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2話
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カイル皇子が流行病で亡くなる夢から覚めた後の、サディアスの行動は早かった。
その日のうちに王都の学院に見学に行き、栗色の髪にそばかすの、全く目立たない女生徒エラ・ハートフォードを伯爵家に迎え入れる準備を進めた。
本物の聖女エラは、貧しい平民の母子家庭出身だ。しかし、高い魔力が発現し、教会の勧めで学院に入学したという特殊な経緯の娘だったので、すぐに見つけることができた。
母も屋敷に住むことができるようにすると掛け合うと、喜んで養子に入ることを了承してくれた。
通常貴族が養子を取る手続きなどは、たらたらと一ヶ月ほどの期間を要するのだが、サディアスはここぞとばかりに宰相の権力を使って、一週間のうちにエラを養女として正式に迎え入れた。
エラと彼女の母親の引っ越しも無事済ませ、サディアスは寝る前のローブを羽織り、怒涛のような一週間を自室で振り返っていた。
……疲れた……
今日はもう床につくか。
そう思って手に持っていた本をサイドテーブルに置いたとき、寝室の扉が叩かれ、執事が申し訳なさそうに入ってきた。
「旦那様。カイル殿下がいらっしゃいました」
「え? この時間に? ……わかった。すぐ客間に向かう」
サディアスは手早く身なりを整え、客間に向かった。
薄明かりの客間で先に酒で口を湿らせていた皇太子はどこか不機嫌で、部屋に入ってきたサディアスを非難するような目を向けた。
「サディアス、養子を取るなんて聞いてなかったぞ」
皇太子の第一声に、やはりその事だよな。とサディアスは身を正した。
「先日学院に見学に行きました際、平民ながら傑出した魔術の才能を持つ者を見つけまして、養子に迎え入れました」
取り急ぎ聖女の身柄は確保したが、ここからが肝心だ。
カイル殿下はその麗しき容姿も、少し威圧的だが高貴な人柄も、統治能力も、剣の腕さえも完璧だ。
ただいかんせん、下半身が緩すぎる。
次から次へとお相手を変え、本当の愛を知らない。
聖女再来と噂の高いフラヴィア嬢とでさえ、一夜限りの関係だったと噂されている。
まぁ、彼女は本物の聖女ではないので、ノーカウントだが。
本物の聖女エラとは真実の愛を紡ぎ、末長く寄り添っていただかないといけない。
私の一世一代のプロデュース能力が問われているのだ。
「どんな娘だ?」
皇太子の質問に、サディアスは『よし来た!』と気合いを入れた。
「なかなか素養の良い娘で、一緒にいると心が穏やかになります」
カイル皇子の周りには、華やかな令嬢や、目の醒めるような美青年は星の数ほどいれど、ほっくり穏やか癒し系はいない。
エラの魅力は華やかさではない。
雀のような愛らしい、庇護したくなる小動物系の可愛らしさだ。そして、それでいながらしっかりとした知性と落ち着きを兼ね備えている。
カイル皇子もそろそろ、本物の愛と言うものを手に入れるべきだ。
「そんなに気に入ったのなら、嫁にすればよかったのではないか?」
カイルのバカにしたような笑みに、サディアスは、そんなの意味ねぇ、と心の中で毒づきつつも冷静な表情を崩さなかった。
「歳も離れておりますし、そのような対象ではございません」
というか、私が恋焦がれるのは後にも先にも貴方だけだ。
そして、今回のこれは、貴方の命に関わる重大な任務だ。
色恋に全く疎い私ではあるが、なんとしても、貴方の心を射止めなければならない。
「では、お前はどのような相手なら良いのだ?」
カイル皇子の冷たい表情にサディアスは一瞬躊躇して、じっと目の前の人を見つめた。
「私は仕事に人生を捧げております。カイル殿下が私の全てであります」
サディアスの返答に、カイルは少し目を細めた。
「……お前はもう少し、色恋も知った方がいい」
カイルはちょっとこっちに来い、と長椅子の横にサディアスを座らせた。
「サディアス……」
カイルがサディアスの肩を引き寄せ、その耳に囁きかけた。
(な……なにが……起きた????)
聞いたこともない甘い囁きに、サディアスの頭の中を占めていた、カイルの未来も、それを防ぐ計画も、全てが真っ白に吹き飛んだ。
まままままってくれ……
無理……無理……無理!
無理だから!
カイル殿下に仕えること、はや十四年。
年々と男らしさを増していく殿下の素晴らしさを感じながらも、臣下として適切な距離を保ってきた。
確かに、執務中に目にする殿下の憂いを秘めた横顔も、書類にサインする骨ばった長い指もこっそりと隠れ見ているが、それでも惚ける事なく家臣として在るべき態度を保ってきた。
でも、無理だから!
絶妙にヴィヴラートのかかった殿下のブレッシィーハスキーヴォイスが私の名前を呼ぶなんてトラップは、無理だから!
……というか、耳に息かかったから(泣)
硬直するサディアスを見て何か手応えを感じたカイルは、じっとサディアスの瞳を見ながら、横に束ねているサディアスの銀髪をするりと解いた。
カイルは、サディアスのシルクのようにサラサラな銀髪の感触を、指に絡めて楽しんでいる。
(………ヤ……メ……テエェェェェ……)
サディアスは、キスできそうなほどに近いカイルの青い瞳をただ見つめたまま、あまりの辛さに気を失いかけた。
いけない……
超絶イケメンタラシ殿下の術中に落ちてどうする。
思い出せ。私のすべきことを。
思い出せ。病に苦しむ殿下の姿を。
二度と、殿下を失う悲しみなど……
「私なんかに、何をやっているのですか」
サディアスは、ものの一、二秒で冷静さを取り戻し、冷たい目を細めて皇太子を見返した。
カイルは(あれっ?)と、追撃色男モードから、狐につままれたようなあほ顔になってしまった。
完全に壁を作ったサディアスに、カイルはなす術もなく、早々に王宮に帰ることになった。
その日のうちに王都の学院に見学に行き、栗色の髪にそばかすの、全く目立たない女生徒エラ・ハートフォードを伯爵家に迎え入れる準備を進めた。
本物の聖女エラは、貧しい平民の母子家庭出身だ。しかし、高い魔力が発現し、教会の勧めで学院に入学したという特殊な経緯の娘だったので、すぐに見つけることができた。
母も屋敷に住むことができるようにすると掛け合うと、喜んで養子に入ることを了承してくれた。
通常貴族が養子を取る手続きなどは、たらたらと一ヶ月ほどの期間を要するのだが、サディアスはここぞとばかりに宰相の権力を使って、一週間のうちにエラを養女として正式に迎え入れた。
エラと彼女の母親の引っ越しも無事済ませ、サディアスは寝る前のローブを羽織り、怒涛のような一週間を自室で振り返っていた。
……疲れた……
今日はもう床につくか。
そう思って手に持っていた本をサイドテーブルに置いたとき、寝室の扉が叩かれ、執事が申し訳なさそうに入ってきた。
「旦那様。カイル殿下がいらっしゃいました」
「え? この時間に? ……わかった。すぐ客間に向かう」
サディアスは手早く身なりを整え、客間に向かった。
薄明かりの客間で先に酒で口を湿らせていた皇太子はどこか不機嫌で、部屋に入ってきたサディアスを非難するような目を向けた。
「サディアス、養子を取るなんて聞いてなかったぞ」
皇太子の第一声に、やはりその事だよな。とサディアスは身を正した。
「先日学院に見学に行きました際、平民ながら傑出した魔術の才能を持つ者を見つけまして、養子に迎え入れました」
取り急ぎ聖女の身柄は確保したが、ここからが肝心だ。
カイル殿下はその麗しき容姿も、少し威圧的だが高貴な人柄も、統治能力も、剣の腕さえも完璧だ。
ただいかんせん、下半身が緩すぎる。
次から次へとお相手を変え、本当の愛を知らない。
聖女再来と噂の高いフラヴィア嬢とでさえ、一夜限りの関係だったと噂されている。
まぁ、彼女は本物の聖女ではないので、ノーカウントだが。
本物の聖女エラとは真実の愛を紡ぎ、末長く寄り添っていただかないといけない。
私の一世一代のプロデュース能力が問われているのだ。
「どんな娘だ?」
皇太子の質問に、サディアスは『よし来た!』と気合いを入れた。
「なかなか素養の良い娘で、一緒にいると心が穏やかになります」
カイル皇子の周りには、華やかな令嬢や、目の醒めるような美青年は星の数ほどいれど、ほっくり穏やか癒し系はいない。
エラの魅力は華やかさではない。
雀のような愛らしい、庇護したくなる小動物系の可愛らしさだ。そして、それでいながらしっかりとした知性と落ち着きを兼ね備えている。
カイル皇子もそろそろ、本物の愛と言うものを手に入れるべきだ。
「そんなに気に入ったのなら、嫁にすればよかったのではないか?」
カイルのバカにしたような笑みに、サディアスは、そんなの意味ねぇ、と心の中で毒づきつつも冷静な表情を崩さなかった。
「歳も離れておりますし、そのような対象ではございません」
というか、私が恋焦がれるのは後にも先にも貴方だけだ。
そして、今回のこれは、貴方の命に関わる重大な任務だ。
色恋に全く疎い私ではあるが、なんとしても、貴方の心を射止めなければならない。
「では、お前はどのような相手なら良いのだ?」
カイル皇子の冷たい表情にサディアスは一瞬躊躇して、じっと目の前の人を見つめた。
「私は仕事に人生を捧げております。カイル殿下が私の全てであります」
サディアスの返答に、カイルは少し目を細めた。
「……お前はもう少し、色恋も知った方がいい」
カイルはちょっとこっちに来い、と長椅子の横にサディアスを座らせた。
「サディアス……」
カイルがサディアスの肩を引き寄せ、その耳に囁きかけた。
(な……なにが……起きた????)
聞いたこともない甘い囁きに、サディアスの頭の中を占めていた、カイルの未来も、それを防ぐ計画も、全てが真っ白に吹き飛んだ。
まままままってくれ……
無理……無理……無理!
無理だから!
カイル殿下に仕えること、はや十四年。
年々と男らしさを増していく殿下の素晴らしさを感じながらも、臣下として適切な距離を保ってきた。
確かに、執務中に目にする殿下の憂いを秘めた横顔も、書類にサインする骨ばった長い指もこっそりと隠れ見ているが、それでも惚ける事なく家臣として在るべき態度を保ってきた。
でも、無理だから!
絶妙にヴィヴラートのかかった殿下のブレッシィーハスキーヴォイスが私の名前を呼ぶなんてトラップは、無理だから!
……というか、耳に息かかったから(泣)
硬直するサディアスを見て何か手応えを感じたカイルは、じっとサディアスの瞳を見ながら、横に束ねているサディアスの銀髪をするりと解いた。
カイルは、サディアスのシルクのようにサラサラな銀髪の感触を、指に絡めて楽しんでいる。
(………ヤ……メ……テエェェェェ……)
サディアスは、キスできそうなほどに近いカイルの青い瞳をただ見つめたまま、あまりの辛さに気を失いかけた。
いけない……
超絶イケメンタラシ殿下の術中に落ちてどうする。
思い出せ。私のすべきことを。
思い出せ。病に苦しむ殿下の姿を。
二度と、殿下を失う悲しみなど……
「私なんかに、何をやっているのですか」
サディアスは、ものの一、二秒で冷静さを取り戻し、冷たい目を細めて皇太子を見返した。
カイルは(あれっ?)と、追撃色男モードから、狐につままれたようなあほ顔になってしまった。
完全に壁を作ったサディアスに、カイルはなす術もなく、早々に王宮に帰ることになった。
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