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ー3ー 終わらせるという選択肢
しおりを挟む「おまえ、本なんか読んで書くのか?」
ぼくが机の上に『福祉の経済学』を置いているのを見て、隣りに座っている松村君が尋ねてきた。
「うん。借り物だけど、けっこう初心者向けだからわかりやすいしーー」
景君が貸してくれた本だし、ね……。
「そんなの、AIを適当に使えばいいじゃん」
現代っ子な考え方だ、ーーただ、あれって無料のソフトは言葉がおかしいよね。
「あーー、バレた先輩、留年してるよ?」
「それは丸パクリするからだろ?どうせ社会に出たら使いまくるし、いまから慣れとかないと」
「ーーうん、そうだね」
「そうそう。あれで儲けてるやつがわんさかいるんだから、これからの世代には必要な武器じゃんーー」
松村君の言いたいことはわかるけど、ーーリスクをおかしてまでやることじゃないよ……。1年生の後半からが、本当の評価っていうぐらいだし、ぼくは社会にでてから使うようにしとこ。
「ーーレポートは進んでいますか?内容はどうあれ、締め切りは守ってくださいね」
黒縁メガネをかけた『マジメガネ』ってあだ名の巻目教授が、プロジェクターを片付けながら釘を差してくる。正直、メガネいじりはやめたほうがいいよね……、好きでメガネをかけてるんじゃないんだしーー。
そうだ、蓮は高校のときからコンタクトにしてたなーー、双子なのに光はすごく視力がいいんだよね……。ぼくもすすめられたんだけど、あのときは怖くてできなかったから、いまなら大丈夫かな?
「内容はどうあれ、って……、まっ、そんな天才的な内容書くやつなんか、滅多にいないよな」
「……」
景君はいつもSかAだって恵さんが言ってたっけ……、そのまま大手の不動産会社に就職してるし、文武両道を絵に描いたようなひとなんだよ……。
「ーー早く……、諦めなくちゃ……」
「ん?何を早くなんだ?」
「レポート、だよ」
「まあ、そうだよなーー。ひどい評価ってわかってるけど、終わらせなきゃ意味ないしなーー」
「………」
欠伸をして、松村君が席を立った。
「あっ、洞川?ーーうんうん、今日から正月まで連チャン飲み会よーー」
彼は電話をしながら楽しそうな顔で教室を出ていく。連チャン飲み会って、よく身体がもつな……。ううん、みんなそんな感じだから、家に直帰するぼくがおかしいんだよねーー。
蓮と光とは大学が同じでも、向こうの授業が2限からだったり、学部が違うから校内で会うこともないし……(ぼくは福祉総合学、蓮と光は経営学だよ)、サークルの付き合いもあるから、家に行かないときも増えたしーー……、
ーーって、ああっ!もう、ぼくってばウジウジしすぎだーーっ!こんなやつが幼なじみだなんて、あのふたりもあきれてるよね。親同士が仲が良いから仕方ないのもあるのに…。
景君だって、家が隣りじゃなかったら……こんなに親しくはしてくれなかっただろうーーー……、
終わらせる、ーーそっか、諦めることばかり考えちゃうけど、終わらせる、って方法もあるんだ。けれども、それじゃ、今後の付き合いはないだろうしなぁ……。
ーー就職を遠方にする、とか……。
「いやいや、いまふられたら、3年以上地獄じゃないか……」
家族ぐるみの付き合いすぎて、ふられたときの逃げ場がないーー、だからどうにもできないのに……。
「瀬戸」
「ーーああ、泉水君」
家に帰ろうと歩いていると、大学に入ってから仲良くなった新堂泉水君に話しかけられた。彼も蓮達に負けないぐらいのイケメンだけど、「常に無表情だから怖くて近寄れない」、って女子が言ってたのを聞いたことがある。
「明日の件だけど」
「うん、子供食堂のクリスマス会だよね?」
「午前中から来れるか?」
「大丈夫だよ。買い出しは手伝わなくて平気?」
「かなり冷凍してる。冷蔵庫がヤバい」
他のものが入らない、ってぼやく泉水君にぼくは言う。
「うちで預かろうか?」
「いける。ギリギリだけどなーー」
泉水君とは何ていうか不思議な関係だ。バイト仲間とはまた違うしーー……、ボランティア仲間っていうのとも違う気がするな……。
彼は景君が通ってた、剣道道場の師範だったお祖父さんのお孫さんだ。お祖父さんが亡くなって、道場はやめたみたいだけど、建物がそのまま残った。そこを改装して子供食堂にしたのが、彼の親戚の詩さん。景君と同じ歳で、剣道仲間だったひとなんだ。
泉水君は両親を早くに亡くし、お母さんの弟さんに育てられたみたいだけど、その弟さんが仕事で海外に移住するから、又従兄弟の詩さんと暮らすことになったんだって。詩さんは本当に良い人で、調理師免許ももってるから、土日に近所の子供さんのご飯を作ってあげたりしてるんだ。
そこでぼくも詩さんの調理補助や、子供達の宿題を手伝ったりする、予定が合うときだけどねーー。でも、詩さんの子供食堂ができる前は、道場前にある公園で、夜遅くまでいる子供が多かったんだって。気になってたんだろうなーー……。
詩さんは平日、カフェの仕事があるから、せめて土日だけなんとかしてあげたいって、子供達を預かることにしたんだって。すごいひとだよね?
最初は景君に頼まれて手伝ってたぼくは、いまでは自分から行くようになった。お母さんからも、「学部にもあってるんだし、どんどんやりなさい」、って言われてるけど、たしかにいろんなことが勉強になるんだ。
「じゃあ、悪いけど」
「わかった」
「ーーミノ!」
「え?」
この声は光だな。この辺にいるなんて、珍しいーー……。
「新堂と何話してんだよ!」
ピンクのジャケット……、これを着こなすなんてすごいな……。ぼくが着たらーーー考えるだけ恐ろしいよ。
「ーー子供食堂のことだ」
ガンを飛ばすような光の登場にも泉水君はビビらない。普通に無表情だ。
「あれ、まだやってんの?1円にもならねえのに?」
「そんな言い方やめてよ。ぼくが楽しんでしていることだよ」
光ってば割り込むようにぼくと泉水君の間に入ってくるんだけど、失礼すぎるでしょ。
「ーーはあ?まさか、新堂目当てで行ってんじゃないだろうな!」
「え?」
なんでそうなるの???
「何言ってんの?泉水君に失礼なこと言わないでよ」
ぼくが反論すると、光の頬がピクッと引きつった。眉も思いっきり寄ってるし、一体どうしたの?
「ミノ……、なんだよ…。オレよりもこいつがいいのか!」
「は?」
光がおかしい、何か脈絡のないことを言い出してる。
「なんで急にそんなこと言い出すの?子供食堂は景君に頼まれたことだって光も知ってるよね?」
ぼくは光の顔を見上げた。泉水君の前で失礼なことを言い続けられ、ぼくの口調だって荒くなるよ。
すると、今まで黙ってでやり取りを見ていた泉水君が口を開いた。
「瀬戸、すまない。明日、無理なら大丈夫だから……」
彼は静かにそう言って、ぼくたちに背を向ける。
「え?泉水君、待って……」
ぼくが思わず手を伸ばすと、光がぼくの肩をつかんで動きをとめた。
「さっさと、行けよ!」
高圧的な言い方はいつものことなのに、なんだか今日は怖く感じる。どうしたんだろ、何かあったのかな……。
「ーーぼくは行くからね!」
それでもいまは泉水君のことが心配だ。彼の背中に向かって、大きな声で叫ぶ。だけど、彼は振り返ることなく、そのまま歩いて行ってしまった。
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