次は絶対死なせない

真魚

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3話

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 サディアスは、養子に迎えた聖女エラの手を自身の左腕に掛けさせ、きらびやかな王宮のホールに入っていった。
 今日はカイル皇子の二十一歳の誕生日を祝う舞踏会が、盛大に開催されている。
 まだ婚約者のいないカイル皇子に、うちの娘を! と国内中の貴族、いや国外からも数多あまたの人が目をギラつかせて駆けつけている。

 平民出身であるエラを、サディアスは一ヶ月かけて淑女に磨き上げた。
 礼儀作法にダンス、ドレスも髪結師も化粧も、ここぞとばかりに金に物を言わせ、国内でもトップクラスのプロを招いて、彼女の良さを十二分に発揮するレディに仕上げた。

 ほんのりとのった薄化粧はうまくそばかすを隠し、エラ本来の透き通るような白い肌が目を引く。
 彼女のブルーグレーの瞳に合わせて急ぎ作らせた、ブルースピネルの宝石を嵌め込んだ控えめなネックレスが、意外に豊かな胸元に揺れる。

 サディアスとエラが会場に入ると、ふわりと観衆の目が二人に注がれた。
「あれが噂の……」
「サディアス宰相のお眼鏡にかなったという……」
 周りの貴族たちが、なるほどと納得した顔でエラを見る姿に、サディアスは、そうだろう。そうだろう。エラは美しいだろう。と少し得意気な気分になった。

 サディアスは緊張しているエラをホールの奥に連れて行き、人だかりが少し落ち着いている場所でダンスにいざなった。
 エラは何度も練習を一緒にしたサディアスの手を握り、ゆっくりとした曲に揺られて、少し落ち着きを取り戻した。
 サディアスはエラの笑顔を見て、よし。いい子だ。君はカイル殿下に相応しい。と表情をやわらげた。


 カイル皇子は祝辞を述べる人々に囲まれながら、ホールの奥で踊るサディアスに目をやった。
 一つに束ねた長い銀髪が姿勢の良い背中に揺れ、サディアスの白地の服と、令嬢の淡いブルーのドレスが噛み合って美しい。

 サディアスが滅多に見せない優しい笑顔を令嬢に向けているのを見て、カイルは顔を硬くした。

 サディアスは三十にもなるのに、今まで浮いた噂のひとつもなかった。
 それが突然養女を取って、慈しんでいるのだ。
 周りの貴族は、サディアスの理想に叶う女性がこの世にいないので、自分好みに育てることにしたのではないかと噂している。

 カイルは普段ならサディアスに声をかけに行くところを、その日は近づけないでいた。


 サディアスは、なかなか挨拶にいく隙の無いカイル皇子の様子を伺いながら、何人もの貴族令息がエラにダンスを誘うのをやんわりと遮っていた。
 エラには不自由をさせてしまって申し訳ない……
 そう思いつつも、もし他の貴族とエラが恋に落ちてしまったらどうしようかと不安でたまらない。
 まぁ、舞踏会でいくら防ごうとも、エラは学院にも通っている。
 エラの心も、カイル殿下の心も私の思うようになどできないのは百も承知だ。
 だけれども、どうにかこの二人が結ばれてくれないかと気を揉む。

 舞踏会も終盤に差し掛かろうという時、カイル皇子がバルコニーに行くのが見えた。
 サディアスはここぞとばかりにエラを連れてバルコニーに向かった。

「カイル殿下。ご生誕祭おめでとうございます」
 一人バルコニーで休むカイル皇子に声をかけると、なぜか悲しそうな顔で「あぁ。ありがとう」と返事があった。

 これはエラを紹介するようなシチュエーションでは無いと、一目で分かる。
「お疲れのところ失礼しました。あまりご無理なさらないよう」
 引際が肝心とばかりに、サディアスがホールに戻ろうとすると、カイルがそれを引き留めた。
「サディアス。二人で話がしたい。人払いをいいか? ご令嬢は近衛がお守りする」

 サディアスがエラを近衛兵に任せると、カイルはバルコニーの階段から庭園へ降りていった。
 カイルはしばらく歩き、月明かりが綺麗なベンチに腰掛け、サディアスを隣に座らせた。

「こんなことを言うのは情けないのだが……」
 カイル皇子が珍しく弱気な声を出した。
「……私が想いを寄せる人には、私以上に大切な人がいるようなのだ」
 戸惑うように項垂うなだれるカイルの肩を、サディアスは思わず子供の頃よくそうしていたようにそっと抱いた。

 誰だ!?
 なんと言う不届者!

 カイル殿下のご寵愛を受けながら、他に目を向けるなど不埒千万ふらちせんばん。許すまじ……

 あぁ、しかし、今カイル殿下には心に占める女性ひとがいるのか……
 エラが入り込む隙は無いということか……
 いや、もしその方とうまくいっていないのなら……
 いや、カイル殿下には辛い思いなどしてほしくないのだが……
 いや、しかし、殿下の未来を考えたら、ここはなんとしてもエラと……

 サディアスはカイルの背に手をやりながら思考を巡らせたが、再びカイルを見ると、そこにはいつになく甘えるような瞳の皇太子がいた。

 あぁ殿下。そんな悲しい目をしないでほしい……
 サディアスは手を伸ばし、カイルの柔らかい金髪を優しく指で梳いた。

「サディアス。慰めてくれるのか? 私を」
 カイルはサディアスの手首を掴み、月明かりを反射する海色の瞳を揺らめかせた。
 サディアスのアイスブルーの瞳からは普段の事務的な厳しさが消え、幼いカイルを大切に守っていた頃のような優しさが浮かんでいる。

 カイルは、サディアスの瞳を見ながら、サディアスの頬に指を滑らせた。
 何か言いたげにサディアスの唇が動くと、カイルはゆっくりと唇で唇を塞いだ。


 サディアスは、カイルが優しくゆっくりと自分の唇をむ感触に、全ての思考を停止した。

 ………………、え?

 今、カイル殿下とキスをしている?

 あぁ……これは夢か。
 私が殿下とキスなどしてよい訳がない。

 ずっとお側で大切に見守ってきたのだ。
 宮殿を抜出して遊びに行きたがってばかりの、天使のようなお子様時代も……
 ぐっと背が伸びて、いつの間にか見上げるようになってしまった十七、八の頃も……
 陛下が体調を崩されて重い政務を任されるようになり、厳しいお顔をするようになった最近も……

 サディアスが夢現ゆめうつつのまま唇を合わせていると、カイルが少し開いたサディアスの唇の間に舌を滑り込ませてきた。

 あ……ん
 殿下の舌が私の口内に……
 
 ……気持ちがいい……

 ……もっと……

 …………

 …………??

 サディアスはハッとして、唇を離した。

 今、私は何をしていた!?

 サディアスは強張った顔で、カイルを見つめ返した。
「――も、申し訳ありません」

「サディアス?」
 カイルは、急に青ざめた顔でベンチから立ち上がるサディアスを見上げた。

「ご無礼をお許しください――」
 サディアスはきっちりと腰を折ると、足早に庭園を去っていった。

 残されたカイルは、やっと触れることができたサディアスの唇の感触を思い出すように、自分の唇に指を滑らし、困惑の表情で満ちる月を見上げた。
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