟むんだ!」

「――もう公布されてしまいましたので、元通りにとはなかなか――」

「わかってるっ」

 シスターは「ひっ」と肩をすぼめると、言いにくそうに小さく口を開いた。

「それから」

「まだ何かあるのか?」

「――国内の聖魔力が足りません。レイラがいなくなった分、力が薄くなっておりまして、このまま放置すると魔物が発生してしまう恐れがあります。私たちだけではとても――」

 懇願するようにシスターは続けた。
 レイラに祈りの大部分を任せるようになってからというもの、新しい祈り手の育成はしていないし、大司教をはじめとした神官たちは、享楽におぼれた生活で清らかな祈りができなくなっていた。

「あの子は隣国のマルコフ王国の西端の街で生活していると使いから連絡がありました。どうにか回収して――」

「いや」

 ミハイルは彼女の言葉を途中で切った。
 あの反抗的な王子を排除する良い方法があるではないか。

「しばらく様子を見よう」

「それでは、魔物が」

「――それで良い」

 魔物が出れば? 
 ――それは、神殿を軽んじた王子の責任だ。
 魔物による被害が出たところで、神殿がそれを解決すれば、もはや誰も神殿のやることに邪魔はできなくなるだろう。その時、国の実権は神殿のものだ。

(神殿のトップは? ――私だ)

 ミハイルは口角を上げた。不快な事態が続いたが、この思いつきはそれらを一掃して、彼をいい気分にさせてくれた。

「レイラの所在は、引き続き見失わないように」

 そう言って、彼はシスターの腰に手を伸ばすと抱き寄せた。

「……大司教様、いけません……私はそのようなことは」

「大丈夫だ。私はあの魔族の子どもに清貧を教え、聖なる祈りさえできるように導いた男だぞ? 私こそ、光の女神様の第一のしもべだ。その私が良いと言うのだから……」

 大司教は下卑た笑みを顔一面に浮かべた。
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