これは報われない恋だ。

朝陽天満

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581、病の根源

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 ところで、一番肝心なんだけど。

 病の根源っていうのがどういうものか、俺は知らないんだよね。これからガレンさんの鼻を頼りに探していって消していくんだから。

 エミリさんにどういうものか訊かれて、初めてその実態を知らないことに気付いた俺。

 まずは俺たちが行ってみて、どういうものなのか調べて報告しないと。

 エミリさんは、もし了承を得たパーティーがあればトレに来て貰うようにするから、その時までに少しは説明できるようにしておいて、と俺たちに言うと、自身も忙しそうに動き始めた。



 というわけで、俺たちも行動開始。

 まずは病の元があると思われる居住区から。

 進んでいくと、居住区の方から避難してきたと思われる人波が現れた。

 居住区と表通りの中間にある衛兵の詰所及びその近辺を避難場所に指定したらしい。すでに門番さんたちとも連携済みとか。衛兵と門番さんたちが仲良くてよかった。

 その人波を縫って進んでいく途中、ガレンさんが少し顔を顰める。



「お前ら、一旦止まれ」



 ガウ、と一声咆えて流れる人に向かってそう言ったガレンさんは、ヨシューさんに「ここらでいっちょ魔法唱えてくれ」と促した。

 何ごとかと足を止めて俺たちを恐る恐る見ていた人たちに、ヨシューさんが聖魔法を唱える。さすがに一人なせいか、範囲はそこまで広くはなかったけど、ガレンさんがホッと息を吐いたのが目に入って、一緒になってホッとした。



「ガレン、どの人だ」



 ヴィデロさんの問いに、ガレンさんが近くにいた一人の女性を指さす。ヴィデロさんはその人に近付いて行って、そっと声を掛けた。



「すみません。お住まいを伺ってもいいですか? 避難中に申し訳ない」



 ヴィデロさんの声に、女性がハッとしたように足を止め、チラチラ見ながら自分の住所を答えている。ヴィデロさんの笑顔とお礼に、女性はこわばった顔を笑顔に変えて、いいえと首を振った。

 今の人、絶対にヴィデロさんに見惚れてたよね。カッコいいから仕方ないんだけど。

 それにコミュニケーション慣れしたヴィデロさんが適任だっていうのはわかってるけど、ちょっと嫉妬する。

 俺のもやもやに気付いたらしい師匠たちが、すっごく生暖かい目をしてこっちを見ていたけど、俺はあえて気付かないふりをした。いいからこっち見ないでください。



「西3-36区というと……」



 ヴィデロさんは、腰のカバンから詳細なトレの街の地図を取り出した。

 その地図にはしっかりと居住区も、他の俺たちプレイヤーが入れないような場所も載っていて、実は街の外れにも畑があったり建物があったりするのがそれを見て初めて知った。

 そうだよね。この街の人数を農園一つで賄えるわけないよね。農業関係を取りまとめて表に出てるのがモントさんたちなんだなっていうのがよくわかる。

 ヴィデロさんは、「ここらへんだな」とさっき女性が教えてくれた住所を指さした。

 それは、前に『コウマ病』にかかったアルル一家、そしてロイさんたちの家がある区画だった。

 ってことは、西地区中心に何かがあるのかな。

 皆心持ち足を速める。

 そして、人波を抜けた瞬間さらに速度を上げた。

 さすが獣人さんというかなんというか、師匠たちも普段の行動からは考えられないくらい速くて、俺一人が足手まといに近い状態になった。足遅くてごめん。

 見かねたヴィデロさんが俺を掬って抱っこ状態で走り出す。

 待って、それ重いから遅くなるんじゃ、なんていう懸念は杞憂に終わり、悠々と獣人さんたちについていったヴィデロさんは、息も切らせず目的地に着き、何事もなかったかのように俺をすとんと地面に降ろした。すごすぎる、スタミナ……そしてスピード。



「病の根源……って」

「ガレン、なんかわかるか?」

「ああ。くせえ」

「俺はそこまで匂わねえけどな」



 顔を顰めるガレンさんに、フンフンして首を傾げるヨシューさん。タタンさんもムッとした顔をしてるから、きっと何かを感じてるんだと思う。



「くそ、前にあのチビを送った時、俺がここまで来てればもっと早くこの異常に気付いたんだけどな」

「そんなに異常?」

「ああ。向こうの小さな門の方から本格的に匂いが来るから、そっちになんかがあるぜ。ここは単なるおまけみたいなもんだな」



 ガレンさんは微かに見える壁の、小さな門を指さした。門番さんも立っていない、普段は絶対に開けない門だというのは、ヴィデロさん情報。有事の際にそこからここの住民を逃がすらしい。街が火の海になったりしたときとか。壁の中にいた方が危険だと思ったときのみ、あの門を開けるんだとか。確かに、ここ居住区から北門南門まで逃げるのは遠いもんね。街の中心に大きな魔物が出たりしたらこっち側からは逃げられないだろうし。

 なるほど、と頷きながら、人気のなくなった狭い道を歩く。

 ふとガレンさんが顔を上げて、家の壁を見上げた。

 つられて目を上げると、その家の壁には黒っぽい樹の根の様なものが這っていた。

 なんとなく嫌な予感がして、その根を視線で追っていくと、家の近くの地面から生えているみたいだった。



「これっぽいな。っつうかなんか魔物と同じ匂いがしやがる」

「魔物?」



 どう見ても木の根の様な感じなのに、魔物って。

 ガレンさんは手に持った槍で、その根を一突きした。

 途端に根がシュルシュルと動き始める。

 うわ、確かに魔物っぽい気持ち悪い!

 根が地面に入って行ってしまう前に、今度はタタンさんが剣で斬る。

 すると、根はキラキラと光になって消えていった。え、魔物が消えていくのと同じ状態だ。



「……トレントの一種か? あの根を消せばいいのか」



 冷静にヴィデロさんが呟く。それをヒイロさんが「ちょっと違うっぽいな」と否定した。



「多分本体がどっかにいるんじゃねえか。でもって、地面に手足を埋めてるんじゃねえかな。切り刻まねえとダメだろな」



 根が逃げていった穴を覗きながら、ヒイロさんが肩を竦める。

 これ、とんでもなく難易度高いクエストなんじゃなかろうか。

 俺もヒイロさんと一緒になって穴を覗き込みながら、そんなことを思ったのだった。







「ここいら一帯はさっきの根っこが原因だろうな。匂いが街中ではなくなった。壁向こうがメインだな」



 ガレンさんの言葉に、俺はクエスト欄を開いてみた。

 3%。

 さっき切った根っこは3%分らしい。思った以上に範囲が広い気がする。っていうかもう夜だからすっごく見辛いんだけど、きっと獣人さんたちにとっては全然苦じゃないんだろうなあ。



「トレだけじゃなくて、ウノの方まであの根っこは伸びてるみたいなんだけど」

「ん? それは前に言ってたクエストなんたらとかいうのに書かれてんのか?」



 ヒイロさんが俺の言葉に反応する。俺が頷くと、皆が顔を顰めた。



「なんつうか、『リルの実』を彷彿とさせるよな」



 ヒイロさんがため息とともに呟く。



「でもありゃ実だろ。こっちは魔物だろ。全然違う」



 ケインさんのツッコミが入り、ヒイロさんが言うなよと顔を顰める。



「そういやマック。あの『リルの実』その後どうした?」

「怖いので倉庫に突っ込んでそのままです」

「そっか。アレな、どうも聖水の純度で実の純度も変わって来るみてえなんだよな」



 ヒイロさんが、まるで世間話の様にひょいっと麻薬の実の話題を出す。

 って待って。今かなり重要なことを言った!

 と驚いている間に、ヒイロさんとヨシューさんが全然違う話題を話し始めて、ショックを受ける。

 そ、そんな簡単にひょいひょい話題を変えれるくらいの雑な扱いでいいの? っていうか、ヒイロさん実験したの!? なんて度胸だ。薬師は度胸がないとだめだってことか。よし、純度……もし聖水のランクSを使ったらまた違う結果になるってことかな。今度やってみよう。

 静かに決意していると、ヴィデロさんが「マック、試すなら俺がいる時にしてくれ」と囁いた。

 そうだよね。あの汚い布も、聖水のランクによって全然違う洗い上がりになったもんね。何で気付かなかったんだろう。怖がって放置してないで色々すればよかった。



 でもまあ、それよりも目の前のクエストだよ。

 本体どこにいるんだよ。

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