器の夜

寅次郎

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絶望

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 どくんっと、自分の中でそれははっきりとした大きな鼓動となって伝わってきた。そして同時に聞こえてきたのは、俺の中に居た奴の声だった。

『お前はもういらない。ようやく貢を手に入れられた』

(あ……やられた)

 何層にも重ねられたように響くその声は、間違いなく〝鬼〟のものだった。今さらすべてに気づいても遅いはずなのに、理解してしまったのは、もうずっと俺の中に鬼が潜んでいたという事実だった。
 俺が昨日、貢と繋がったことで、貢をずっとずっと欲していた鬼が、村の血を濃く受け継ぐ“器”である俺への侵食を完全なものにしたのだ。
 あれがまさか、自分の身体をこの鬼へと受け渡す儀式だったとは思いもしなかった。
 この時点で、今まで生きてきた年数も、ずっと俺のものだった身体のすべても、すべてが鬼のものになってしまっていた。

 目の前に居る貢はそれをすぐに感じ取ったのか、一瞬にしてその顔に笑みを浮かべる。それが俺に向けられたものではなく、鬼に向けられたものだということが、手に取るように分かった。

(こんなの、おかしい、おかしいんだって)

 俺自身が消滅したわけではないからこそ、辛さも悲しさも、抑えきれないほど湧き上がってくる。こうしているだけなら一見、何も変わっていないように見えるかもしれないが、完全に違うと言い切れるのは、俺と鬼の立ち位置が入れ替わってしまったことだった。つまり俺は、俺の意思で何かをすることが出来なくなってしまったのだ。
 そのうち、微笑みを浮かべたまま鬼に抱きついた貢は、このうえなく嬉しそうな顔をしている。

(そんな顔、すんなよッ!!)

 叫んでも、叫んでも、嘆いても、嘆いても、この感情はどこにも届かない。発言すら出来なくなってしまった俺は、鬼の内側から貢を見ることしか出来なくなっていた。
 貢は俺が抱いたのに、貢は俺のものだったのに。恨めしさが募る中、まるで当てつけのように鬼と貢が身体を重ねる。気持ちよさそうな表情も、物欲しげに揺れる妖艶な顔も、もう俺はことしか出来なくなってしまった。

 だが、それでも俺はまだここにいる。

 それが、“器”だった。
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